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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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282-気難しい騎士

「……」


森から飛び出してきた痩せこけた細身の老騎士――ラークは、木々の隙間を縫うように俺達の方へ迫ってくる。

あまりにも滑らかな動きで、水中を泳いでいるような軽やかさだ。無言だから余計に怖い。


とはいえ、彼はここ数日間粘着されていた相手なのだから、今更ビビったり臆したりすることもなかった。

速やかにフォーメーションを整えると、落ち着いて対処を始める。


「前回と同様にやりますが、あれは狡猾な男なので油断しないでくださいよぉ? 馬も姿を見せていませんからねぇ」

「あぁん? だれが油断するってんだ、さっさと死ね!!

おっとスマネェ、間違えた……死ねッ!!」

「クククッ、変わってねぇだろうがよ……!!」


"ディスチャージ・クラレント"


しっかり作戦共有や警告をしつつも、いつも通りセタンタに罵倒されているガノは、凶暴な牙を見せながらも剣を地面に向けて横薙ぎに振るう。


すると、彼の手元から放たれたのは安定の赤黒い閃光だ。

今まで彼が斬って、蓄積してきた血を放出するかのように、いわゆるビームのようなその斬撃は森を砕いていく。


狙いはラーク本人ではなく地面。彼はどうせ簡単に避けてしまうので、それを避けることで生まれる隙を狙う。


「……」

「パートナーの音は聞こえない、要注意だ」

「影にでも潜ってんだろ? 空中で撃って引っ張り出すぜ」


案の定ラークはガノの攻撃を避けてしまうが、今回はそもそもの狙いが地面だ。後退することなく避けたいのなら、上に逃げるしかない。


宙に浮かび上がった彼に向けて、杖ではなく槍を握っているセタンタは獰猛に笑いながら攻撃を仕掛ける。


"ゲイ・ボルグ"


サッと槍を構えていた彼は、空中で閃光の圧力にキリキリと舞っているラークを見据えると、チリチリと音を鳴らしながらそれを投げつける。


すると槍は、みるみるうちに何十本もの数になり、槍の雨として彼に襲いかかっていく。ラークはソフィアさんやガノのように、派手で特別な力はない。


身のこなしこそ精錬されているが、足場のない空中でそれを避けることなど不可能だった。しかし……


「……ミディール」


特に防御する様子を見せていなかった彼がポツリとつぶやくと、地面から槍の雨と同じく何本もの剣が飛んでくる。

流石にセタンタの物ほどではないが、それでもラークに致命傷を負わせるような槍は的確に弾かれてしまっていた。


「ふむ、予測通り影にいたな。ラークの右方10メートル。

呼吸音が地面から顔を出したぞ」

「まとめて斬れねぇのか、ガノ?」

「はぁ? 今ので斬れていないのなら無理でしょう?

なにせ、今既に斬っているのですから」

「おいおい、んなことより爺来んぞ!!」


ヘズの報告に若干意識が分散したところ、セタンタがラークの接近を警告してくる。影に潜む彼のパートナーである馬の神獣は、今のところ援護以上の動きを見せていない。


ひとまず、優先すべきは剣を足場にして飛ぶように、赤黒い閃光の中を泳ぐように身を低くして滑らかに迫るラークだ。

正直、より厄介なのは彼よりあの馬の神獣――ミディールなんだけど……


「あっちの注意は任せた! 俺が受けるから追撃頼む!」

「ミディールの音は消失、目視での警戒が必要だ」

「諸々全部、任せた!」


ちっぽけな運しかない俺がいたところで、影に潜るあの神獣に対応できるようにはならない。大人しく目の前に迫っている脅威に身構え、毒々しく光る剣を受け止めた。


「間はいいが、無力。駒としての価値はない」

「っ……!!」


ラークが持っている能力は、上位にいる円卓の騎士のような派手なものではない。だが、毒で濡れている剣はそれだけで脅威だし、濡れているから若干滑る。


かすっただけでも死ねるというのに受け止めにくく、細心の注意が必要だ。さらに、ラーク自身もその特性をよく理解しているようなので、蛇のようにグニャグニャとした捉え所のない攻撃を仕掛けてくる。


剣で受け止めても内側に入ってくるので、俺は数秒耐えただけで押し切られそうになり後退した。もちろん、セタンタのルーン魔術があるのだから、無理すべき時はするけど……

まだそんな焦るような状況でもないし、苦しむのは御免だ。


「俺は誰かの駒をやってるつもりはねぇよ! セタンタ!!」

「おうよ!!」


"エイワズ-デル・フリス"


