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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
293/432

255-規格外の騎士

クロウ達がミョル=ヴィドに突入してから、彼らの後を追った海音がオスカーと激突してから、およそ3日が経過した頃。


破壊され尽くしては再生する森の中で、彼女たちは変わらず戦闘を続けていた。もっとも、少しすれば再生するとはいえ、崩れた足場では戦いづらいため場所は移動している。


現在、どちらも規格外と言える両者の戦いが行われるのは、人や神獣を避けるようにひときわ深い森の中だ。




「っ……!! どこも彼のテリトリー、不利ですね……!!」


"我流-叢時雨"


攻撃を避けるために崖から飛び降りた海音は、頭上から振り下ろされてくるハンマーに刀を向ける。

しかも、オスカーが使うのだからただのハンマーではない。


彼がくり抜いた巨大な岩石に、同じく彼が引っこ抜いた大樹が突き刺された、即席かつ圧倒的な質量を持つものだ。


それが1本2本ではなく、5、6、7と数えるのが手間になるくらいに振ってくるのだから、堪ったものではなかった。

ふざけた戦闘方法だ、と言ってもいいくらいだろう。


小雨の如く小さく大雑把な居合切りを飛ばす彼女は、眼前に迫ったハンマー以外も、近くを落ちているハンマーをできる限り斬って使用不可にしていく。


「いやぁ、力技で環境変えちゃってる君に言われてもなぁ……

ここには本来崖なんてないし、もう見知らぬ土地だよ?」


だが、仕方なく自らも飛び降りたオスカーからしてみれば、ふざけた戦闘方法をしているのは海音も同じことだった。


彼は森にあるものを無理やり武器にしている。

剣技という部分では分が悪いとして、少し試してみた程度の手軽さでだ。


それに対して、海音は戦場が不利だからと森中を斬り刻んで無理やり環境を変えている。的を定めないために飛び降りたこの崖も、彼女自身が深々と斬った場所だった。


接近しても身体能力的に同格であり、彼女にはさらに隔絶した剣技があるとなれば、彼が無茶苦茶な戦いをするのも無理はない。結局のところ、どちらも規格外ということだ。


崖下に武器を投げ込んだオスカーだったが、その尽くを潰されて困り顔を浮かべている。


「あなたが無茶苦茶なことをするから悪いのです」

「いやぁ、だから君こそ……ねっ!!」

「っ……!?」


海音に続いて崖下に降り立ったオスカーは、その直後に落下地点を爆発させる。正確に言うと、あまりの脚力により足場が粉砕された、というのが正しい。


剣速では負けるオスカーも、単純な移動スピードでは海音よりも上だったので、最初から持っている槍以外すべての武器を失った彼は、スピード勝負に出ていた。


「右、左、右、上……」


納刀した刀に手を添えている海音の目の前では、地面が次々に粉砕していく。なんとなくの姿は見えていても、あまりにも速いので姿を捉えきることはできない。


どうにか捉えたと思った瞬間にはもう消えており、そこには残像があるだけだ。しかし、それでも彼女は意識を研ぎ澄ますことで、気配を探る。


「どりゃ!!」

「そこッ……!!」


"紫藤門"


海音の背後の地面まで粉砕していたオスカーは、やがて彼女の右斜め後ろから接近し、槍を振るう。だが、どっしり構えていた海音はそれを的確に察知し、手元を一瞬だけ煌めかせることで防いでしまった。


「ん〜……私がー突く!!」


刀と真正面からぶつかった槍だが、オスカーの神秘をより強く受けているため過剰に丈夫で、弾かれるだけだ。

彼は衝撃でくるくると宙を回転すると、ただ槍を高速で突き出して風圧を放ち始めた。


仮にそれが風の神秘であれば、斬撃や刺突として十全に機能するのは当たり前だろう。しかし、彼の場合はただ身体能力によって突いたのみ。


それでも、その刺突は地面を深く抉る程の威力を見せており、海音は身を捩って回避する。


「くっ……!! 意味が、わからない……!!」

「あははは、だって意味なんてないからね!」


ただの刺突を避けた海音は、素早く接近しようと駆け出す。

だが、その時にはもうオスカーの姿はなく、彼女の左右からは怪しげな地響きが轟いていた。


「ほいさっ、めっちゃ叩き割った土砂崩れだよ!!」


わずか数秒後。彼女がいる崖下にになだれ込んできたのは、オスカーが叩き割ったことで起こった土砂崩れだ。


彼は海音が崖を作った時と変わらない程に地面を叩き割っており、もう彼女の戦い方を無茶苦茶だとは言えない。

左右数百メートルにも渡る崖の土砂を、彼はまとめて武器にしてしまっていた。


とはいえ、今更こんなことで動転する海音ではない。

冷静に周囲を見回すと、崖底へ降りた時に斬ったハンマーの残骸が積み重なっている場所に目を向ける。


「……木が打ち上がる反動」


方針を固めた海音は、素早くその場所に向かいながらも刀を抜いて、肩に乗せるように構える。


その刀に纏わせるのは、神秘的で輝かしい水だ。

彼女は最も形が残っている残骸に乗ると、すぐさま刀を振り抜いた。


"天叢雲剣"


