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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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275-神森を統べる王獣

時間は少し遡り、クロウ達が円卓の騎士と戦い始めていた頃。次々に離れていく彼らを見ながら、女王とケルヌンノスは神殿に続く洞窟の前で突っ立っていた。


正確に言えば、エリザベスは馬に乗ったままでケルヌンノスはドカリと地面に座り込んでいるのだが……

味方ではないはずの彼女達は、特に戦い始めることなくそのまま静観していた、というだけのことだ。


「ふぁー……あいつら死んだら、儂また暇だなぁ」


それぞれの場所で神秘の力が荒れ狂い始める中、ぼんやりと騎士達が乗ってきた馬の群れを見ながら彼は呟く。

クロウにはお前らの試練だと言っていたが、死んでほしくはないようだ。


どうでもよさそうに馬の群れ――そしてそのうちの一頭に乗るエリザベスを眺めるケルヌンノスからは、本心がにじみ出ていた。


すると、そのつぶやきを聞いたレーテーは、何を考えているのかわからない穏やかな表情で助力を請う。


「それならば、ぜひ助けていただきたいところじゃ」

「いやぁ、だってエリザベスがまだいんじゃん?

儂が相手するとしたら、やっぱあいつだろ」


レーテーの要請を受けたケルヌンノスだったが、彼は自分の相手をエリザベスだと見定めているらしい。

今は手を貸さないという態度を崩さないながらも、もしかすると手を貸すという可能性も示唆している。


女王エリザベスが騎士であるウィリアムよりも強いのかは謎だが、王である以上は少なくとも弱くはないのだろう。

座り込んだままの彼は、しっかりと女王と馬の集団を警戒していた。


「ていうかさー、いつまで馬のまま突っ立ってんだー?

お前らも暇だろうし、こっちで喋ろうぜー?」


馬から降りない彼女に倣って、乗られていない馬達も座って休むことはない。かといってクロウ達に攻撃を仕掛ける様子もないが、いつでも臨戦態勢に入れる状態もよろしくはないので、彼は軽い調子で脱力を促す。


しかし、声をかけたのはエリザベスではなく馬達になので、彼女はスルーし従っている彼らもスルーする。

敵だが戦うことなく、よくわからない均衡を保つ彼らの間には、なんとなくいたたまれない空気が流れていた。


「ふーむ……おーい、アイネ!」


とはいえ、彼は獣神ケルヌンノスだ。

誰かと話すこと自体少ない彼は、気まずい沈黙など気にも止めずに馬達の中の一頭に話しかけていく。


それを聞いたアイネと思しき馬も、個人として話しかけられたのでチラリと目を向けていた。


「……」

「儂らは昨日、宴を開いてたんだよー!

んでな? その残り物が……ほれここに。どうよ?」

「え、くれるのっ!?」

「もちろん!」


アイネという馬の神獣に話しかけていた彼は、いつの間にか持ってきていたのか、どこからか昨日の残り物を取り出して彼女を釣ろうとする。


最初は口をつぐんでいた彼女も、それを見せびらかされると堪らず目を輝かせていた。もちろん、アイネ個人に話しかけた時点で、この反応は完全にケルヌンノスの想定通りだ。


陽気に笑っている彼は、そのまま芋づる式に敵を引っ張って来るべく呼びかけていく。


「うーん、だけど任務……」

「しかもな、これは人間が作ったものだぜ?

いくら獣が人の形を取れるようになっても、やっぱ人間ほど上手く使えるもんじゃねぇからな。これはもう格別よ」

「〜っ!! エリザベス様、ちょっと抜けるね!

