299-科学者が生んだもの
「ふぅ、相変わらずあの子は手に負えないのです」
アブカンの消火を終えたアツィリは、額を拭いながら疲れた様子で言葉を零す。トウモロコシの1人が食べられてしまったため、丸焦げの彼は彼女が肩に乗るものの腕の中だ。
全身が燃え、ひたすら殴られ続けていたため、完全に意識を失っている。一行の中で最も騒がしい者が沈黙し、この場には落ち着いた雰囲気が満ちていた。
このような騒ぎに慣れている人々もとっくに避難しているので、本当に静かだ。香ばしい香りが鼻腔をくすぐってくる中、ヴィンセントはやや放心状態が残ったまま問う。
「……えっと、あの人、一体何だったんです? ケット・シーの皆さんよりもとんでもない人でしたけど」
「いや、私達と比べないでくださる!?
あれは普通にヤバい方ですわよ!?」
クイーンは普段から周りを振り回している方の人物ではあるが、間違った人の文化を学習してくるくらい純粋でもある。
何かに染まった風でもなく、ナチュラルに好き勝手しているカウガールには言葉を失っており、彼の比較にも堪らず抗議の言葉を叫んでいた。
ちなみに、残りのメンバーは無関心だ。
ソンは黙々とハープボウを弾いていて、ヴァイカウンテスはこの騒ぎにも動じず眠っている。
「あはは……まぁ、無自覚って感じはしましたね」
「そうですわ、そこだけははっきりしてもらわなくてはいけませんわ。比べ物になりませんもの!! 究極のマイペース……
ナチュラルに狂人ですわ!! 結局、あの方はどちら様?」
「彼女はクラローテです。族長の幼馴染みなので、誰一人として止められない子なのです。あの子は言動がコロコロ変わるのですが……役職なども理解していないのか気にしていないのか、アツィリや神ですら力尽くで抑え込まないと、言うこと聞いてもらえないです」
再び族長の元へ向かいながら、アツィリは先程のカウガール――クラローテについて説明していく。
族長の幼馴染みであり、神ですら手を焼く問題児。
直前に目の当たりにしたように、その場の勢いだけで生きているかのような、チグハグな言動が目立つ究極のマイペース――ナチュラル狂人。
予想以上の立場で、予想以上の無茶苦茶さ発揮しているという話を聞き、意識のある者はソンを除いて盛大に顔をしかめていた。
「ほら、全然違いますでしょう? 私はキング様の言うことをちゃんと聞きますもの。嫌じゃなければ……」
「付け足された部分があれなんですけど……まぁいいか。
とりあえず、通報と言ってましたけどマズいですかね?」
「アツィリがいるから大丈夫です。アツィリはただの農家の人ですが、立場はともかく存在は族長より上なのです」
一肌脱ぐから、いきなり通報するという方向に変わっていたクラローテだったが、流石にそれでヴィンセント達がどうにかなるということはなさそうだった。
アツィリは立場こそ神ではないながらも、神秘の格としては紛れもなく神だ。今世紀の神――ケツァルコアトルとも対等であるため、族長へも意見を通せるようである。
彼らはホッと胸をなでおろしながら、先行したクラローテを追って族長の元へ向かっていった。
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クラローテが去って以降は、特に何も問題が起きること無く目的地へ向かう。道を開ける人々を踏み潰さないように注意しながら、習慣なのかお詫びに野菜を配りながら。
そんなこんなで、やがて辿り着いたのは族長のいる城。
遺跡のような街の中でも、明らかに突出して荘厳な雰囲気のある古城だった。
中からはあからさまな戦闘音が聞こえてくるが……
門番もアツィリも気にしていないので、室内に訓練場などがあるのだろう。
トウモロコシ人間から降ろしてもらったヴィンセント達は、パタパタと歩くアツィリの後ろについていく。
彼女は初対面からずっと巨大なトウモロコシに乗っていたので、ひときわ小さく見えて凄まじいギャップだ。
「ここが族長のいる場所ですか。とても重々しい雰囲気がありますね。アストラン自体、遺跡じみてますけど」
「はい、ここは科学文明が滅びてから、ずっと4人の長老達が保持し続けた城塞です。何千年も経っていますからやっぱり古いです。中央のここは元王城なのよです」
この国は遺跡のような趣があるため、やはりここに暮らす人々や神以外……建物1つとっても色々とあるらしい。
装飾品はそこまで多くないが、カーペットなどは豪華だし壁や床にも歴史を感じる。
ヴァイカウンテスをおぶりながら見回しているヴィンセントに、アツィリはこの都市の歴史を軽く語り始めた。
