26-さらなる力を求め
明くる日の朝、俺は柔らかな日差しで目を覚ます。
このベッドは雲の上で寝ているかのようで、今までにない位よく眠れたようだ。
目がスッキリと冴え渡っている。
俺は寝間着から着替えてリビングへ向かう。
時計を見ると、時刻はもう8時過ぎ。
だが起きていたのはローズとヴィニーだけだ。
互いに挨拶を交わし、昨日の事を話す。
「へー‥‥記憶の継承? 便利な能力だねぇ」
「だけどちょっと申し訳無さがあるんだよな」
俺はやはり奪った、という感覚があるためついそうこぼしてしまう。
すると、やはりヴィニーは反論してきた。
「結果を早めただけだって言ったのに」
「分かってる。けどそれに甘えちゃいけないんだ。
それを当たり前と思わずにこれからも精進する」
「……今日、手合わせしてみる?」
決意を口にすると、ローズが控えめに申し出てきた。
ローズとか。面白そうだけど……
「まずはリューかな。てか、全然起きてこねぇな」
「そうだね……早く手合わせしたいなら起こしに行く?」
「そーだなー‥‥」
急ぐ必要はないが、もう8時だしそろそろ起きないとだよな、
うん。
ヴィニーにそう提案されたので、俺はリューが陣取った部屋へ向かう。
この部屋の入り口の近くにある個室だ。
鍵はかかっていなかったので、一応ノックはして入る。
俺の部屋とは違い、窓がないため真っ暗な部屋。
だがベッドは同じように、ふわふわで豪華なものだ。
リューは、そこに寝相悪く寝ていた。
コンフォーターもベッドスプレッドもぐちゃぐちゃで、リュー自身も体の向きが逆になっている。
どうやったらそうなるのか……
「起きろ!!」
俺はリューの耳元で大声で呼ばわる。
それはもう、鼓膜が破れるんじゃないかというくらいに。
それを受け、彼は飛び上がって目を覚ます。
「いい朝だな?」
「は? どこがだよ!!何してくれてんだ!!」
「起こしてやってんだよ」
「……そーかよ」
彼は思ったよりもすぐにクールダウンした。
頬を上気させていたのに、今は少し青白い。
な、なんだ……?
「え……なんだ? 寝心地よかったよな?」
「そうだなー。夢見が……よかったよ」
「ふーん……?」
よく分からないがまた夢か……
「それより、今何時?」
「8時過ぎだな」
「まだ暗いし寝てていいよな?」
「窓ねぇだけだろーが。手合わせしたいから起きてくれ」
「おお、なら起きる」
途端に彼はニコニコ笑い始め、ベッドを飛び出す。
そんなに戦いたいのかよ……
朝食は、やはりヘズを呼べば案内される。
……食堂も風呂も何でもあるの何なんだろうな?
相変わらず案内された先は、やはり知らない部屋。
今日は縦長テーブルで、燭台も相まって朝なのに昨日より厳かだ。
どういう気持ちでこの形にしたのかいまいちよく分からない。
だがそれに反して、料理はエッグベネディクトと明るい。
俺達はシルを上座に食卓につき、食事を始める。
誰が作ってるのかは知らないが、昨日のものも、今日のエッグベネディクトも絶品だ。
人によっては朝から重いかもしれないが、この後修行をするつもりの俺には丁度いい。
分厚いベーコンは余計な脂を落とされているが満足感を与えてくれるし、半熟卵の甘さは脳に染み渡る。
バター、レモン汁、塩胡椒などの味付け、風味付けもしっかりついていて、香りが爆発しているようだ。
そんな豪勢な朝食を、俺達はゆっくりと味わった。
~~~~~~~~~~
食事が終わるとすぐに訓練場に向かわせてもらう。
どうやら毎回作ってくれるらしく、案内が必須だ。
そんなに遠くに作らなくても……と思わなくもないが、まあ図書館の中だ。
仕方ないのかもしれない。
今回は前回よりも広く取られた空間。
「じゃあまずは誰からやる?」
到着すると、早速ヴィニーが聞いてくる。
この場にいるのは俺とヴィニーとリュー。
俺が手合わせをしたいと言った面子だ。
「リューかな。ヴィニーで疲れた後、こいつに負けたら笑えねぇ」
「はぁ〜? 疲れてなければ勝てるってのかよ?」
「ああ、勝てる」
俺がそう断言すると、リューは荒々しく笑う。
だが俺が、剣の技術だけだとしてもヴィニーと同等になったのをこいつは知らない。
ぎゃふんと言わせてやる……
腰には二振りのナイフ、手には長剣……の木剣を構える。
彼も反対側で、今までと変わらず大剣のように太い木剣を。
ヴィニーの合図で、同時に俺達は動き出す。
リューは風のブーストがあるから俺より速い。
それに比例して、頭上から振り下ろされる木剣も破壊力が木とは思えないほど。
俺はそれを取り敢えず受けてみる事にした。
ヴィニーから継承したものは受け流しが主だが、魔人である俺はヴィニーよりも神秘による強化が強い。
それがどれ位違うかは確認しておかなければいけない。
風を纏っているといっても木剣。大剣よりは受け易いだろう。
リューの木剣が唸りを上げながら迫る。
目測だと周囲数十センチメートル程が風に覆われており、剣本体には触れられない。
俺の木剣と風がぶつかり合うと、風の唸りに弾き飛ばされてしまいそうになる。
ヴィニーの経験だと、剣の向きの調整でズラし無理矢理隙を作っていたが……
うん、やっぱり無理そうかな?
