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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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280-裁きの来ないうちに

いつの間にか眠っていたらしい俺は、普段の目覚めとは違う感覚に思わず顔をしかめる。


もちろん、こうして平静を保っていられるのだから、めちゃくちゃ痛かったり不快だったりはしない。

だが、意識が浮き上がってすぐに変だなと思うくらいには、周りの環境に違和感を覚えた。


全身がひんやりとしていて冷たい。

こんな涼しい場所に来た覚えはないし、そんなところで寝るとも思えないんだけど……


「……氷?」


一応体に異常がなことを確認してから目を開けると、目の前にあったのは俺を囲むように置かれた大量の氷だ。

それ自体が1つの部屋であるかのように、出入り口となる場所以外は大きな隙間はない。


……俺を冷やすための部屋?

というか、俺はなんで寝てたんだっけ?


たしか……そうだ、俺は火の山に飛び込まされた。

記憶が曖昧だけど、あれで凄く熱かったから冷たいところにいさせてやろうっていうことかな。


ただ、体を見回してみても、さっき確認した動きに問題がないのはもちろんのこと、見た目にも火傷跡などはない。

……まぁ、多分どっちかがルーンで治してくれたんだろう。


なぜこんな場所にいるのかに1人納得した俺は、涼しさを満喫しながらも他のみんながいるであろう外へ向かう。

ここはいつもの洞穴内に作られた場所だ。


氷の部屋から出ても誰もいないが、洞穴の外からはにぎやかな声が聞こえてくる。若干揉めているような気配を感じながらも外に出ると……


「おう、巻き込もうとしたのは悪かったかもしれねぇ」

「キャハハ! 俺は仲良く遊んでただけだから、謝らねぇ」

「あ!? ずりぃぞ師匠!!」


洞穴のすぐ外では、正座させられているセタンタとヴィヴィアン、そして彼らを説教するように仁王立ちしたヘズなどが立っていた。


しかも、彼らは俺のように火傷を完全に治してはいない。

本当にマズいのは治しているようだが、放置していても問題なさそうな部分は、戒めのように残っている。

服が遠目でもわかるって相当だぞ……


燃えたからか、セタンタの服が前より魔術師然としたもの、ヴィヴィアンの服がソフィアさんと同じようなパンタイルになったのがどうでも良くなってしまう。


「ふむ。君達にそのつもりはないのかもしれないが、君達は明らかにやり過ぎた。言い訳や嘘を言っても無駄だ。

実際に聞いていたからね。弁解の余地はない」

「ぐぇ……耳痛ぇよクソ真面目司書! 鼓膜破るつもりか!?

そんな事やっても心には響かねぇぜ?

それに、仲良くしてたのは本当だろうが!!」


洞穴の入り口から彼らの様子を窺っていると、ヘズはいつも通り落ち着いていながらもそれなりに怒っているようだ。

俺には聞こえないが、どうやらヴィヴィアンの耳に音で負荷をかけているところらしい。


……すっげー容赦ねぇ。

離れていて表情とかがはっきり見えるわけじゃないのに、2人の火傷と同じでよくわかるのは相当だと思う。


俺の火傷は治してもらってるし、そこまで気にしなくてもいい気はするけど……まぁ、無茶苦茶してくれやがったのは事実だからな。完全に自業自得だった。


「こまく? 小さい幕ってことか?

どこにあんだよそんなん」

「耳にあるがそれはどうでもいい。重要なのは、普通ならば仲良くしている相手を炎の中に引き込まないということだ」

「キャハハ! 人間の普通を俺に押し付けんな!!

