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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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287-審判の間の王

「霧……?」


ふと気がつくと、俺は剣を握って霧の真っ只中にいた。

足元はなぜか黒っぽいが、前後左右は真っ白い。

湿っぽい空気の中で、森の香りを鼻腔に充満させていた。


ここがどこなのかも、何のために剣を抜いて立っているのかも、何一つ思い出せない。

……いや、辛うじて少し前の行動についてはわかる。


俺達は円卓の騎士、序列11位のラークに襲われながら傲慢の間に突入し、アーハンカールと戦っていた。

そんな気がするという程度だけど、戦闘中だったから剣を抜いていたのだろう。


彼は思っていたよりも穏やかで大人しい性格だったが、ある意味最も傲慢な性格で、終始本気ではなかった気がする。

まぁ、一言で言ってしまえば舐めプだ。

だから俺は、たった1人になった今も生きている……のか?


ここまでは何となく覚えているけど……

その細かな部分や最後の方の記憶が曖昧だ。


たしか、斬りかかって斬りかかられて……?

とりあえず、今ここにいるという状況につながる記憶がまるでない。そもそもここはどこだ?


結局最初の疑問に行き着いた俺は、一度考えることをやめて改めて周囲を見回してみる。


もっとも、足元は影……そう、今思い出したがミディールの影で黒っぽいし、四方は謎の霧で白っぽい。

現在地なんてまるでわからないけど……


「普通に、森の中っぽいな」


しゃがみ込んで地面に触ると、影に覆われた部分の奥には草や土などが感じられる。危ないから動きたくはないが、おそらく周囲には木もあるのだろう。


……とすると、傲慢の間の闘技場内ではない?

闘技場の外なら普通の地下空間なので、草木もあったけど……

流石に中にはなかったはずだ。


闘技場ではない、周囲に仲間もいないとなると……

本当に状況がわからない。いつの間に出ていたんだろうか?

霧のせいなのか、地上との切れ目からの日光も感じられないし……


「くあぁ〜……何だい、この霧は? どこかで覚えがあるような、ないような……とりあえず、きみって餌だっけ?」


どうしていいかわからずにフラフラとしていると、突然背後から少年の高めな声がかけられる。

この完全に力の抜けて余裕に満ちた声は……


「アーハン、カール……」


恐る恐る振り返ってみれば、大きめの岩の上にあぐらをかいて座っていたのは、相変わらず花冠を被っている金髪の少年――アーハンカールだ。


彼もここがどこなのかわかっていないのか、あくびをしながらにっこり笑いかけてくる。


「やぁ、きみはたしか……餌くん」

「クロウだ!!」


多分ボケではなく本心なのだろうが、開口一番に餌扱いをされた俺は思わず全力で食ってかかる。


たしかに自己紹介とかはしてないが、目の前で何度もあいつらと名前を呼び合ってたはずなんだけどな……

いやまぁ、認知されてたらされてたで怖いんだけど。


「そうそう、餌のクロウくん。ところでおれ達ってさ、傲慢の間にある闘技場で殺し合ってなかったっけ?

