258-戦力を整えるために
雷閃のおかげでオリギー達から逃げおおせた翌日。
全員が目を覚ましたのを待った俺達は、次の予定を決めるために洞穴の外に集まっていた。
フェイの助言に従うことにした俺から提案したのは、ガノにバロールという神獣のところまで案内をお願いすることだ。
フェイは円卓側の人物だが、ガノを落としたことでセタンタからの信用は意外なほど高い。
ほとんどのメンバーがここに詳しくないこともあり、みんなすんなりと受け入れてくれる。だが……
「私は案内なんてしませんよ? フェイの思惑に乗るのが癪ということ以上に、バロールは無駄です。
行っても協力を得られることはありません」
セタンタ以上にこの森、ひいては地下に広がる審判の間について詳しい唯一の人物であるガノは、その提案を真っ向から否定してくる。
見た感じ、悪巧みやなんかで言ってる訳ではなさそうだ。
しかし、フェイの思惑に乗るのが嫌だという本心も明かしていて、さらには普通に彼自身の信頼度は高くない。
正直なところ、はいそうですかとすぐに納得することはできなかった。行っても無駄で、協力を得られないと断言しているのは気にかかるけど……
「でも、このまま試練に挑むよりは可能性に賭けた方がよくないか? 治癒力を高めてある程度治したとはいえ、雷閃もまったく万全じゃないし」
寝て起きた雷閃は、ロロの治癒力上昇によってかなり溶けた腹部を再生させていた。まだ少し硬直は残っているようだが、軽く活動するくらいは問題ないだろう。
だが、全力戦闘となるとそうはいかない。
溶けた腹は歪に肌を突っ張り、手足の動きにも影響を出しているし、時々顔もしかめている。
ここぞという大事な場面で、致命的なミスをしてしまう可能性がかなり高かった。もう少し彼を回復させる、そしてより戦力を整えるるためには、助言に従うのが1番だ。
ついさっき温泉から上がったばかりで、まだ頬をわずかに上気させている雷閃本人も、俺の言葉に同意する。
「うーん、申し訳ないけどそうだねぇ。
朝温泉を創って入ってもみたけど、これは治癒特化の神秘にかからないと、しばらく本気では戦えないや」
「私はあなたを買ってたんですけどねぇ。
案外大したことないんですかぁ?
見た所、傷は少し跡になっている程度じゃないですかぁ」
「あはは、ちょーっと芯に響いちゃってね。
流石、皇帝を名乗るだけはあるよ」
「っ……!? まさかお前……!!」
2人のやり取りを聞いた俺は、思わず声を荒げてしまう。
ガノの挑発を軽く受け流す雷閃だったが、その言葉は深刻ではないように見せかけて、本音が見え隠れしていた。
今も彼の腹部を硬直させているオリギーではなく、一見受けた傷などないようなルキウスについての言及。
それはつまり、雷閃にはまだあの不可視の傷が残っているということだ。
獅童から継承した能力で多少傷を治せても、そもそもその傷がなければ治すことなどできない。
今この場で彼を治せる者は、この先雷閃が万全の状態で戦えるようになることは、ない……
こんな場所で彼と出会えたのは僥倖だったが、状況はあまりよくなっているとは言えなかった。
他のみんなはあの現場を見ていないので、俺だけが反応し、残りのメンツは不思議そうに俺を見つめてくる。
言うべき、なのか……?
「……シー、だよ」
俺が逡巡していると、反対側に座っている雷閃が人差し指を口に当ててウインクしてくる。
おそらく余裕なんてないはずなのに、それをまったく感じさせないような態度だ。
問題児の抑え役や士気など、隠すべき理由はいくらでもあるし、それが正しいとは理解できるけど……
隠してる状態で、こいつが無理をしないはずがない。
こいつが無理をしないで済むような、強力な助っ人が必要だ……!!
