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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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290-円卓の日常

「こんにちは、なにかお困りですか?」


ある晴れた日。かっちりと鎧を着込んだ女騎士――テオドーラは、森の中で立ち尽くす人を見かけて声をかけていた。


「え、テオドーラ様?」


テオドーラは相棒でもある神馬――オグマに乗っているため、特別気配を殺していたということはない。

カサカサと葉を鳴らし、コツコツと蹄もなっている。


だが、何かあった様子の女性は相当困っていたらしく、全く気がついていなかったようだ。


声をかけられたことでようやく気がつくと、自分よりも遥かに大きく、男性にも負けない肉体を持つ得高き騎士を見上げた。


「はい、僕です」

「何かあったのかい? よければわしらが助けるぜ」


女性に頷きかけるのと同時に、テオドーラはオグマから滑り降りてくる。直後に彼も人型になり、渋い髭面の顔を人の良さそうな笑顔で彩っていた。


「えっと、実はさっき魔獣に襲われかけまして。手に持っていた食べ物を木の上に投げて逃げたのですが、私の背丈では手が届かずどうしたものかと思っておりました」

「なるほど、この木ですか?」


テオドーラは女性の話を聞くと、彼女が立っていた木の前に歩み寄っていく。頷いて場所を空けた女性は、危なくないようにオグマの側へ。特に怯えること無く守られている。


「では……あ、耳を押さえていた方がいいかもしれません」

「は、はい」


剣を構えるテオドーラは、女性が耳を覆うのを確認してから改めて木に向かう。オグマを気にすることはない。

完全に信じきった様子で、目の前の大木を切り倒そうとしていた。


「ふぅー……」


この森の木はどれも巨大だ。

女王エリザベスの能力下にあることもあって、あまねく全てが逞しく、神秘的である。


そのため、円卓の騎士序列では5位に位置する実力者の彼女も、決して気を抜かずに剣を振り抜き……


「はっ!!」


バッサリ切り倒すと同時に、勢いよく駆け出して件の食べ物が入った袋をキャッチしていた。

周囲には大木が倒れる轟音が響き、土煙が舞う。


だが、もちろん女性はオグマに守られているため無事だ。

テオドーラは見事な身のこなしで着地すると、その袋を手にかけて笑いかける。


「中身がだめになっていたらすみません。

一応気をつけて回収はしましたが……どうぞ、ご確認を」

「いいえっ、回収してくださっただけで十分です。

ありがとうございます」


袋を渡したテオドーラは、再び馬になったオグマに乗って森を進む。目的は特にない。目についた困っている人を助けるための、人助けの巡回だ。


その後も魔獣に襲われている人、道が塞がれていて家に帰れない人、飢えて倒れていた人などを助けて回る。

その果てに。携帯していた食料をすべてあげてしまい、身につけていた鎧も貸してしまった彼女達は……


「うぅ、お腹が空きました……」

「おおう、わしはこんなに助けるつもり無かったんだが……

ちょいと集中しすぎて、気がついたら行き倒れ。無念……」


いつも通り、肌着姿のままで行き倒れていた。




~~~~~~~~~~




「えぇっと……これは、どうしたらいいんでしたっけ?」


ある雨の日。清潔なメイド服に身を包んだ少女――ビアンカは、キャメロットの城内にあるキッチンで首を傾げる。


目の前にあるのは、よく味の染み込んだ肉だ。

どうやら、この次どう調理したら良いのかわからなくなっているらしい。


そんな彼女の様子を見ると、同キッチン内にいる相棒の神馬――ディアンは真剣な表情で作業しながら助け船を出す。


「あぁ、それは小さめに切ればいいのよ。一口サイズでね。

私はちょっと手が離せないから、頑張って」

「ひえぇ……」


次の工程を教えてもらったビアンカは、目を大きく開きながらやや荒い呼吸をし、包丁を握る。


彼女は円卓の騎士の一員でありながら、危なっかしいからという理由で武器の携帯を認められていない騎士だ。

普段から刃物など持っていないので、ただの包丁ですら彼女にとっては数少ない機械。


そして、仕事はできるが常にミスを怠らない、1日に最低でも一回はミスをするディアンの今日のミスだった。


「きゃーっ!? 包丁がどこか行ってしまいました!!」


まず、包丁を握っていたビアンカの手からはすっぽりとその凶器が飛び出していき、ディアンの手元へ。

計量していた小麦粉の袋を引き裂き、驚いた彼女によって粉は宙を舞う。


視界を奪われた彼女達は、てんやわんやの大騒ぎ。

近くにあったものを倒したりしながら、キッチンを荒らして転げ回る。


「きゃあ!? 目の前が真っ白に……」

「ひえぇっ、しまい忘れていた油を倒してしまいましたっ」

「どこからともなく火が!? あ、そういえばさっき……

も、燃やしすぎていたのを放置していたかも」

「つまりこれはいつもの……」

「大爆発ね」

『きゃーっ!?』


小麦粉が舞い、油が染み渡る中。燃やしすぎて溢れていた炎は、当然のように大爆発を起こす。

城内にはいつものように少女達の悲鳴が響き渡り、女王の元にはキッチン爆発と雨漏りの報告が届けられた。