ここどこよ? んで、貴重な食べ物諸君は何処?」

「俺が知るかよ。何で仲間誰もいなくて敵がいるんだ」

「敵だなんてひどいなぁ。おれときみの関係って、捕食者と被食者じゃん? 対等に見るなんて、傲慢じゃない?」

「どっちがだよ」


他の守護者と比べて明らかに落ち着いた性格でありながら、彼の言葉は傲慢という呼び名に相応しいようなものだ。

俺に気がついてものんびりと岩の上であぐらをかいていることもあり、俺達は場違いにも言い合いを続ける。


殺し合いを始める前からこんなだったけど、こいつは俺達のことを話せる肉とでも思ってるんだろうな。

いつでも殺せるとばかりにあくびを連発している彼を見て、性格的に今すぐ戦いにはならないだろうと剣を納める。


警戒を解くつもりはないけど、そこまで気を張り続けるような雰囲気でもなさそうだ。


「おれは謙虚さ。だって、勝てるから勝てるって言ってるだけだもんね。これが仮にヴォーティガーンとかなら、少しは真面目になるよ。つまり、単にきみが弱いだけぇ」

「……それ、1番ダサくね? 俺等みたいな雑魚には強気になるけど、格上には普通に媚びるんだろ?」

「少しは真面目になるって言ったじゃん。別にそんな大きく態度は変えないよ。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすーって言うけど、そのせいで大事な時に力出せなきゃどうしょうもないからね。力を抜く時には抜くべきでしょ?

きみ達は皿に並べられた肉。何を警戒するの?」

「俺達は別に動くぞ」

「つまり、魚の活き造りと同じってことだ。

新鮮なお肉をどうもありがとう」


しばらく言い合いを続けてみるが、彼は変わらずダラダラと岩の上でくつろいでいるままだ。こうしてみると、ほんとにただの子どもにしか見えない。


というか、なんかもう視点が違いすぎて、これ以上話してもまともな会話にならなそうだった。

切り上げたら殺し合いになるのかもしれないけど、どっちにしてもやれることがないからな……


俺はアーハンカールが岩の上でくつろいでいる間に逃げられないかと、こっそりと後退りを始める。

納めた剣が揺れないように押さえながら、影で見えない足元に障害物がないかと慎重に確認しながら。


「んー何、逃げるの?」

「……!!」


極力足音を立てないように動いていると、ほんの数歩で彼はこちらを見ずに声をかけてくる。

俺がいる方向とは違う方をじっと見つめていたのに、こいつもヘズみたいに何かしら感覚が鋭いのか……!?


「そりゃあ、当然逃げるだろ。

俺はあんたに食われる訳にはいかねぇんだから」

「なぜ?」


押さえていた剣をぎゅっと握りながら足を止め、言葉を返すと、彼は短い言葉でさらに問いただしてくる。

俺が逃げかけただけなのに、なぜか真面目な態度になっていた。息が、しづらい……


暴禍の獣(ベヒモス)を殺さないといけないから」

「なるほど、歪なのはそこか。

ところで、あの猫の神獣とは長いのかい?」

「……そうだな。唯一、俺の旅をすべて‥」

「クローっ!!」

「……!!」


俺が問われるままにロロのことを話していると、少し離れた先から聞き覚えのある声が響いてきた。声のした方向に目を向けてみれば、そこにいたのは霧の中を駆けてくるロロだ。


その後ろからは、やはり真面目な表情をしたガノがついてきている。今思い出したけど、たしか霧に飲まれる直前の彼らは一緒にいたんだっけ。

いや、正直そんなことはどうでもいい。


誰と誰が一緒にいたって話なら、たしかセタンタが彼の近くにいたはずだし、何よりも……アーハンカールもガノもなんで今は真面目な雰囲気になってるんだ?

俺としては、そっちの方が気味が悪い。


俺は胸に飛び込んでくるロロを受け止めながら、歩み寄って来るガノと岩の上のアーハンカールを交互に見る。


「たしかにおれには、きみ達への強い殺意はない。

軽い気持ちで殴るだけでも、十分殺せる相手だから」

「何だ、唐突に」


無言で自分と同じ方向を見つめ始めるガノを無視して、岩の上に座り続けるアーハンカールは口を開く。

その内容はわかりきっていたことで、特に驚きはない。

ただ、その雰囲気は妙に重苦しく、息が詰まりそうだった。


「だからこそ、きみに暴禍の獣(ベヒモス)への殺意がないこともわかるよ。同時に、暴禍の獣(ベヒモス)への殺意があることもわかる。また、その危険から逃げようとしていることもわかる」

「何言ってんだ?」

「そうだーそうだー! ……黙ってよ、アーハンカール」

「落ち着きなよ、餌のロロくん?

