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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
333/432

295-不動の大地

アストランが星屑のような光りに包まれ、ライアン達が無事に行商人のポラリスと対面できていた頃。

この国のほとんどの人々と同じように、ヴィンセント達も位置をズラされていた。


「……あれ?」


クイーン達が乗ったアブカンを追っていた彼は、いきなりの光に彷徨わせていた手を伸ばしたまま、困惑の声を漏らす。

今にも目標に届きそうだった手は空をかき、足はさっきまでの石畳ではなく土を踏む。


匂いもスパイシーな食べ物や香料のものから一転、木々や花などの自然そのものに。目の前には、街が見えないくらいに雄大な畑が広がっていた。


「星の動きは最も確かな道標。不変の間を保って軌跡を描き、一変のズレもなく夜空を彩る絵画になるのだ。

どうやら、私達は誰かの余波でズレたようだな」

「ソンさん」


相変わらず走り回っているアブカン達を前に、ヴィンセントは一緒に移動してきたらしいソンに声をかけられ振り返る。

すると、そこにいたのは緑の外套を着た狩人の姿だけだ。


一緒に追っていたメンバーには他にもまだリューとフーがいたのだが、どうやら別の場所にズレてしまったらしい。

すぐにそのことを察した彼は、少し周囲を見回してから首を傾げる。


「あれ、もしかしてここには俺達だけですか?

前ではしゃいでるのは抜きにして」

「そのようだ。まぁ、あの駄馬から目を離すよりマシだが」


旅の仲間が消えたというのに、ソンはひたすら無頓着だ。

双子のことなど気にせず、ただアブカンへの罵倒を口にする。


とはいえ、ヴィンダール兄妹もそんなやわじゃない。

そもそも戦いに来た訳でもないので、ヴィンセントも必要以上に心配することは無く現状把握に努め始めた。


「たしかにそうですね。多分、今のリューなら大丈夫だし、明らかにクイーンさんの方が何しでかすかわからない。

というか、ここって街の外なんです? 中なんです?」

「どちらにせよ、畑だ。あまりにも広い、な。

作物もやたらと大きいぞ。ミョル=ヴィドにも負けてない。

トウモロコシは大木のようだし、レタスなんかも低木のように生い茂っている。人の1人や2人隠れられるな」


クイーンは自分で飛び回り、ヴァイカウンテスを乗せたままのアブカンも土を跳ね飛ばしながら駆け回る。

作物にこそ手を出していないが、普通に畑を荒らしていると言っても過言ではなかった。


だが、今の彼らにとって何よりも重要なのは、ちゃんとこの場所がどこか把握し、街に戻ることだ。

仮にあの3人を抑え込めても、次がわからなければ結局すぐに止められなくなるのだから。


会話を続けながらも、周囲の作物の隙間や木々の間、近くにある無人っぽい小屋や風に乗っている少年などを見やる。


「うーん、農家の方も見当たりませんし、謎は深まるばかり……とりあえず、街はどっちの方向なのか」


畑は城が建つくらいに広大で、巨大な作物だけでなく木々も生い茂っているため遠くまで見通せない。

その影響で進むべき方向すらわからないため、ヴィンセントは目を充血させながら未来視を使う。


「あ、動かなくていいみたいです。少し待つと人が来ます」

「なるほど。では、私はあれらを大人しくさせておこう」

「よろしくお願いします」


未来視を終えたヴィンセントは血涙を流し、膝をつく。

情報を聞いたソンはハープボウを奏でながら糸を操り、暴走する仲間の拘束を始めた。




数分後。馬型になったアブカンによって踏み荒らされた畑には、糸でぐるぐる巻にされた猫、猫、馬が転がされる。

クイーンは飛び回っていたが、ヴァイカウンテスはアブカンの上で寝ていただけなので、とんだとばっちりだ。


とはいえ、ずっとくっついて国を走り回っていた状態だったことに変わりはない。2人には彼女の拘束を解く理由はなく、眠そうな彼女は無抵抗で横になり、残りの2人はその分騒いでいた。


「ちょっと、(わたくし)を縛り上げるだなんて、どういう了見ですの!? 狩人の分際で、不敬にもほどがありますわ!!」

「未知の地訪れ大興奮♪ 理性が沸き立ちこの地に拘留♪

畑荒らしは未遂でおしまい♪ 捕まるいわれはオレにはないない♪ 相棒さっさと離してくんない?」


ようやく捕まった問題児達の声に、血涙を拭うヴィンセントは微妙な表情を浮かべる。能力の反動である頭痛が悪化することになるし、単純に対応にも困っている様子だった。


とはいえ、彼女達の怒りの矛先は拘束者であるソンだ。

何も起こっていないかのように演奏をしている彼に倣って、ヴィンセントも完全にスルーしている。


「ふぁ……あれ、わたしなんで縛られてるの?」


ようやく起きたのか、現状に気がついたヴァイカウンテスがつぶやいても、彼らは余計なことを言わずに沈黙を保つ。

すると、彼女はすぐに面倒になったのかまた眠り始め、騒いでいたクイーン達も諦めてほんの少しだけ静かになった。


そして、さらにその数分後。

畑にはノシノシという足音が響いてきて、クイーン達は先程とはまた違った騒ぎ方をし始める。何もなくても何かあっても騒ぐ2人に、哀愁漂う詩人のソンはすっかり呆れ顔だ。


「きゃー!? 邪悪な巨人が迫っておりますわーっ!!

