260-最優の騎士
肩の上に飛び乗ってきたロロから花びらを払いながら、俺は目の前で優雅に立つパンツスーツ姿の女性を見やる。
円卓の騎士、序列2位……ソフィア・フォンテーヌ。
ミョル=ヴィドという神秘の森の中で、トップクラスにヤバいとされる存在を。
花びらは彼女の邪魔をさせないためのものであり、もちろん惑わされてなどいなかったようだ。
しかし、肩にかかるかどうかくらいの髪には1枚だけ花びらがくっついていて、凛とした雰囲気に可憐さもあった。
Shall we dance……言葉通り本当に戦いではなく、ダンスで終わらせてくれたらいいんだけど……
「一応聞いておくけど、Shall we danceってのは斬り合うことか? 本当にダンスだったり……しない、よな?」
「もちろん、殺しに来たんですよ」
念のため聞いてみるが、彼女は当たり前のように差し出していた手を引っ込めて双剣を抜く。
髪についていた花びらも、これで温かな時間は終わりだ……とばかりに落ちていた。
「来てくれてありがとう、ロロ。念動力で補助頼む」
「あいさー!」
背中にくっついているロロにサポートをお願いしつつ、俺は剣を抜いて構える。序列2位を相手に、出し惜しみなんてしていれない。
念動力で動きのサポートをしてもらい、さらに俺自身の力で身体能力を高めて全力で臨む。
"モードブレイブバード"
右の碧眼を意識して青い光を迸らせると、それに付随するように全身にも青い光を纏っていく。チルは出てこなくなってしまったが、その分は俺自身が運を掴むしかない。
使いすぎると頭痛で動けなくなったり、最悪気絶するけど……
この状態なら数発は全力で能力を使えるはずだ。
「……そう、あなたは全力で来なさい。私はまともなやり方であなたの剣が届くような存在ではありません。
死にもの狂いで、魂をかけて。自分は罪人ではないと、生き残る価値があるのだと、証明してみなさい。
……貴方に、生き残る価値はありますか?」
ソフィアさんが軽く双剣を振るうと、唐突に不思議な感覚が俺の全身を襲う。はっきりとは言えないが、空気が変わったような、何かに包みこまれているかのような……
そんな、まるで彼女の領域に引きずり込まれてしまったかのような感覚だ。かけられた言葉的にも、一瞬でも気を抜いてしまえば即死しかねないような気がする……
"アラウンドレイク・アロンダイト"
俺がソフィアさんのオーラを受けて動けずにいると、彼女は静かに右手に握った剣を振るう。
その瞬間、俺に襲いかかってきたのは、深く鋭い斬撃だ。
彼女はその場から一歩も動いていないというのに、俺の右側から肩を斬り裂くように、それはいきなり現れた。
「ぐっ……!?」
警告なのか運が良かったのか、それは肩を掠っただけで残りはギリギリ防ぐことができた。
だが、それはなぜか少し離れた位置に現れたから防ぐ余裕があっただけで、おそらく普通ならできない。
それどころか、下手をすると気付いたら首が飛んでるぞ……!?
命からがら斬撃を防ぐことのできた俺は、ロロの自己治癒力上昇によって傷の治る速度を速めながら場所を変える。
斬撃はいきなり現れていたが、動き回っていれば狙いは外れやすくなるはずだ。
斬撃に当たらず、かつ防戦だけにならないように走り回る俺は、気を抜かずにソフィアさんに接近していく。
当のソフィアさんは、俺を目で追いながらも動かずポツポツと何かをつぶやいていた。
「……これが、運? 肩くらいは斬るつもりだったのですが、どこでズレたのでしょう……」
「ぶっ飛ばせ、ロロ!!」
「あいさー!!」
予想以上に狙いが外れたことに戸惑っている様子の彼女だが、俺には余裕がないので待ちはしない。
青いオーラで高めた身体能力に加え、ロロの念動力によって爆発的なスピードを得て接近していく。
ソフィアさんが動かないのなら、俺が繋ぎ止めるべきはその今だ。色々と教えてくれたいい人だったけど、殺される前に殺す……!!
"今を保つ剣閃"
念動力で吹き飛んでいく俺は、あっという間にソフィアさんの至近距離に迫る。彼女はその間も動いていなかったので、振りかぶった剣はもう避けられない。
ふわりと宙を舞うようにバク転をしているが、どこかでガノが放った赤黒い閃光が飛んできて、倒れた木々が彼女の逃げ道を遮っていた。
「……なるほど、不運ですね」
「全力で、斬るッ!!」
倒木によって地面に落とされたソフィアさんは、さっきよりも少し低い体勢にこそなっているが、やはりある程度は俺の望んだ今を保っている。
俺しかいない関係で接近中に運を引き寄せてしまったから、ここから防がれる可能性はあるけど……
体勢は崩れているので、普段よりは可能性が高いはずだ。
俺は少し低い位置に軌道を微調整しつつも、変わらず彼女の首を狙って剣を振るう。だが……
「相手の手の内を完全に把握しないままで奥の手を出すのは、流石に迂闊すぎると思いますよ」
"フォンテーヌ・サンティエ"
ソフィアさんがポツリとつぶやいた瞬間、俺の視界は眩い光に潰される。光っているのは、辺り一帯の地面だ。
ただの土でしかないはずのそれらは、まるで湖上に日光が降り注いだかのような輝きを見せていた。
避けられないようには工夫したけど、まさかこっち方面でもやってくるとは……!!