一応抑えられはしそうだが、腕の負担がひどい。
全身が揺さぶられるようだ。
受けるのは諦め、風に任せて後ろに自ら弾き飛ぶ。
思ったよりも後ろに弾き飛ばされて、大きく息を吐く。
するとリューは構えを解き、木剣を置くと好戦的に煽ってくる。
戦闘モードだと話せないからだろうが不便すぎる。
「おうおう、そんなんでよく吠えたもんだなぁ」
「まだ色々試してんだよ」
次はヴィニーがやったようにやろう。
経験を知ってても、やっぱり体感するのとは違ったが……
まあ、大丈夫かな。
俺が改めて気持ちを入れ直していると‥‥
「俺さー‥‥記憶戻ったんだわ……」
彼は急にそんな爆弾発言をしてきた。
これからリューとフーがどうするかが決まるような発言だ。
今の所、大厄災と戦うと明言しているのは俺とロロだけ。
俺は固唾を飲んで続きを待つ。
「だから……俺も、俺達も大厄災と戦うぜ」
「そっか……」
こいつには振り回されてばかりだが、やっぱり嬉しいな。
心強い。
「それでだ」
「何だ?」
「俺は強くなったぜ」
「は?」
そう言うとリューは、風に今までよりも精密な動きを与えた。
彼の後ろには、円錐形に形作られた風が。
それはあの獣のような大厄災の時の力任せとは違い、小さく研ぎ澄まされたもの。
「……」
彼が再び手に持った木剣をこちらに向けると、その風は俺に向かって殺到する。
しかもタイミングをズラしながらで打っているし、くねくねと軌道も一貫性がない。
床や壁にも反射しているという無茶苦茶っぷりだ。
"魔弾-フーガ"
流石に反射には限界があるはずだけど……
弾丸は俺の腕、脚、胴体と全身にくまなく殺到。
直撃したら肉が大きく抉れてしまいそうだ。
だが俺は、ヴィニーの経験をフルに駆使してその攻撃を避ける。
フーのような全方位ではないし、ヴィニーの技術まで加われば問題ない。
掠ることはあるが、致命傷は避けられる。
それでも危なそうなものはあり、それは弾く。
威力はあるが、量や細かさはフーの方が上なので案外防ぐのは簡単。
だが、それを防いでいる間にリューは後ろに回り込んできた。
強くなったと言い切るだけあって、意表をついてくるな……
"ラッキーダイス"
弾丸よりもリュー本人の方が危険。
当たるかどうかは運任せで、俺は彼の方を向く。
"風天牙"
彼に向き合うと、彼は先日の技を放ってきた。
かなり威圧感があるが、どうやらあの技は前からしか出せないようで後ろは弾丸のみだ。
俺は弾丸を掠れさせながらも、牙の風の向きを利用して接近する。
ちょっと無理がある体勢なので、回転付きだ。
大剣がまたも迫る。
それは牙の隙間を縫い、俺の体に風穴を開けんばかりの突き。
だが、牙と似た風の向きなのでそのまま受け流す。
これぞヴィンセント流。
……後で名前付けてもらえねぇかな。
その勢いのまま、俺はリューの右肩に木剣叩きつけた。
「一本!!」
ヴィニーが間髪入れずに決着の合図をする。
「はいそこまで……勝者はクロウだね」
「ん〜〜しゃあ!!」
「なっ‥何だと……」
昨日ヴィニーが勝てないと断じた相手に勝てた……
呪いは戦闘向きじゃないが、それでも。
これは大きな一歩だな。ヴィニーの技術だけど……
リューを見ると、彼は大口を開けて体を震わせていた。
自然と頬が緩む。
「どーよ。勝てただろ?」
「あがぁぁー‥‥」
はースッとした。
「……どこかヴィニー味のある動きだったなぁ」
ひとしきり騒ぐと、リューは意外にも冷静に分析をしてきた。今まではこんな事してない気がするんだけどな……不思議だ。
「ああ、昨日シルにヴィニーの技術を継承させてもらったんだ」
「あーなるほどなぁ。お前は……あーいや何でもない」
何だ? 歯切れが悪いな。
言えないような雰囲気だけど……気になったので聞いてみる。
すると、やはりその話はシルに止められているらしい。
悪影響があるかも、と言われた。
シルがリュー達に言っていた、覚悟ってやつかな?
