274-最高の騎士と最強の将軍
クロウ達をまとめて吹き飛ばした雷閃とウィリアムは、そのことに気がつくこともなくすぐに空へ飛び上がる。
彼らは両者ともに圧倒的な実力を持つが故に、少し気を抜くだけでも致命的な一撃を受けかねないのだ。
そのため、斬り結んでは離れてを繰り返しながら、ほとんどスピードを緩めることもできず、それぞれが炎と雷によって高速移動を続けて辺りを飛び回っていた。
眼下でヘズとビアンカが睨み合っていようとも、セタンタがアルムの巨剣に叩き潰されていようとも。
はたまた、ガノがテオドーラの見えない腕に持ち上げられていようとも。
次々に移り変わる景色の中で、地上の戦場を荒らしに荒らして彼らは本気の殺し合いを続けている。
"アラウンドサン・ガラティーン"
円卓の騎士、序列3位……ウィリアム・ライトが繰り出す技は、常に辺り一帯を吹き飛ばしてしまうような大規模攻撃だ。
森は再生していくが、その軌道上に生物がいたら一瞬で炎に飲み込まれ、炭になってしまうだろう。
そのため、雷閃は多少無茶をしてでも全力で回避しなければいけなかった。雷を纏って、炎の力も使い、その軌道上から外れるべく空を飛ぶ。
太陽に燃やされることよりも、むしろ見えない傷に苦しめられながら、炭化していく森を飛び回る。
といっても、当然彼もただ逃げるだけということはない。
既に金神の相-春日による雷の結界は張られていて、地上にはいくつもの帯電した鉱石が顔を覗かせていた。
だが、ウィリアムの攻撃は目の前にある全てを燃やし尽くすようなものなのだ。
移動の目印となるべき鉱石達は、出てきた瞬間にすぐ……とはいかずとも、少し逃げている間に壊されてしまう。
さらには、まず中に留まっていることすら難しい。
一撃一撃が視界に入るすべてを燃やしてしまうので、回避を優先すれば外に出てしまうし、結界も炎上して今にも消えてしまいそうだった。
"千鳥"
その上でウィリアムに対抗するとしたら、無理をしてでも接近するか、威力が落ちても何かを飛ばす攻撃をするかの二択だ。
後者を選択した雷閃は、雷で数羽の鳥を作り出して剣を振り抜いた体勢でいるウィリアムに向かわせる。
まっすぐ飛ぶもの、上下から挟み込むように迫るもの、背後に回り込んでいくもの。
雷鳥達の辿る軌道は様々だ。
全方位を燃やさなければ避けられないような技を前に、彼は不敵に笑っていた。
"ルグナサート・ガラティーン"
余裕の表情を崩さない彼が放ったのは、燃える剣から放たれる幾筋もの極太の熱線だった。
雷鳥よりも数倍大きな熱の光線は、ウィリアムに迫った鳥を飲み込むと一撃で消し飛ばしてしまう。
どうにか息を整える時間を得られた雷閃は、燃えている森を雷で覆いながら苦笑する。森全体は不可能だが、自分が立つ辺りは炎が消し飛ばされていた。
「僕、火力の人じゃないんだけどなぁ……」
「それ以上に、調子も悪そうだね。
審判の間でもう誰かに負けていたりするのかな?」
「うーん、相打ちかな? それよりさ……
もしかしてだけど、君火力上がってない?」
"アラウンドサン・ガラティーン"
軽いやり取りの間にも、ウィリアムは簡単にポンポン目の前の森を焼き尽くしていく。ただの一振りで、太陽に勝るとも劣らない威力の灼熱を荒れ狂わせる。
しかし、会話自体はちゃんとするつもりがあるようだ。
彼は雷閃の火力が上がっている発言を聞き、穏やかに微笑みを浮かべていた。
「そうだね、上がっているとも。
私の騎士名は"天上の果実"なのだから」
当然雷を纏って回避していた雷閃を追いながら、ウィリアムは微笑みを絶やさず言葉を紡ぐ。
それを強調するかのように、彼は全身から迸る炎の威力で空を飛び、立ち止まった彼のすぐ近くに降り立った。
「断言できるってことは、細かく何倍とかあるのかな?」
「具体的な数値を教えるなどナンセンス!
