276-常春のアヴァロン
「どわぁぁぁぁーっ……!?」
雷閃とウィリアムの爆炎に吹き飛ばされてしまった俺達は、抗う術もなく宙を舞う。俺はちっぽけな運、ロロは念動力、ヘンリーはなんかの強化、シャーロットは謎。
最後のシャーロットだけちょっとよくわからないが、ロロは力不足だし彼女も何もできずに飛んでいるし、結局全員何もできずに飛ぶだけだ。
激流に飲み込まれて溺れているように、俺達はもう前後左右や地面がどっちなのかもわからずに吹き飛ばされ続ける。
幸いにもあの2人はもうどこかへ行ったらしく、炎自体はもうそこまで俺達を焦がしはしないけど……
炎であることに変わりはないので、息はしづらいし荒れた炎は俺達をジリジリと炙っていた。
というか、たとえ地面がわかっても燃えているから、本当に逃げ場がどこにもない。
どうにか耐え続けて、運良く助かるしかないだろこんなの!
神秘は丈夫だし、これは俺達に向けられた攻撃ではないし、ちょっと苦しいだけで最悪の状態にはならないはずだ。
「……え?」
「ほい、着地。逃げなお前ら!」
俺が炎に振り回されていると、いきなり何かに体を掴まれて地面に降ろされる。周りを見てみれば、炎も完全にではないが人が逃げる隙間があるくらいには消えていた。
声的にはケルヌンノスだったみたいだけど……?
意味がわからずぼんやりしていると、空からはいくつもの剣が飛んできて俺の周りに突き刺さった。
「くっ……!!」
「オラァ、こっちだエリザベス!!」
隣にはいつの間にかロロも降ろされている中、剣は降り注ぎ俺は逃げ惑う。なんとも質の悪いことに、降り注ぐのは剣だけではなく岩の槍や大樹なんかもあった。
それも炎を消すことに一役買っているが、ゴーレムみたいな巨岩や家を飲み込めそうな大樹が降ってきたり、普通に地面を割ってそれらが突き出してきたりと冗談じゃない。
降ってくる以外にも、なんか普通に川みたいな水流がヘビのように荒れ狂ってるし、草も触手みたいに手を伸ばしてくるし、この森全体が敵になったみたいだ。
あと、剣も水を纏って地面を抉っていたり、光を迸らせていたりと近づくのも危ない。どうかしてるだろ……
「っ……!! 邪魔を……!!」
「ガハッ……!! ヘヘッ、次はお宅の騎士を狙うぜ?
罪人にかまけてる暇あんのかねぇ?」
俺には何してるかわからないけど、どうやらケルヌンノスがエリザベスと戦っているらしい。めっちゃありがてぇ……!!
ただ、森は変わらず俺達に……というか無差別に襲いかかってくるし、突き刺さった剣は光などを放出していて、変わらず危険だ。
彼女が戦っているからか、森の再生スピードも上がっていて逃げやすくはなっている。
だけど、他のみんなも誰かと戦っているところだし、どこへ行くべきか……
「きゃーっ!?」
「やめなさい、獣神!!」
「お前は聞いてたな? 行け!」
どこへ逃げていいかわからず、俺が視線を彷徨わせていると、向こうの方からビアンカと思わしき女性の悲鳴と、戦闘中のエリザベス達のやり取りが聞こえてくる。
ケルヌンノスが次に向かったのは、ヘズのところらしい。
ビアンカがどうなったのかはわからないが、おそらくは彼も助けられたと見るべきだ。
あいつなら音で逃げ道も探せるだろうし、いち早く合流するべきだな……
「とりあえず、声した方行くぞロロ!」
「あいさー!」
向かう方向を決めた俺は、ロロを肩に乗せながら走る。
ヘズのように特別耳がいい訳ではないので、方向はあくまで大体この辺かな……という程度だ。
しかし、向かおうとしている先にいるのはその特別耳がいい人物なので、少し走るとすぐに炎の中から彼が顔を出した。
「クロウ君、無事か?」
「いや、そっちのが今ヤバいじゃねぇか!! 大丈夫か!?」
「あぁ、まったく問題ない。
森が燃える音で、少し聞こえにくくてね」
燃えている木々の裏から顔を出した彼は、やはり燃えている草にまとわりつかれていた。
