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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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296-アストランの戦士

他の仲間と同じく、クイーン達を追っていたリューとフーもいつの間にか見覚えのない場所にズラされる。


ちゃんとヴィンセントについていきながらも、明らかに暗い表情でやる気がなかったリューがズレてきた場所は……


「……ふん。部下達が消えたと思えば、怪しい魔人達が運悪くこんな場所に飛ばされてくるとはな。デネブによる事故だとは理解しているが、一応聞こう。用件は?」


全体的に厳かな神殿のような造りで、不思議な模様が掘られた立派な遺跡都市の中でも、特に荘厳で神秘的な訓練場……

もしくは、室内にある闘技場のような施設。


そして、その奥で槍を片手に睨んでいる、眼鏡をかけた顔の細い人物だった。彼はデネブのズレを許さなかったらしく、最初からいたこの場の責任者として真っ直ぐな声で問う。


よく通る声で耳朶を叩かれたリューは、彼以外に唯一残っている優男――壁際に座っている者を警戒しながら返事をした。


「用件? ……一言で言えば、協力要請だな。

悪いようにはしねぇから、ちっと手ぇ貸せや」

「では、その価値があるのか試してやろう。ただ利用するつもりでいるだけの雑魚に構ってやる気はないんでな」


何も取り繕うこと無く告げられた用件に、顔が細長い男は口の端を上げて笑いながら槍を構える。

初見でリュー達が神秘であることを見抜いたこともあって、その言葉に偽りはない。本気で戦うつもりのようだ。


もちろん、彼が好戦的だったというよりは、リューの返答に問題があったことは明白だった。

必要もないのにいきなり全力で戦うことになり、巻き込まれたフーはジト目を兄に向ける。


「お兄ぃ、口悪い。八つ当たり、困る」

「……別に何でもいいだろ。余計な依頼なんざ受ける暇はねぇんだ。速く助けに行かねぇと、落ち着かねぇ」


とはいえ、リューとしても悪意はないらしい。

旅が始まった初期の頃は、自分がしたいからする……というようなスタンスで、色々と周りを巻き込んでいた。

しかし、今は単純に精神が不安定だから。


少しでも速くクロウ達を助けに行けるように。少なくとも、余計なことはしていないのだと思うために。

今の彼には必要なことだったのだ。


その言葉を受けて、顔の細長い男も悪事を働くつもりがないことは察した様子である。心なしか優しめの顔つきになり、だが見極めるような目は変わらず口を開く。


「なるほど、救出するための増援か。では、実力というよりは覚悟を見せてもらおうか。そちらが2人なら、こちらも2人でな。おい、さっさと立つんだヌヌース!」

「はー、自分はあんまり戦いとか好きくないんだけど……

それに、その子達ならジャルだけでもいくない?」


細長い顔の男――ジャルは壁際に座る優男――ヌヌースに呼びかけるが、彼は座り込んだままのんびりと頭をかく。

反対側の手にはどこから取り出したのか、いつの間にか水筒のような瓶が握られていた。


明らかにリラックスムードで、戦う気などまったく見えない。眼鏡を抑えるジャルは、槍をトントン鳴らしながら蜂蜜を飲む優男に言い聞かせようとする。


「話を聞いていたか? これは敵を打ち倒す戦いではなく、彼らの覚悟を問う戦いだ。形式ってものがいるんだよ」

「はー、人を殴る感触ってあんまりいくないんよ?

それに、その子達は獣人でもないでしょ? 脆いくない?」

「ただの人間でも、自らの精神力で神秘に成った魔人だ。

場合によっては俺達よりも強い。いいから立て」

「はー、自分はどうせいるだけだし、いらんくない?

万が一のときに備えて、見守って‥」

「おい、いいから立て。俺の眼鏡が割れるまでわからねぇのか? 愚鈍な熊公」

「はー、仕方ないなぁ。気は乗らないんけど、やるかぁ」


延々と戦いを嫌がっていたヌヌースだったが、なぜかジャルの眼鏡が割れるという言葉を聞くと立ち上がる。

武器は持っていないし、やる気自体も変わらずないようだが、人の眼鏡が割れるというだけで途端に真面目な態度だ。


「すまんな、待たせた」

「別にどうでもいい。速く増援確約しろ」

「ふっ、まぁ戦ってみてからな。さて、始めるぞ」


まったく気にした様子を見せないリューに笑いかけながら、ジャルは槍を構える。形としては、背中合わせになった双子を彼とヌヌースで挟み込む感じだ。


油断なく大剣やナイフを構える兄妹に、アストランの戦士達は異様に輝いている瞳を向け……


"野生解放(リベラシオン)-エアレー"


"野生解放(リベラシオン)"


