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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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283-アーハンカール

薄汚れた鎧を着た老騎士――ラークから逃げるように傲慢の間に突入した俺達は、余計な邪魔をされる前に試練を開始できるよう主を探して急ぐ。


挟み打ちになったら最悪だが、傲慢の守護者は円卓の騎士に好意的というわけではないらしい。


もし三つ巴になったら、守護者との戦闘やラークからの逃走が楽になるかもしれない……今まで負け続けだったからこそ、今回はラークを巻き込みたいと思う。


「……また羊?」


そんな俺達の目の前に広がっていたのは、憤怒の間の守護者――オリギーの種族であるアルゴラシオンとはまた違った羊の神獣の姿だ。


あっちは全体的にスリムな羊だったが、こいつらはまんまるとしていて肉付きが良さそうである。

アルゴラシオンが戦闘も考慮した種族なら、こっちはあまりそういう生存戦略を取らなそうな見た目をしていた。


面白いことにそれは彼らが取る行動にまで反映されていて、彼らはアルゴラシオンよりも早く俺達の接近にビビって逃げていく。


同じように草を食んでいても、やはり中身はぜんぜん違う……

というか、最初は同じように逃げてくのはバグだろ。


アルゴラシオンは肉食獣でもおかしくないくらいスリムな体をしてんのに、なんでこのまん丸ボディと同じように逃げるんだ?


たしかに彼らは、キレたら手がつけられないだけであって、キレなければ害がない……みたいな触れ込みだったけど。


「えぇ、これはグリ‥」

「こいつらはグリムシープ。めちゃくちゃな勢いで増えるから、いくらでも食える羊だぜ!!」


俺のつぶやきに反応して、いつものように質問に答えようとしたガノだったが、今回は食肉として優秀だからかセタンタが割り込んで答えてしまう。


いきなり言葉を遮られたガノは、さっきまで丁寧な口調通りの笑顔だった顔をビキリと硬直させていた。

そうでなくとも普段から殺し合いかねない彼らなので、当然その後に起こるのは衝突だ。


彼はギシギシと音が鳴りそうな動きで首を回すと、瞳に凶暴な光を宿しながら口を開く。


「おいおいおーい、暴犬小僧? テメェ俺の言葉を遮るたぁいい度胸してんな? なぶり殺されてぇのか? あぁ?」

「あっはっは!! テメェなんかに殺される俺じゃあねぇよ、ガノ・レベリアス!! テメェはここで死ね!!」


ヴィヴィアンが作った罪悪感や雷閃よりも弱いという事実など、今までの積み重ねできたものによってすぐには殺し合いは始まらないが、かなり不穏だ。


彼らは武器こそ握ってはいないものの、互いに互いを挑発し合って目でバチバチと火花をちらしている。

前方に傲慢の守護者、後方に円卓の騎士ラークがいることも影響しているのかもしれない。


ともかく、いつものようにすぐさま殺し合いにならなくてよかった。


「わかっているだろうが、私達はそれなりに急いでいる。

余計な面倒は起こしてくれるなよ?」

「そだぞー!」

「あなたはついてくるだけの猫の分際で、よくもまぁ‥」

「ロロを悪く言うな。細々したとこで頼りになってるだろ?

お前らは雷閃より役に立てんのか?」


ヘズに同調して珍しく声を上げたロロに、ガノはあからさまに苛立った様子を見せる。だが、余計ないざこざが起こらないように俺が口を挟むと、すぐに黙り込んだ。


そんな彼とは対照的に、セタンタは逆に騒がしく俺の言葉に同意していた。


「わーってるよ。このセタンタ様が、この場の誰よりも活躍してやるから楽しみにしとけ!! 雷閃よりもな!!」

「わはぁ、楽しみだねぇ。……僕はあんまり戦えないからさ。

本当に頼むよ、セタンタくん?」

「ひひっ、ドドーンと俺様に任せとけ雷閃さん!!」


雷閃が取り繕うこともなくセタンタを頼ると、彼は心底嬉しそうに笑って頷く。ガノも難癖をつけない辺り、強さっていうのは彼らみたいなタイプにはかなり重要みたいだ。


たまに俺にも牙を剥きかけるセタンタも、彼に対してはそんな間違いを犯しはしない。若干俺に懐いていたのとは違う、群れのボスを見るような扱いになっていた。


……まぁ、それでもセタンタはセタンタだから、本当にヤバい時は普通にもろとも殺そうとするんだけど。


「では行こうか、そう時間がある訳では……ないのだから!」


"音振苦痛"


"インパクトボイス"


ラークは再び迫ってきたが、音によってタイミングまで完璧に察知していたヘズは焦らず対処する。


音の苦痛によって平衡感覚などを狂わされたラークは体勢を崩し、まともに動けない間に広範囲な音の衝撃波によって道を阻まれ吹き飛んでいった。


「……左後方、影」

「おらよっと!!」


"クルージーン"


