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化心  作者: 榛原朔
一章 支配の国
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27-北方の守護者

俺達がイーグレースを出て4日。

ソフィアは小さな国だったので、既に目の前にはガルズェンスとの国境が迫っていた。

それに伴い景色にも明確な変化が現れる。


フラー、ソフィアは両国共に草原が青々と生い茂り、山も丸みを帯びていた。

そして辺りの池や川も日光できらめき、そこにいる草食動物達がのんびりとしている景色が見られるという、生命に溢れた土地。


だが、ガルズェンスはその真逆。

奥に進むにつれて草は減り、その色も褐色になっていく。

花なども当然一切なく、暖かな命というものは存在しない。山も明らかに斜面が急で、植物のない岩肌も雪で白く彩られている。


動物がいてものんびりとは程遠い姿で、過酷な自然そのものだった。

現在も雪が俺達を阻む壁のように降っており、傾斜も相まってなかなか前に進めなそうだ。

奥まで見通せるから進めないことはないだろうが、山でそれは命を捨てるようなものだろう。

奥に行けば強まるだろうし。


冷気で目も喉も痛いし、四肢の末端も氷のように冷えている。

……超えられるかな?




このまま進むのは危険が大きいだろうという事で、俺達は今すぐ進むか相談を始める。

まだソフィア内だが、草原は既にまばらで気温も大分低い。

それでも俺としては、少しでも落ち着いてから入りたいところだけど……


「止むと思う?」


ローズがヴィニーに問いかける。

彼の判断が一番信用できるのだが、流石に少し悩んでいるようだ。

珍しく歯切れの悪い返答を返す。


「……シルさんの話ではこの国は雪国。明日には晴れる、と言い切る事はできませんね」

「だよねー」


ローズもその答えを予想していたようで、特に何も言わずに顔をしかめている。

彼女も聞いていたし、この景色を見ればそりゃな……


だがリューはまるで悩んでいないようで、いつものように軽く提案する。


「止まねぇならさっさと行こうぜ」

「お前も少しは悩めよ」

「いやーめんどい。寒いし」


俺もずっと寒いとこにいたくはないし、早く町まで行きたいけど命に関わるからな……

こいつのようには思えない。

というかこの発言のせいで死に急ぐことには……ならないよな?


「オイラ……寒いとこ苦手……」

「ロロちゃん中で包まってていいよ?」

「毛布よりみんなの方が暖かいんだ」

「外じゃそうでもないだろ」

「そんな事言わないでよクロー!!寂しいじゃん!!」

「そ、そっか」


ロロは猫だからな……早く到着してやりてぇな。


「ロロもきつそうだし進もうぜー」

「ロロを出しにするなよ……」


俺達は空を見上げる。少しはマシになった気もするが、やはり雪が強い。

止むなら待ちたいな……


「取り敢えず昼食を食べようか」

「おっけー」

「了解」


結論を後回しにして俺達は昼食の準備をする。

今回も当然ヴィニーが作った料理で、体を温めるためにコーンスープとパンだ。


ガルズェンスは急斜面の山が多いので、一応ガッツリとしたものは避けた結果、軽くスープになった。

これからの旅は過酷な自然環境の中を通るが、前回と違って材料がきちんとあるなら安らぎの時間が持てる。

まだマシかもな……






俺達が準備を終え昼食を摂っていると、急に人が近づいてくる気配を感じた。それも、ガルズェンスの方向からだ。

敵意は感じないが、少しだけ神秘を感じる。


一応俺達は視線を向ける。

ヴィニーなどは腰を半分上げているが、多分そこまでしなくても大丈夫だろう。


しばらくして姿を見せたのは、白銀の世界に擬態でもしているのかというような白い騎士服を着た集団だった。

10人ほどしかいないが、一人一人がフェニキアの半魔達のように神秘を纏っている。

だが半魔にオーラはないから、魔なのか聖なのか分からない。


「君達、この国に入るつもりなのかい?」


観察していると、先頭の馬に乗っていた指揮官らしき男が一人、近づきながら声をかけてきた。

落ち着いた雰囲気だから聖人側なのかな?

