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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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294-星空の商人

星空の中に突っ込まれたかのように、アストラン内にいる人々は自分の意思に関係なく光り輝く。


慣れた獣人は面倒くさそうに、ライアン達初経験の余所者は驚いて戸惑いながら。抵抗する術などなく、続いてすべての感情を押し流すように世界は回り始める。


近くにいる人同士で、大体の位置関係は変わらない。

親と手を繋ぐ子どもはそのまま手を繋いでいるし、複数人の友達と一緒に歩いていれば大体近くに揃っているくらいだ。


だが、国全体の位置関係で見ると、人々の位置は何かを軸にしたように大きく前後左右にズレていた。


歩いている訳ではないし、飛んでいる訳でもない。

もちろん自分の意思で動こうとしている訳でもないが、彼らは盤面の駒のように勝手に移動させられている。


それはライアン達も同じで、むしろ彼らが軸となった人物の元に辿り着くため、近くにいた人々の位置はより大きくズラされていった。最終的に、ようやくズレが止まった頃。

目の前にいたのは……


「……あなた、また使ったのね」


軸にされていたと思われる人物――長いコートを着て、背中に自分の体よりも大きい細長のカバンを背負った女性だ。


それも、他の人のように獣っぽい見た目をしていない。

おそらくは、自分の力を完璧に制御して完全な人型をとれるようになっている人物だった。


つまりはそれだけ強者であり、長生き。

その他の能力も相当高いと思われる彼女は、光りに包まれたアストランを見て察していたようで、いきなり背後に現れた彼らを振り返るように見ている。


隠すことなく出している感情は、もちろん不快感など否定的な感情だ。しかし、この国を丸ごと巻き込んだ移動の元凶であるデネブは、まったく気にしない。


ジト目を向けてくる彼女を見ると、満面の笑みで駆け寄っていく。ひらひらとした服も星屑のような髪も全力で輝かせ、嬉しいという感情が全面に出ていた。


ローズ達は移動の混乱も合わせて、あ然とするばかりだ。

アストランに来たことがあるライアンも、デネブとは初対面だったので彼の背をただ見送っている。


「あ、ポラリスちゃーん!」

「国の迷惑になるからやめなさいと何度も言ったでしょう。

なぜあなたは地図の読み方を覚えようともせずに、毎回毎回すべてを巻き込んで私の元に来るの。学習能力がないのか、単純に馬鹿なのか、記憶力が悪いのか……あなたは馬鹿?」

「オレっち、頑張って来たのに……なんでぇ?」


ジト目を向けていたポラリスは、デネブが満面の笑みで駆け寄ってきても態度を変えない。表情通りの冷たさを発揮し、綺羅びやかさが陰るくらいに毒を吐く。


ひたすらに罵倒された彼は、服や髪の輝きが落ちると同時に歩くスピードも緩まり、悲しげに肩を落としていた。


「多少労力を使ったとしても、それは努力ではなく楽な方法を選んでいることに変わりない。ほら、周り見て」


2人のやり取りを見守っているライアン達も含めて、ポラリスの前に移動してきた彼らは促されるままに周囲を見回す。

視界に入ってくるのは、当然無理やり位置を動かされてきた人達が元の場所や目的地に向かっていく光景だ。


軸となったのはポラリスで、移動したかったのはデネブなので、周りにいるのは特に強く影響を受けている人達になる。


すっかり慣れている様子ながら、余計な手間をかけられていることは間違いないだろう。注意されていた通り、かなりの迷惑をかけられているのは想像に難くない。


だが、毎回このような方法で移動するらしいデネブ本人に、今さらそんな光景や言葉が響くはずがなかった。

注意されて実際に困ってる人を見ても、なんとも思っていないような態度で笑いかける。


「見た見た、オレっちはいっつもあいつらを見てるぜー。

でも、人間になんてまったく興味ないんだよ。しかも、あんな毛むくじゃらの人達なんてさ。それに、歩くことになっただけだしどうでもよくない? 健康に良いんだろ?」

「はぁ、私も獣人だって知っているでしょう?