さらには、ヘズが小さくラークのパートナー……ミディールの居場所を伝えたことで、セタンタはルーン石を砕いて輝く剣を呼び出して斬りかかる。


光の神秘ほどではないが、軽く放出された光に彼のいる影は焼かれ、馬の神獣らしい素早さで後退していった。


「クククッ、しつこいにも程がありますねぇ……

それなりにダメージは溜まっているはずなのに」

「まぁ、私の力は撃破に向いているとは言い難いからね」

「俺よりはわかりやすく便利だから羨ましい」


ラークとミディールの2人が下がっていったのを確認すると、俺達はまた彼らが来る前に乱戦に持ち込むべく先を急ぐ。

正直、今までのことがあるから勝てる気はしない。


目的は守護者の撃破というよりも、どれほど強いのかを確認することと、しつこすぎるラークを押し付けることだ。


傲慢という名を冠している神獣。

円卓側に友好的ではないという、ここ最近戦った3人の守護者よりも強そうな神獣。


俺が2つの勢力を同時に相手することに緊張しながらも、多少どんな相手なのかとワクワクとして闘技場へ突入すると……


「おーい、42番。こっち来ーい」


俺達の視界に飛び込んで来たのは、他の試練の間とは違って豪奢な椅子に腰掛け、傲慢にも羊たちを呼びつけている金髪の少年の姿だった。


しかも、ただの金髪少年じゃない。

頭には花冠を被っているし、羊たちが震えて頭を下げたような体勢でいる、立膝に頬杖をついていることも相まって王様のような態度に見える。


守護者の中で唯一最初から人型でいるし、ひたすらに異質な雰囲気だ。勝率が低いことを自覚しているガノはもちろんのこと、普段ならすぐに暴れるセタンタまでもが、大人しくしていた。


「うんうん、美味そうな肉だ。ほら、毛を脱げよ」

「メェー、メェー」

「……!?」


俺達が黙って様子を窺っていると、彼は呼びつけた羊に無慈悲な命令を下す。その命令を聞いた羊たちは、本人も含めて全員がその個体の羊毛をむしり始めた。


もちろん、それで終わることはない。

大部分の毛がなくなった羊は、仲間達が苦労して起こさせられた火の中に自ら飛び込んでいく。


「メェー!! メェー!!」


生きたまま焼かれ、断末魔の悲鳴を上げていた羊は、段々と声を落としていきやがて倒れる。それを眺めていた少年は、倒れてからも鼻歌を歌いながら数分待ってから再度命令し、運ばれてきた丸焼きになった羊を美味そうに口に運んだ。


「う〜ん、美味いなぁ。こういう楽しみ方ができるってのも、人間の利点だよね。別に人型の必要はないけど……まぁ、こっちの方が色々と便利だ。そう思うだろ? ガノ卿」


見た目に似合わず、羊の丸焼きを豪快に食い千切る少年は、どうやら俺達に気づいた上で気にしていなかったようだ。

明らかに強者の余裕を見せながら、黙り込んでいるガノに話しかけていく。


しかし、珍しく大人しくしているセタンタと同様、彼も相当慎重になっているようで、彼の目を見返しながらも返事をしなかった。


「……」

「あはは、無視? じゃあこう言おうか?

円卓の仲間に切り捨てられた無様な騎士」

「ほざけ実験体。テメェ、人のこと言える境遇ですかぁ?」


無視された少年がそれでも余裕を崩さずに挑発すると、彼は落ち着いた態度を保ちながらも、挑発に乗って攻撃的な言葉を返す。


こちらから誰も手を出さないからか、少年はその返事に笑みを浮かべながらも丸焼きを食べ続けていた。


「過去なんて気にして何になるのさ。まったく価値がないとは言わないけど、1番気にするべきは今でしょ。

仮に大昔に罪を犯した人物がいたとして、その人物は幼い頃から悪人だったのかい? その後更生しても、幼少期ではなく罪人時代を基準にするのはなぜ? 認識なんて、個々人の主観で変わるんだから。確かなのは今だけだよ」

「長ったらしくくっちゃべってるんじゃあありませんよ。

テメェは食事か対話か選べないんですかぁ?

こーれだから実験体は。品がなくて嫌ですねぇ」

「話をすり替えるなよ、ガノ・レベリアス。そーんなあからさまに逃げてちゃ、負けを認めてるようなもんだぜ?

それにこの対話は、おれの食事中暇だろうって配慮さ」

「じゃあ来た瞬間に食い始めてんじゃねぇですよ」

「あっは♪ 今回は負けちゃったな」


丸焼きを食べ続けながらガノと対話していた少年は、どこまでもリラックスした様子で肉を食べ終わると、脂で光る指を舐める。羊はその間ずっと跪いていた。


「じゃあ、始めよっか? 用件は聞かなくてもわかる。

きみ達はおれに食われにきた餌でしょ?

いやぁ、実に殊勝な心がけだ。褒めてあげる」


餌という単語が出た瞬間、彼の周りで頭を下げていた羊たちは一斉に顔を上げ、闘技場の外へと逃げていく。

傲慢の間からは出る様子はないが、闘技場の中には一頭も残らない。


そんな中、椅子から立ち上がっていた少年は、明らかに俺達を見下した目で居抜き、唐突に蹂躙を始めることを宣言していた。



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