304-獅子王の奮闘
ヴィンセント達がジャルとの修業を続け、クラローテに置き去りにされたローズ達がアストランに戻っていた頃。
街の南方に広がっている沼地にやってきていたライアン達は、暴れ狂うトラルテクトリとの激戦を続けていた。
この場に集まった面子自体は、ライアン、キング、クリフ、ソン、デネブと強者揃いである。
しかし、街ごと飲み込んでしまいそうなくらいに巨大なワニは、その巨体故にまともな戦いをすること自体が難しい。
巨人の大きさすらも方向性が違うので通用せず、その上動きがかなり俊敏なのだ。
ライアン、クリフなどの前衛もまともに機能せず、キングやソンなどの後衛は体勢を整えるだけでも一苦労。
デネブなど、ただこの場で光っているだけだった。
無言のトラルテクトリが高速で噛みついてきたり、スピンしたりして大暴れしている中、彼らは逃げ惑いながらなんとか討伐しようと食らいついている。
「おい、おい!! 誰かデネブを説得できねーの!?
この4人じゃ話になんねーよ!?」
回るトラルテクトリの上に乗っていたクリフは、地上で煌めいている男を睨みながら叫ぶ。現状、地母神の如きワニの体躯に圧倒されるばかりなので、無理もない。
だが、他のメンバーはそもそもデネブと初対面の者ばかり。
戦えるイメージも持っていないので、敵の猛攻を耐えることに精一杯だ。
またも吹き飛び、花びらのような壁に激突していたライアンは、自身に向かって来る口を見据えながら、否定的な言葉を返す。
「俺はあいつのこと知らねぇぞ〜?
そもそも、あいつ来たところで変わるのか〜?」
「とりあえず、このメンバーでどうにかすることを考えよ」
「うむ。まずはこの噛みつきを……」
槍を構える彼と同様に、残る2人も説得よりも現状のメンバーでどうにかする方を推していた。
空中で泥まみれのキングは体を水で洗いながら、片腕を糸で縛ったソンは狙われているライアンの元へ向かいながら。
各々に思考を巡らせていく。
「おっと、無茶はすんなよソン。俺は平気だからよ〜」
「君を庇うつもりは毛頭ない。私はただ、少しでも討伐確率を上げるために動いているまでだ」
ライアンの指摘も跳ね除けて、右手だけでハープボウを握るソンは彼の前に立つ。片手では持つのも大変だろうに、彼は上手く挟み込むことで弦を弾き、糸を拡散させる。
"ストレッチアウト・フェイルノート"
トラルテクトリは何度も高速のスピンをしているので、予め張ってあった糸の罠はほぼ全滅だ。
しかし、新たに作ればそれも大した問題にはならない。
糸は半円状に拡がっていき、それの進行方向を阻む。
ライアンの巨体すらも吹き飛ばすパワーだが、塵も積もればなんとやら。徐々にだがスピードを落とさせることに成功し、最終的に口を閉じた状態で拘束してしまった。
「糸は切れるか? ならば、最初は緩めて後半に集めよう。
口や回転を防げば、糸は切れない。そして、上にはクリフ、下にはライアン。いい挟撃になると愚考する」
「ははっ、ナイスだぜ円卓の! 俺の全力見せてやる!」
「俺は最初からだけど、まぁまともに全力を食らわせるのは初か〜? 部分的にスリュムで吸って、氷光で貫くぜ〜」
主に口周りを拘束されたトラルテクトリは、尻尾や短い足などはまだ全然動かせる。だが、前が押さえられているのだから回転はできず、尻尾など顔には届かない。
スピンの余波で生まれたいた突風などはキングに相殺されているので、かなり無防備に近い状態になっていた。
そんな怪物に対して、ライアン達は全力の一撃をお見舞いしていく。
「力を借りるぜ、長老の方々! 我らアストランの民!!