エリザベスのせいで森が凄まじい再生しており、その影響をモロに受けているようだ。
だが、彼はその火をすぐさま手で払ったり音でかき消したりしているので、少し服が焦げるだけで済んでいる。
見た目ほどダメージはなく、いつものように落ち着いていた。無駄にハラハラしたよ……
「ならよかった。じゃあ急ごう、多分もう次のとこに‥」
「ワハハハハ!! でかい割にゃあ速いが、まだ遅いぜ!!」
「あんたこそでしょ!? 止まりなさいっ!!」
「げふぁっ……ヘヘっ、まだ最低一箇所行かねぇとなのよ。
今は対立中なもんで、いくら王様の命令でも聞けねぇなぁ」
「〜っ!! ならせめてこの暴れ犬は‥」
「死ねッ!!」
ケルヌンノスはもう次の仲間を助けに行っているだろうと、俺が移動を促し始めた瞬間、案の定遠くから彼らのやり取りが響き渡ってきた。
若干、エリザベスの口調がおかしくなっているような気もするけど……とりあえず、彼は重装騎士を打ち倒してセタンタを助けたらしい。とんでもないスピードだ。
おまけに、多分無事だった様子のセタンタは、エリザベスに対しても開口一番に暴言を吐いている。
ケルヌンノスの強さやスピードもあいつの暴言とかも、振り切れすぎてるだろ……
「えっと、正確な方向とかわかるか?」
「……流石にこれほど騒がしければな。こっちだ」
現在ティタンジェルは全面的に炎上していて、燃える音や木々が倒れる音などでかなり騒がしい。
しかし、ケルヌンノスとエリザベスのやり取りやセタンタの暴言などは、それを超える騒がしさだったので、ヘズの耳でちゃんと聞き取れていたようだ。
いつも通り、彼に案内してもらって進んでいくことにする。
すると、先程まで彼女達が暴れていたと思われる場所には、鎧を無惨にも粉砕されて伸びている重装騎士と、全身をズタズタに斬られているセタンタが倒れていた。
重装騎士は敵なのでいいとして……
ケルヌンノス、セタンタのこと守らなかったのかよ。
元々森を逃げ回っていたので仕方なくはあるけど、鎧などを着ていない彼は貧相な……よく言えば動きやすそうな服を着ていた。
そのため、重装騎士が鎧を粉々に破壊されているというようなインパクトはないものの、重傷度で言えば彼の方が断然上だ。
攻撃から体を守れるようなものはないため、全身をズタズタにというのは、本当に全身。
顔から足の先まで切り傷ばかりで、嵐が全部ナイフだったのか?と聞きたくなるくらいに目も当てられない。
もはや切り傷が本体まである。
周囲の地面も派手に抉れているところを見るに、これでもまだ防いだ方なのだろう。
もちろん、木々や岩石などの森も襲いかかっていたようで、おまけのように血で濡れた巨岩や倒木も近くに落ちていた。
……まぁ、単純に燃える森の光で照ってるだけかもだが。
ひとまず、頭から血を流して顔まで真っ赤に染めているこの問題児をどうするべきかな。
流石にとどめを刺す余裕はなかったのか、息はしているから多分復活もするけど……
「あー……これ、どうする?」
「回収するしかないだろう。息はあるぞ」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。そりゃ見捨てねぇよ?
そうじゃなくて、こいつをどうやって運ぶかだよ。
最悪、隠しといて後で回収とかの方がいいくらいだぞ。
多分、もう次が来るから急ぐしさ……ロロ、いけるのか?」
「が、がんばる……!!」
「よし、任せた」
一応まだ敵がいる以上、戦う可能性のある俺とヘズが運ぶのは好ましくない。当然すぐ復活してもらうのも無理なので、プレッシャーを感じている様子のロロに任せることにする。
すると、その直後……
「ぷくくっ……あのエリザベスを相手にしてて、食い物なんか持ってこれるわけねーだろアホめ!
ちと面倒だったが、無事撃破だぜ!」
「もう!! 暴れすぎでしょあんた!?
あたしを相手にって、逃げてばっかじゃん!!
