28-密入国
彼らがガルズェンスの領土に入り、一体何日が経ったのだろうか。
この地域は日を遮るものが多くほとんど一日中薄暗いため、時間感覚が少しずつ壊れていっているのが分かる。
そんな感覚に陥りながらも、彼らは前に進み続けた。
日が見えず、吹雪に吹かれ、氷に道を塞がれ、無骨な大木以外に植物がない世界で。
雪に足を取られ、確かな地図もなく、進めているのかすら分からなくとも、ただひたすらに。
一応一定間隔ごとに休息を取っているが、それは旅の過酷さを和らげることはない。
目印となる物もなく、果てしない旅路だったのもそれに拍車をかける。
いつまでに着きたいという願望がある訳ではなかったので問題はないが、精神的には厳しい旅だった。
だが、ようやくその終わりが見える。
彼らは、ガルズェンス最初の街へとその歩みを進める。
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長く厳しい吹雪を超え、俺達がようやく光を見たのは、ふらつきながら街の目の前に辿り着いてからだった。
実を言うと目の前に着く前から、な、何かある……と思っていた。
それほどまでに、それは巨大だった。
この付近は何故か吹雪がそこまで強くないため日が当たっているのだが、その壁はギラギラとそれを反射している。
つまり、金属。
……巨大な金属の壁が、そこにはあった。
「……これどうやって入るんだ?」
「俺らが風で運べばいんじゃね?」
「馬車ごといけるのか?」
「……壊れるけどな」
「意味ねぇだろ」
これはヴィニー達と相談しないとな……
俺達は馬車から降りてヴィニー達の元へと向かう。
雪に足を取られながらも少しずつ近づいていくと、彼らもあ然としていたようで上を見上げていた。
「どうやって入る?」
2人に声をかけると、ゆっくりと視線を下ろし微妙な表情を見せる。
その気持ちはよく分かる……
「うーん‥‥少し観察してみて、許可が必要そうなら馬車を隠して風で乗り込む……かなぁ」
「馬車が雪で壊れたりしないか?」
「でも運んでも壊しそうだよね?」
「ああ、壊すぜ!!断言する!!」
「ドヤ顔で言うな」
いっそ清々しいな!!
ってかついてきてたのかよ!!
風で飛んできてたらしく、足音がないので気が付かなかったわ!!
こんな雪のなかでもリューは太陽のように明るく笑っていて、寒さや暗さも気にならなくなる。
最初は少し苛ついたけど、馴れると雰囲気が明るくなってありがたいかもな。
「壁の上に見張りはいないのかな?」
「それも見てみないとなんとも言えないですね……
でも門か壁かしか入り方はないと思いますし、それなら壁の方がいいと思いますよ」
ローズの言葉に上を見上げてみると、壁の上まではよく分からない。
だが、門にはパッと見10人以上の門番がいる。
門はこんな厳重な警備体制なのに、壁自体はゆるゆるなんてことは多分ないだろうな。
実際は分からないが。
「じゃあ俺ちょっと見てくるわ」
「俺も行くよ」
「俺も‥‥」
「お前は騒ぎそうだからくるな」
「じゃあわた‥‥」
「お嬢は馬車を見ててくださいね」
「はーい‥‥」
出来ればロロにも来てほしかったが、寒さにやられているので無理は言えない。
フーは逆に無口だからな……
ちらりとフーの方を見てみると、靴紐を結び直している。
付いてくる気……なのか?