神の示す日時計は、今この瞬間人民の側に!!」
"純白の太陽"
まず、トラルテクトリの上にいたクリフは背中を飛んで頭部に移動する。その手に握られた槍が放つのは、眩い閃光だ。
空気を焼くような音と共に、落下の威力も乗せた全力の一撃を食らわせた。
"其は、呪いを穿つ茨槍"
それとほぼ同時に襲いかかるのは、ライアンの茨の槍だ。
彼は混合魔獣状態から、巨人スリュムの要素だけを無くして小型化すると、顎の下から鋭い突きを放つ。
クリフのように上に乗って直接ではないものの、糸によって顔を動かせないので避けられはしない。
レグルスの光、フェンリルの氷に加えて炎、風なども纏わせた一撃は、獣化で得たスレイプニルの瞬発力などの補助も受けて光速で炸裂した。
「ゴォォッ……!!」
上下から槍で貫かれたトラルテクトリは、堪らず悲鳴を上げる。下からの茨槍は伸びて完全に貫き、上からの太陽の槍は貫通こそできなかったものの、表面は多くを抉っていた。
どちらも高熱を放っているため出血こそ傷の割に少ないが、爛れた皮膚はグロテスクで明らかに重傷だ。
おまけに、彼らの攻撃はまだ終わっていない。
その時までは拘束に全神経を集中させていたソンも、ワニの負傷を見ると追い打ちをかけるべく再度音色を奏でた。
瞬間、周囲に張り巡らされるも、拘束に使われなかった糸が弾けてライアンとは逆の顔に飛ぶ。
"ティアーァパート・フェイルノート"
弓矢は通用しないとしても、ソンという神秘そのものであると言える糸ならば別だ。2人ほどのダメージではないながら、トラルテクトリの顔を大きく切り裂いていた。
拘束は緩まったものの、まだ動けないそれは、わずかに体を跳ねさせながら暴れ狂う。そして、最後の仕上げはキングである。
デネブは少し離れた位置で輝きながら傍観しているが、彼はちゃんと参加してステッキを持ち上げていく。
先端に輝くのは、すべてを内包したかのような渦巻く神秘。
不敵な笑みを浮かべると、彼は淡々と言葉を紡ぎ始めた。
「トラルテクトリ。君も長老と同格というのなら、科学文明の時代から生きている、最古の神秘なのだろうね。
だけど、ボクもそうなんだよ。ちっぽけな猫ながら、キミの世界にただ閉じ込められているつもりはない」
当然、糸で口周りを拘束されたトラルテクトリは動けない。
何もできないそれの目の前で、キングのステッキは一人でに浮かび始めた。
ステッキが自動浮遊すれば、彼の手も空いて自由だ。
両手の肉球を胸の前で合わせると、尻尾をくるくると淀みなく回転させることで円環を作っていく。
『始まりは神光。地を穿つ天穹の侵略。
大地は洗われ、地上は新世界へと生まれ変わる。
星は神代の姿を取り戻し、確固たる意志にて守護を得た。
だが、獣達は反逆を始め、星を内側から食い荒らす。
支配をさせろ、不和を楽しめ、飢餓を認めない……
願いはここに。我はその憎悪の観測者。
荒れ狂う神秘の一端を表出せし者なり』
彼が言葉を紡いでいくごとに、森の神秘は荒れ狂う。
空からは地を引き裂かんばかりの光が降り注ぎ、木々を押し流さんばかりの豪雨が周囲の壁を押し流す。
大きく口を開ける大地は神秘的な光を放ち、その中から現れた巨大な人型の炎、三つ首の蛇型をした毒霧などが彼らに向かって襲いかかっていく。
その上、ステッキを持ち直したキングの背後には、数えきれない程の光や炎、水などで形作られた剣が浮かんでいた。
"アース・リインカーネーション"
彼の掲げるステッキの先端には、この世界の始まりの如き威光を放つ光が。人型の炎や蛇型の毒霧は所詮ハリボテだが、嵐などは仲間が離脱した後のトラルテクトリを打ち付けた。
光や炎、水などで形作られた剣も、あらゆる方向から頭部に限らず全身に降り注ぐので、ワニは苦しげだ。
手足は震え、今にも倒れそうになっている。しかし……
「ゴォォッ!!」
それは無理やり口を開けることで緩まった糸の拘束を解き、頭を振りながらその場で回転する。
今までは地面と平行な状態で、投げられたカードのように横向きで回転していたが、今回はドリルのようだ。
クリフはキングの攻撃を避けるために飛び立っていたものの、ライアンは逆に下にいたのですぐ巻き込まれてしまう。
もちろん、上にいたからといって安全ではない。
飛び上がったトラルテクトリは、空を飛んでいたキングとクリフも弾き飛ばすと、そのままソンに噛みついていく。
「くっ……!?」
「ゴォォッ!?」
狩人を丸飲みにしようとしたトラルテクトリだったが、その口は彼を飲み込む直前で止まる。近くに糸がないため、ソンは動けない。身動きが取れない彼を手で弾き飛ばしてから、それは首を曲げて背後を振り返った。
「ちっ、結局ソンはぶっ飛ばされんのかよ〜。
まぁまだ無事だろうけど、そろそろキツそうだな〜」
すると、トラルテクトリの目に飛び込んできたのは、自分の尻尾を掴んで噛みつきを止めたライアンの姿だ。
彼はドリルのような回転に巻き込まれ、真っ先に潰れていたはずなのに、傷一つない。火の粉を散らしながら、いつも通りほのぼのとした雰囲気で、獲物を射抜いていた。
「不思議か〜? 別に何も変なことはしてないぜ〜。
俺はただ、ずば抜けてタフなんだよ〜」
「……」
笑う獅子王を見ると、トラルテクトリはくるりと眼球を回して辺りを見回す。ソンの意識はあるが、壁にめり込んで満身創痍。キングは耐久は低いので血だらけ。唯一、族長であるクリフだけはボロボロながら立ち上がっていた。
もちろん、戦闘に参加していないデネブは普通に無傷だが……
あの例外を除けば、未だに無傷なのはライアンだけである。
だが、彼も何度か吹き飛ばした時はボロボロになっていた。
おかしいのは、今傷が治っていること。その回復力だ。
「ゴォォ……」
「おっ……?」
異変に気がついたトラルテクトリは、油断なくライアンを睨みつけながら全身を発光させる。白く、白く。
沼地を浄化するかのように清浄な光が、世界を包み込む。
「うわっ、尻尾どこ行った〜?」
「……」
光が視界を遮っている中で、ライアンはトラルテクトリの尾を手放す。当然、力を緩めたからとか、手を振り払ったからということではない。尻尾は、なくなっていた。
「……おいおい、こっちはもうボロボロだってのによ〜。
まさか、こっからが本番だとでも言うのか〜?」
視界が戻った直後、ライアンは表情を歪めながらものんびりとした口調のままつぶやく。視線の先では、露出の多い民族的な衣装を着た、褐色の女性が浮かんでいた。