257-円卓に届く報せ・後編
ヘンリーからの報告を受けたエリザベスは、しばらく深呼吸をすることで気を落ち着かせる。
弟が森を消し飛ばしたというのはショッキングな事件だが、だからといって前例がない訳では無い
ある方がおかしくはあるものの、どうにか平静を取り戻すと女王としての威厳を保って言葉を紡ぐ。
「……はぁ。一応森は再生を始めていますから、放置していても問題なくはありますね。……しかし、寝ずにですか。
食事はともかく、睡眠までなしで暴れ続けるとは……その相手の心身はどうなってるんでしょうかね?」
「あはは……オスカー様については慣れちゃいましたけどね。
どちらも突然変異的な異常さだと思いますよ」
オスカーの相手をしている侍――海音に興味を持った彼女だが、ヘンリーはもうすっかり思考を放棄している様子だ。
理屈を考えても無駄だという、彼の諦めがこもった言葉に、エリザベスも釣られてポツリとつぶやく。
「んー、面倒くさいし放っといていっか」
「……? 何か言いました?」
「いいえ、何でもありません。森は直に治りますし、この城やドルイドの里、人間の村への被害がなければ放置で。
手を出す方が被害を被りますから、その周知だけ頼みます。
では、次の問題を聞かせてください」
素の態度が表に出たエリザベスだったが、流石に声を落としていたことで、ヘンリーには届いていなかった。
不思議そうな彼の問いを否定すると、速やかにオスカーへの対処を決めて次の問題に移る。
ローザがいない代わりにこの報告や対処を記録しているのは、女王の左隣に立つウィリアムだ。
実際に動くのも彼になるため、ヘンリーは彼の様子を窺ってから報告を続けていく。
「はい、2つ目は……審判の間に落ちたセタンタ達一行ですが、未だに目立った被害もなく生き残り続けているようです。
これは問題というより、現状報告になりますけど……」
「なるほど。たしか、あなた達も一度審判に向かいましたよね? 勝てませんでしたか?」
「あ、いえ……それが……」
「戦わなかったよ、女王様っ!」
2つ目の報告は、クロウ達の現状についてだ。
これはオスカーのものと違い、確実にヘンリー達が向かったということが記録されているため、エリザベスは粛々と確認を取り始める。
しかし、それに答えたのはヘンリーではなかった。
彼がつい口ごもってしまった隙に元気よく返事をしたのは、ずっと暇そうにしており、ウィリアムが記録していることで注意する者もいなくなっていたシャーロットだ。
彼女の宣言を聞いたエリザベスは、眉をひそめながら杖を握る手に力を込め、問いかける。
「……戦わなかった? なぜですか、シャーロット卿」
「あれ……?」
「もう、姉さん……!!」
意図せず女王から詰問されることになったシャーロットは、やや増した圧に全身を硬直させて戸惑いを見せる。
隣のヘンリーは、がっくりと項垂れて深いため息をついていた。
いつも生真面目に仕事をこなすウィリアムすらも微妙な表情をしており、そんな彼らの様子を見たシャーロットは、流石に失言だったと悟ったようだ。
頭をかきながら困ったように笑い、そして開き直って堂々とし始める。
「えっとね、別にいい子達だったからいいかなって」
「ヘンリー卿?」
「あの……審判の間に落ちたなら、もう出られないことはほぼ確定だし、出られて問題が起こったらまた落とすだけだし、放っといていいんじゃないか……という感じでした、はい」
「はぁ……!!」
何も問題だと思っていなさそうなシャーロットの答えを聞いたエリザベスだったが、感情的な部分だけだったので改めてヘンリーに詳細を聞く。
すると、出てきたのは問題を後回しにするだけの答えであり、彼女は堪らず大きなため息を付いた。
とはいえ、彼女側の言い分を聞いたのだから、次は女王とした結論を出さないといけない。すぐに顔を上げると、目の前の自由人を諭していく。
「……たしかに、あそこはそういった場所で問題はありませんが、あまり褒められた行為ではありませんよ。
罪人は罪人であり、あなたは裁くべき立場です。
次はしっかりと仕事をするように」
「えぇー……? たしかに善いことはしてないけどさ、ひどく悪いこともしてないよ? あたしも、あの子達も」
だが、それでもシャーロットはバカ正直に自分の意見を曲げることなく述べていく。それを聞いたヘンリーは頭を抱え、ウィリアムは呆れたように目を閉じて肩をすくめていた。
「セタンタは森で頻繁に暴れ、もう1人は侵入者です。
悪人でなくとも、裁かれるべき理由があります。
あなたが円卓の騎士であるのなら、職務放棄は悪いことよ」
「……はーい」
「では次」
それでもエリザベスは、シャーロットを諭し続ける。
彼らは悪で、円卓の騎士は裁きを実行しなければならない。
ここまではっきりと明言された彼女は、流石に大人しく返事をしていた。
それを確認すると、ようやく2つ目が終了し、3つ目の問題に入っていく。エリザベスに促されたヘンリーは、直前のやり取りもあってか目を泳がせながら報告を再開した。
「はい、3つ目は……えー、ルキウスとオリギーが瀕死の重傷を負いました。どちらも意識はありますが、ボロボロです」