斜めに振り下ろされた水刃は、空気中の水分を巻き込むことによって大気を傾けていく。今回は敵を斬るためではないが、それは本来、天で斬る一撃だ。


捻じ曲げられた大気は、土砂崩れの向かう先すらも力尽くで捻じ曲げてしまい、その全ては残骸に殺到していた。


もちろん、土砂は最終的に崖の底に押し寄せることになる。

しかし、海音は土砂が残骸に落ちた衝撃で跳ね上がっており、既にそこにはいなかった。


「空中で身動きができない。つまりは‥」

「好機!!」


テコの原理で空を舞う海音がつぶやくと、その言葉を受け継ぐようにオスカーが叫ぶ。彼がいるのは、既に崖の上だ。


森に向かって飛んでいる彼女を待ち受けるように、さっきまでは持っていなかった剣を振り上げていた。


「槍じゃなくて、剣……!?」

「そうとも!! 彼女の差し入れ的な?」


海音が驚きに目を見開いていると、どうやってか振り上げた剣を光り輝かせているオスカーは、目だけで隣を示す。

彼の横に広がる森に視線を向ければ、そこにいたのは短髪で体にフィットした服を着ている女性だ。


見るからに嫌々森から出てきた彼女は、疲れた表情で空にいる海音を見上げると、掠れた声で言葉を紡ぐ。


「はぁ……すみませんが、アシストしましたよ。飲まず食わず寝ずで3日戦い続けるのは、流石にヤバいですって」

「あっははは! ということで、武器チェンジしたのさ!

では、いざショータイムといこうじゃないか!!

擬似的な百芸の手に、神話の物語の再現を!!」


"マビノギオン"


光り輝く剣を構えるオスカーは、まるで彼が光の神秘であるかのようにどんどんまばゆさを増していく。

それは空に昇る太陽すらも霞んでしまうほどで、その一太刀に凝縮された輝きは、周囲を夜だとすら錯覚させていた。


「伝承をここに。其は天を割り、地を裂いた神秘の奔流。

かつての文明に伝わる、彼の王を王たらしめた聖剣」


女性が森の奥へ避難していく中、オスカーの剣に凝縮された光は神秘的な脈動を見せる。凄まじい衝撃が森中に伝わり、木々は軋んで大地が崩れていく。


土砂の勢いで宙を舞う海音は、まだ上昇を続けていてそれを阻止することなど不可能だ。


"エクスカリバー-レプリカ"


宇宙から地球へと差し込まれるかの如き一筋の光は、避けることのできない海音に振り下ろされる。

既に脈動は収まり、完全に光の剣となったそれは、森を吹き飛ばしながら世界を書き換えた。




~~~~~~~~~~




「はぁ、はぁ……」


およそ数キロメートルが消し飛んだ森の跡地では、肩で息をするオスカーがただ1人立っていた。

彼に剣を届けに来た女性はどうなったのか、光の聖剣を受けた海音はどうなったのか。それは彼自身にもわからない。


ここはもう森であったとは思えないような、荒れ果てた荒野のような景色と成り果てている。

オスカーが立っている場所以外は雑草の1本すらかき消され、もうもうと土煙を立ち昇らせているだけだ。


「……しまった。彼女に煽られてやり過ぎたね、これは。

三日三晩、飲まず食わず寝ずで戦っているからなんだというんだ。せっかく対等な相手だったのに……あ、剣壊れた」


既に新芽が顔を出し始めている中、オスカーは塵となった剣を見つめる。それは欠片も残さずに空に舞い、周囲から巻き上がっている土煙に混じっていた。


きっとその塵は、ミョル=ヴィドの糧となることだろう。

土煙も少しずつ収まっていき、塵を目で追う彼の視線には、新しい生命が映って……


「……はい?」


土煙が収まっていき、神秘の森が再生を始める世界で。

荒野と化したこの場には、オスカーとは別のもう一人の神秘が立っていた。


当然、その神秘とは彼と三日三晩戦い続けた侍――天坂海音だ。彼女は熱に全身を溶かしながらも、確かな光をその瞳に宿して立っている。


その光景を見たオスカーは、流石にドン引きした様子でこわごわ彼女に問いかけていく。


「うわぁ……何で耐えてるんだい?」

「……何が立ち塞がっても、私は斬れば、いいだけです」

「あっははは!! 無茶苦茶だなぁ、ほんと最高だよ!!

最高に最低で、無茶苦茶に至極当然の理だね!!」


一度刀を納め、水で体を清めると同時に気合で溶けた肌を治していく海音は、膝を付きながらも声を振り絞っていく。

あまりにも脳筋なその言葉を聞くと、オスカーは腹を抱えながら笑い始めた。


彼女がそう願うから、そう成る。

大自然に負けない人間(聖人)の心は、たしかにその事実をこの世界に知らしめていた。


「うげっ、まだ決着付いてない……」


時を同じくして、オスカーに剣を届けた女性は再びこの場に現れる。彼女が持っているのは、剣と引き換えに受け取っていた彼の槍だ。


目を向けることなく女性の到着を理解したことで、オスカーは手をズバリ彼女の方に向けて叫ぶ。


「へい、エポナ! 槍をちょうだい!」

「うへぇ……せめて少し休憩しませんか、オスカーさん……?」

「お断りします。私はクロウさんを助けに‥」

「あなたに言ってませんよ!? いやまぁ、そりゃああなたも休憩することになりますけどっ……!!」


短髪の女性――エポナは休憩を提案するが、オスカーはおろか海音もそれを拒否して戦いを再開する。

オスカーは満面の笑みで槍を持ち、海音は血を流しながらも溶けた肌の大部分を隠し、相手を打ち倒すべく駆けていく。


「おりゃー!! 私がー斬る!!」


"天羽々斬-神逐"


エポナによる魂の叫びかの如くツッコミは華麗に無視され、ただの斬撃と天を斬る一太刀は激突した。



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