表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
319/432

281-傲慢の間へ行く前に

ヴィヴィアンに急かされた俺達は、真っ直ぐ地上にいる仲間達の元へと戻ると、大急ぎで荷物を片付けて出発した。


理由は言うまでもない。

彼女が告げた通り、彼女とセタンタが暴れたせいで、初めて会った日から既に日数が経過していたからだ。


まだ連絡がないということは、裁けなかった、粘っていてもこのまま1人では裁けないと判断されている、という訳ではないだろう。


しかし、当然1日、2日と時間が経ってはいるので、もういつ撤退命令が下され、次の円卓が来てもおかしくはなかった。


そのため、さっさと試練を回ることにした俺達は、まずは1番近場――死の森にある怠惰の間に向かったのだが……


怠惰の間では守護者とまともに戦えず逃げ出し、嫉妬の間では守護者に圧倒されて逃げ出し、色欲の間では守護者を倒すことができずに撤退することになった。


結果、ただ逃げ続けるだけで消費してしまった期間は、1週間弱ということになる。

もちろんその間にヴィヴィアンも撤退命令を受けてしまっているので、ここに残るのは本来のメンバーだけだ。


「……はぁ。散々だな、俺達」


審判の間に落とされてから、既に1週間以上が経過した朝。

一切成果を得られていないという現実があり、俺は傲慢の間の付近であるにも関わらず、つい弱音を吐いてしまう。


正直、憤怒の間のオリギー、怠惰の間のオクニリア、嫉妬の間のジロソニア、色欲の間のラグニアスとひたすら負けて、出られるビジョンが全く見えない。


審判の間に落とされる前だって、死の森で強欲の間のアフィスティア、暴食の間のヤーマルギーアにボロ負けしたのだ。


あの時よりも人数は増えた現在でも無理なのだから、残る1つ――傲慢の間にいるアーハンカールという神獣だって、絶対に無理な気がする。


他のメンバーは、セタンタ以外あんまり普段から感情を表に出すタイプじゃないので、みんな平気そうだけど……

特に雷閃、レーテーなどはどうでも良さそうに笑っているが、まぁそれなりに思うところはあると思いたい。


マジでどうすりゃいいんだ……?

ヴィヴィアンは、許可しなかった人がなにか起こすみたいなことを言ってたけどさ。


「クククッ、だぁから言ったじゃないですか。

(わたくし)でも勝率は5割ないと」


俺がため息をついていると、元気づけようとでもしているのかガノが明るく声をかけてくる。

丁寧な言葉遣いなので、どうしょうもなく胡散臭い。

それに、この状況でも楽しそうだな……


「全敗だから、もっと確率下げた方がいいと思うぞ」

「ううん、御尤も!」

「まぁ、ヴィヴィアンの言っていた何かが起こるのを待つしかないのかもしれないね。私達の得となるかは不明だが……」

「そうだなぁ。はぁ……」


期待していいのかわからないヘズの言葉に、俺は再びため息をついてしまう。だが、たしかにもうそれしかないかもしれない。


今できるのは、その何かが起こった時にすぐ守護者を倒して外に出られるように、どんな奴だったかをできる限り覚えておくくらいしかないのかもな……




~~~~~~~~~~




約一週間前、ヴィヴィアンと出会って数日後。

まず最初に怠惰の間へと向かった俺達の目の前にいたのは、あり得ない程に巨大な蝶々だった。


怠惰の間にある闘技場を覆うように飛ぶそれは、ほぼ緑一色の森から逸脱した七色の羽を悠々と羽ばたかせており、辺りには同色の鱗粉が撒き散らされる。


オリギーは身体能力に加えて羊毛の海だったが、この巨大な蝶々――オクニリアという神獣は、飛行能力に虹色の雨という力を持っていて同等の厄介さだ。


しかも、もちろんその七色の鱗粉というのは、ただ森に似つかわしくない綺麗なものというだけではない。

空から怠惰の間に降り積もるその鱗粉は、それを被った者、吸い込んだ者を無気力にしてしまう。


そのため俺達は、最初にやってきた怠惰の間でいきなり何もせずにぼんやりと立ち尽くすことになっていた。


「……でけぇ蝶だな。硬くはなさそうだけど、すげぇ存在感」

「あい、すっごいきれーだね」

「一応確認しときますけど、気付いてますかぁ? あなた方は今、武器をしまってただあれを見上げていますよぉ?」

「私には元々武器はない。ただ見上げているというのは否定できないが……ううむ、何かしようという気が起きないな」

「それなー、俺なんて食うのも面倒だぜ。

つうか、瞬きも呼吸も面倒だなぁ。さっきまで師匠と喧嘩してたのが嘘みたいに何も感じねぇぜー」

「あはぁ、それは重症だねー。かくいう僕も同じだけどさ。

迷子になってここまで来たけど、まぁいっかって思うよ」

「それはいつも通りなんじゃねぇか? お前はガルズェンスにだって迷子で来てたんだから、今更だ」


オリギーの時と同じように、戦闘に参加しないヴィヴィアン以外全員で怠惰の間の闘技場に入った俺達は、一人の例外もなく無気力になった。


武器をしまっていると指摘するガノも同じく武器をしまっているし、ヘズも言葉通り天を仰ぐだけだ。

雷閃はいつも通りに近く感じはしたが、セタンタなどは食欲まで失せてしまっていた。


そんな俺達を見下すかのように、オクニリアは七色の鱗粉を巻きながら闘技場の上空を覆い続ける。

攻撃はしてこない。だが、俺達も攻撃できない。


移動も食事もできず、場合によってはそのまま無気力なまま餓死するところだった俺達は、ヴィヴィアンに救出されたことでようやく怠惰の間を抜け出すこととなった。




