298-唯一のヤバいヤツ
「結局、これは何なんですかアツィリさん?」
ライアン達が族長に面会し、リュー達がジャル達との戦闘を開始していた頃。
彼らとは違って雄大な畑に移動させられていたヴィンセントは、なぞのトウモロコシ人に運ばれながら問いかける。
現在地は畑の外れ、木々に隠れていた街の建物がすっかり姿を見せており、あと少しで街に入りそうな辺り。
そして、その移動を担っているトウモロコシ人の手のひらの上だ。案内するというのは、目的地――族長の元まで運ぶという意味だったらしく、彼らはただ座っているだけで仲間の元へと近づいていた。
とはいえ、どれだけ助かっているとしても、トウモロコシの巨人への興味や疑問がなくなる訳ではない。
しばらくして、我慢の限界といった様子で疑問を口に出し、アツィリはニコニコしながら質問に答えていく。
「これはもちろん、アツィリの力なのです。アツィリは獣神――生まれながらの神秘なので、普通の生物とは違った能力があるのです。見ての通り大っきくて逞しいので、小さくて筋力のないアツィリの代わりに畑を耕してくれるです」
「あなたが、獣神……!?」
まったく隠すつもりのない彼女は、自身の能力であることやこのトウモロコシの使い道、自身の立場などを明かす。
もちろん、これが神秘によるものだということ自体は、初めからわかりきっていたことだが……
自然発生した神獣などを飼い慣らしたものではなく、彼女の力であるとの事実は驚愕に値するものだ。
トウモロコシは他の植物同様10メートルを越える程大きく、数も最低でも人数分は作り出せているのだから。
おまけに、その凄まじさを証明するかのように彼女は獣神。
これらの事実を受け、彼らは眠っているヴァイカウンテスを除いて全員が驚きの声を上げていた。
「ははーんですわ!」
「すぅ、すぅ……」
「ガハハ!! まさか他国の神に会うとはな!!
ん? そういやキングも神っちゃ神か? まぁいいや!!」
「……ふむ、人類創造は神の御業ということだな」
クイーンは理解しているのか謎だが、その他はアブカンすらも神の存在を噛み締めている。東方の鬼人とは違って、迫害されることなく独自の文化を形成した獣人。
その礎を築いたと思われる獣の神、このアストランという国の象徴であり具現とも言えるような神秘の一柱。
一見普通の神秘でありながら、事実で以て格の違いを見せつけてくる彼女を、強く感じていた。
「? いえいえ、アツィリは神ではないのです。
アストランの神は4人の長老です。アツィリはアツィリ。
彼らのお友達に過ぎない、ただの農家の人です」
「……はい?」
だが、当のアツィリからしてみると、その理解の仕方や反応は少し違っていたらしい。獣神であることに変わりはないが、アストランの神と呼ばれるのは4人の長老だけ。
ややこしい話ながら、立場的には神ではないと主張していた。すっかり神だと認識してたヴィンセント達は、予想外の言葉に固まってしまう。
「獣神ではあるが、アストランの民に神と呼ばれるような存在ではないということか。
実際の格ではなくあくまでも立場の話……紛らわしいな」
「はい、アツィリの格はたしかに神です。
ですが、このアストランの起源となり、世紀ごとに交代して見守っている神は4人の長老です。
今世紀はケツァルコアトルくんになるです」
最初に硬直から戻ったのはソンだった。
整理された彼の言葉とアツィリの肯定によって、紛らわしい情報はすんなりと染み渡る。
神秘としては、格としての神と立場としての神が同じでも、アストランの神とアツィリは別枠である、と。
しかし、同時に生まれるのは独特な神の在り方への疑問だ。
トウモロコシ人が街に入っていく中、ヴィンセントは新たな疑問について問いかけていく。
「世紀ごとに交代ってどういうことです?」
「神秘には寿命がないので、ずっと活動していると疲れてしまうです。なので、うちの神は100年ごとに眠りにつくです。
今世紀はケツァルコアトルくんですが、あの子も今回の期間が終われば次目覚めるのは300年後……」
アツィリは神ではないながらも、神と対等な友人だ。
このアストランについて知らないことはほとんどなく、彼らの質問にも親切にすべて答えてくれる。
もちろん、話にばかり集中してはいない。
トウモロコシ人の操作も抜かりなく、行き交う人々を決して踏み潰さずに長の古城に向かっていた。
とはいえ、それには足元にいる人々の理解も関係しているのだろう。デネブの光同様、国民達はアツィリのトウモロコシ人にも慣れている様子で、暇な人は手まで振っていた。
彼女は質問に答えながら手を振り、どこからか取り出した野菜などを配りながら笑顔で進んでいく。
そんな中、突如上の方からは屋根を走るような音が聞こえてきて……
「空腹、それは生物の敵! 溢れ出る食欲は、燃え滾る炎のように! いざ、焼きモロコシの時間だ〜っ!!」
建物の上からは、両手に篝火を持ったカウガール姿の少女が突撃してきた。彼女はアブカンが運ばれていたトウモロコシに襲いかかると、彼ごと燃やして香ばしい香りを漂わせる。
振り返ったヴィンセント達からしたら、もうわけがわからない。再度固まってしまい、燃えながら落下し、転げ回るアブカンを見つめていた。
これには流石の人々もざわめき、アツィリも慌てふためいてトウモロコシ人を操っている。丸焼きにされているアブカンは、気が抜けるくらい元気に1人で大騒ぎだ。
「ギャーっ!? なぜにいきなりのファイヤー!?