スレスレのところでラークの剣を避けた俺が呼びかけると、セタンタは意気揚々と叫び返してくる。

その手に握られていたのは、エイワズのルーン文字が刻まれたルーン石だ。


彼がいつものようにそれを砕けば、何もなかったはずの空間には、本気で魔術を使うための武器である杖が呼び出されていた。


(うぬ)の目は節穴か? まさか踊るだけの道化とは」

「うるせぇうるせぇ!! 誰だろうといるだけで敵の注意には入り込むんだ、まったくの無価値なんてねぇだろバーカ!!」


淡々としたラークの嘲りを遮るセタンタは、魔術の軌道に俺が被らないような位置取りをしてから杖を振り上げる。


ヴィヴィアンやアンブローズ、エリザベスが持っていたものにも負けず劣らず立派なそれは、周囲に無数の輝くルーン石を舞わせていてとても神秘的だ。


ルーン石は杖の周りをくるくると巡り、巡り、やがてそのうちのいくつかが砕けてルーン魔術を発動させていく。


"C,K.R.(ケンラド)"


"S.I.(シゲルイス)"


"ニード"


彼の握る杖から放たれたのは、おそらく3つのルーンだ。

わかりやすいのは2つで、一直線に飛んでいく炎の玉、そして逃げ場をなくすように拡散された鋭利な氷がラークめがけて一直線に襲いかかる。


炎は風によって規模にスピード、正確さまでもが上がっているし、小さなナイフのような氷は光を放っており、逃げ場を奪う以上に視界を奪っていた。


さらには、どうやらセタンタは何度かガノなどにも使っている抑圧のルーンまでも使っているようだ。

滑らかだったラークの動きが、今は目に見えて悪い。


素早く体勢を整えていた彼だったが、槍や剣とは違って範囲が広いこともあり、避けきれずに直撃して吹き飛んでいく。

俺の鼻先スレスレで炸裂させた彼は、心底得意げで嬉しそうな笑い声を上げていた。


「あっはっは!! 無様無様!!

随分と呆気ねぇなぁ円卓の騎士様よぉ!!」

「……おそらく、彼の意識は落ちていないぞ。そんな音だ。

ミディールも慌てず潜んだままで、一切油断はできない」

「ですねぇ……あれは王への忠誠心が狂気の域まで達している。手足があれば死んでも任務遂行のために動きますよ」

「あぁん!? 死んでる奴ぁ動けねぇよバーカ、死ね!!」

「はっ、誇張表現です。実際ほら、四肢が1本でも残っていればあのように舞い戻ってきますから」

「ん……?」


荒ぶるセタンタにガノが示すと、その先にいたのはもちろん吹き飛ばされていたはずのラークだ。


ついさっき炎に吹き飛ばされていたはずの彼は、まだ燃えているにも関わらず、軟体動物のような気持ち悪い動きで空を飛び上がってまた俺達に近づいてくる。


それか、ボールかなにかのように地面を跳ねるようにして、手足をブラブラと振りながら……


いや、あの人ちゃんと鎧着てたよな?

薄汚れてはいたけど、布よりは絶対に重いやつ。


普通に見た目が怖すぎるんだけど、四肢が無事ならどころか、全身に損傷受けながらでも任務遂行のために動いてんじゃねぇか。


精神力化け物かよ……流石にげんなりするな。

ここ数日間もひたすらに追われたけど、あそこまで酷い状態で来たのは初めてだ。


「なぁ、傲慢の守護者ってコミュニケーション取れんの?

もしも円卓側に友好的じゃねぇなら、気にせず挑まねぇ?

場合によっちゃ、囮にできるぞ」

「……正気か? 中にいるモノの音はオリギー並の強さだが」

「ハッハァー、そりゃまた随分と面白ぇ提案ですねぇ!!

えぇ、えぇ、彼は特に友好的ではない神獣ですよ!!

出られないながらも、任されて優遇されるからいるだけ。

クククッ、では参りましょうか。傲慢の間へ!!」


傲慢の間の目の前まで来てラークの相手なんかやってられないと思い提案すると、ヘズは珍しく顔をしかめる。


しかし、目を爛々と輝かせるガノは、その言葉を遮るように大声で愉快そうに同意してきた。

正直、こいつに同意されると不安だ……


離れている雷閃も反応を示しているが、すぐ近くで聞いていたヘズもやはりガノに不安があるらしく、嫌そうにしている。


「……ふむ、狂っているのだったな。

はぁ、やはり君に関わるのは面倒だ」

「だーっはっはっは!! ガノ・レベリアスじゃなくてクロウの案なら、俺は全然乗ってやらんこともねぇぜ!!

ガノ以外にも賛成してるやついんだから、安心だろ?」

「君も含めて、荒くれ者コンビは面倒だよ、まったく……」


"音響振撃"


肩をすくめながらため息をつくヘズは、閉じたままの目を迫るラークに向けると、おもむろに手を突き出す。

そこから放たれるのは、当然凄まじい音の衝撃を纏った一撃だ。


彼はあまり前線に出ているタイプではなかったこともあり、初見であるラークはまたも遠くまで吹き飛ばされていく。


本当に一瞬のことではあるが、ラークと距離を取れたことを確認した俺達は、また近づかれないうちに試練に挑む態勢を整えようと、速やかに傲慢の間へと向かった。



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