「……はい? あの化け物達が? 誰に?」
永らく審判の間で暴れ回り、勝手に味方を処刑していた馬鹿――ルキウスと、審判の間にて試練の1つを任されている憤怒の守護者――オリギーが、同時に瀕死にまで追い込まれた。
そんな異常事態を受けたエリザベスは、1つ目に聞いた報告……オスカーの時と変わらないくらいの衝撃を受けて固まる。
同じく衝撃的だった様子のヘンリーも、報告を続けながらもかすかに表情が引きつった状態だ。
「そ、それがですね……審判の間には現在、落とした覚えのない神秘も複数存在しておりまして、そのうち1人が単独で。
その人物も重傷ですが、1:2交換になりますね」
「なぜ神秘が自然発生しているのかという部分は、聞いても考えても無駄なのでしょうね……」
「えっと、はい……」
もう思考を放棄するしかないことを察しているエリザベス達は、大いに混乱しながらも努めて平静を保つ。
処刑王や憤怒の守護者を下せるだけの神秘が自然発生した。
それはもう事実として受け入れるしかないのだ。
問題はその強さであり、考えるべきはそれにどう対応するかである。動揺を隠せないエリザベス達は、それでもこの国にとって必要な対策を取るべく思考を巡らせていく。
「では、まずオリギーは治療、処刑王は放置ですね。
アンブローズがどこにいるのかは知りませんが、連絡がつき次第治療に向かわせてください」
「えっと……実はそれが4つ目でして、アンブローズ様が現在、行方をくらましています」
「……は?」
「同時に、ノーグのソフィア卿も姿を消したと……」
「……は?」
「い、一応アルム卿に代理を頼んだようですが……」
次々に驚愕の情報がもたらされたことで、エリザベスは女王としての体裁を崩してわずかに素を見せてしまう。
威厳など吹き飛び、もう取り繕う余裕もないくらいにあ然とさせられていた。
「あの鬱陶しい求愛者と、最優の騎士が……? 後者は侵入者を追っただけな気もするけど、ローザはなに?」
もっとも、エリザベスがそれだけ驚くのも無理はない。
アンブローズ――ローザは、いつも彼女に求婚することを欠かさない熱烈な人物で、ソフィアは円卓の中で序列が2位という最も優秀な騎士なのである。
序列1位はオスカーだが、彼は普段から道化として好きに暴れ回っており、なかなか制御ができない規格外の存在だ。
実質的な円卓のトップとしては名実ともにソフィアになり、それが勝手な行動を取るというのはかなり異質で、驚かない方がおかしいというものだった。
ローザに関しては、単純にエリザベスの近くにいないこと、どこかへ行く報告すらしていないのが異常である。
とはいえ、そのどちらもが心配する必要のない程の強者だ。
しばらく動揺していたエリザベスは、やがて落ち着きを取り戻すと冷静に方針を決めていく。
「……まぁ、いいでしょう。ローザは無事ならそのうち勝手に戻ってきますし、ソフィアは心配するのもおこがましい。
仕方がないので、オリギーもしばらく放置します。
オスカーのように治らないにしろ、神秘ならとどめをさされない限りそう簡単には死にません」
「ですね」
「その強者に関しては、明日辺り我が円卓を率いて向かうとしましょう。あくまでも様子見ですが」
「了解です。あ、それに関連してなのですが……」
「はぁ……またですか? ……何でしょう」
エリザベスの対応を聞くと、ヘンリーはまたしてもその方針に影響を及ぼすであろう報告をする素振りを見せた。
明らかに嫌な予感がしている様子で、若干顔をしかめている彼女だが、当然報告を無視する訳にもいかない。
嫌そうにしながらも、恐る恐る続きを促す。
「くだらない報告にはなりますが、テオドーラ卿とラーク卿がいつものように行き倒れているのを発見しました」
「一応聞きますが、パートナーは何をしているんです!?」
「……もちろん、一緒に行き倒れてます。片方は傍観してましたけど、どちらにしても止めることはなかったようですね」
「ほんっと、パートナーの意味がないじゃない!?」
「それと、ビアンカがキッチンを爆発させました」
「パートナーは!?」
「もちろん、一緒に爆発させてます。
今日のミスは、そこだったみたいですね」
最後に聞かされた報告は、そこまで大きな問題という訳では無い。事実として、これは週に一度は起きている事態だ。
だが、今回はあまりにもタイミングが悪かった。
明日自分に同行させようという円卓の騎士が、3人も倒れていたり問題を起こしていたりするのである。
既に4つの大きな問題を叩きつけられたこともあって、女王としての彼女はとっくに限界を迎えている。
完全に素のままでツッコミを連続していた。その上……
「ダグザーっ!! ダグザーっ!!」
唐突に玉座から立ち上がったエリザベスは、後ろにある自室へ向かうための通路に駆け寄っていくと、自身のパートナーにSOSを出し始める。
これには、ヘンリーは脱力するしかなく、記録を取っていたウィリアムも苦笑をもらす。
ついさっきまでは厳格な雰囲気だったはずの玉座の間には、女王だった少女の悲鳴が響き渡っていた。