シャーロットもあっちで戦ってるし、問題ないよね!」

「……」


完全に釣られたアイネは、目を輝かせて人型になる。

ケルヌンノスが迷わず真っ先に声をかけた馬なだけあって、ショートパンツ姿の活発そうな女性だ。


エリザベスはチラリと見ただけでそれ以上は反応しないが、どこか責めるような目をしていた。

とはいえ、口に出して止められたわけではないので、彼女は止まらない。無言を肯定と捉えて、彼の下へと一直線に駆け出していく。


「じゃ!」

「……」

「え、ちょっと……!」


それでもエリザベスは無言を保っている。

だが、アイネの隣に立っていた馬は堪えきれなかったようで、お淑やかなワンピース姿の女性になって彼女を止めようと手を伸ばしていた。


「あ、あのすみません! すぐ連れ戻しますから……!」

「……」


もちろん、出遅れた手がアイネに届くことはない。

何事にも動じず、威厳を保とうとするエリザベスに対して、彼女は大慌てで謝りながら駆け出していく。


だが、いかにもしっかり者といった様子だった女性は、案外騙されやすい人物らしい。ケルヌンノスに簡単に丸め込まれ、なぜか一緒に座り込んでいる。


完全にミイラ取りがミイラになっていた。

審判の間に連れてこられていた馬の神獣は5人なので、残っているのは3人だ。


「む、アガートラムが求められているな」


アイネを含む2人が釣られてしばらくすると、残っていたうちの一頭も低い声をもらして人型になる。なぜか銀で作られたの右前足が光っていたので、それが理由のようだ。


彼女達とは違って理由がある彼は、人型になってからより右にある銀の義手をが輝かせ、いきなり右腕は消えた。


かなり異常な光景ではあったが、光る前から察していた様子の彼なので、義手の消失を止めることも驚くこともない。

ただ、のんびりと義手ではない左手でひげを弄っている。


「お、ヌアザも人型になったかー!

突っ立ってんのも疲れただろ? お前もこっち来いよー!」

「ふーむ、すまんなエリザベス嬢。腕を貸してしまって邪魔にしかならぬだろうから、吾輩はちと誘いに乗るぞ」

「……」


やはりエリザベスは無言を貫いているが、銀の義手を失った彼――ヌアザは、ゴツい体を揺らしながらケルヌンノスの誘いに乗ってしまう。


あまりにも堂々とした離脱に、エリザベスも思わずといった様子で彼の背中を目で追っていた。


残りは彼女が乗っている一頭の他、もう一頭のみだ。

半数以上がケルヌンノスに釣られたことで、流石にどちらもオロオロと視線を彷徨わせている。


「……えっとー」

「ディアン、せめて我らは何も言うまい。

王は必死に威厳を保っておられる」

「あっ、そっちの方が言うべきじゃ‥」


特に戸惑っていたのは、女王を背に乗せている訳ではない方の神獣だ。彼女――ディアンは厳格な口調でバラしていく彼にギョッとすると、顔をひきつらせながらたしなめていく。


しかし、もちろん一度言ってしまったことは取り返しがつかない。彼の上に乗っているエリザベスは、さっきまでの威厳をかなぐり捨てて、少女らしい態度で叫び出した。

当然、ケルヌンノスは歓迎ムードである。


「〜っ!! もういいよっ!! どうせ、あのおじいさん以外はみんな知ってるんだもん!! 取り繕ったって意味ないじゃんね!? 癪だけど、あの忌々しい獣神の誘いに応じるよっ!」

「おー、来い来いエリザベスー! そして、どうか儂だけがガキ共を助けるのを見逃してほしいぜ。無理か。ハハッ」

「……もう、ルー」

「む、すまない。フォローしたつもりが、失言であった」


女王としての態度を捨てたエリザベスが滑り降りるのを確認すると、最後まで残っていた2人も人型になる。


なじるような目を向けているディアンは、ビアンカと同じくメイド服姿の女性に。責められてようやく失言に気がついた男性――ルーは、ウィリアムのように鎧姿だ。


人の形をとったことで少し遅れた彼らは、プンスカと杖を振りながらケルヌンノスの元へ向かう女王を追っていった。

すぐさま隣に追いついてきたディアンに対して、エリザベスはかなりムスッとした表情で言葉を紡ぐ。


「わかってます〜っ! 私みたいな小娘に女王なんて任せられないでしょうとも!! というか、辞めさせて!?