だが油断はできない。


それを受け、俺達は腰を上げる。

そしてヴィニーが前に進み出て、しばらく様子見だ。


「ええ、そのつもりです」

「そうか……許可証は持ってる?」

「許可証が必要なんですか?」

「どうなんだろうね? 私達もこの国には……入った事がないから分からないな。

だけど、この国に出入りする商人は見ている限り許可証を見せていた。必要……なんじゃないかな?」

「なるほど」


やはり剣呑な雰囲気にはならず、穏やかなやり取り。


閉鎖的ってのは入りづらいって事か……

ヘズが注意を促してくるのも納得だけど、先言ってほしかったな。


「どうします?」


ヴィニーが振り返って意見を求めてくる。

一番頼りになる人間はヴィニーなのに聞かれても困るな……


「私はどうせなら行きたいかな」

「ですよね……」


ローズも行きたいって言うなら行くことになりそうだ。

だがそれ以前に……


「それにどうするって言われても……入れるならって言葉が入るのかもしれねぇけど、レイスもシルも薦めてた事だからな」

「俺も強くなれるってんだから絶対行くぜ。こいつに負けたままじゃいられねぇ」

「得るものは確実にあるはずなんだよねぇ……」


俺達は頭を悩ませる。

だが、俺はここで一つ思い出す。こいつらがやってきた方向だ。俺達と真逆。つまり……


「けど、あんたらガルズェンス方向から来たよな?

入った事あるじゃねぇか」


俺は、ヴィニー越しに彼らに声をかけてみる。

やっぱりこの国には行きたいし、色々知ってそうだからぜひ情報を引き出したい。


こいつら多分密入国者だけど……

すると、彼は頬をかきながら笑う。


「あはは、流石にバレてるか〜」


ゆるいな。

こいつらに入れるなら俺達も入れるんじゃねぇか?


「いや実はね。さっき出入りする人って言ったけど、それは都市に限定されてるんだ。そりゃあ多少は警戒されるけど、捕まりはしない。

なぜならあの国が警戒しているのは、技術の流出だからだ」

「技術?」

「そう、技術。あの国は、世界で唯一科学を使っているんだ」


科学? ……んー‥何だそれ?

俺は当然分からないが、ヴィニー達の中にも誰一人知っている人がいないようで、首を傾げている。


「やっぱり聞いたこともなさそうだね」

「ええ。何ですか? それ」


自分も遠目に見ただけだと前置きをして、彼は話し始める。


彼が言うには、科学とはかつて何千年も昔に繁栄していた文明の、生活の基盤だったものらしい。

なんでも、その時代に神秘は一欠片も無かったのだと。


それでどうやって栄えたんだんだろう? と思い聞いてみると、火も水も風も、灯りさえも自動で動いたという。

自動なら神秘でやってたんじゃないのか? と聞くと、仕組みは知らないけど、少なくとも神秘が無い時代だったんだと。


ちょっとどういうことかよく分からなかった。

神秘が無ければ、火も何十分もかけて起こさないといけないし、水も井戸を掘ったり川に汲みに行ったりしないといけない。

風はなんのために必要なのか分からないが……

灯りもすぐに消えてしまうだろう。


神秘があるから火が手軽に付けられるし、水も必要な量を好きな時に出せる。

一度に大量に出しすぎると神秘が枯渇するから、水は貯めるがそれも井戸を掘る必要はない。


建物だって神秘の補強があるから丈夫になる。


無しで発展できるとは思えなかった。


「そう言われてもね。私も教祖様に聞いただけだから」

「教祖?」


聞き覚えのない単語に聞き返すと、彼は目をしばたかせた。


「え、知らない? あれ……ソフィアも影響圏にいたと思うんだけど……」

「俺達はフラーから来たぞ」

「ああ、それなら知らない人がいてもおかしくないのかな」


フラーでも知ってる人は知ってるみたいな言い方だな……

後でヴィニーに聞いてみるか。

と思っていると、ローズが話に入ってきた。


「聖導教会ですよね。一応知ってます。国王は教会の……創設メンバーですから。

でも、それは昔の話ですよね? 今の国内に、機能している教会はほとんどなかったと思いますけど……」

「そうだね、あの方は独自の道を歩んだ。

……というか、ほとんどの国は教会の手を離れているよ。

教会が出来たのは、何千年も昔の大厄災によって人類が滅ばないための対策だったらしいから。

各国の聖人は、各々の道を歩んでる。

教会が今も形を保つのは、教祖様の執着……」


なんか……怖い組織なのかな?


