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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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303-心晴れやかに

クラローテに連れ出されたローズ達は、なすすべもなく密林の上を飛ぶ。


半強制的に茨で乗り物を作らされ、ケツァルコアトルの風に追加で風を起こし、翼として上着を広げる彼女を支えてどこかへと進んでいた。


機体を作ってからは話を聞く余裕もあったのだが、その間に説明は一切ない。延々と脈絡のない音の羅列を聞かされ続け、騒がしい翼とは対照的に静まり返っている。


もちろん話すこともやることもなく、たまにポツリポツリと静かに文句や行き先の想像を口にするくらいだ。


「空はいつも空腹だ! 空っぽの空白には空気しか詰められていなくて空いているのだから! つまりは空飛ぶあたしも空腹に! 美味なる感情は何処かにゃん?」

「……結局、どこいくんだろ」

「さてねぇ……まぁ、なるようになるのではないですか?

彼女は無茶苦茶ですが、実力だけは確かなので」


空腹だなどと言いながら、クラローテは明らかに余計な体力を使って喋り続ける。なぜか茨の機体はあまり揺れていないが、翼である彼女は体を左右に揺らし、動きでも余計な体力を使っていた。


それを見上げることしかできないローズ達は、疲れや嫌だという感情を隠すこともせず言葉を交わす。

時折眼下の密林を見下ろしながら、先の見えない空の旅と言い張る誘拐を、力なく受け入れていた。


だが、その旅ももう長くは続かない。

行く先も知らず、狩るつもりの魔獣も知らず、ただ飛んでいるとしか思えない中、クラローテは突然叫び始める。


「その時、うさぎはキラッと輝く宝石を見た!

獲物を見つけたジャガーは鷹のように! 鋭い双眸に光を宿し、カラスの如き執着を見せる! カァカァ!」

「え、何? 宝石? 獲物? 何に執着してるって?」

「多分、狩りたい魔獣でも見つけたんじゃないですかねぇ。

何を言っているのやらさっぱりですが」


やたらと動物の名前を多用した言葉は、当然周りにいる他の人には理解不能だ。なんとなくなら理解できるのだろうが、戸惑いの方が強くて2人は首を傾げるばかりである。


そんな中でも、クラローテのペースは変わらない。

上着をバサバサ騒がしく鳴らしながら、もろとも全員で地上に向かって滑空していく。


「フライングキャーッツ、がおーっ!!」

「そこは一貫してるんですね」

「落ち着いてる場合じゃなーい!!

この人、絶対着地のことなんて考えてないでしょ!?」

「あっはっは、もうどうしょうもないので諦めましょう!

どうせ神秘は丈夫です。なるようになり‥」

「うん? この乗り物邪魔だな」

「捨てられるのは聞いてないなァ!?」


焦るローズとは違って、悟りを開いたような表情をしていたバロンだったが、その後の暴挙によって堪らず叫び声を上げる。


切り離されるだけなら、まだマシだ。しかしクラローテは、ずっと運んでいた茨の方舟を地面に向かってぶん投げた。

機体は2人の叫び声を拡散しながら、叩きつけられていく。


断末魔のような悲鳴を聞いても、彼女が気に病むことはない。むしろスッキリとした表情で華麗に降り立ち、ぐしゃぐしゃになった船の前で笑っていた。


「わーっはっはっは! 地上、それは恵みに満ちた満腹の世界! 中天から暖かな太陽が見守る、今日はいい日だ!

風が強いぞ、鬱陶しい! ふぁ〜……ちょっと眠いね。

うーん、とても楽しかった……バタン、くぅ〜ん」


1人で楽しそうに笑っていたクラローテだったが、マイペースに風にキレると、すぐにあくびをして丸くなる。

空では空腹を訴えていたのに、地上に来たら満足して眠気に襲われたらしい。


とはいえ、これが街の中とかならまだ自由なだけだと言えるだろう。しかし、現在。丸くなって眠る彼女と、地面に叩きつけられてぐしゃぐしゃになった機体の前には、怪しく輝く人型の魔獣がいた。そんな状況で眠る……もう意味不明だ。


