277-湖の乙女
どうにか円卓の騎士の一団から逃げ切った俺達は、いつもと同じようにいくつか曲がりくねった先の空間にあった洞穴を拠点として、傷を癒やしていた。
俺とヘズ、ロロは無傷なので、見張りは主に俺とヘズ。
全身血だらけで意識の戻らないセタンタと、意識はあるものの満身創痍で倒れているガノの看病をしている。
そして、ケルヌンノスが送り届けてくれるというようなことを言っていた雷閃、レーテーは、未だにやってくる気配すら皆無だ。
ただ、その分円卓の騎士は抑えてくれているのか、幸いにもここ数日裁きに来る円卓の騎士はいない。
もちろん、オリギーやルキウスもだ。
逆に不安になりながらも、ゆっくりとガノ達の傷を癒やすこと優先できていた。
「……暇だ」
周囲に仲間達がいないのはもちろんのこと、神獣なども一切いない中、俺は洞穴前に置いた椅子に座りながら呟く。
ヘズが洞穴内で看病をしている間、俺は1人で見張りだ。
2人も寝込んでいるのだから、これは重要な仕事であることは間違いない。
しかし、ロロも2人の自己回復力を高めるために中にいるので、やることも話し相手もいなかった。
何事も起こらないのはいいことだけど、流石にやることがなさすぎてついぼやいてしまう。
「あれから2日くらい経ったんだけどな……」
敵襲がないのは喜ぶべきことだが、雷閃が戻ってこないこともあってそこはかとない不安を感じる。
2日……そう長い期間ではないけど、決して短い期間ではない。
馬鹿みたいに強かったケルヌンノス、見えない傷はあっても変わらず強い雷閃。あの2人がいて戻れないなんてことがあるか……?
あの感じだと、負けるのはあまり想像出来ない。といっても、それ以外の要因もまたないし、すぐに戻ってこない理由が検討もつかなくて不安だ。
今のところ本当に安全っぽいけど、あいつがいないと絶対に試練のクリアはできないし、そこも含めてな。
セタンタとガノが倒れている以上、俺達は動けないし……
「そうだな。だから俺が送り届けに来てやったぜ?」
「いっ……!?」
特に危険な気配もなく、俺がぼんやりしていると、いきなり背後から高い声が聞こえてきて思わず飛び上がる。
この国のやつらは、毎回毎回なんでこんなに神出鬼没なんだよ……!!
慌てて振り返ってみれば、そこにいたのは寝ていると思われる雷閃を地面に転がして立っている、軽やかなドレスを身に纏った女性だ。
ただし、ドレスという服装や長い髪などからわかるが、彼女もソフィアさんと同じように体型で性別がわかりにくい。
服装とかのお陰で、また混乱しなくてよかった……
声は高いけど、一人称俺だし。……女性だよな?
「……えっと、あんたは?」
「俺はヴィヴィアン。湖の……いや、獣神の使いだ」
雷閃を送り届けに来たということは、とりあえず敵ではないんだろうと聞いてみると、やはり協力者であるらしい彼女は薄い胸を張りながら告げる。
いつ来たのかはわからないが、どうやら円卓の騎士達は無事に撃退できたようだ。ケルヌンノス本人が来なかったのは、もちろん気にかかるけど……
まぁ、この人が使いとして来てるなら無事だろう。
雷閃と合流できてよかった。
「雷閃を連れてきてくれたんだな、ありがとう。
ところで、もう1人いたと思うんだけど、あいつは?」
「ふっふーん、実はもう洞穴内に送ってるんだ。
こいつはあんたに見せに来た。褒めろ」
「え……? あー……偉いな?」
「おい、ガキ扱いしてんだろ!? 俺が貧乳だからってよ!!」
「はぁ? そんなこと知らねぇよ。ソフィアさんもわかりにくい体型だったけど、俺あの人敬ってるし」
「あぁん!? 俺とあの子を比べようってのか?
湖の関係者は全員絶壁だとぅ!? 余計なお世話だ!!」
「だから言ってねぇって!! 用事が終わったなら帰れよ!!」
要求されたから褒めたというのに、彼女は勝手にキレて難癖をつけてくる。背は高いんだから子どもだと思うはずないし、俺は胸の話なんかもしてないってのに……
自分から話題に出すし、ソフィアさんの名前を出しただけで比べたとか言ってキレるし、俺が言ったかのように絶壁とか言ってキレるし、もう無茶苦茶だ。
雷閃達を連れてきてくれたことには感謝してるけど、流石に厄介すぎるのでさっさと追い払うことに決めた。
しかし、さっきから勝手にキレていたヴィヴィアンだ。
大人しく帰るはずがなく、右手に持っていた杖を地面に突き刺して俺に飛びかかってくる。
「嫌でーっす!!」
「なんでだよッ!? ぐえっ……」
「キャハハ」
とっさに身構えたものの、思いの外勢いが強かったことで俺は彼女に押し倒される。もう、意味がわからない。
こいつはなんでこんなに楽しそうなんだよ……!?
用事は終わってるからいる理由もないし、初対面なのに馴れ馴れしすぎるだろ……!!