それから大厄災……過去にもいたのか。あんな悪魔のようなやつらが。

でも一度それを乗り越えたってことだよな。少し気が楽になる。


ふとローズを見ると、顔色が悪い。ヴィニーも同様に気分が悪そうだ。

話題にするべきじゃないかな……


「まあその話はいい。その科学ってやつを盗られないか心配してる国ってことだな?」

「ああ、そうだよ。見るだけならともかく、入るのは大変なんじゃないかな」


なるほど……これは知らずに入ろうとしたらやばかったやつだな。

あの人達は見るだけのつもりだったのか……?


いや、何かは起こると言っていた。

入るのに一悶着あるが、問題にはならないって感じか?


「……誰も入れない訳じゃないんだよな? なら、俺達は行くぜ」

「そうか〜‥‥いいな〜」


行くと告げると、彼はいきなりキリッとした態度を崩してきた。

組織の人間なら自重してろよ……


「遊びに行く訳じゃねぇぞ」

「そうなんだ。まぁ私達も用があるからね。行かないよ」

「そうか。色々情報くれてありがとな」

「いえいえ。だけど……1ついいかな?」

「なんだ?」


少し静になった声色に戸惑いながらも返事をすると、その瞬間、彼の腰に下げられた剣が閃いた。

それは俺の首に向けられていたが、予想外の事に反応が出来ない。

首が飛ばされるかも、という恐怖を感じる。


だがローズとヴィニー、ロロは注意が途切れていたので、もしかしたら気づいてもいない。

リューは論外。

ただ一人。フーがだけが反応し、そよ風の守りを俺に。

その光と見間違うほどの一撃を、静かに受け流す。


死ぬかと思った……

剣が逸らされた後、俺の全身からは冷や汗が滝のように流れ始めた。

そのせいで前が見えづらいし、少し体がふらつく。


「助かった、フー……」

「っ、何してるんですか!!」

「てめー‥‥」

「ああ、ごめんね……これも仕事なんだ。けど、もう大丈夫。君達は悪ではないみたいだ」


ヴィニーやリューが声を荒げると、彼は再び穏やかな声色で謝る。

悪……?


「一方的すぎねぇか……?」

「私は聖導教会の聖騎士。目の前に神秘がいるのなら、その本質を見極めないといけない。

だけど本当にもう大丈夫、これ以上手は出さない。

教祖様に誓ってもいいよ」


少し不安はあるが……


「ヴィニーどう思う?」

「……教祖に誓ったのなら大丈夫……かな?」

「そっか……」


リューはまだ食って掛かっているが、彼はなんの抵抗もしていない。

大丈夫そうではあるな……


「じゃあそろそろ私達は出発する事にするよ。彼に殺されそうだ」


彼はそう言うと、仲間の元へと歩き始める。

正直殺されても自業自得だと思う。


「あと……私の名はリヒトだ。さっきのお詫びに、教会の敵にならない限りは味方になる事も誓おう。

では、君達の密入国の健闘を祈っているよ」


彼……リヒトは最後そう言い残し仲間達と共にソフィアの方向へと馬で駆けていった。

穏やかな人だけど、嵐のようだったな……


「……まあ、取り敢えず食べちゃおうか?」

「そうだな……」


ひとまず俺達は食事を再開した。

少し冷めてしまったが、変わらず美味い。


……変な出会いだったな

あの行動の意味もよく分からないが……情報は素直にありがたい。

無事に入れるといいけど……


雪は変わらず吹き荒れていた。

国の方針と同じように、誰も入れないというような意思を感じさせる吹雪だった。




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