「……ふむ。戦力の補充が必要なのは認めましょう。
ですが、バロールは動きませんよ。あれは、唯一ルキウスに処刑されなかった罪人ですが、この環境に順応している」
俺と雷閃のやり取りを見て何かを察したのか、ガノは苦々しげに提案の一部を受け入れてくれた。
彼は円卓の騎士の一員で、審判の間やルキウスについてもよく知っている……
もしかしたら、雷閃が受けた攻撃についても心当たりがあるのかもしれない。どちらにせよ、彼も戦力の増強については納得してくれたので、話を進めよう。
できれば後で、今すぐ雷閃を治す心当たりについても聞いてみたいところだけど……
「でも、他に候補はいるのか? ルキウスの方が無理だろ」
「そうですねぇ……審判の間にいる神秘の中で、守護者ではない存在は4人。処刑王ルキウス、魔眼のバロール、厄災の黒竜ヴォーティガーン、獣神ケルヌンノス。ルキウスが我らの敵でバロールは停滞者、ヴォーティガーンは世界の敵とくれば、当然向かうべきは好々爺ケルヌンノスですよ」
あまり期待せずに聞いたのだが、ガノは思っていた以上にこの場所に詳しかったようでつらつらと名前を出す。
厄災の黒竜ヴォーティガーンに獣神ケルヌンノス……バロールも二つ名付きは初めてだ。
というか、思いの外ヤバそうな二つ名持ちの名前ばかりで、処刑王ルキウスがそれらに並び立っているのが恐ろしいな。
特に気になるのは厄災の黒竜だけど……大厄災ではなく厄災、ね……
まぁそんなヤバそうなやつに会う予定はないし、気にしても仕方がないか。
今気にするべきは、獣神という二つ名でありながら好々爺と評されるケルヌンノス……
正直に言うと、なんでこうなった?って感じだな。
バロールも危険がないなら会ってみたいけど、たしかに獣神の方が期待できそうに聞こえるけど……
ガノの提案だからなぁ。
こいつのことは若干信じきれないし、もちろん勝手に決めようとも思わないので、大人しく多数決でも取るか。
「じゃあ、二択っぽいし多数決で決めよう。バロールがいいと思ったら右手、ケルヌンノスがいいと思ったらは左手な」
みんなの意見を聞くためにルールを決めると、彼らはみんな一様に頷き、数秒十後に合図とともに各々の手を上げる。
多数決の結果は、バロール派が俺とセタンタ、ケルヌンノス派がガノ、雷閃、ヘズ、レーテーだった。
ロロはついてくるだけなので意見を出さないが、6人だったのによくきっちり決まったもんだ。
ついでに、ガノに騙されて落とされたかどうかで分かれた感じで、傾向がとてもわかりやすい。行きたくねぇ……
「ん、ケルヌンノスで決定だな。あの野郎が普段いるのは、ティタンジェルの付近だ。逆戻りすんぞ」
「逆戻り……? 君達はそちらから来たのかい?」
「……まぁな」
「そうだぜ! こいつが俺とクロウを落としやがってよ!!」
だが、意外にもガノは真面目くさった表情をしていて、案外警戒しなくてもいいような雰囲気を出している。
口調が胡散臭い丁寧語じゃないことも含め、本当は会いたくないというような、自然体に近そうな感じだ。
雷閃の質問への答えで、セタンタはいつものようにキレているけど……
「はぁ、仕方ないから行くか」
「あいさー!」
「……」
荷物の片付けは既に終わっているので、行き先が決まれば後は出発するだけだ。俺は渋々ながらもガノの提案に従うことにして、出発の合図を出す。
しかし、案内役のガノはもちろんのこと、ロロやセタンタまで歩き始めているのに、ヘズは黙り込んで立ち尽くしたままだった。
隣にはレーテーも立っているが、彼がぼんやりとしているのはいつものことなので、少し促せばいい。
だけど、ヘズは何だ……?
「どうした、ヘズ?」
「……む、すまない。少しぼんやりとしてしまったようだ」
「さっきも手を上げるの遅れてたよな? 具合でも‥」
「いや、待て。音が近付いて来ているぞ。強い音だ」
「っ……!? 敵襲か? オリギー?」
「いや、別物だな。しかし、同等以上の気配がある。
1つはオリギー以上、1つは同等、1つは以下。合計で3人」
俺が声をかけたことで意識が覚醒したヘズは、すぐさま聴力によって接近してくる音を察知する。さっきまで気が付いてなかったことはひっかかるけど、彼の探知は確かだ。
前回より1人増えて、しかもオリギーよりも強いやつがいるというのなら、移動など気にせず迎撃体制を整えないと……
「おい、敵襲だ!」
「聞いてましたよぉ……こっちがせっかく案内するってのに、随分と間の悪いゴミですねぇ……!! 殺処分だ、クソが」
「あっはっは、雷閃には負けねぇぞ!! 俺も役に立つぜ!!」
「あはー、僕は全力出せないからほんとよろしくねー……?」
俺が声をかけると、彼らもすぐさまヘズの様子に気がついて臨戦態勢になる。雷閃は控えめだが、ガノやセタンタはやけに張り切っていた。
相手が3で、こっちの戦闘要員はガノとセタンタ、俺とヘズが若干サポート寄りで、完全サポートもしくは非戦闘員がロロとレーテー。雷閃は戦わせない方がいい枠なので、論外だ。
人数的には不利ではないが、レーテー達を狙われたら厄介なことになるな……
「雷閃は基本戦わなくていいから、2人を見ててくれ」
「りょうか〜い」
戻ってきた雷閃に2人のことを頼むと、俺もセタンタ達の後ろに立って敵を待つ。周囲の環境としては、いつも通りに洞穴がある畏ろしい森である。
方向は聞いたが、ルキウスやオリギーが空から降ってきたことも考えると、どうやって来るのかは謎だ。
空、地上でも木々を押し退けて、普通に木々の間から……変に奇襲を受けないためにも、油断はできない。
段々と馬の足音っぽいものが聞こえ始める中、俺達はじっと敵が来るのを待ち続けた。
すると、やがて普通に木々の間からやってきたのは……
「あぁ、やっと見つけることができました。
宣言通り、中に入ったので容赦はしませんよ、blessed」
後ろにローブを着た魔術師らしい女性を乗せて馬を駆ってくる、円卓の騎士序列2位――ソフィア・フォンテーヌだった。