別に覚悟してないつもりはないんだけど……
じゃあしょうがない……のか?
「悪影響ってなんでか聞いていいか?」
「えー? そうだなぁ……
何であれ、力はそれを得た者の人生に相当する……だってさ」
……ん? なにそれ哲学?
リューらしくないな……分かりづらいし。
うーん、過程は大事ってことか……? わからん。
取り敢えず聞いてみると、顔をしかめながら答えてくれる。
「シルが言ってたんだよ。
俺なりに言うなら、そうだなぁ……
俺が聖人に成ったのは、妹だけは何があっても守るっていう気持ちからだ。
妹が魔人に成ったのは、災害を許さないという意志の現れ。
お前がヴィニーの技術を得たのは、それが必要でお前が望んだから。……理由があるんだ。
何かを得たのなら……そこには必ず当人の意思がある。
その意志を持つには……何かきっかけ、過去がある。
……もしかしたらこれも話しちゃまずかったかもな!!
まぁ、何かを知ることで変わるものもあるってことだろ!!」
彼は、なんだか神妙な表情でそんなことを言う。
つまるところ、余計なことは知らないほうがいいということだろう。
似合わないが……彼が思い出した記憶。災害、か。
「……なら思い出した記憶ってのも詳しく聞かない方がいいのか?」
そう聞いてみると、リューはまたしても思案顔になる。
はっきりダメだとなってないなら是非聞いてみたいんだけどな……
「んー‥‥まぁいいか。
俺が忘れてたのは、あの神父と幼少期の記憶だ。それからその主ってやつだな」
災害じゃないのか……?
というか、神父? まるで俺が知っているかのような口ぶりだが……
「あの……? 神父って誰の事だ?」
「あー‥‥お前も忘れてるのか……
ヴァンを連れて行ったやつだよ」
「あれか……」
そう言われてみると神父だった気もする……
印象が薄いのか? やはりうまく思い出せない。
いや、薄い訳がないな……呪いか?
記憶関係の実例はシルがいるし……
一緒に話を聞いていたヴィニーも、考察でもしているのか遠くを見ている。
「ヴィニー、予想は?」
「……記憶関係かな」
「だよなぁ」
おそらくリューとフー以外はあいつを覚えていない。
地味だが俺のよりも厄介かもな……
「次は取り逃がさないように鍛えないとね」
「俺も精進しねぇとなぁ‥‥」
リューは今日、かなりの進歩を見せていた上で負けて相当ショックだったようだ。
顔を伏せ、そう呟く。
戦いに向いている呪いだからそこまで落ち込む事でもなさそうだけどな。
「俺もまだまだだ。呪いも戦いに向いてねぇし、大厄災と戦える気がしない」
「そうだなぁ……じゃあヴィニーに稽古付けてもらおうぜ」
「おっけー。俺も強くなりたいから2人同時ね」
リューが稽古を提案すると、ヴィニーがなんと一対二で相手にするとか言い出した。
え、いいのかそれ……?
「は〜? お前もそんな自信満々で来んのかよ」
「違うよ。俺は神秘じゃないから、無茶をしなくちゃいけないんだ」
そんなヴィニーから技術を奪ったのか……
俺も死ぬ気でやらねぇと。
「じゃあ、始めようか」
ヴィニーの呼びかけに、俺達も息を整え立ち上がる。
……なんかいつもよりヴィニーの圧がすごいな。
結果から言うと、俺達はヴィニーに攻撃を当てる事は出来なかった。
2人共明らかに強くなっているのに、ヴィニーはそれを鬼気迫る迫力で全て捌き切ったのだ。
その時間はなんと2時間。
全快だったのならヴァンも倒せてたんじゃないかな?