アブカンを医務室に連れて行くため、ソンは不在だ。
「元ってことは、今は王……長老はいないのですか?」
「そうです。あの子達は今、もっと向こうの祭壇に‥」
「街に入った時から思っていましたが、ここはまさに物語の世界ですわ〜っ!! すんばらしいですわ〜ッ!! テンション爆上がりですわ〜!! 王子様がいそうですわ〜!!」
「ちょ、クイーンさん!?」
アツィリが質問に答えながら案内していると、ずっと黙っていたクイーンは我慢の限界にきて騒ぎ出す。
間違った人間の文化を学習している通り、物語的な雰囲気に当てられてしまったようだ。
目をキラキラと輝かせながら、案内も無視して行きたい方へ好きに走り回っていく。クラローテの通報は心配する必要がないとはいえ、城内で放置するわけにもいかない。
何の前触れなく暴走し始めた彼女を見て、一瞬固まった2人はすぐに我に返って追いかけ始める。
「す、すみませんアツィリさん。
族長の元に案内してもらうはずだったのに」
「ふふふ、大丈夫です。多分、族長のところにはもうお仲間が来ているみたいなのです。アツィリ達は好きに回るです」
高いテンションのまま走り回るクイーンは、一貫性無く気の向くままに城内を見て回る。近くにあった部屋、事務室、食堂、物置部屋、手洗い場、戦士の詰め所などなど。
最終的に、縦横無尽に駆け巡るケット・シーの女王様が飛び込んでいったのは、城外からも聞こえていた戦闘音の出所。
現在進行系で訓練か何かが行われている、闘技場のような場所だった。
「おーっほっほっほ!! これぞ人間の世界、ロマンの塊!!
物語通りのファンタジックな人の街ですわ〜!!」
近づくにつれて段々と大きくなってくる戦闘音……もはや戦場と変わらない程の場所でも、彼女のスタンスは変わらない。
訓練場に飛び込んでいったクイーンは、後ろからついてくるヴィンセント達を引き連れながら高らかに叫ぶ。
すると、目の前で繰り広げられていたのは……
「違う、風は心だが、お前に眠るのは体に刻まれた本能だ。
どちらも制御するべきものだが、本能の土台は内面ではなく肉体に宿る能力の理解だ。呪いとは違って、力の方向性は元から定まってる。イメージはいらん。体に従え」
「うるせぇ、俺はこんなもの知らねぇ……」
「事実、お前にはその本能が注入されている。
家族を助けたいなら利用すればいいだろう、抗うな」
スマートな獣人に、羽や鱗、爪などを薄っすらと生やした、見覚えのある男がボコボコにされている光景だった。
おまけに、それを見守るように優男とフーが壁際で座っている。フーが一緒にいる男性ということは、すなわち……
「えっ……!? もしかしてあれ、リュー?」
「む……?」
見た目は鬼人にも似た異形に変わっているが、あの男は紛れもなくリューだ。そう結論付けたヴィンセントは、信じられないものを見るような目でつぶやいた。
彼のつぶやきを聞いて、フーはちらりと訓練場の入り口に目を向ける。同時に、リューと思われる異形をボコボコにしている獣人も、目を細めて彼を射抜く。
「……?」
「なるほど、お前も実験体にされているな」
彼とはもちろん初対面であり、ヴィンセントに目をつけられる心当たりなどない。だが、相手からするとそんなことはなかったのか、わけがわからないまま吹き飛ばされてしまう。
それも、アツィリやクイーンには目もくれずに……だ。
いきなり背後に現れた獣人に蹴り飛ばされた彼は、闘技場の真ん中で体勢を整えながら問いかける。
「ぐぅっ!? い、いきなり何ですか!?」
「お前もあのガキと同じで、科学者――ファナ・ワイズマンが作った薬を注入されている。あれは竜人、お前は鬼人……
どうせ家族を助けに行くんだろ? 使い方を教えてやる。
その妙な目は使うなよ。予知だがなんだか知らんが、本能を呼び覚ますためのノイズになりかねん」
「はぁ、はぁ……蘆原晴雲に打たれたアンプル、あれが鬼人の……わかりました。誰だかわかりませんが、受け入れます」
獣人とは、この星に神秘が満ちた時に人から生まれた神秘だ。それも、他の戦闘民族……鬼人などとは違って人であると同時に獣である。
神秘にいち早く順応していた獣の視点と、心の強さが足りなかった人の視点。両方の視点を持った彼らは、見抜くことに関して、ずば抜けたものを持っていた。
目を充血させたヴィンセントもすぐにそれを理解したのか、彼――族長の右腕であるジャルとの訓練を受け入れる。
自己紹介もなしに、彼らは突発的な修行に突入した。