~~~~~~~~~~




怠惰の間から逃げ出した2日後。

次に俺達が向かったのは、レオデグランスの南辺りにあるという嫉妬の間だ。そして、俺達の目の前にいたのは……


「ウキッキー!」

「子猿……?」


何の変哲もないただの子猿だった。

大きさはオリギーやオクニリア、アフィスティアなどのような巨体ではなく、見た目も特別立派な角があったり、鋭い牙があったりはしない。


他の守護者とは違って、俺達よりも小さいそれは一見ただの子猿でしかなかった。ただし、それは見た目に限った話であり、その身に宿っている神秘自体はずば抜けている怪物だ。


今までの化け物達とは違った、あまり強そうではない見た目に拍子抜けしてしまったが、警戒は忘れずに接近する。


「ガノ、コイツは何だ? この見た目で何をしてく‥」

「ウキッ」

「……は?」


ヴィヴィアンは闘技場の外で不干渉を貫いているため、俺はガノにこの子猿について問いかける。だが、その質問を言い終わる前に、子猿は甲高く鳴いて殴りかかってきた。


しかも、その小さな拳に光を纏った、見た目以上に重そうな一撃だ。それは見た目通りの身軽さで距離を詰めてくると、ちょうど話を聞いていたガノの顔面に拳を炸裂させた。


「ガノ……!?」

「くっ……!! ルキウスの野郎、直近に来てやがったな……!!

見ての通り、このジロソニアって子猿は猿真似野郎だ!!

神秘の力を見さえすれば、寝るまで同じ力を使いやがる!!」


子猿――ジロソニアに殴られたガノだったが、殴られながらも体を反らすことで多少は衝撃を殺していたようだ。

血を吐きながらも、それの力について伝えてくれた。


神秘の力を見れば、寝るまで同じ力を行使できる……

つまり、今ジロソニアが光の力を使っているということは、そう遠くない場所にルキウスもいるということだ。


ケルヌンノスがどうにかしてくれるとは言っていたものの、まったく警戒しない訳にはいかない。


俺達はやや集中力を欠きながら試練に挑むことになり、最終的に音や運、神秘をかき消す力まで真似するそれに叩きのめされ、逃げ帰ることになった。




~~~~~~~~~~




怠惰、嫉妬と2連続で逃げ出すことになった俺達が、最も直近で向かったのは色欲の間だ。


流石に円卓からの撤退命令が来てしまったので、この場所はヴィヴィアン抜きで挑むことになった。

そんな俺達の目の前にあったのは……


「……えっと、どこにいるんだ?」


闘技場の真ん中にあったのは、ただの水たまりだ。

オリギーの時と同じで、神獣らしき存在は影も形もない。


だが、守護者を全員知っているらしいガノは、今回は俺達を静止していつも通りに敵の話をしてくれる。


「ここの守護者はラグニアス。目の前で水たまりになってるスライムだ。そして、その能力は……」


水たまりが神獣だという指摘を聞いていたのか、ガノが説明をしている間にそれはグニョグニョと形を変えていく。

炎が空に手を伸ばすかのように、スライムだという水たまりはいくつもの触手を伸ばしていき……


「目の前にいる相手の姿をコピーすることだ」

「……!!」

「うひゃー、僕達たくさんいるねぇ」

「おいおいおい、俺がいんぞ!? すげぇーッ!!」


俺達の目の前には、何十人もの俺達が生まれた。

水たまりが大きかったこともあり、1人が最低5人はコピーされていそうだ。


それを見た俺は言葉を失ってしまうが、雷閃はのんきな声を上げていて、セタンタなどは大興奮である。


流石になんの対策もなしで戦える相手ではない。一部楽しげな者達もいたが、ヴィヴィアンという緊急脱出装置もいないので、俺達は戦うことなく色欲の間から撤退した。




~~~~~~~~~~




こう考えてみると、アフィスティアやオリギーみたいな最初に会った奴らはパワータイプだったけど、残りは全員搦め手を使う厄介な奴なんだな。


今から向かう傲慢の間の守護者は、一体どっちのタイプなんだろうか……?


「……クロウ君。奴が来たぞ」

「そっか。じゃああれを撃退してから傲慢の間に行くぞ」


ここ一週間の記憶を思い返していると、周囲の森から何かを聞きつけたヘズが警告をしてくれる。


色欲の間の時点でヴィヴィアンはいない……つまり、円卓から新しい敵が送り込まれているということで、今から来るのはここ数日とんでもなく粘着質に俺達を追ってきた騎士だ。


同じく報告を聞いたガノ達も、喜び勇んで武器を取り、立ち上がっていく。


「クククッ、腕がなりますねぇ」

「僕はレーテーと一緒に下がっておくから、よろしくね」

「おう、このセタンタ様に任せとけ!!」


雷閃がレーテーと下がっていくのを見届けてから、俺達は音がするという方向に目を向ける。

すると、森の影から飛び出してきたのは……


「……」


薄汚れた鎧を着ている、痩せこけたフケ顔の騎士だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