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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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261-幸運の価値

暗い意識の底から浮かび上がると、俺の鼻腔には真っ先にかすかな甘い香りが漂ってくる。といっても、甘ったるいというよりは爽やかでほのかに甘い感じだ。


風が草木をさわさわと揺らしている音も聞こえるので、多分果物がたくさん生っている森の香り……とかだろう。


頭に柔らかいものを感じるから、どうやら俺は横になっているみたいだけど……いつの間にか眠っていたのか?

いや違う、俺は確かソフィアさんと……


「ん……?」

「おや、起きましたか?」


直前の状況を思い出して目を開けると、俺の目に飛び込んできたのは、下から見上げるソフィアさんの顔だった。


上にソフィアさんの顔があって、頭の下には柔らかいもの……これはどうやら、彼女に膝枕をされているらしい。

殺す気はなさそうだとは思ったけど、どうしてこうなった?


ひとまずは、上を遮るものが何もないため、彼女の顔も完全に見えている。敵意はまったくなさそうだ。


「……起きました」


彼女の呼びかけに返事をしながら起き上がれば、状況は一目瞭然だ。もうすっかり再生し終わっている森の中で、俺は木に寄りかかっているソフィアさんに膝枕をされていた。


意識が落ちる直前の記憶は、たしか彼女に首辺りを打ち付けられたものだったので、その後ずっと守ってもらっていたらしい。


倒して守るなら、そもそも戦いたくはなかったんだけど……

ともかく、助けられたと言える……のか?

起き上がった俺を見つめるソフィアさんは、立ち上がりながらパンパンと汚れを払いながら口を開く。


「それはよかった。子猫の神獣も無事ですよ。

騒ぐので一度昏倒させましたが」


彼女に促されて隣を見ると、そこにはふかふかの鳥の巣のような寝床に寝かされたロロがいた。

俺にベッドなんかを作るのは手間なので、膝枕をしてくれた……ということのようだ。


……いよいよ意味がわからない。

さっきの戦いはなんだったんだろう?

やっぱり稽古をつけてくれたと考えるべきか?


「……えっとさ、容赦しないとか言ってたけど、結局俺を殺すつもりはないってことでいいのか?」

「えぇ、そうですね」

「それじゃつまり、俺に稽古をつけてくれた?」


案の定殺すつもりがないのかという問いに頷くソフィアさんだったが、稽古をつけてくれたのかと聞くと黙り込む。


そして、しばらく空を……審判の間の切れ間から見える地上を眺めていたかと思うと、真面目くさった表情で言葉を紡ぎ始めた。


「別に稽古をつけていたつもりはありません。弱ければ即座に死んでいたでしょう。しかし、私と対等に戦えるのであれば、利用価値があるかもしれない。森で自由にさせるわけにも行かなかったようですが、殺すのは見極めてから。

それだけです」

「はぁ……」


無表情にまっすぐ俺を見ながらつらつらと言葉を紡いでいたソフィアさんだが、あの戦いが全力だったとは思えない。

たしかに最後のとか弱ければ死んでたんだろうけど、とても対等に戦えるとまでは言えないだろう。


あれだけ問題点を教えてくれたんだし、絶対に稽古だった。

まぁ、利用価値を見極めるとかも本心に変わりないんだろうけどさ……


「……」

「なんですか?」

「いや……」


俺が思わず微妙な表情をしていると、ややムッとしたような彼女が目を細めて聞いてきた。

殺意はないのに、戦ってた時と同じような圧を感じるぞ……


俺は慌てて目を逸らしながら否定し、稽古については無理にでも忘れることにして問いかける。


「まぁいいけどさ。利用価値はあったってことでいいか?」

「そうですね。貴方は壁外の対話にて善性を示した、審判の間にて私の攻撃を耐えるだけの実力を示した。価値は十分にあると言っていいでしょう。森に潜む脅威……暴禍の獣(ベヒモス)。あれを殺したいというのであれば、私も同意します」

「え、円卓の騎士なのに味方になってくれるってことか!?」


ソフィアさんの答えを聞いた俺は、予想外の名前が出てきたことに思わず目を見開く。たしかにノーグの外ではその名前を出したけど、罪人として地下に落とされてるのに協力すると名言されるとは思わなかった。


