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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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266-ケルヌンノス

ティタンジェルよりもさらに深い空間に出た俺達の目の前にあったのは、いたるところに大量の酒樽が積み上げられた、石造りの質素な神殿だ。


多少は紐やなんかで飾り付けられてはいるが、そういうものは神殿よりも高い場所もある酒樽に隠されており、ほとんど意味をなしていない。


大きくはあるが、基本的にボロい石造りにしか思えず、第一印象は酒樽と吐き気がするような酒の匂いだった。

この空間が他よりも狭く、おまけに空気の通り道が通路しかないので、本気で最悪の気分になる。


壁や天井が光っているから暗くはないし、壁や天井、木々がよくない空気も吸っているので、生きていけない環境ではないけど……正直、さっさと出たい。


ここからではケルヌンノスの姿は見えないが、さっさと話を終えるためにガノに問う。


「なぁ、ケルヌンノスってどこ?」

「……狩りに行ってなきゃこの神殿のどっかだ。

この中からってのは、ヘズにでも聞けや」

「ヘズ、わかるか?」

「……ふむ」


なぜかキレられたけど、言ってることは正論なので大人しくヘズに問いかける。すると彼は、神殿の左側に耳を向けながらも、なぜか黙り込んだ。


この様子だと、多分左の方にいるんだと思うけど……

報告しにくい理由でもあるのかもしれない。

彼はしばらく考え込んだ後、少し言いづらそうに口を開く。


「……一応、あちらにいるようだ。ただ……」

「ただ?」

「随分と、酔っているな。話になるかどうか……」

「えぇ……?」


ヘズの報告を聞いた俺は、思わず困惑してしまう。

神殿に積まれているのは酒樽なので、妥当といえば妥当であるけど……ちゃんと、人間じゃなくて神獣なんだよな?


多分この空間に引きこもっていて、話になるかどうか怪しいくらいに呑んだくれてるって……人より人してるじゃねぇか。

堕落してるにも程がある。


とはいえ、どれだけダメ神獣なんだとしても、獣神だなんて呼ばれているやつが弱いはずがない。

中身はともかく、実力は確かなはずだ。


実際に協力を得られるかはわからないが、ちゃんと話してはみないと。


「まぁいいよ。とりあえず会ってみよう。

セタンタ達はどうする?」

「あ? 俺達がどうしたって?」

「……は? さっきまで倒れてたじゃねぇか」

「知らねーな。何のことだよゴホッゴホッ……」

「無理すんな!!」


名前を呼んだことでいきなり顔を上げたセタンタは、なぞに強がってまた咽ている。

多分肺が一部凍りついているんだろうけど、鍛えてどうにかなるものじゃないんだから、大人しく倒れていてほしい。


……まぁ、意識がはっきりしている限りこいつが大人しくすることなんてない気がするが。

それに、ガノの方を見てみると、雷閃も平気そうな顔をして降りようとしているし、体感は大したことがないのか……?


「はぁ……連れてくけど、騒ぐなよー」

「何でおぶわれねぇといけねぇんだよ!!」

「それは当然、セタンタ様に貢献したいからですともー」

「ん? なんだわかってんじゃねぇか」


背負ったままケルヌンノスがいるという方向に足を踏み出すと、背中にいるセタンタは戦闘中なのかというくらいに暴れ始める。


だが、俺が適当にへりくだって見せると、彼はすぐに納得して大人しくなってくれた。あまりにもちょろい。

こんなだから、暴力的で警戒心高かったのにガノに騙されて落とされたんだろうなぁ……


雷閃はそのまま楽しようとしてるので、ガノも余計な手間がなくて気楽そうだ。

俺はヘズとレーテーに続いて、ケルヌンノスに会うべく酒樽の迷路を辿っていく。すると……


「ホッホッホ、これはこれは大した酒豪じゃな」

「……まともに話ができるのか、とても疑わしいものだよ。

酔って暴れるのだけは勘弁してもらいたい」


神殿の端っこ辺りで俺達が目の当たりにしたのは、酒樽自体をグラスのようにして、豪快に酒を飲む鹿だった。

もちろん、普通の鹿のように四足獣ではない。


頭に生えているのは、下手な武器よりも殺傷力が高いであろう立派な角、顔は鹿らしく細長く尖っており、全身が体毛に覆われている。


しかし、その手足は体毛に覆われながらも、ちゃんと人の形をしていた。神獣が利便性から人の形を取るのと同じだが、やや獣との中間に位置するような姿だ。


引き締まった靭やかな筋肉を持つそれは、体毛の上からでも赤くなっているとわかる顔をこちらに向けて言葉を紡ぐ。


「んん〜? なんだぁなんだぁ? こんなとこに人間来んのとか何時ぶりだ〜? 珍しすぎんだろ〜、ウィ〜」


随分とハイになっている様子の彼は、とても神とは思えないような若々しく軽い調子で笑いかけてくる。

目を閉じていれば、そこら辺で会った若いお兄さん、というような印象になりそうだ。


人に好意的だというのは伊達じゃない……ということか?

