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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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300-獣の目

族長の部屋を後にしたローズ達は、特にやることもないのでフラフラのんびりと城内を歩く。


別行動になった仲間も、ヴィンセントやソンなど割と頼りになる面子ではあるし、そもそも敵対していない。

獣人のトップである族長とあれだけ友好的な関係だったのだから、まったく心配する必要などなかった。


ただ、心の赴くままに。何処かから聞こえてくる訓練の音を聞きながら、何人もの獣人とすれ違いながら歩き続ける。


「ところで、ローズさん」

「なぁに?」


彼女に付き合って、後ろをトコトコと歩いていた小さな猫――森の相談役であるバロンは、しばらくしてから声をかける。

現在地は、古城の高い位置にあるバルコニーだ。


物憂げな表情でアストランの遺跡を一望し、太陽に照らされる銀髪を風になびかせている彼女に、彼はいつも通り静かに問いかけた。


「私は森の相談役です。心配事があれば聞きますよ?」

「……」


ケット・シーの七皇、男爵的な立ち位置にあったバロンは、森の相談役。常に周りを気にかけ、悩みを聞く。


森の先生ではないが、大抵の場合はヴァイカウンテスよりも遥かに先生らしく、ケット・シーらしくサボりながらも良き大人だ。


その落ち着いた問いかけを聞き、ローズは黙って目を閉じる。彼も特に積極的に聞き出すことはせず、あくまでも相談役として寄り添っていた。


「……別に、心配事とか、悩みとかがある訳じゃないんだ」


しばらく沈黙した後、ローズは口を開く。

思いをまとめ終わったのか、目はもう開いていた。


晴れやかな太陽と力強い風を感じながら、独り言のように、答えなど求めていないかのように、言葉を紡ぐ。


「私は、あなた達の国に行く前に一度暴走した。

それから体調も少し悪いんだけど……」

「体調……あまりそうは見えませんが、悪いですか?」

「あはは、かなり治ってるから」


怪訝な表情をするバロンに、ローズは力なく笑いかける。

相談役は不調を見定めるように目を凝らしていたが、治りかけであるという言葉を聞くとすぐにやめた。


彼はあくまでも聞く者であり、寄り添う者。

再度聞く体勢になり、耳を澄ませている。


「でも、体調のことはいいんだ。仕方ないなって思うから。

だけど……今はクロウを助けに行かないといけない」

「足手まといになるのではないかと?」

「ううん、そうじゃないよ。私は滅ぼしたいと思ったんだ。

本来は守る立場にあるはずなのに、そう思ってしまった。

こんな私が、クロウを助けられるかな? ううん、それも違う。……こんな私が、助けに行っていいのかな?」


ローズマリー・リー・フォードが絞り出すのは、彼女という存在そのものの話だ。誰かを助けることに資格はいらないのだとしても、実際に助けるのは彼女自身に他ならない。


他人がどうこうではなく、自分が迷いなく助けられるかどうか。彼女は自身の在り方についての苦悩を、どこか遠い目をして紡ぎ出す。


「……ふむ。もしかして、あなたにはその先がありますか?」


城内では、より訓練の音が激しくなり、廊下でも誰かが騒いでいるような気配すらしているようだ。

そんな中で、バロンはいつものペースを崩すこと無く相談に乗っている。


位置を直されるメガネの奥で光る目は、優しいながらもちゃんと目の前の少女を射抜いていた。


「鋭いね、さすが相談役。……うん、あるよ。

私は故郷に……フラーに戻っても良いのかなって」


スルリと見透かされたローズは、驚きながらも正直に本音を口にする。もちろん、助ける資格があるのだろうかという話だって、悩みであることには変わりない。


しかし、フラーの貴族だった彼女の場合は、以前顔を見せるべきではないと言われた彼女は、それに連なって故郷に帰る資格があるのかという話にもなり、苦しんでいた。


それを見通し、実際に口に出させたバロンは、メガネの奥でつぶらな瞳を踊らせてから、真っ直ぐ見つめて言葉を紡ぐ。


「私はケット・シーの国の男爵です。あなたのことは断片的にしか知りませんが……仮にあなたが何かを滅ぼす人間なのだとして、それで行動を変える必要はないと思いますがね。

あなたは家族を助けたいですか? 故郷に帰りたいですか? 自分が邪悪だったとして、それは変わりますか?」

「……私はクロウを助けたいし、フラーに帰りたいよ。

でも、そんな単純な話でもないと思う」

「いえいえ、それくらい簡単な話にしてしまうんですよ。

人間は物事を難しく考えすぎなのです。やりたいならする、それだけでいいんですよ。仮に助ける資格がなければ相手から拒絶されるし、帰る資格がなければ石を投げられるかもしれない。けれど、行動は自分のもので、評価は他人のもの。

自分が傷つきたくないなら、逃げるのもありですが……

それで何かを失った時、あなたは笑えますか?