「フーも来るのか?」
「…………うん」
「それなら壁の上も確認できるね」
「そうだな」
こいつって普段無口で愛想悪いけど、意外と面倒見がいいっていうか……色々手伝ってくれるよな……
報告に不安は残るが……まあ、いるかいないか位なら大丈夫だろ。
~~~~~~~~~~
ということで、今俺達がいるのは正門のすぐ目の前だ。
こんな吹雪の中なのに、商人と思しき者達がそれなりの人数訪れている。
馬車の周りには何やら赤く光る鉄のようなものが付いていて、それのおかげなのか彼らの衣服には雪が付いていない。
神秘も感じるが、それだけじゃなさそうなので恐らくあれが科学の恩恵なのだろう。
門番達もあまり寒さを感じていなそうだ。
しかし、それよりも気になるのが……
「なんか、みんなデカいな……」
「そうだね。2メートルは優に超えるくらいあるね」
雪国だからか、門番をしている男達は平均して2メートルを大きく上回っていそうな巨漢だった。
そのうちの何人かは、3メートルあってもおかしくない。
この国の人間は化物かよ……
ヴィニーやリューも背は高い方だと思うが細身だし、2メートルどころか190センチもないと思う。
多分180センチくらいだ。
……あんまり気にしたことがないから、よく分からないけど。
そしてローズやフー、ロロからしたらもはや巨人だ。
それくらいに彼らはデカかった。
あまり敵対したくねぇな……
「バレたら追われると思うか?」
「こんな厳重で追われなかったら逆に怖いよ」
それもそうだよな。バレたらどうあれ怖い。
やっぱり正門からは無理だな。
「じゃあ一旦ここを離れて、誰もいないところに行こうか」
「おう」
俺達は正門の観察を止めて、人気の無い所まで移動する。
壁の上にはいるかもしれないが、少なくとも下には誰もいない場所だ。
一応辺りを見回して、誰も見てないのを確認してから壁に近づく。
その壁は離れた所から見た印象のまま、普通の人間が自力で登れるようなものではなかった。
ツルツルという程でもないが、少なくとも手足で登れるような窪みはない。
「うん、フーかリューの風で運んでもらわないと壁も無理だね」
「だな。フー、上はどうか見てきてくれ」
「…………ん」
フーが静かにそよ風を纏っていく。そのままふわりと上空へ。
リューなら爆音で飛んでくんだろうな……
10分程して、彼女は下に降りてきた。
相変わらず無表情なので、表情からどうだったかは読み取れない。
「どうだった?」
「…………いた」
「そっかー……」
「どうする?」
壁も無理そうなら、他には水路とか商人の荷物に紛れるとかしか思いつかないな……
「う〜ん‥‥フーの風で窒息させて意識を落とすとか?」
「は? ……お前ってそんな荒っぽい感じだったか?」
一歩間違えたら殺してしまうようなことを? と思って聞くと、彼は笑顔で言い放った。
「あはは、どうだろ? でも他はお嬢に嫌な思いさせそうだし」
「あー‥そういうことな」
そういえば元々はこうだったな……
今は普通に接してくれてるが、こいつはローズに崇め奉る勢いで仕えてたやつだった……
超人なのにな。
「一応壁一周してから戻ろうか?」
「そうだな」
侵入の目処は立ったが、そんな危うい方法以外があるならその方がいい。
という事で、俺達は壁を一周してみた。
壁の下に穴がないかを調べてみたり、壁が途切れている所はないか探してみたり。
下水道なども一応見てみた。
そしてその結果、無理という事が分かった。
~~~~~~~~~~
俺達が警備の様子を見て戻って来てみると、茨の中で火を焚いているリューがいた。
しかも、ただ暖まっているのではない。
肉を、焼いている。
とても、いい笑顔で。
鼻歌まで、歌っている。
……は?
あまりのことにしばらくそれを眺めていると、リューは5分は経ったかという頃になって俺達に気がついた。
そして、何一つ後ろめたい事などありませんよ? と言わんばかりの笑顔で、というか実際に思っていないのだろうが……まあとにかく晴れ晴れとした表情で声をかけてきた。
「おっ戻ったか。ごくろう」
そして、すぐに肉に視線を戻す。
……は?
「おいテメェ何してやがる」
「んー? 肉を焼いてるぜ。お前も食いてぇのか?」
なんと、一人で食うつもりだったというのだからとんでもない。
俺達が寒い中、人目を気にしてコソコソ働いていた時に、コイツ……
「ああ? まず何でそんな事してやがるんだ!!
俺達が頑張ってる時によ!!」
「おおー‥‥わりーわりー‥‥」
「そもそも煙を出したくねぇってのは分かってるよな?」
「それはローズに頼んで‥‥」
「薄く見えてんだよ!! 何のために弁当用意してると思ってやがる!!」
あとで決闘だなこれは……
「クロウごめんね……リューがしつこくて。ロロちゃんも暖まれるし……」
「ローズはむしろ抑えてくれてたんだから感謝してるよ。
ロロが暖まるのも大事だし。
だけどさ、コイツは自分の愉悦のためだろ?
その分火も大きいし、単純に腹立つ」
「うーん、それは思った。
お肉食べたいから焚き火させてって言われたし」
「もちろんみんなで分けるぜ」
「独り占めの予定だったよな?」
気づかれたらコイツを囮にしていこう。
俺はそう心に決めた。
その間、フーも珍しく呆れた表情を見せていたし、ヴィニーも苦笑いだ。
リューの図太さといったら……
今更どうしょうもないので、俺達はその肉を食べながら夜を待った。
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日が暮れてから寸刻。
大体の人が夕食を食べているであろう時間を狙って俺達は行動を開始した。
どこかの宿屋には入る必要があり、深夜は無理なためその次に隙がありそうな時間帯だ。
既に馬車はそこらの木から折った枝などで隠してあるので、すぐに行動に移す。
リューには黙っててもらって、フーのそよ風で空を飛ぶ。
荷物もあるためいつもよりもさらにゆっくりだが、むしろ辺りに目を配れていい。
歩廊が近づいてくるとロロに感知をしてもらい、さらにフーがそよ風を衛兵に纏わり付かせる。
数分待てば完了だ。
俺達は、彼らが気絶している間に侵入を果たした。
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