これは王子様が助けに来てくださる場面に違いありません!!

どこですか、お助けくださいキング様ーっ!!」

「ガッハッハ!! なんだよなんだよ、獣人の国で早速ピンチ到来か!? まさかアストランにいるって噂の神の仕業?」

「危ないと思うなら、少しは静かにしたらどうだ」


大木のようなトウモロコシは揺れ、一つ一つが草むらと言えるくらいに大きなレタスやキャベツがカシャカシャと鳴る。

同じくらいに大きなトマトやナスも、そういう楽器なのかと思えるほどにポンポン打ち鳴らされていた。


異常な畑で、異常な物音。やがて、生い茂る木の上から何もかもが大きなこの場所に顔を覗かせたのは……


「ふわぁ、天動様に巻き込まれた迷子さんです?

皆様、大きくてお強そうです。ここはアツィリの畑です。

危ない場所ではありませんので、安心してほしいのです」


黄色い肌を覆う、均等につぶつぶした鱗のようなもの。

体のほとんどは何も身に着けておらず裸で、腰回りや手足の周りに緑の薄布が舞台の衣装のように飾るだけだ。


そう、つまり……木の上から覗き込むように顔を見せたのは、あまりにも巨大なトウモロコシだった。


「えっと、え……!? トウモロコシ……!?」

「きゃーっ、邪悪な巨人が……邪悪な、巨人が……

じゃあくな、トウモロコシ……ですの?」

「ガッハッハ!! トウモロコシ人とはこりゃ傑作だ!!」

「……かつての文明には、人はトウモロコシで作られたというような神話があると聞いたことはあるが……ふむ。

こういうことなのか? そのままだが、これでいいのか?」


誰かに会うことは未来視で知っていたし、何かが迫ってくることも物音でわかっていた。だが、これは流石に予想外すぎたので、この場にいる者は全員目を丸くしてしまう。


アストランは獣人の国。それはライアンから聞かされていたし、実際に街で見てもいたが……トウモロコシが人だというのは初耳で、当然見かけてもいない。


この畑で初めて遭遇した未知の存在に、誤った人間の文化を貫くクイーンやいつも冷静なソンすらも戸惑っていた。

そんな彼らの様子を見ると、トウモロコシは見た目に似合わない高い幼女の声で不思議そうに問いかけてくる。


「あれ? 皆様、どうかしたのです?

ここはアツィリの畑ですから、安心安全なのです。

もしかして、驚かせてしまったのです?

だとしたら、ごめんなさいです。よければ道案内するです」


彼らが固まっているのは、もちろんこのトウモロコシ人を見たからだ。しかし、そのトウモロコシ人からしても、猫や馬が話しているのは驚くべきことのはずである。


ここは獣人の国だが、獣人はみんな人に近い二足歩行をしているのだから。彼らのように、そのまんま小さな猫だったり四足歩行の馬だったりはしない。


それなのに、トウモロコシはまったく驚かずに親切な対応を見せていた。


すると、おそらくは彼女?がずっと親切だったことで、ついにヴィンセントも落ち着きを取り戻して話を切り出す。


「えっと、まずそのアツィリというのは……?

いえ、案内していただけるなら関係ないのですが」

「……? アツィリはアツィリです。アツィリがアツィリだから、アツィリなのです。あ、降りた方がいいです?」


問いかけに謎掛けのような返答をするトウモロコシだったが、途中でようやく合点がいったというように問う。

何のことかまったくわからないヴィンセント達は、特に何も言えない。


だが、現在起こっているコミュニケーション難の原因を理解した彼女?は、体を屈めて手を伸ばしていく。

すると、トウモロコシの肩からは小さな影が近づいてきて……


「あ、人が乗っていたのか……!」

「じゃあくな、幼女ですわ……?」

「ガッハッハ、デケェのにチビじゃねぇか!!」

「ふむ、トウモロコシを模した操り人形……という訳だ」


彼らの前には、アストランの民と同じような民族的な衣装に身を包んだ小さな幼女が現れた。彼女はパタパタと近づいてきて足を止めると、無邪気な笑みを浮かべる。


「はじめまして、アツィリはアツィリなのです!」


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