ただ、今の私はさっきの私よりも強く、今の私も既にそれを超えているということだけを覚えておくといい。
場合によっては、序列2位にも余裕で勝てる火力だよ」
"天上の果実"
メラメラと炎のように赤いオーラを放つウィリアムは、自らと対になる騎士にも勝てると豪語する。
たしかに序列帯としては同格だが、彼にとって彼女は格下ではなく、あくまでも同格の立場。
余裕で勝てるというのは度が過ぎており、その言葉だけを聞くと単に彼が驕っているだけのようだ。
しかし事実として、彼の背後には真っ赤に熟れた果実のように擬似的な太陽が浮かんでいる。
序列2位――ソフィア・フォンテーヌが地面を湖面にしたのとは真逆で、空を火の海にしていく。
勝てる勝てないは抜きにしても、そう思えるだけのずば抜けた力を持っていることは確かだと言えた。
太古の森を焼き尽くし、雷の膜を上書きし、環境を書き換えていく彼は、紛れもなく神と呼べるだけの神獣……
神秘の獣ではなく、神の如き獣と書いて神獣だ。
「ほんと、僕の領分じゃないんだけどねぇ……」
「はっはっは、人生とはままならないものだろう?
自然の中で生きるとはこういうことさ。
いつでも人智を超えた現象が襲いかかり、死んでいく。
過酷なこの世界で生き残りたくば、敵を打ち倒すことだ」
腹部を押さえながらぼやく雷閃に、ウィリアムは森を燃やしながら剣を構える。すでに彼らは炎に包まれているのだが、それでも彼は斬るらしい。
宇宙にある昇りかけの太陽に加え、空に浮かぶ疑似太陽からの日光も受けて、森の炎が霞む程の輝きを見せながら三度剣は横薙ぎに繰り出された。
"アラウンドサン・ガラティーン"
太陽が2つになったことで、ウィリアムの火力が増加率もほぼ2倍だ。しかも、宇宙にある太陽は今も刻一刻と昇り続けているので、火力は上がり続けている。
さっきまでは目の前の森をまとめて焼き斬るくらいだった炎の斬撃は、もう空高くにある洞窟の天井部を溶かしていた。
「僕は雷の神秘で、八咫の象徴……つまりは天だ。
君が空を覆う太陽だというのなら、それを穿つ神となろう」
だが、洞窟全体を溶かしかねない太陽を見ても、雷閃が慌てることはない。じっとりと肌を焼かれ、服を焦がしながらも、雷閃は空を見上げながら呟く。
周囲にはもう炎以外のものなどほとんど残っていないのに、足が燃えているのも気にせず自分のペースだ。
すべてを焼き払う炎の剣が迫る中、その光を反射している刀を高く掲げる。
"天穿"
バチバチと帯電する刀が、最も高く掲げられた瞬間。
天からは、燃える大気を突き破っていくつもの雷が現れる。
先端が鋭く尖っているそれらは、槍のように天を穿ち、太陽を穿ち、燃え盛る空を穿ち、雷閃に迫っている炎の斬撃を貫いた。
元々神秘によって形作られていたので、もちろん本来の炎に形などない。地面に突き刺さると同時に放出された雷により、炎の斬撃は一瞬で拡散されていく。
「ここは遠き異国のアヴァロンなれど、親愛なる友はここにいる。将軍としても雷閃としても、僕は人を守る盾だ」
微動だにせず炎を防いだ雷閃は雷によって浮かび上がると、固定された太陽の下にいるウィリアムを見下ろしながら口を開く。
炎は雷槍を破壊しようと荒れ狂うが、そう簡単に壊れはしない。睨み合う彼らの周囲には、火の海に天と地を繋ぐような雷の槍が乱立する、地獄のような光景が広がっていた。