予想外だったこともあり、俺の目にはソフィアさんどころか両手の双剣、地面すらまともに映らない。
剣は完全に空を切り、俺は腹を蹴られて背中から地面に倒れ込む。
「かはっ……!!」
「うにゃっ……クロー、だいじょうぶ!?」
「……なぜかな」
すぐに念動力によって起こされるが、目はまだ使えない。
ただただ青い世界が広がっていた。
だけど、こんな千載一遇のチャンスに斬られないって、一体どういうことだ……?
俺は雷閃のように攻撃ができる神秘じゃないから、たしかに弱い。だけど、仲間と一緒にいた場合はかなり厄介なタイプだと思う。
始末しておいて損はないというか……
ソフィアさんのような模範的な騎士なら、格下でも仕留めるべき時に仕留めるはずだよな……?
「……視界は戻りましたか?」
「……一応な」
ようやく視力が戻ると、ソフィアさんは小首を傾げて聞いてくる。双剣は構えたままだが、明らかに見逃されていた。
その考えを肯定するかのように、彼女は続けて質問を投げかけてくる。
「さっきの技はあと何度打てるでしょうか。どちらにせよ、タイミングを見誤りましたね」
「……」
「初撃への警戒……相手を見ることはできているようですが、何を見るかは理解していませんか? それとも単純に焦っていたのでしょうか? 大事なのは冷静さを保ち、相手に何ができるのか、何がしたいのかを把握してそれを邪魔することです。本気でない相手に対して、無防備に接近するのは明確な悪手。力任せが通じるのは、格下か同じようなタイプの方だけですよ。どんなタイプの相手かに限らず勝ちたいなら、見て、理解して、組み立てる。見るだけではいけません」
俺が黙り込んでいると、ソフィアさんはやたらと丁寧に問題点を教えてくれる。当然、双剣を振るうこともない。
……これってまさか、本当に見逃されてるのか?
というより、稽古をつけてもらっているような感覚だ。
ありがたいけど、意味がわからない。
俺は混乱のままに、ついポロッと言葉をこぼす。
「……よく、喋るな」
「次は、もう少し良く見ましょう」
「っ……!!」
"トートワルツ・アロンダイト"
俺の言葉を聞いたソフィアさんは、再び双剣を振るう。
しかし、今度はいきなり斬撃が現れることはなく、身構えていたのは無駄に終わる。
といっても、何も起こらなかったという訳ではない。
湖面のように輝いている地面からは、水で形作られた白鳥が数え切れない程に姿を見せて、襲いかかってきた。
それも、それらは白鳥であるはずなのに、攻撃する度に地面に落ちて水になるので、まるで魚が跳ねているようだ。
斬っても避けても意味がないので、本当に質が悪い……!!
同時に、さっきのいきなり現れる斬撃のようなものも身近に感じるので、もうまともに地面に立つことは不可能だった。
足を血だらけにしながらも、俺は踊り狂うように跳ね回り、どうにか致命的なケガは負わずに避け続ける。
「くっそ、ロロ全部消し飛ばせねぇか!?」
「む、むりだよっ……オイラにはそんな力強さないから……」
「さて……身構えられず、避ける余裕もなく。
そんな状態のあなたに放たれる、空間内を自在に斬る水刃。
あなたはどう対処するのでしょうか」
「いッ……!?」
ロロも悲鳴を上げる中、ソフィアさんは今度こそ先程の一撃を放とうと双剣を構える。俺は強制的に踊らされているので、体勢を整えることすらできない。
そんな中で、どうしろって言うんだ……!?
彼女にできること、今からすると予告されたこと、俺ができること。現状と予想とで俺が取るべき選択は……!!
"水の相-行雲流水"
剣に貼った御札から水を出した俺は、強制的な踊りから自分の意志で舞うことに意識を切り替える。
斬るのが無駄だとしても、流れるような動きで回避することで体勢を立て直す。
最初は手間取ったけど、一度流れ出せばもう止まることはない。小魚が跳ねるような湖面を的確に移動し、背中に放たれた斬撃を、流れの中で辛うじて防ぐことに成功した。
「……なるほど、そのような技もありましたか」
ここで必要なのは、できない防御ではなく攻撃だ。
どこからでも斬れる、弄ぶように環境を変えることができるのならば、ペースを掴ませてはいけない。
彼女の空間の中でも無理やり泳ぎ、俺の全力を叩き込む……!!
「今度こそ、斬るッ……!!」
ソフィアさんの能力は、ほぼ確実に湖面だ。
湖面を光らせて、湖面から水鳥を跳ねさせ、湖面の上であればどこからでも斬撃を飛ばせる。
ならば、目潰しへの対策は下から上を斬ること。
体勢を低くした俺は、下から見上げるようにソフィアに斬りかかる。
"シュトラールレイク・アロンダイト"
だが、それでも俺の剣が彼女に届くことはなかった。
やはり身構えていなかったはずのソフィアさんだが、その手に握られた双剣が湖面の光によって輝いたかと思うと、光線を放って剣を弾き飛ばしてしまう。
剣を失った俺は、不格好にも何も持たない握りこぶしを眼前で振り抜いただけである。恥ずかしすぎるだろ……!!
「……」
「……ふむ」
結末を見届けたソフィアさんは、一言だけつぶやくと右手を掲げ、俺に双剣の片割れを振り下ろした。