そう言うとヴィニーは、「あれは範囲が広すぎて無理かな」と言っていたが、時間稼ぎだけなら絶対1人で出来るだろうな。
異常だ……
~~~~~~~~~~
そんな日々が一週間程続いた。
人生初の図書館という変わった場所での新鮮な生活。
そんな、旅よりも遥かに非日常の中、俺は毎日ヴィニー、リューと共に修行に明け暮れていた。
たまにフーやローズも参加してきたが、基本的には俺達3人だ。
その頃になると、俺はシルのお陰で得た力を自分の体に馴染ませる事が出来た。
リューも、より風圧が上がっていると思う。
それは魔弾の威力で分かりやすく出ていて、弾こうとする時にたまにふっ飛ばされる。
うん、次は負けるかも……
一応、そろそろレイスが言っていたもう1つの選択肢の国へ行こうかという話にはなっている。
負けないためにも是非向かいたいな。
~~~~~~~~~~
今日も夜になると、ヘズが夕食だと呼びに来る。
シルとまともに話すのは食事の時だけだ。
そのため、食事の後にヴィニーが相談するという話になり、いつもと違ってソワソワする。
ここ、快適すぎるくらい快適だからな。
旅のほどよい不安感が少しだけ待ち遠しい。
今回も初めて通る道で、初めて入る部屋に案内された。
そして夕食は、炭火で焼かれたピザだ。
トマトなどの野菜もたっぷりな上、小さく切られた照り焼きチキンが香ばしい。美味い……
だけどどこにそんなものが作れる場所があるのか、ほんとに不思議だ。
七不思議とかありそうだよな。
美味い……
まあ何よりもシルの呪いが謎だけど。
物を動かすし、記憶も移せるし、今までの全てを覚えているとも言っていた。
そういえば詳細は本人に聞けって言われたけど聞き損ねてたな。
美味い……
食事が終わるとヴィニーが切り出す。
話があると言ったら、紅茶を出してきて優雅な雰囲気で会話が始まった。
「シルさん。俺達そろそろ次の国へ行こうと思っているのですが」
「ほう。どこに行くのじゃ?」
「ガルズェンスです」
その答えを聞くと、彼女は得心したように頷いた。
「ああ、あの男が示したんじゃな」
「はい」
「うむ。あの国は得るものが多いじゃろう。
じゃがフラーやこの国とはまた毛色が違い、若干閉鎖的……異質じゃ。
上手く対処せねばならぬよ」
「分かりました」
「うむ、健闘を祈っておる」
異質か……今までよりも大変な旅になるかもな。
本当にお世話になったし、ちゃんと結果を残さないと。
~~~~~~~~~~
翌朝。
空には雲一つなく、いい出発日和。
俺達は、日が昇り出すと同時に図書館の入り口にやって来ていた。
シルは図書館の奥から出てこないが、ヘズは見送りに来てくれる。
彼女にもとてもお世話になったから、最後に挨拶出来ないのは寂しいが1人でも見送りは嬉しい。
俺達は彼にこの一週間の感謝を伝え、馬車に乗り込む。
今回も俺、リュー、フーとローズ、ヴィニー、ロロで別れて2つの馬車だ。
挨拶も終わったので出発しようとすると、彼は俺達に念押ししてきた。
「一応呼べば聞こえるから、何かあったら呼んでくれ」
「分かった。……何か起こると思うか?」
そう聞くと彼は顔を北に向け、しばらく沈黙する。
やがて、再び俺の方へ向き直るとこう答えた。
「何かは起こるだろうな。
だが、少なくとも今はあまり気にしなくてもいいだろう」
「そうか。でも問題ないならよかったよ」
「だが油断はするなよ。シルも言っていたが、あの国は異質だ」
「大丈夫だよ。運もいいし」
俺は本気でそう思ったのだが、彼は途端に渋い顔になり少し小言を言ってきた。
「ずっと思っていたが、お前達はここにいる間も気が緩み過ぎていた気がするぞ。
確かにここは安全だが、この図書館だってお前達にとっては未知だっただろう?
平和な国にいるからといって、生きているのを当たり前だと思ってはいけない。命はほんの少しのきっかけで失われる。
ましてや、今から行くのは俺から見ても未知の領域なんだ。
常に警戒しろ」
「わ、分かったよ……」
ここまで熱弁されると不安になってくるな……
それが本来あるべき姿だ、とか言われそうだけど。
俺達は、再び北へ向けて旅立った。
序章-完
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