セタンタに見向きもしないとか、逃がす気あんの!?」
「いやいや。お前とまともに戦ってちゃ、その間にこいつらが負けかねんだろ。サクサク潰さにゃ儂が協力する意味ないじゃねーの。おら、次行くぞ次〜♪」
「〜っ!! あんたは速すぎんのよっ!! ばかぁー!!」
明らかに、ケルヌンノスとエリザベスが次の場所へと向かい始める直前のやり取りが聞こえてきた。
食べ物ってことは……多分、テオドーラ? 相手はガノだ。
あいつを助けるべきかは難しいところだけど……
一応は今回も円卓の騎士を相手に俺達と共闘してくれたし、審判の間をクリアするためには逃せない戦力かな。
というか、ケルヌンノスとエリザベスがあまりにも強くて気が抜けるんだけど……強すぎてもはや存在がギャグだろ。
なんか、女王も想像やさっき会った感じともぜんぜん違うし。
「……えっと、次行くか」
「そうだな」
よくないと自覚しつつも、若干急ぐ気力を削がれながら進んでいくと、少し先で転がっていたのはテオドーラとガノだ。
彼女はケルヌンノスが言っていた通り負けており、重装騎士と同じように鎧を粉砕されている。
女性でも一切手加減無しで、彼女は地上で行き倒れていた時に近い格好になっていた。
そして、俺達が回収するべきガノはというと……
「けふっ……容赦ないですねぇ、我が王は。
まぁ、これでも温情をかけられた方ですか」
意識はありながらも、手足に光り輝く剣を突き刺されて拘束されていた。縛ったりする余裕がなかったからだろうけど、普通にエグい。他にやり方はなかったのか……?
剣は地面に深く突き刺さっていて、他に落ちているものと同じく光や太陽のような炎で彼の肉を焼いている。
そのおかげで血が流れていないと言うべきなのか、そのせいで延々と苦しみが続くと言うべきなのか……
「おい、逃げるぞ。それ抜いて大丈夫か?
流石に抜かなきゃ逃げれねぇと思うんだけど」
「おお、親愛なる友よ!」
「黙れ、信頼できねぇ騎士め」
「クククッ。えぇ、どうぞ抜いてください。
私達はこのまま全力で離脱しますよ」
「は? 雷閃とレーテーは?」
了承を得たので剣を抜こうと手を伸ばしていると、彼は思いもよらない言葉を告げる。
たしかに戦ってた仲間の大部分とは合流できたけど、まだ1番強い雷閃と、神殿前に残してきたレーテーがまだだ。
レーテーの立場は本当によくわからないし戦力にもならないけど、雷閃を見捨てるのはありえないだろ……
審判の間をクリアするという目標があるなら、絶対に失ってはいけない戦力だ。
だが、彼にはちゃんとした理由があるらしい。思わず抜く時に力がこもってしまった剣の痛みを耐えながら、相変わらず胡散臭い口調で言葉を紡ぐ。
「ッ……!! フゥー……いいんですよぉ。
雷閃は呑んだくれがどうにかするって言うんでねぇ。
あの爺は戦力外ですし、あいつの側のが安全でしょう?」
「ヌンノスがどうにかしてくれんのか……
ちなみにヘズは聞こえてたか?」
「小声だったから断言はできないが……
それっぽい言葉は聞いたな。後で送る、とかだったか」
ガノの言葉はそこまで信用出来ないけど、ケルヌンノス自身はかなり好意的だったし、ヘズの耳は信頼と実績の塊だ。
レーテーを放置するのは気が進まないが、ここは従っていた方がいいかもしれない。
「……わかった、逃げよう。お前は自分で走れるか?」
「いや、無理でしょ……と言いたいところですが」
"野生解放-モードレッド"
ボタボタと血を垂れ流しているガノは、歯を食いしばりながら立ち上がると本来の――神獣としての姿に戻っていく。
赤く発光した後に現れたのは、艷やかな黒い毛並みを炎に輝かせたジャガーだ。
彼は地面に血を伝わせながらも、凶暴に唸りながら俺達に背に乗るよう促してくる。
「乗れや、ガキ共。ルーン石はすべて我が王に奪われたが、この力は止まらねぇ。全力で離脱……そう言ったろ?」
「お、おぉ……けど、傷は大丈夫なのか?」
「逃げ切れたらしばらく寝るに決まってんだろ!!
はよしろクソガキが!!」
「わ、わかったって……」
心配したら怒鳴ってきたので、流石に遠慮する必要はない。
時間を無駄にしないように全員さっさと乗ると、地獄のような火の海を突っ切って逃走を始めた。