「ズタズタの子犬ちゃんは荒っぽいし、反逆の騎士は論外。
中にいた司書は面白みがないし、子猫は子猫だ興味ねぇ。
あの爺さんはなんか嫌な感じがするし、この将軍と関わるとどう考えても厄介な役回りになるから御免だ。
ということで、俺はお前にまとわりつくぜ! 薄幸少年!!」
「なんでまとわりつくのかを教えろよッ!?」
体の上で転げ回って騒ぐヴィヴィアンに、俺は全身を圧迫されて苦しいのを我慢しながら、全力でツッコミを入れる。
めちゃくちゃ長く喋っているのにも関わらず、内容はスッカスカだ。
まぁ、言ってること自体は大体同意できるけど……
だからってまとわりつく理由にはならない。
というか、さっきまでキレてただろ何なんだよ!!
「何でって、それ聞くのかよ? 照れるぜ」
「密着してきて今更!?」
ピタリと動きを止めて頬を掻くヴィヴィアンは、あからさまに照れたような表情をしていた。
ただ、動きが止まった隙に押し退けようとしてもびくともしないので、多分照れたフリをしてるだけだろう。
元々思った以上に力が強かったので、まったく押し返せない。
転げ回るのは止まって少しだけ楽になったが、変わらず上からの圧迫感に苦しみながら、ツッコミどころしかない彼女にツッコミを入れる。
杖を持っているのだから、多分この人もアンブローズと同じでルーン魔術を使う魔術師なはずなのに……
いや、あの人も女王に求婚しているらしいから、魔術師はこんなのばっかなのかもしれない。
「審判の間には、円卓関係者が日替わりで裁きに来るだろ?
俺それー」
「敵じゃねぇか!!」
どうやら彼女は、とことんボケ倒すつもりらしい。
俺を押し倒しているというふざけた状況に、さらにふざけた情報を追加してくる。
というか何だ、裁きに来た円卓関係者って!!
こいつはケルヌンノスの使いで来たんじゃないのか……!?
レーテーと雷閃を預かっていて、何で円卓関係者として裁きにも来てんだよ!?
「そう思うじゃん? 俺もそう思うー」
「じゃあ危ねぇから退いてくれ、いや退け、退かす!!」
「キャハハっ! やっぱあんたは面白ぇなぁ、ノリが良い!!
ここで朗報です。実は俺は協力者なのでした」
「不信感の塊!!」
「キャハハっ」
延々とツッコミをさせられていると、彼女は気が済んだのか素早く俺の上から退いてくれる。
だが、本当に敵意はないのか、地面から杖を抜くことなく足を畳んで空中をふわふわ浮き始めた。
自由奔放かよこの女……!!
ただまぁ、この人は一応ケルヌンノスの使いとして雷閃達を届けてくれたみたいだし、殺しには来てなさそう……?
今までの感じからしても、さっきのが冗談って可能性の方があるのか……?
「それで、結局帰らない理由とまとわりつく理由は?」
「んー、円卓の騎士は日替わりで来るだろ? だから、その枠に俺が入ることで、その間あいつらは来ねーって寸法よ。
報告はしてきたから、あと数日は粘るぜ。
そのために帰らねぇし、面白ぇからあんたにまとわりつく。
ま、ケルヌンノスと一緒で期間限定の味方なー。
試練とかには一切手を貸さねぇからそのつもりでいろよ?」
「なるほど……」
散々振り回されたけど、どうやらちゃんと味方だったようだ。この人が女王か誰かに来ると言って来たから円卓の騎士が来ないなら、たしかに円卓の関係者だし何も間違ったことも言ってない。
それはそれとして、紛らわしいしこんな大事なことでボケるなって感じだけど……
ヴィヴィアンがいる間、襲撃がないと確定しているのはとてもありがたいな。
といっても、雷閃は見えない傷を負ってて本調子じゃないし、戦力的に審判の間を脱出できるのか微妙なところだ。
どうせなら手を貸してほしい……
「逃げる手伝いくらいならいいぜ?
どうせ何してもバレねぇし」
俺がじっとヴィヴィアンを見つめていると、空中を舞う魚のようにふわふわしていた彼女は追加で協力を約束してくれた。
意外と察しが良い……けど、引き出せるのはここまでか。
まぁ、他の試練にオリギーみたいに粘着質なやつはいないとしても、逃げるのも大変だからありがたくはある。
……ところで、ケルヌンノスは元々好意的だったけど、こいつは何で協力してくれるんだろう?
別に彼の部下という訳でもないだろうに。
それから、バレないってのは断言できるものなのか?
絶対にバレないなら試練も手伝ってほしい……
「……なんで断言できるんだ?」
「そりゃあフェイのやつが見逃すからさ」
「あいつはあいつの戦いを……か。もしかして‥」
「おんどりゃあ!! どこだぁ、師匠!?」
「……!?」
俺が新たに生まれた疑問について聞いていると、唐突に洞穴から爆音が鳴り響いて声が遮られてる。
驚いて洞穴の方向に目をやれば、中から飛び出してくるのはもちろん仲間内で1番の問題児――セタンタだった。
いや、1人でこんなことをするのはこいつくらいで、声的にも明らかセタンタだったけど……何でもうケガ治ってるんだ!?
「だーっはっはっは!! 死ね!!」
「はぁ!?」
戸惑っている間にも、彼の暴走は止まらない。
彼は俺達が立っている場所を見て目を輝かせると、なぜか目を輝かせてルーン石を砕き始めた。