256-円卓に届く報せ・前編
王都キャメロットの守りは盤石だ。
円卓の王、エリザベス・リー・ファシアス自体が強大な神秘であることに加え、序列3位と5位、その他7位以下の大多数が揃い踏みであり、攻め落とすことは不可能である。
そのため、自室に籠もっている女王エリザベスは、部下達の目がないこともあって、自堕落の限りを尽くしていた。
彼女の部屋は、巨大なプリンセスベッド、数え切れないほどのぬいぐるみ、キラキラした装飾品などが置かれた、広々としたファンシーなところなのだが、彼女の振る舞いはまさにひきこもりそのもので目も当てられない。
服装はちゃんとしたドレス姿なのだが、皺にならないことをいいことに、ゴロゴロと転がり回っていた。
「ねー、ダグザー」
「はい、何でしょう」
「クッキーまだあるー?」
「ございますよ」
綺羅びやかなドレス姿にも関わらず、ふかふかのクッションに体を埋めている彼女は、すぐ側で控えていた執事姿の男性――ダグザにお菓子を要求する。
さっきまでもゼリーを食べていたのだが、もう既に口が寂しくなってしまっているようだ。
向かい側のフォーマルハウトがダルそうにしているとはいえ、彼女とチェスをしているのもお構い無しだった。
「じゃあそれと、サイダー、金平糖、綿菓子、プリン」
「……コーラ、フライドポテト」
「かしこまりました」
だが、ゲームの対戦相手であるフォーマルハウト自身も彼女に便乗して食べ物を要求している。
エリザベスとは違って座ってはいるが、やはり彼女と同じく自堕落な生活をしているようだ。
2人の要求を受けたダグザは、部屋に備え付けてあるキッチンに向かうと、油が飛ばないようにルーンで封じ、最も手間のかかるフライドポテトを作り始めた。
他のプリンやコーラなどは冷やしているものを出すだけなので、時間はかからない。あっという間にジャガイモを細切りにすると、ジュワジュワと油で揚げていく。
そんな彼を気にすることなく、エリザベス達はクッションの上でくつろぎながらチェスを続けている。
「あんた、ずっと何か食べてないかい、エリー?」
「え、もしかして太るって言ってる? 大丈夫だよ。
だってあたしは外出るし、運動も……あなたよりはしてる。
あなたなんて、この部屋から出ないじゃない」
「チェックメイト」
「うえぇっ!?」
会話の片手間に続けられていたチェスは、彼女が食べ過ぎなことを気にしている間にフォーマルハウトの勝ちとなる。
エリザベスはクッションに横になっていたが、急にゲームへ引き戻されて飛び上がっていた。
あくびをしながらその様子を見つめるフォーマルハウトは、後ろにあるクッションに背中を預けて口を開く。
「あんた、本当に女王サマかい? もっと盤面を良く見ないと。味方が周りにいても、喉元に敵がいることもある。
今のあんた自身の状況だね」
「んー……ガノのことを言っているのかな?
あいつはもう審判の間に落ちたらしいし、大丈夫じゃない?