丸焼きがこの国のカルチャー!? 文化の違い、酷ぇよ真面目に!! ギャグじゃ済まねぇ、見せろよ誠意!!」
「ごめんなさいです、火を消すです!
あの子の食事は放置です、止めるの無理です!」
カウガール少女はこんがり焼けたモロコシを頬張りご満悦。
大慌てのアツィリは彼女から他のトウモロコシ人を遠ざけ、自分が乗るものだけ使ってアブカンを消化し始める。
ただし、彼女は植物の神秘だ。大量の水など出せないので、消化するには物理的な方法を使うしかない。
トウモロコシ人に燃え移らないように、全力で殴りつけることで火を消そうとしていった。
「いでででで!! 殴って消すのか火は!?」
「な、なんなのこの状況……?」
たまに怪しい時があったものの、殴るスピードによって火は燃え移ること無く少しずつ消えていく。
燃えた上に殴られることになったアブカンは堪らず悲鳴を上げ、それを見せられるヴィンセント達はあ然としていた。
しかし、この状況を起こした少女は我関せずだ。
焼きモロコシを食べ終わると、満足そうな笑顔を見せる。
「ふぁ〜、食べた食べた。余は満足じゃ。
ところできみ達、暴力沙汰はよくないよ?
クリフちゃんに怒られちゃうからね〜。でも、そういうのには事情があるものだよね。よくわからないけど燃えてるし。
仕方がないからお姉さんが一肌脱いであげよう」
空腹が治まったからか、少女は道に転がっているアブカンと、トウモロコシ人に殴らせるアツィリに話しかける。
自分が原因であるくせに、それをまったく自覚していないらしくあまりにも酷い言い草だ。
なぜか上から目線で、誇らしげに助け舟を出すことを宣言していた。だが、ヴィンセント達はアツィリの知り合いらしき少女への対応がわからず、アツィリ本人は必死に消火中で返事ができない。
誰にも静止されず、何も言われない少女は、一方的にコミュニケーションを取ったつもりになって服を脱ぎ始めた。
「調理の基本は毛皮や鱗を剥ぐこと……ひぇっ、怖いね。
ふぅ〜、毛皮は邪魔邪魔……というか、ここ暑くない?
ケツァルコアトル様はもっと強い風を吹かせるべき」
「ちょ、本当に脱ぐんですか!?」
「うん? きみは空を飛ばないのかしら?」
「はい……?」
いきなり脱ぎ出した少女に慌てるヴィンセントだが、幸いにも彼女が脱いだのは上着だけだった。だからといって、その無茶苦茶な言動の異常さは変わらないが……
やろうとしていること自体は、そうおかしなことでもない。
本当に吹いてきた風を受けるように上着を広げ、ムササビのように飛行準備を整えている。
「フライングキャーット、がおーっ!!
暴力事件の通報だぴょーん!!」
「ちょっ、助けてくれるんじゃなかったんですかっ!?」
ごちゃごちゃした語尾と共に、勢いよく飛び立った少女は、細い体の全面に強風を受けて飛んでいく。
しかし、彼女の言葉は既に真逆になっていた。
上着を脱いだため一肌脱いだことは脱いだが、本来の意味であるはずの助けになるからは対極にある通報者だ。
ヴィンセントは堪らず声を上げるも、当然今さら届くことはない。影は見る見る小さくなっていき、その笑い声もやがて途絶える。
「えぇ……?」
残された面々は、もう呆然とするしかない。
ようやくアツィリが消火活動を終えた頃、カウガールの姿は影も形もなかった。
イカレキャラは書くのが大変だけど、このキャラは他のイカレより善良なので、割とこの勢いがツボだったり……
雷閃は現時点で、登場後すぐの章、シリーズ別作品2作、呪心のイベスト2作と皆勤賞(迷子はどこにでも現れる)なんですが、このキャラもどこにでも現れるキャラになるポテンシャルがありますね笑
無茶苦茶な言動で神出鬼没に出てくる変人枠笑
推しとは違いますが、ある意味お気に入り