~~~~~~~~~~




「ふぅむ、だーれも来ませんねぇ。

そろそろ戻ってもいいんじゃないですかい?」


深夜。首都キャメロットにある王城の近くにある茂みの中で、黒装束の暗殺者――ミディールは退屈そうにぼやく。


隣りにいるのは、相棒である円卓の騎士――序列11位のラークだ。相変わらず薄汚れた鎧を着ている彼は、相棒である神馬のぼやきに無感情に口を開いていた。


「見張りとは、敵が来るとわかっているから見張るのではない。必要があるかどうかすらもどうでもいい。

(おのれ)はただ、この城が確実に安全な場所となり、女王様に安心していただくために、円卓が盤石であるためにこれを行っている。危険などこの世界にいくらでもある。それを知らない(うぬ)でもなかろう。隙を見せてはならない」

「へへ、もうそろそろ携行食が尽きるんですが……

まぁ、面白いんでいいや。小生も付き合いやしょう」

「うむ。この意識続く限り、(おのれ)らは影より王を守る」


数日間まともな休息も取らずに見張りをしていた彼らだが、持ち込んだ食料が尽きかけても中断したりしない。

たとえ侵入者がいても、決して王城に攻め込んでくる者などいないというのに、彼らは飲まず食わずで見張りを続ける。


その果てに。食料や水が尽きたことで、睡眠すら取らず疲弊していた老騎士と暗殺者は……


「くっ、(おのれ)の王への忠誠はこの程度では……」

「ひぃ〜、我慢比べもここまでっしょ。

流石の小生も死んでしまう。うん、助けてー!」


王城の近くだというのに、なぜか行き倒れていた。




~~~~~~~~~~




「さて、では実践だ」


とある昼下り。王城の空き部屋では、銀の義手を持つ紳士――ヌアザがひげを弄りながら授業をしていた。


席に着いているのは、隻腕の重装騎士――アルム。

これはコミュニケーションを苦手とする彼の、人と話す訓練である。


「……返事は?」

「あー……お手並み拝見と行こうか」

「だーっはっはっは!! 吾輩が試されるのかね!?

ぶふぅっ、吾輩先生のばずなのだがなぁ!!」

「おっけーおっけー、一旦落ち着こうよ。

君は本当にいい先生だと思う。僕はまた間違ったとわかったからね。でも、もっとわかりやすく教えてくれないと。

ソフィア卿の戦闘訓練でも、もう少し言葉を使うよ、うん。

そういえばあれは戦闘訓練だし、言葉はいらないのか……

とりあえず、君は話すのが苦手なの? 僕だねそれは。

うん? 結局僕はなにを言おうとしてたんだっけ?」

「ブハハハハ!! 今日も飲みに行こうと誘ってくれていたのだよ! うむ、ぜひ行こうか!! いい酒の肴になった!!」


コミュニケーションの訓練、だったのだが……

先生であるヌアザは頓珍漢な返答に笑いが止まらなくなり、授業はいつの間にか終わってしまう。

先はまだまだ長そうである。




~~~~~~~~~~




「サボって遊びに行かないでください、姉さん!」


気持ちのいい風が吹く日。城内にはヘンリーが姉を呼ぶ声が響き渡る。視線の先には同じように鎧を着た少女の姿。

明らかに休日ではない。


それなのに少女――シャーロットは元気に走り回り、ヘンリーは追いかけていく羽目になっていた。


「だいじょーぶ、仕事はない!」

「あるんです!!」


だが、この光景は城内では珍しいことではない。

場合によっては、毎日行われていることだ。


そのため、城内にいる他の円卓やそのパートナー、下っ端の一般騎士達に至るまで、その全員が彼女達のことを微笑ましく見守っている。


真面目なヘンリーは十中八九丸め込まれるので、連れ回されるまではもう秒読みだった。


「あははは! だったら、アイネに聞いてみて?

大人の彼女が仕事ないって言うなら信じるよね?」

「え? じゃあ、アイネさん。仕事ありますよね?」


急に立ち止まったシャーロットの背中にぶつかり、ヘンリーは戸惑ったようにまばたきをする。

しかし、すぐに姉の言葉を理解すると、一緒に追っていた姉のパートナー――アイネに問いかけていく。


彼女は実年齢はもちろんのこと、見た目や中身もちゃんとした大人の女性だ。といっても、その服装はショートパンツであり、明らかにシャーロットと同じ活発な人なのだが。


「ん〜? そうだねぇ……仕事はないよっ!」


案の定、彼女は仕事がないと言う。

ヘンリーは一緒に追いかけていたと思っていたが、実際にはシャーロットと一緒に逃げていたのだから当然だ。


その言葉を聞いた彼は目を見開き、本当に彼と一緒に彼女達を追っていたお淑やかなワンピース姿の女性――自分のパートナーであるアリアンロッドに目を向ける。


アイネと同じく、アリアンロッドもちゃんと大人の女性ではあるのだが……


「仕事、ないんだって……アリアン」

「仕事、ないみたいですね……ヘンリーくん」


ヘンリーは純粋で疑うことを知らず、アリアンロッドは同じくらい騙されやすい。姉コンビが暴走元気組ならば、彼らは純情巻き添えコンビだ。


普通に仕事はあるはずなのに、自分で考えればそれが嘘であるとわかるはずなのに、簡単に騙されてしまう。


「ほらね? だから遊ぼう、ヘンリー!

今日はティタンジェルに冒険だよ!!」

「了解です、姉さん!」

「あははは!」


年少騎士の2人につけられたパートナーは、保護者的な立場にいるアイネとアリアンロッド。


しかし、彼女達は片や暴走を助長し、片や一緒に騙される。

この人選では結局何の意味もなさず、彼女達は今日も神秘の森の冒険へと向かっていった。




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