それに、今は女王じゃなくてただのエリザベスだよ。
仕事中はー、ちゃんとやりますー」
彼女に注意されたエリザベスだったが、特に深く気にすることはない。再びクッションに倒れ込んでぐだっとしながら、楽観的で怠惰な意見を述べる。
その間に、ダグザもフライドポテトを揚げ終わっていた。
2人に要求されたものを大きなお盆に乗せて、ルーンを解いたキッチンから出てくる。
しかし、彼がエリザベスにもたらしたのは、彼女達が要求したお菓子の類だけではなかった。
近くのテーブルに食事を置いた彼だが、そのまま命令を待機することはなく、微妙な表情で口を開く。
「エリザベス様……その、少し連絡がございます」
「なぁにー?」
「先程ルーンにて届けられたのですが、数名の騎士達が謁見したいらしく。どうやら、問題が起こったようです」
「……ことわーる」
ダグザからの連絡を受けたエリザベスは、フォーマルハウトのフライドポテトを奪い取りながら面倒くさそうに告げる。
騎士の面会と言えば、もちろん円卓の騎士との面会であり、彼らをして問題と言わしめるのならば、それは相当に厄介な問題ということだ。
自室で自堕落に暮らしている彼女が、進んで向かい合う気にならないのも当然だろう。
しかし、同じように自堕落に暮らしているフォーマルハウトからしてみると、面倒なのは自分ではなく逆に放置した方が面倒になるので、放っておけない。
フライドポテトを奪い返しながら、自分のことを棚に上げて彼女を諭していく。
「仕事はちゃんとやるんだろう、エリー?」
「……はーい。行きますよー、行けばいいんでしょー?」
「そう。行けばいいんだ。吉報を期待しているよ」
「はぁー……」
彼女に諭されたエリザベスは、深い溜め息をつきながらも簡単に身だしなみを整えていく。
それが終わると、背を向けたまま手を振るフォーマルハウトと頭を下げるダグザに見送られながら、玉座の間に向かっていった。
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「さて、それでは話を聞きましょう。
本日の要件は何ですか、ヘンリー卿」
それから数分後。
玉座の間にて円卓の騎士達と引見するエリザベスは、女王としての凛とした威厳を振り撒きながら彼らと対面していた。
玉座に座る彼女の前で跪いているのは、今回謁見を求めてきた円卓の騎士――シャーロット、ヘンリー・クルーズ姉弟だ。
隣にはいつも通り序列3位のウィリアムも控えているが、その反対側にはいつもいる魔術師の女性――ローザはいない。
微妙にいつもと違う光景に、ヘンリー達どころかウィリアムやエリザベスも戸惑っている様子である。
「あれ、あたしはー?」
「はい、今日は大きな問題が4つ、少しくだらない報告が2つ程ございます。少し多いですが、お時間大丈夫ですか?」
エリザベスが声をかけたのは、ヘンリーのみだ。
姉であるにも関わらず華麗にスルーされたシャーロットは、主と弟とを交互に見ながら首を傾げていた。
だが、エリザベスはそれに答えないどころか、ヘンリーすらも無視して本題に入っていく。
すると、彼女は完全に諦めモードに入ったらしく、あくびをしながら天井の模様を眺め始める。
ウィリアムが注意を促しても、まったく気にしていない。
そんなだからスルーされたのだと思われるが、騒ぎ出さないだけマシだと放置されていた。
「えぇ、時間は十分にありますよ。問題だというのならば、一つ一つ詳しく聞かせてください」
「わかりました。では、まず1つ目……」
姉と違って礼儀正しく、ちゃんとした騎士であるヘンリーは、エリザベスに促されるままに報告を始める。
時間はあり、一つ一つ詳しく聞かせてほしいと言われたことで、焦ることなく丁寧に。
「えと、多分これが1番大きな問題なのですが、オスカー様と侵入者の侍が、三日三晩戦い続けているとのことです」
「……はい? 今、三日三晩と言いましたか?」
「は、はい……三日三晩、飲まず食わず寝ずに延々とです」
「……」
1つ目の報告を聞いたエリザベスは、あまりの衝撃にさっそく瞬きの回数が増えている。
思わずと言った感じでオウム返しに聞いていたが、より詳細に聞いたことで、ついには黙り込んでしまった。
オスカー・リー・ファシアスは、エリザベスの弟だ。
であれば当然、彼がどんな性格でどれほどの実力を持っているのかは知っているだろう。
とはいえ、知っているからといって、実際にそうされることまで予想できる訳では無い。
彼と対等に戦えるような神秘はそうそういないこと、数少ない対等な実力者は避けてくれていること。
そういった事実もあり、彼女は言葉を失っていた。
「あのー、エリザベス様?」
「……はっ! こほん、わかりました。今の状況は?」
ヘンリーが黙り込んでしまったエリザベスに声をかけると、彼女は我に返ってさらに踏み込んでいく。
しかし、今度は逆にヘンリーが言葉に詰まっていた。
「そ、それがー……」
「な、何ですか……?
恐いので速く教えてください、ヘンリー」
「数キロメートルに渡って森が消し飛びました」
「……!! だからやけに疲れるのですね……あのバカ」
エリザベスが促すと、彼は目を逸らしながら恐る恐る事実を伝えていく。それを聞いた彼女は、がっくりと項垂れながらも静かな怒りを露わにしていた。
最も大きな問題だったとはいえ、これはまだ1つ目でしかない。たかが四分の一に大きなダメージを受けたエリザベスは、杖を強く握りしめながら、次の報告を聞くための覚悟を固めていた。