完全な人型を取れるからって、本質は変わらない。

アストランの民への侮辱は、私への侮辱。殺されたいの?」


淡々と言葉を紡ぐポラリスからは、特に怒りなどは感じられない。しかし、その脅しは決して嘘ではなかった。

彼女の言葉と同時に周りにいた獣人達は足を止め、槍などの武器を向けている。


驚いてずっと動けず見守るしかなかったライアン達も、これには堪らずビクリと体を震わす。


ポラリスに会うためついてきただけなのに、非常識な案内人に巻き込まれて捕まるかもしれないのだから無理もない。

キングは興味なさげにあくびをしているが、他の3人は一気に緊張感を高めていた。


だが、そんな彼らを完全にスルーして、アストランの戦士達や住民達はデネブだけを囲んでいく。問題となったのは彼の発言なので、流石に巻き添えはないようだ。

危険はないとわかり、ホッと胸をなでおろす。


「おっとっと、これまたやってしまったみたいだね。

失敬失敬、オレっちからしちゃ人間もゴミみたいなもんだけど、獣っぽいと知的生命体って感じにくくて……」


ここまで来ても、デネブの態度は変わらない。

軽く両手を上げて降伏の意を示しながらも、どこまでもマイペースに、無神経に本心を告げて無自覚に挑発している。


ポラリスと彼は、たしかに友人ではあるのだろう。

だが、ここまで言われてしまっては、アストランの民としても見過ごすことはできなかった。


彼というイレギュラーをよく知り、移動による迷惑や言動に慣れている様子ながら、戦士達は呆れ返って近寄り拘束していく。


「あれあれ、オレっちまた捕まっちゃうの?

ポラリスちゃんに会いたいって人を連れてきただけなのに」

「はぁ……案内ご苦労さま。ただし、移動方法でアストランに迷惑をかけたこと、我々を侮辱したことにより、逮捕よ。

今度はもう少し授業をよく聞いて、人を学んできなさい」


これだけのことをしておいて、まだ理解できないという風につぶやくデネブだったが、ポラリスの返答は簡潔だ。

迷いなく逮捕すると明言し、人間を学ぶための授業を受けるらしい彼は引きずられていく。


「ねー君たち。どうせ脱獄するし、意味ないんだから離してくんない? てか、アストランってなんだっけ?

よくわかんないけど、もふもふしてて気持ちいいねぇ」

「デネブさん。あんたが長老と同格以上なのは知ってるが、流石にこれを見過ごすと示しがつかねぇんだ。

最近は普通の人間とも交流あるしな。一旦捕まっててくれ」


連行されていくデネブは、まだ不満そうにごちゃごちゃ文句を言っている。しかし、戦士は当然そんな言葉に惑わされることなく連行を続け、やがて声は聞こえなくなった。


「久しぶり、ライアンさん。迷子?」


彼らの姿が完全に見えなくなり、すっかりいつも通りの日常に戻った人々の中で。当事者だったポラリスは、カバンを背負い直しながら何事もなかったかのように声をかけてくる。


デネブとは違って、彼女とはちゃんと面識のあるライアンは、苦笑しながらその挨拶に応じた。


「おう、久しぶりだな〜。迷子かどうかって話だけど〜……

さっきのデネブ? あれのせいで現在地もわかんねぇよ〜」

「そう。相変わらず能天気ね、危機感がないの?

まぁ、用があるのはどうせ族長でしょうし、案内する」

「助かるぜ〜」

「案内料は払ってね」

「じゃあ、その商品を持つってことでいいか〜?」

「いいでしょう」


どうやら商人であるらしいポラリスは、恐ろしいまでに話が早かった。若干毒舌ながらも速やかに案内することを決め、報酬を決め、さっさと歩き始める。


バロンはすぐに順応しているが、まだちゃんと紹介もされていないローズは慌てて追いかけていった。


「あ、あの……」

「私はポラリス。一応商人をしてる。

大陸を渡り歩き、このアストランを見守る者」

「は、はぁ。私は‥」

「別に名乗らなくて良い。君達がより多く関わるのは戦士達なのだから、記憶の容量はそちらに」


すぐ追いついたローズは自己紹介しようとするが、ポラリスはあまり会話が好きではないようだ。

先んじて自分だけ名乗ると、会話を終わらせて歩くスピードを上げる。


あからさまに拒絶された彼女は、ゆさゆさと細長いカバンを揺らしながら歩くライアンに並んで歩き始めた。


「ライアン、さっき長老って聞こえたんだけど……」

「ん〜? 八咫の妖鬼族にも、長老の鬼神(きじん)と表向きの指導者である死鬼がいたろ〜? ここの長老と族長も同じようなもんだ。隠居者と現役者。あっちと違って関係性もいい」

「なるほど……」

「私達も七皇ではなく長老になりたいものですねぇ」

「あはは、ボクは現時点でも隠居と変わらないけど!」


ツカツカと歩いていくポラリスだったが、決して置いていくつもりはないようだ。チラチラと振り返りながら進むので、ライアン達はのんびりと族長の元まで向かった。


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