俺が少し混乱していると、いつの間にか雷閃を降ろしていたガノが先頭に立っている2人を押しのけて口を開く。


「珍しいとかどうでもいんだよ、呑んだくれ鹿野郎。

話できんのか? その馬鹿みてーにデケェ酒樽を置け」

「ふぇっへっへ、んだよ円卓の騎士じゃねーの。

儂になんか用事でもあんのか、"真紅の逆刃(モードレッド)"?

それとも、ガル=ジュトラムに餌やりかぁ?」

「餌やりは少し前にウィリアムが終わらせてんだろ。

用事があるに決まってんじゃねぇか老害。死ねよ」

「おいおい、死んだら用事も聞けねーぞ?

まぁとりあえず落ち着けよ、一杯飲むか?」

「それを一杯だと思ってんなら、もう手遅れだろ」


慣れた様子で話しているガノは、相手が獣神だとは思えないような口の悪さでケルヌンノスを罵倒する。

相手が相手ならガチギレものだ。


彼の口調が軽い上にずっと笑っていることもあり、そこまで気にならないが、これがバロールとかだったならあまりにも酷い対応に失神していた。


ほんと、どう見ても人に好意的で、気のいいニイチャンって感じの神獣でよかったよ……

鋭いツッコミを受けたケルヌンノスは、少しの間ぼんやりとした後、酒樽を置いて顔をしかめる。


「んん……? ぬおっ、なんだお前ら!?」

「てめぇッ……!! 酔いすぎだろ、俺らのこと認識できてねぇじゃねぇか、ちったあ禁酒しろアルコール中毒かよ。

鹿のくせに血を全部酒にする気か?」


また同じようなやり取りが行われたことで、ガノは頬をビキビキっと痙攣させる。しかし、セタンタではないので流石に暴れるようなことはない。少し目を閉じて落ち着いたあと、その分グチグチと悪態をついていく。


それを聞いたケルヌンノスは、もしかして口の悪さで認識しているのか……? と感じる程にすんなり彼を目に止めた。

おまけに、なぜか酔いも醒めているようだ。


「ん、なんだ"真紅の逆刃(モードレッド)"じゃねーの。

俺は今日はまだ酒飲んでねーよ?」

「嘘つくんじゃねぇ!! 記憶障害起きてんだろうが!!」

「……? まぁ何でもいいさ。用はなんだよ用は」


さっきまで飲んでいたのを確認されているのに、彼は飲んでないと言い張って話を進めていく。

……これは流石にガノに同意だ。


もう顔色も元通りになっているけど、さっきまではたしかに顔も赤かった。誤魔化せると思っている方がどうかしているだろ。


といっても、もちろん話が通じるのならばその方がいい。

彼は飲んでないと言い張っている通り、どういう訳か酔ってもいない様子なので、ガノは苛立ちを隠さないままで本題に入っていく。


「ふん……用は手を貸せってことだよ。俺等はこの審判の間から脱出してぇから、守護者倒さないといけねぇんだ」

「ははぁ、さてはお前、ついに落とされたな?

いい酒の肴になるぜ。そして共闘はしねぇ」

「……あぁん!?」


取り付く島もなく、即決で断ってきたケルヌンノスに、ガノは凶暴な顔で威圧し始める。普通にめちゃくちゃ怖い。

しかし、彼は余裕の表情を崩していないし、むしろその反応も込みで酒の肴にしているような感じで笑っていた。


「まーまー落ち着けよ、ジャガー君。一杯飲むか?」

「それを一杯って言うんじゃねぇよ中毒者!!」

「お前らオリギー怒らせてんだろ? あいつは抑えといてやるから、他のやつ挑んでみろよ。一応お前らの試練だしな」

「チッ……」


共闘はしないと断言したケルヌンノスだったが、まったく協力するつもりがない、という訳ではなかったようだ。

彼は酒樽から豪快に酒を飲みながら、気のいい笑顔を見せて提案してきた。


ずっと追われていたオリギーを抑える……

他の試練にも強者がいることを除けば、これ以上ないくらいにありがたい提案だ。流石のガノも、口を閉ざしている。


「ついでに、ルキウスとかバロールも見といてやるさ。

さらにさらにぃ、今日はここで休んでいくといいぜー?

おお、なんと心優しく手厚い神だろうか、儂」

「ウゼェなテメェ……」


美味そうに声を漏らすケルヌンノスは、試練に手を貸してくれない代わりなのか、さらに手助け追加してくる。

ガノの言う通り、若干ウザくはあるけど……


とことん友好的に接してくるケルヌンノスに、俺達はもうそれ以上何も言えずに体を休めることになった。



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