息も絶え絶えに茨の中から脱出してきたバロンは、その様子を見てすぐに状況を察し、怒鳴りつける。


「ちょっと……何寝てんですかあなたァ!? 街から連れ出し、魔獣の前に落として、自分は寝るって……!!」

「うわ、この人ヤバすぎるよ……

しかもあれ何? 幽霊じゃない?」


彼の後ろから出てきたローズも、小動物のように丸くなってぐっすり熟睡している彼女を見て、ドン引きした様子だ。


とはいえ、今はそんなことに意識を向けている暇はない。

目の前には、クラローテが討伐したがったと思われる魔獣が浮かんでいるのだから。


「ふむ……先生はヴィーなのですが、まぁそもそも彼女は名前など覚えられませんし。私が思い出すしかないですね。

えーっと、たしか……シワテテオ、でしたっけ? 女性の霊が集まって生まれた精霊です。今は魔獣……邪精霊ですかね」


ローズに促されたバロンは、すぐに落ち着きを取り戻して目の前にいる魔獣について教えてくれる。

彼はあくまでも森の相談役であり、森の先生ではないのだが、簡単な知識くらいはあったようだ。


少ないながらも必要な情報を聞き、彼女は足元から茨を生やしながら覚悟を決めた顔つきでシワテテオを見つめていた。

その、うす透明ながら骸骨のような顔をして、手にはカギ爪まである化け物を。


「この人が寝てる以上、私達が倒すしかないね。

不調は、もう治っているって話だし……」

「なるほど、こうなってしまえば助言は1つ、ですか。

ローズさん。滅ぼすことを望むあなたと、避けるあなた。

矛盾したその在り方を、確実にどちらかに定めるための状態が現状なのだとして。それが可能なのは守られている間のみです。あなたは選ばなくてはならない。それでも滅ぼす力を持たないか、自分を守り仲間を安心させるために持つか」


森の相談役として、改めて彼女の悩みに寄り添うバロンは、ローズという神秘のより本質に近い部分に触れる。


守るものと定められた血、少なからず恨み否定したくなってしまう経験、そもそもの性質としての善。

絶対に何かを滅ぼせない状態であり続けるか、仲間のためにも自分を守るための力として受け入れるか。


涙を流しながら襲いかかろうとしてくるも、実体があるのかバロンの木によって阻まれているシワテテオを見つめ、考え込んでいた。


「……そっか。やっぱり私は回復していたんだね。私はみんなが大好きだし、心配をかけたくない。それに何より、クロウのことは助けたいから。ちゃんと方向を定めよう。

私は戦う。不調でごまかす必要なんてない。

私が花の女王(ティターニア)であり、玉藻の残り火(タマモノマエ)

この力は私そのもので、私が自分の意志で制御する」


自分を見つめ直すローズは、しばらくしてから目を閉じてうつむく。だが、すぐに顔を上げると晴れやかな空を見つめ、その身から9つの尾を顕現させた。


足元からは茨、チリチリと全身から漏れ出ているのは輝かしい炎。ゆらゆらと揺れるそれは、まるで羽衣のように薄っすらと彼女の姿を彩っている。


「息がしやすい、心が軽い……私はあなたを、殺せる」


"妖火-送り火"


神々しい姿のローズは、陽炎のように揺らめく穏やかな目をシワテテオに向けながら、指をクンッと空に上げる。

瞬間、恐ろしい幽霊を包み込むのは、的確にそれのみを飲み込んだ円柱状の炎だ。


以前は辺り一帯に撒き散らしていたが、今は9つの尾が操作しているようで無駄に被害を広げることはない。

討伐するべき魔獣のみを、焼き尽くしていく。


「v)5%%%%%Z<0qdk3ta'y<0qdkeqnEEEZ!」

「っ……!? 少しだけ、お腹が痛い?」


炎はシワテテオを焼くが、同時にローズはわずかに顔をしかめてお腹を押さえる。それにより、炎の制御は弱まってそれは力尽くで飛び出してきた。


向かうのは手強いローズ達ではなく、眠っているクラローテの元だ。うす透明な体は焼け爛れており、今にも消えてしまいそうな状態になっている。


とはいえ、浮かんでいるのだから移動に支障はない。

目を逸らした隙に、バロンの木へと炎を移しながら突撃していく。それの凶爪は、無防備なカウガールに襲いかかり……


「ふわぁ〜、より澄み切った空気になったね。どうせクリフちゃんの討伐対象だし、用済みだからバイバイ」


頭部、胸部などを破壊されて一瞬で消滅した。

おきざまに魔獣を殺した彼女は、スッキリとした表情で伸びをしている。直前まで寝ていたのに凄まじい力を見せた少女に、ローズ達はあ然とするしかない。


「え、えぇー……?」

「うぅ〜ん、はぁっ。 ところで、君はだぁれ?」

「えぇ……? 今さら?」

「まぁ、誰でもいいか。暇だし誰かにカチコミをかけるとしよう。訓練、またの名を殺し合い。闘争もまたよし。

いざ、太陽の見守る風吹き荒れる空へ!

フライングキャーット、がおーっ!」

「……えぇ?」


ローズ達がほとんどまともな反応ができない中、クラローテはまったくそれを意に介すことなく上着を広げる。

会話のドッジボールをするだけした彼女は、自分が連れ出した2人を放置して大空へ飛び立っていった。


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