251-乱入、乱入、また乱入
再びオリギーからの逃走を始めたクロウ達が、この地下空間から通路に出ていった後。
この場にただ1人残った雷閃は、ルキウス、オリギーと三つ巴の殺し合いを続けていた。
とはいえ、今の彼はそこまで積極的に攻勢に出てはいない。
理由は2つ。1つは、まず乱入してきたオリギーが誰かわからなくて混乱していたこと。
そして、ただでさえルキウスの光で辺り一帯を覆われていたのに、オリギーまで無茶苦茶な暴れ方をしていたことだ。
彼が乱入してくる前はルキウスと鍔迫り合いをしていた雷閃だが、今は猛る羊が割って入ってきた影響で、一所にずっととどまることも不可能である。
全身に雷を纏い、崩れていく世界やオリギーの起こす衝撃に巻き込まれないように、移動を繰り返していた。
「フハハハハ!! 輝かしき余は、美しい!!」
「ガルルルルァッ!!」
「……!! オリギー? 守護者? ルキウスもちょっとあれだけど、この人も何でこんなに怒ってるの……!?」
身に纏った雷によって、瞬間移動的に場所を変え続ける彼の目の前では、やけに美しい動きで大剣を振るうルキウスと、ひたすらに荒れ狂うオリギーが激突していた。
この空間はルキウスの光によって環境を上書きされているが、オリギーは全身を無限に湧き出る綿毛で覆っているため致命的なダメージはない。
彼の大剣だけを警戒し、延々と殴りかかっていく。
基本的に雷閃は無視だ。
とはいえ、彼が離れていれば巻き込まれない……ということもない。オリギーは防御が硬く防げているが、ルキウスの光を受け続けるのには普通、尋常ではない労力がいる。
おまけに、ルキウスが標的にしたのは雷閃なのだ。
離れすぎただけでも追ってくるし、かといって近くに居続ければ、光の蝕みとオリギーの暴乱に巻き込まれてしまう。
少なくとも、クロウ達が確実に逃げ切れたと確信できるまでは、延々と耐え続ける必要があった。
「生きるとは何か!? 種の存続、脈動の保持!! 否、否!!
それらを含めながらも、究極的には自己を世界に押し付ける行為である!! すなわち、生者は遍く善なれど、それ故に悪を免れることはなし!! 我が居る、ただそれ故に貴様は有罪なり!! それ故に貴様は罪人なり!!」
「っ……!?」
しかも、もちろん審判の間にいる時点で罪人判定になるので、オリギーからしても雷閃は敵だ。
両者ともに気まぐれに彼を狙ってくるので、本当に気を抜くような余裕はなかった。
常に猛り続けているオリギーは、怒りを叫びながら拳を振り下ろしてくるので、彼はルキウスの剣に注意しながらその場を離れていく。
「ルキウスだけを狙う訳じゃないのか……
見境がなさすぎるな、この羊」
「フハハハハ!! そう、そうなのだオリギー!!
人生というやつは自己の押し付け合いであるのだから、余は余以外の輝かしき存在を認めぬ!! 余こそが至高の1よ!!
それ故、余は貴様という輝きを処刑するのだッ!!
世界よ、このルキウス・ティベリウスを讃えよ!!」
キレ散らかしているオリギーに呆れ返ってしまう雷閃だったが、彼に大罪人とされているルキウスは、なぜかそれに同調している。
オリギーが雷閃に殴りかかったこともあり、余裕の生まれた彼は無駄に美しい動きで、雷閃に大剣を振り下ろしてきた。
「ここの神獣は、ちょっと我が強すぎるね……」
"急雷潜航"
しかし、主に殺し合っていたのはルキウスとオリギーなので、基本的に雷閃は受け身だ。
危なげなくその斬撃を受け止めると、背後に轟いた雷に乗ることで滑るように離脱していく。
「まぁ、これぞ神獣の国ってことなのかな。
君達と本格的にやるなら、世界を光に塗り替えられたまま、やられっぱなしでいる訳にもいかないよね……!!」
今まではクロウ達を追わなければいいと受け身に徹していた雷閃だが、いよいよオリギーも敵意を向けてきたことで意識を切り替える。
雷に乗りながらも懐から1枚の御札を取り出すと、光り輝くそれを前に突き出した。
"金神の相-春日"
すると、彼の背後には光の世界を上書きするように雷の社が現れる。とはいえ、それはあくまでも社が創られただけで、この世界を覆っているのはまだルキウスの光だ。
地面も木々も、完全に光に飲まれている。
だが、光の上にはボコボコと鉱石が顔を出しており、1つ1つが凄まじい雷を帯びていた。
もちろん、雷閃の上書きする世界が社と鉱石で終わることはない。彼を中心にして、四方には同じく雷で形作られた柱が現れて、その周囲にも帯電する鉱石が無数に広がっていた。