いや、そもそもフェイはこの国に暴禍の獣(ベヒモス)はいないと言っていたはずだ。2度目に会った時には聞けなかったけど、最初のアレがここの人達の共通認識だとすると、彼女だっていないと思っているはず……


「別に、円卓を裏切るつもりはありません。

この国のためになると信じてのことですから」

「待って、そもそも暴禍の獣(ベヒモス)はいるのか?」

「少なくとも、あなた方はいると信じているのでは?」


自らの信念に従うまで……といったソフィアさんに重ねて問いかけると、彼女は揺るぎない瞳で俺を見つめ返してくる。

序列2位というだけあって、とても強い心を感じるな……


「まぁ、そうだけど……」

「もしいた場合、私は貴方に手を貸す……それだけの話です。

ついでに、これ以降私があなた方を裁きに来ることはないでしょう。他の円卓は来ますが、私はノーグにこもります」

「マジか、ありがとう……!!」


暴禍の獣(ベヒモス)戦での協力確約に、この先円卓の騎士序列2位がもう俺達を殺しに来たりしないという宣言。

これ以上ないくらいにありがたい発言だ。


といっても、今は仲間達と分担されているので、彼女がこのまま去るとちょっと困ってしまうけど……


「あぁ、それから……序列1位のオスカーも、地上で遊び相手を見つけたので来ませんよ。来る可能性のある円卓の騎士で、最も序列が高いのは3位のウィリアムということになります」

「トップツーが不在……!! 運が良すぎる……!!」


続いてソフィアさんから告げられたのは、その不安を吹き飛ばしてしまうような情報だ。1人で神獣を回避するのは厳しいけど、円卓の騎士の上位2名が来ないというのは合流できてもできなくてもありがたい……!!


「それがあなたの呪いでしょう?」

「うん、まぁそれはそうだけど。

ところで、ウィリアムってのはどんなやつ?」

「私とは対になっている騎士ですね。能力は私と真逆の炎で、戦闘スタイルも技術より力技、私が領域内を連撃で追い詰めるとしたら、彼は領域全体を一撃で斬ります」

「そういう相手は俺無理なんだよな……」


試しにウィリアムについて聞いてみると、彼女はノーグで死の森についてぼかした時とは違って迷わず答えてくれる。

もう完全に味方として見てくれているようだった。


しかし、だからこそその内容は俺にとって厳しいものだ。

ちっぽけな幸運は、それが関与しないような範囲攻撃に対応しきれず、俺にその他に能力はない。


御札を使うことで、辛うじて陰陽道を少し使えるくらいである。もしもロロと2人だけで遭遇したら、絶対に処刑されてしまう……


生存率を上げるためにも、いち早くセタンタ達と合流しないとだ。というか、ソフィアさんに俺を殺す気がなかったってことは、あっちも本気ではなかったりしないか……?


「そういえば、分断したのが俺個人を見極めるためで、あの魔術師が協力してたなら、あっちも殺す気無かったり?」

「いいえ? 彼女は本当にあなた達を殺しに来ていますよ。

私はあなたを助けただけです」

「マジかー……」


あの魔術師――アンブローズは本気で俺達を殺しに来ていたと聞かされ、俺は思わず頭を抱えてしまう。


セタンタ以外だと、少し相性が悪そうだった彼女だ。

ガノは無茶すれば多少抗えそうだったが、雷閃やヘズは厳しめ……下手したら犠牲者が出ている可能性も全然ある。


俺が行って助けられるとも思えないけど、行かない訳にはいかないな……


「ならすぐ助けに行かないと。

協力は……してもらえないよな?」

「……」


セタンタ達の危機を知った俺は、ロロを起こしながらあまり期待せずにソフィアさんに助けを求める。

だが、彼女は返事をすることなく揺れる森を見つめていた。


……うん? 揺れる、森?

まさかまた何か来たのか……!?


「……円卓の騎士、序列2位……"湖上の花弁(ランスロット)"」


段々と揺れが酷くなってくる中、俺達は緊張感を高めて揺れの元凶を待ち構える。すると、木々をなぎ倒しながらやってきたのは、眼帯をした巨人だった。



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