何かを攻撃する場合なら、思い悩む時間も必要でしょう。

しかし、あなたは助けたいんだ。ただ、帰りたいんだ。

ならば神秘らしく、己の心に従うのが正しい選択です。

もしもあなたが否定されたのだとしたら、それを罰だと思いましょう。もちろん裁定の強要ではありません。あなたは心に従い行動し、結果は真摯に受け入れるというだけです」


静かにバロンの言葉に耳を傾けていたローズは、やがて目を閉じて風に意識を向ける。城内や街からは喧騒が届いているが、この場には沈黙が満ちていた。


彼としても、あくまでも相談役なのでわざわざ結論を押し付けたり求めたりはしない。あくびをしながら、風でふわふわと飛び始めている。


ケット・シーは風に乗り、少女の銀髪も風にたなびく。

日光は焦らさず心地良い居場所を作っており、世界は彼女に寛容だ。長く、長く、自分と向き合い、やがてローズは晴れやかに微笑んで見せる。


「私は、リー・フォード。あの暴走はやっぱりこの血に悖る行為だったと思う。許されないものかはわからないけど……

でも……うん、閉じこもるのは違うね。傷つけるつもりはないし、好きなように行動して、結果を受け入れよっかな」

「そうですか」


結論は出た。家族の総意として、流れのままに救出に向けた旅をしていたローズは、今、確固たる意志を持ってクロウの救出を望む。


もちろん、元々彼を助けることを望んではいただろう。

だが、暴走したことへの不安もまた同時にあったのだ。

それでも心に従い、少しでも望んだ結果を選ぼうとする彼女の様子に、バロンも嬉しそうである。


「ただ、まだ暴走の影響は治ってないかも。

思うように力を使えるかどうか……」

「悩める子羊は人生の袋小路! 風に乗って届いたお便りに釣られ、空腹のお姉さんがやってくる! そう、文字通りのフライングキャット! 優しい匂いは何処かワン?」


スッキリとした顔つきながら、まだ体調に不安の残るローズは気がかりを口にする。すると突然、空からは高らかな笑い声が聞こえてきた。


ギョッとして空を見上げると、彼女の視界に飛び込んできたのは2つの影。少年らしき影はそのまま飛び去るが、もう1人はまっすぐ下に降りてくる。


段々とはっきりしてきたことで確認できたのは、上着をムササビのように広げたカウガールの姿。

彼女は慣れた様子で滑空してきて、見事な動作で手すりに着地した。


「えーっと……」

「あなた、クラローテさん? いきなり何ですか」


いきなりの登場に加え、おかしな場所からの登場に、ローズは戸惑うことしかできない。カウガールを知っていたらしいバロンは、そんな彼女の代わりに問いかける。


だが、名前まで出されたというのに、カウガール姿の少女――クラローテは自分のペースを崩さなかった。

少し前まで生えていなかったはずのケモミミをピョコピョコと動かし、なぞのアピールを始める。


「クラローテ? それは一体どこのクーちゃん?

このケモミミを見よ!! あたしは通りすがりのケモガール。

決して問題ごとを起こして逃げているクラローテではない」

「はぁ、なにかしたんですね、あなた」

「なぜそのことをっ!?」

「自分で言いましたよ、あなた」

「ふぃ〜、仕方ないな。その鋭さに免じて相談に乗ってあげよう。お姉さんに悩みを打ち明けると良いぞよ。

これは善意であり、決して点数稼ぎではないからね」

「別に鋭くないですし、めちゃくちゃ押し付けてくるじゃないですか。それだから族長に注意されるんでしょうよ」


唐突に現れた狂人は、思わず呆然としてしまうローズの前で無茶苦茶な言動を繰り返す。すべて自分で言っているのに、隠せているとでも思っているかのようだ。


なんとなくの勢いだけですべて乗り切ろうとしているような雰囲気で、とりあえずツッコミどころしかない。

それらもすべてスルーした彼女は、再び上着を広げて別れの挨拶をする。


「はーっはっはっは!! それではこれにて失敬。

あたしは忙しいので、バロンちゃんの毛並みを堪能したい」

「帰るのか抱きしめるのかどっちなんですか」

「あ〜、可愛い。猫ちゃん可愛い。うへへ、可愛い……」


クラローテはたしかに別れの挨拶をした。

したはずなのだが、手すりから飛び立った彼女が向かう先はなぜかバロンの元だ。


全身で彼にぶつかっていくと、全力で抱きしめて小さな猫である彼を撫で回し始める。言動は無茶苦茶だが、その様子は完全にただの可愛いもの好きの少女だった。


おまけに、本当にお悩み相談はしてくれるらしい。

バロンを抱きしめて撫でながらではあるが、彼女はご機嫌にぴょこぴょこ歩み寄って、すんすん匂いを嗅ぎ始める。

これまた無茶苦茶な行動に、ローズはドン引きだ。


「……くんかくんか、君の悩みは悩むまでもないことだよ。

だって、君はもう完全に不調が治っているからね」

「私の不調が、治ってる……?」

「うん、だって神秘に寿命はないし、神秘以外では死にもしない。仮に神秘の攻撃を受けても、追撃を受けなければ神秘の回復力ならすぐに治る。それでもまだ体調が悪いっていうのなら……ね? ただ単に、君が本気を出したくないだけのこと。恐れることなかれ、人の子よ! いざ、魔獣退治へ!」

「は、はい……!?」


クラローテは意外にも、相談にはちゃんと乗ってくれた。

言葉選びもおかしなものはなく、くれるのは普通の助言である。


しかし、その後の行動は相変わらず無茶苦茶だ。

片手でバロンを抱きしめたまま、反対の手でローズの手を取ると、2人の意思を聞くこともせず手すりから空中へ。


今世紀の神――ケツァルコアトルが生み出す風に乗って、強制的に大空へと羽ばたいていく。


「君は茨で機体を作り、あたしは空飛ぶための羽となる!!

バロンちゃんはみんなをまとめて飛ばす風なのさ〜!!」

「そんなんだから注意されるんですよあなたはァ!!」

「き、き、機体って何!? もっと説明はないの!?」

「フライングキャーッツ、がおーっ!!」


バロンはいつもの落ち着きを失って叫び、ローズも目を白黒させている。両側からその声を聞いているはずのクラローテは、問答無用でアストランの空を飛翔した。



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