俺は人間じゃなくて精霊だぞ!?」

「だから? 私達の普通を受け入れないのならそれでもいいが、それによって被害が出たのならば報いを受けるものだ」


自業自得ではあるけど、放置しておくのもよくなさそうだ。

キレているヘズの隣に立った雷閃は、ヘラヘラと笑っていて口を挟まないし、足元のロロは同調している。


少し離れたところでテーブルについているガノとレーテーは、片や心底愉快そうにニヤニヤと、片や心底興味なさそうにいつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。


叱ったりするのは必要だが、審判の間を脱出するためには2人の協力がほしいから、流石に止めない訳にはいかない。


繋ぎ止めるために我慢するのも違うと思うけど……

正直、治ったのだから試練よりどうでもいいことだ。


ヘズを止めることに決めた俺は、少し高い位置にある洞穴の入り口から離れて坂を下りながら、俺の意思を伝えていく。


「おーい、ヘズ。治ってるしもういいよ。

報いってのが絶対に協力しろ的なことならほしいけどさ」

「そうだね、それが1番合理的だ。セタンタ君は元々その目的のために行動を共にしていたし……ふむ。ならば縛りは、ガノ君に喧嘩を売ることの禁止辺りだろうか」

「何ぃッ!?」

「クククッ……ザマァないですねぇ、暴犬」


意思を伝えたのは坂を下りながらだったが、ヘズは音の神秘で耳が良いので、問題なく聞き取って受け入れてくれる。


さらには、それに応じた報いをすぐさま考えて伝えていき、それを受けたセタンタは、別人のように顔面を崩壊させ驚いていた。


当然、その様子を見ていたガノは挑発するようにニヤニヤと笑いかけるので、もしかしたらこの縛りも長くは保たないかもしれない。


そのうち暴発するとしたら、その時は今までの比にならないくらいヤバいだろうな……多分、止めるのは無理だ。


「彼はそれでいいとして……あなたは?」

「逃走には協りょ‥」

「それは聞いている。迷惑をかけたことの償いに、審判の間での戦闘にも協力してくれたりするかと聞いているんだよ」

「それは無理だ。許可されてねぇ」


ヘズが続いてヴィヴィアンへの報いを考えようと問いかけると、彼女は迷うことなく首を横に振った。どうやら彼女は、思っていたよりも遥かに言うことを聞く人らしい。

精霊ということだけど。


もちろんその相手にもよるのだろうが……

許可されてないからって、こんなに素直に言うことを聞いて拒否してるのが意外すぎる。


ここにはケルヌンノスの使いとして雷閃を届けに来たらしいけど、許可というのは彼が関係しているのか?


「……許可?」


当然、昨日だか一昨日だかのやり取りを聞いていたヘズも、同じ疑問を持ったようだ。

彼は少し考え込んだ後に問いかけたので、俺は彼女の言葉を聞き逃さないよう気を張る。


「いや、正確には推奨されてない程度かもだなぁ。

あいつに何が見えてんのかは知らねぇが、最善の結果のためには今手を貸すなだとよ。もうすぐ状況が変わるからってな。あと、一応俺はドルイドとして円卓側にいる。

あいつらに追われんのは御免だ」


許可について、そして単純に自分の意思でも協力したくない理由についてを告げたヴィヴィアンは、バシャンと水のように体を変形させて飛び上がる。


さっきまではたしかに体だったはずなのに、今は噴水みたいに光を反射していて綺麗だ。


だが、そのまま空に昇るだけだったら綺麗な光景のそれは、まだ坂を下りきっていない俺に向かって突っ込んできた。

水だから危なくはないけど、本当に何だコイツ……!?