あたし、こんな固っ苦しい役割向いてないっていうか、普通に引きこもってダラダラしてたいんだけど!?」

「いいえ、貴女以上に王に相応しい方はおりませんから……

ルーもあんなだし、私も……あの、爆発させちゃったりとか」


卑下している以上に本心をだだ漏れにしているエリザベスには、もう威厳もへったくれもない。

駄々っ子のようなその発言を聞くと、彼女の傍に控えているディアンは申し訳無さそうに諌めている。


「本当に悩みのタネよ〜っ!!」


ディアンの爆発させる発言を聞いたエリザベスが頭を抱えた瞬間、辺りを飛び回っていたウィリアム達がいる方向からは、ティタンジェルを揺るがすほどの大爆発が起こる。


ギシギシっと音がしそうな動きで彼女が振り返ってみれば、目の前に広がっていたのはドロドロに溶けた地獄絵図だ。


彼らのいる方向だけ、全面火の海で木々が一切存在しない。

その上、天井も飴細工のように溶け落ちてきていた。


「……あれ? もしかしなくても、荒らし過ぎじゃない?

あたしにかかる負担、とんでもなくない? え……?

普通にめっっちゃくちゃ疲れるよ? ひどくない?」

「あちゃー……」


冷や汗をかいて目の前の光景を見つめるエリザベスに、隣を歩くディアンは何も言えない。ただ岩石に遮られた空を仰いで、すべてを諦めたように額を押さえていた。


「……」


当然、ウィリアム達以外の戦場でも森は荒れている。

しばらく放心状態になったエリザベスは、やがて我に返ると女王としての威厳を取り繕って杖を掲げた。


「……仕方がありません、我が出ましょう。

これ以上余計な被害を出さず、罪人を裁きます」


今まで手を出さずにいた女王エリザベスは、ここに来てついに自らが罪人を裁くことを決意する。


意を決した彼女はもはや先程の少女ではない。

太古の森-ミョル=ヴィド、神獣の国-アヴァロンを統べる者として、万能の力を開放して圧倒的なオーラを放っていた。


「あーあー、やっぱこうなっちまうか。

こりゃ全員まとめて儂が抑えるしかねぇなぁ」


だが、もちろん彼女が自由に動くことなど不可能だ。

最初からエリザベスを相手だと見定めていたケルヌンノスは、彼女がこの場の制圧を決めたことでようやく立ち上がる。


目の前の女王も、彼女とともにティタンジェルにやってきた円卓の騎士も、その全てを抑えてクロウ達を逃がすと宣言し、彼女の前に立ち塞がった。


「……卿も反逆者と成り果てるのですか? ケルヌンノス」

「いーや? 儂はただ、試練は受けさせようってだけよ。

まー裁きの邪魔してる自覚はあるし、今回だけな?

敵認定されんなら受け入れるけど、できれば見逃してほしいぜ。この邪魔の分、次の一回はそっち側つくからさ」


一瞬で目の前に現れた彼に、エリザベスは厳しい表情で詰問する。だが、その圧にも屈せずヘラヘラと笑うケルヌンノスは、同等のオーラを放ちながら反逆を否定していた。


審判の間に住まう彼の真意はどこにあるのか、反逆者を助けると言いつつも敵対はせず、助けるのも今回だけだという彼は明らかに怪しい。


とはいえ、彼は審判の間にいる神獣の中で唯一本格的な敵対をしたことのない協力者だ。彼女はあっさりと彼の言い分を受け入れ、臨戦態勢に入る。


「いいでしょう。今この場だけ、貴方を敵と見なします」

「上等。多分、それだけで十分なんだと思うぜ。

……フェイ的にはな」

「……? 何か言いましたか?」

「いーや!」


不敵に笑うケルヌンノスは、エリザベスが生み出した数多の剣を見つめながら挑発的に口を開く。

最後につぶやいた言葉が彼女に届くこともなく、二柱の神は地下の禁域で激突した。



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