ともかく、それは矛盾だ。それは歪だ」


意味がわからないままアーハンカールの話を聞いていると、彼とガノだけでなく、ロロまでもおかしな雰囲気になる。

いつもより若干声のトーンが落ちた彼は、強めに口を閉じるよう要求していた。


とはいえ、少しばかり雰囲気が変わっても、見た目が可愛いことに変わりはない。小さな子猫である彼にアーハンカールが臆することはなく、そのまま話は続けられていく。


「相反するものがありながら自覚していない。

それどころか、ある意味行動を操られている。

きみの心の中には、他にも何かしらのものがあるね?

おれがそうであるように、きみも強いんでしょう?」

「おいらの観察を邪魔しないでほしいな、アーハンカール。

おいらはね、クローの旅を見届けたいんだ」

「猫を被るなと言いたいところだけど、それどころじゃないのはきみもわかっているはずさ。ほら、クロウくん?

ガノ・レベリアスが見ている方を見てみなよ」


アーハンカールが滔々と言い連ねた内容に、俺はまったく心当たりがない。俺は俺だし、ちっぽけな運しかない雑魚だ。

しかも、混乱は立て続けにやってきて考える暇がなかった。


ひたすら混乱に思考を支配されている間に話は進み、冷たい声色のロロを不思議に思う暇もなく、視線はガノと同じ方向に誘導される。


「……は?」


すると、俺の目に飛び込んできたのは、段々と晴れ始めてきた霧がさっきまで朧気に隠していた巨体だ。


地面に横たえられた腕は俺の十数倍は優に超えていそうな程に太く、爪はいかにも硬そうな輝きと尖り具合。


その腕が生えている胴体は当然さらに数倍もの図体で、縦長の全身には、闇そのものであるかのように黒光りする鱗が刺々しく生えていた。


背後に見える尻尾など、下手な槍よりも断然鋭そうで見ているだけで怖気が走る。しかも、身に纏う神秘が濃すぎるのか、軽く動くだけで世界が揺らいでいるかのようだ。


もちろん、縦長の頭部の天辺にもギラギラと光る角があり、目は閉じられているのに圧倒的な威圧感だった。


「きみに傲慢だと評されたおれも、あれには勝てない。

さっ、レイドバトルと洒落込もうか。円卓と反逆者?」


俺が言葉を失って呆然とそれの威容を見上げていると、岩の上から降りたアーハンカールは、変わらず余裕を見せながら告げる。


レイドバトル……共闘……?

俺達が倒すべき守護者と……?

ここはどこで、こいつは一体何なんだ……?


「あれは、おれの傲慢の間なんかもすべて含めた、審判の間自体の守護者……ううん、より正確に言えば支配者」


これは、違う……

神や王であるケルヌンノスやエリザベスが、完全な獣の姿をしていなかったこともあるのかもしれないけど、それを踏まえても、生物としての格が……


「かつて女王"神森を統べる王(アーサー)"に負けた最悪の魔獣、人類を滅ぼしかけた獣の具現、かつての大厄災と同等なるモノ。厄災の黒竜――ヴォーティガーン」


アーハンカールが重々しく語る中、それはゆっくりとまぶたを開いて深紅の目を輝かせる。

俺達の目の前には、今いる空間を浸蝕していくかのような圧を放つ黒竜――ヴォーティガーンがいた。



第三幕完

次話からは視点が変わり、五幕で終わりです。


ですが、12月1日から呪心の行事の書で「霧晴らす知恵の樹」と同じく2.5章的な立ち位置にあるイベントストーリーの投稿をしている関係で、今月は休載します。


(もう書き終わっているので、単純に1日2回3回の投稿になるのが書き溜め的にキツイだけです。

化心はちゃんと書いてます)



イベントストーリーは化心二章の後の物語で、三章との間を埋める物語になります。

去年のクリスマスイベントストーリー同様、三章……最悪でも終章の前には読むことをおすすめします。


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