ほとんど同時に、それぞれの全力の力と姿を解放した。

ジャルにはあまり大きな変化はなく、頭部に2本の立派な角が生え、獣らしく毛皮に覆われた肌や足が蹄に変わった程度。


だが、壁際にいたヌヌースは、もはや別の生き物ではないかというくらいの変貌を見せている。


細かった肉体は膨れ上がり、小さな丘か何かのように。

あくまでも獣人なので手は人間の形だが、その先端に輝く爪や牙はジャルよりも数倍は鋭く強固だ。


もちろん、その全身を覆うのはよりふさふさな毛である。

直前まで細身の優男だった彼は、今ではすっかり凶暴な獣――熊と化していた。


その変化を見ても、大剣に風を纏わせていたリューはまったく慌てない。いきなり移動させられ、いきなり戦闘になったというのに、落ち着いた様子で武器を構えながらつぶやく。


「……これが獣人の国の戦士か。

ケット・シーより頼りになりそうだ」

「なんだ、彼らも味方につけているのか。どこへ救出しに行くのかは知らんが、既に過剰戦力なんじゃないか?」

「ミョル=ヴィドにあるアヴァロン国だよ」

「ほう、それは中々……」


成り行きで行き先を聞いたジャルは、目を細めながらその場からかき消える。次の瞬間、彼はリューの真横から槍を突き出していた。


「厄介だな!」


本気で戦うとはいえ、これが腕試しであることに変わりはない。生死をかけたようなものではなく、槍は明らかにリューの隙をついていた。


しかし、かなり暗く慎重な性格になっていた彼は、軽く身を反らすだけでその突きを躱してみせる。風の補強もあって、獣人のパワーにも全然対抗できそうだ。


「思ってねぇだろ、お前」


"アサルトゲイル"


避けた流れで体を浮かせたリューは、そのまま後方に飛んで巨大なヌヌースに向かっていく。襲い来る風は死の気配。

ほとんど予備動作のない強襲により、首筋を蹴り飛ばされた彼は一撃で地面に押し込まれることになる。


「……弱ぇ」

「はー、君は好戦的なタイプなんだね。ただー、まー……

とりあえず、自分はタフなタイプだから油断はいくない」


倒れ込んだ巨体は派手に土煙を巻き上げるが、やはりズラされずにいた戦士というだけあって、相当な実力者のようだ。

急所を蹴られたというのに、平気な顔をして立ち上がってくる。


とはいえ、大剣ではなく蹴りを放ったリューも、そのことはちゃんと自覚していた。蹴りの反動でより高く舞いながら、前方に向かって風の牙と弾丸を放っていく。


"風天牙"


"魔弾-フーガ"


「……んなもん、知ってる」


牙は彼の硬い肌を貫こうと食い付き、弾丸はそれらに弾かれる形で、前後左右関係なしに全身を打つ。

的が大きい分、命中する風も大きかった。


それでもリューは油断しない。相手は3つの戦闘民族の1つである獣族……鬼人と同じように人が神秘で異形に変わり、絶大な力を得た存在。その戦士の中でも、指折りの実力者だ。


冷徹な目で戦いが終わった先を見ているリューは、凄まじい強風を大剣から吹き荒びながら振り下ろす。


"南風の刃"




よりパワーのあるリューがヌヌースの相手をし、そちらから凄まじい土煙が巻き上がっていた頃。

彼が最初にいた辺りでは、当然フーがジャルの相手をして空を舞っていた。


ヌヌースの上司であるジャルは、明らかにスピード特化。

同じように一撃が軽く、数で勝負する彼女としては、中々に追い込みやすい相手だった。


ポケットやポーチ、懐からこぼれ出たナイフの雨は、今にも細身に研ぎ澄まされた凶暴さを打ち破ろうとしている。


"そよ風の導き"


「精密な操作だな。逃げ道を的確に塞いでくる」


フーの風はリューとは違ってそよ風でしかない。

だが、だからこそ細かな操作によってナイフを操り、手数で彼を追い込もうとしていた。


その操作力の練度に、常に移動しているジャルは嘘偽り無く称賛を口にし、彼女は目を伏せる。


「……あなた、すぐ防ぐ。意味、ない」

「まぁな。覚悟を問うのも、どちらかというとあのガキの方だ。今のあんたは、まだその段階にはないように見える」


金属のナイフと風のナイフが吹き荒れる嵐の中で、ジャルはまだまだ余裕を見せながら彼女に語りかける。


かつて、幼くして神秘に成った少女に。

すぐに人格を弄られてしまった神秘に。

混ぜられた人格が、少しずつ本来の状態に戻りかけており、心の方向を見失っている彼女に。


指摘されたことにちゃんと自覚があるフーは、何も言わずに沈黙を貫いていた。


「残念ながら、人生相談は俺の役目じゃない。

とりあえず今は、一旦寝てな」


つまらなそうにつぶやくジャルは、次の瞬間フーの真後ろに現れる。彼女も気がついている様子だが、抵抗する素振りはまったく見せない。


一瞬で意識を落とされ、ゆっくりと閉じていく瞳には挟撃を受けることになる兄の姿を映していた。



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