「どわぁ!? お前体どうなってるんだよ!?」

「精霊だって言ったろ? 精霊知ってるか?」

「知らん」

「精霊はあれだ、自然に意志が宿ったタイプの神秘だ。

あんたら人や獣の神秘は、その意思に神秘がくっついた感じだけど、俺ら精霊は神秘に意思がくっついた感じな。んで、俺は湖の精霊だから、これは思念体だけど水になれる。

まぁ、あんたらみたいな人や獣の神秘でも、強い奴なら水になれるようなのがいるだろうけどな」


馴れ馴れしく肩を組んできたヴィヴィアンを引き剥がしながら説明を求めると、彼女はやはり隠すことなく正直に教えてくれた。


湖に意思が宿った神秘だから、水になれる。

単純明快で、本体じゃないと言っていた謎もこれで解消だ。

精霊についての説明も、性格に見合わずちゃんとしてくれてめっちゃわかりやすい。


意図してかはともかくボケてばかり、面白そうなら面倒事すら起こしまくる彼女だけど、案外面倒見は良さそうなんだよな……そもそもがセタンタの師匠だって言うし。


「つうか、そんなことはどうでもいいだろ。俺達仲良くしてたよなぁ? 逃走以外は手ぇ出さなくていいだろ?」


教わったことについて考えていた俺を見た彼女は、懲りずに肩を組みながら、試練では手を貸さないことを認めさせようとしてくる。心底うぜぇ。


しかも、さっきの話を聞く限り、今すぐに俺達が外に出ると困るみたいな言い方だった。こいつに手を貸すなと言ったのはフェイだとして、一体何をしようとしてるんだ……?


「とりあえず、推奨されてないってのは誰に言われたんだよ。今じゃなきゃ貸してくれんのか? 状況が変わるってのはなんだ? その誰かはなにかするつもりなのか?」

「うるせぇうるせぇ、んなこと俺が知るかよ。別に部下じゃねぇんだ。俺もケルヌンノスも、最善だと信頼できて、嫌なことをやらされる訳でもねぇから従ってるだけだ」


念のためフェイかどうかも確認したいし、その他にも疑問は山ほどある。しかし、誤魔化されないように言い連ねると、彼女は知らないという一言で切り捨ててしまった。


ちくしょう、悪手だったか……

まぁ、手を貸すなといった人物が誰なのかはともかく、その目的までは知ってるとは思ってなかったけど。

あいつの戦いって何だよマジで……


「ほほう……? つまりあなた方は、フェイの野郎の差し金ですかぁ? じゃあ殺すしかないですよねぇ……!!」


俺が落胆して肩を落としていると、突然下の方から不気味なほど丁寧な声が聞こえてくる。慌てて声のした方を見てみれば、そこにいたのは剣から赤黒い閃光を迸らせて体を浮かせているガノだ。


彼は明らかに俺達がいるところに向かって飛んできていて、どう見ても殺す気だった。……いや、今度はお前かよ!?

マジでこいつらはッ……!! ホントろくなのがいねぇな……!!


「俺はまだフェイだって明言してねぇだろうが面倒くせぇ!!

撤退には協力してやるっつってんだから、誰が何を画策してようが関係ねぇっての!! 大人しくしてろよ!!

それと、俺と繋がってんのはソフィアだよソフィア!!」


ガノを見た俺は思わずげんなりしてしまったが、それは隣で無理やり肩を組んでくるヴィヴィアンも同じだったようだ。

彼女は俺から離れて前に出ると、苛立ちを隠そうともせずに怒鳴りつける。


正直なところ、ちょいちょいブーメランな気はするけど……

これで止まるのなら細かいことはどうでもいい。

実際に、彼は空中で閃光の威力を弱めると、くるりと回って軽やかに着地しながら口を開いた。


「ソフィアぁ……? なぁんであいつが出てくるんですぅ?」

「あぁん? ほんとしつけぇな……あの子はここ数十年ノーグの番人やってるだろ? 色々見てんじゃねぇの?」

「なるほどねぇ……」


まだ訝しんでいる様子だったガノだったが、ヴィヴィアンの話を聞くと納得したように頷いて剣を収める。

どうやら衝突は回避できたようだ。


……ヴィヴィアンと繋がってるのはソフィアさん。

最初からやけに協力的だったから、納得ではあるな。

俺の疑問も一応は解消だ。


「わかったか? ならもう出発しようぜ」

「え、どこに行くんだ?」

「試練を受けるんだろ? 初日にやりすぎたせいで、あんま時間ねぇんだ。裁けなかったとして戻されたら円卓来るぜ」

「あー……」


剣を収めたガノを見ると、ヴィヴィアンは少しばかり余裕のない様子を見せながら急かし始める。


この場にはガノを含めた3人しかいないし、直前までの話題が話題なだけあって、俺はすぐに意味を理解できなかったが、どうやら1日以上は眠っていたようだ。


円卓襲撃までの猶予があと何日かは相手次第なので、彼女の言う通り余裕はない。これもこいつのせいではあるけど……

ともかく、俺達は安全なうちに試練を受けられるように移動を開始した。



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