「フハハハハ!! やはり貴様は余を霞ませるな!!」
「……土台はまだ君の世界だよ。人民の上に立つというのなら、いちいち下を見るのはやめなよ、皇帝」
「フッ……!!」
ルキウスは自分の世界に現れた雷閃を称賛するが、覚悟を決めた雷閃は、彼を認めつつもバッサリと切り捨てる。
手厳しい正論を受けたルキウスだが、皇帝との呼び名に頬を緩めていた。
「まぁ、それが僕の特性というだけの話……」
雷閃の言う通り、世界自体は未だ光そのものだ。
しかし、その上には確実に彼の足跡が残されており、バチバチと光に負けないだけの存在感を放っている。
つまるところ、彼の雷は光に負けている訳では無い。
"飛雷"
ポツリと呟いた雷閃は、ルキウスの背後に生まれていた鉱石の後ろに瞬時に現れる。今までも雷によって高速移動をしていたが、これまでとは比べ物にならない速度と精度だ。
遅れて気がついたルキウスは、光を纏いながらも離脱することはなく、目を見開いて振り返るだけだった。
「ッ……!! な、に……!?」
「君、多分高速移動はできないでしょ。ほんの少しだけ補助で速くなるくらいで、基本的に人並みのスピードだ」
"鳴神"
辛うじて大剣で体を守るルキウスを、雷閃は刀に纏った雷で空気ごと殴打する。初撃こそ大剣で防がれた一撃だったが、弾けるように空気全体を叩く雷は、それを超えて彼の本体に打撃を食らわせた。
「くっ……!!」
「君は纏うより暴発。鈴鹿大明神様よりパワーはあるけど、移動も放出も大雑把で戦いやすい……かな」
"急雷特攻"
雷に殴打された衝撃で浮き上がり、吹き飛んでいくルキウスに対して、雷閃はなおも追撃しようと接近していく。
敵は空中を移動中であるため、鉱石というポイントは使わず直接電流に乗っての直進だ。
雷閃はあっという間に彼の進行方向に立ち塞がると、再び雷を纏った刀を構えて追撃を……
「研鑽の放棄、能力への盲信!! 視野の狭窄という傲慢!!
そのどれもが世界への侮蔑であり、罪人が罪人たる所以!!」
「っ……!! 君、このスピードについてこられるの……!?」
雷閃が追撃をしようとした瞬間、彼の真横からはさっきまで下にいたはずのオリギーが迫ってきていた。
またも綿毛で飛んできたらしい彼は、雷にも負けないような凄まじいスピードで接近すると、腕を振りかぶる。
その拳には赤々とした炎が纏っており、無限に湧き上がってくる羊毛によって、さらに熱く燃え上がっていく。
"飢餓という不幸を呪う"
雷閃には雷の移動がある。だが、今は攻撃するところだったため、すぐに避けることまではできない。
宙に放り出されているルキウスと同じく、彼は大地を粉砕するような破壊的な一撃をその身に受けた。
「ガッハ……!!」
「くふっ……!!」
燃え上がる右の拳を、それぞれ雷閃とルキウスに炸裂させたオリギーは、しばらく飛翔の勢いで拳を当て続けてから2人を地上に叩きつける。
雷閃は雷によって多少は受け流していたが、ルキウスは光を纏うだけ。派手に割れた光の大地の中にいる彼は、全身から鮮血を飛び散らせていた。
「っ……!! 攻守どころか、補助としても万能な、羊毛……
それに加えて……人型の器用さに、ずば抜けた、身体能力……
はは、地味だけど、彼より手強いじゃないか……」
「ガルルルルァッ!! 並み居る凡庸も、突き詰めれば圧倒的な個である!! いざ、いざ!! 悪辣なる狼を狩る時だ!!」
雷で横向きに地面を移動することで、ある程度勢いを殺して立ち続けていた雷閃は、口から血を流しながらも余裕の表情を崩さずに口を開く。
その言葉を受けたオリギーは、燃えるたてがみを逆立てながら荒々しく言い放った。
彼らは現在、お互いにお互いのみを見ている。
しかし、大地に叩きつけられたルキウスも、まだ健在だ。
全身から迸る光によって瓦礫を消し飛ばしながら姿を現したルキウスは、顔も手足も赤く染めながら、依然鎧を輝かせて言葉を紡ぐ。
「余は、狼ではないぞ……余は、偉大なる皇帝。
大鷲の神獣、ルキウス・ティベリウスである」
張り詰めた空気の中、彼らは己の意志を研ぎ澄ませていく。
一度全員の動きが止まったことで、下手に動くことなどできない。
しかしその分、一瞬の隙を逃さないように気を張り巡らせていた。光の世界で雷は輝き、羊毛は増え続ける。
光り、輝き、増え、拮抗は続き……
「無事か、雷閃!?」
「煌めけ剣閃、余を讃えよ!!」
「ガルルルルァッ!!」
「手を伸ばせ雷光、人々を守護せよ!!」
光の世界と化した地下の森に、仲間の撤退する目処がたったクロウが現れたことで、暴発した。