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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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249-不可思議な方向音痴

「プキキ……」


俺達の存在を感知したのか、目の前で立ち止まったその蟹――グランベルクは、口から泡を出しながら方向転換し、真正面を向く。


最初から丘かなにかのように見えていた体は、上に家が2〜3軒は建ちそうな程に広く、生物と実感させられることでより威圧感を感じる。


ハサミも人を10人はまとめてすり潰してしまいそうな程で、動きはそこまで速くなさそうだったが、それを補って余りある脅威だった。


しかし、それよりも何よりも俺の意識を持っていったのは、当然そのハサミに引っ掛けられている雷閃だ。


相変わらずとんでもない方向音痴を発揮していた彼は、雷のような黄色っぽい和服を、若干白く変色させた状態で気絶している。


刀はちゃんと腰に差さっているが、その他には何一つ持っていない。どうやら、かなりの荒旅をしてきたようだ。


……まぁ、方向音痴で迷子になっているのを、旅と言えるのであればだが。もう呆れてものも言えない。


助けることは確定しているけど、多分あの人は心配ないんだよな……特に配慮する必要はなさそうだし、さてこれからどうしてくれようか。


「……はぁ」

「知り合いか?」


俺が状況を整理し終わると、おそらくさっきの呟きを聞いたのだと思われるヘズが問いかけてくる。

セタンタ達は蟹に夢中なので、雷閃のことなどまったく気が付かずに斬りかかっていた。


「まぁな。お前なら多分聞いたことくらいあると思うけど、ハサミに挟まれてるのは嵯峨雷閃(サガライセン)。八咫の幕府で……仕事はしてないけど、象徴になってる将軍だ」

「あぁ、彼がか。どうりで、こんな状況でただ寝ているだけだと思った。実力に裏付けされた余裕か」

「あいつ、寝てんのかよ……」


さらなる追加情報を聞いた俺は、雷閃のあまりの胆力に呆れ返ってしまう。たしかに彼ならば大丈夫だとは思ったけど、まさか寝てるとまでは思わなかった。


いや、そうでもなきゃそこら辺の神獣に捕まるなんてこともないのか……? どちらにせよ、完全に配慮はいらなそうだ。


俺達が参戦せずに放っておいても、あの2人が勝手に戦ってくれてるし、焦らずにのんびりやろう。

……というか、あの人ほっんとどこにでも現れるな。


「とりあえず、あいつの心配をする必要はないし、セタンタ達に任せて適当に待ってようぜ」

「そうだな。硬さは大したもののようだし、君は相性が悪いだろう。私は関係なさそうだが」

「なー」


ヘズと傍観を決め込むことにした俺は、ロロを膝に乗せながら地べたに座って、ガノ達我戦っている光景を眺める。

すると、ちょうど彼らは山のようなグランベルクにキレ散らかしているところだった。


「かってぇ!! 槍刺さんねぇじゃねぇか!! んだこいつ!?」

「俺の剣も弾かれてしまいますねぇ……

クククッ、この個体は随分と長生きのようだ」

「テメェはドデケェ血光で剣作れんだろうが!! 斬れや!!」

「そういうテメェは、神秘をかき消すんじゃねぇのか!?

光の剣やルーンもあんだから、もっと真面目にやれや!!」


……うん、やっぱり最終的に味方同士で喧嘩になった。

しばらく蟹の甲殻に武器を弾かれ続けた彼らは、いつの間にかお互いを罵倒して殺し合いを始める。


さっきセタンタが言っていた赤黒い閃光は彼自身に向けられ、ガノが言っていた光の剣やルーンもまた、彼自身に向けられてしまう。


"ディスチャージ・クラレント"


"エイワズ"


まず迸ったのは、ガノの剣から放たれる赤黒い閃光だ。

ガルズェンスで見たような、いわゆるビームのような一撃は、蟹の脚ごとセタンタを飲み込んでいく。


それに対して、セタンタはまだ大きな動きを見せない。

ガノが放つ光で良く見えないが、懐から取り出したルーン石と思わしきものを砕いて、手元に何かを呼び出している。


"ウル"


だが、呼び出した瞬間にセタンタはいきなり姿を消した。

さっきまで彼がいた場所には、おそらく移動の衝撃で砕けたと思われる跡だけが残り、彼自身は剣を振り下ろした体勢のガノの背後に現れる。


「だーっはっはっは、死ね!!」

「ッ……!?」


"クルージーン"


"S.H.C,K.B.W.N.R.I.T."


蟹を足場にして体勢を整えたらしい彼は、光り輝く剣を振り下ろすのと同時に、いくつかのルーン石を砕く。

すると、光の剣による一閃の周囲を守るように迸ったのは、光と雷、炎、木の触手的なもの、岩石、風、氷、鉄の塊だ。


地上で見たジェニファーさんの攻撃よりも、より多くの属性を内包した神秘の奔流は、死の気配を感じさせるような濁流として、なぜか少し動きが鈍ったガノに押し寄せていった。


「クソガキがァッ……!!」


だが、ガノも円卓の騎士で序列4位の男だ。

そう簡単にやられるはずもなく、赤黒い斬撃ビームをさらに下に向けることで、自分を持ち上げて見事に避けている。


しかも、ずっと無視されているグランベルクには、さっきから同士討ちの余波が降り掛かっていた。

セタンタがいた場所からガノの足元へと向きを変えた閃光も、セタンタごと蟹の巨体を飲み込んでいく。


といっても、蟹とは違ってセタンタは素早いので、直撃したのは蟹だけだ。

反動でくるくると回転してから着地したガノは、足場にした木を砕くことで勢いを止めた彼に、凶暴な目を向ける。


「テメェ、抑圧と死のルーンまで使いやがったな!?

動き鈍らせて即死攻撃たぁ、ふざけたマネをしやがる!!

覚悟ぉ、できてんだろうなぁ……!?」

「だーっはっはっは!! 当たり前だろうが!! 神獣でさらには裏切ったやつには、死あるのみだぜ!! 死ねッ!!」


う、うわぁ……セタンタのやつ、即死攻撃なんてしてたのか……

それも、動きが鈍っていたのも彼のルーンの影響とは。

やってることがヤバすぎる。


鬼のような形相をしたガノの言葉に、彼は当たり前のように死ねと怒鳴り返していて、俺も流石にドン引きだ。

というか、最初より落ち着いてきてたから軽い気持ちで見てたけど、収集がつかなくなってないか……?


「えっと……なぁ、ヘズ」

「……何だい?」

「これ、どうやって止める?」

「それは、これからも共闘することを視野に入れて?」

「他にあるか?」

「ではこう答えよう。ない」

「だ、だよなぁ……これ、お前の能力で気絶させたとしても、起きたらすぐガチの殺し合い始めるよなぁ……止まらねぇ。

ちくしょう、俺も一緒に戦ってればよかった……」


ヘズの意見を聞いた俺は、自分の認識と同じだったことで、思わず頭を抱えて下を向く。

槍や剣で斬りかかるだけならまだしも、まさか即死するような技を使ってしまうとか……


力尽くでの一時的な静止はできるが、どちらかが起きている限り、殺し合い自体はもう止まらなそうだ。絶望的だ。

審判の間をクリアしないといけないのに、お先真っ暗で少しクラクラしてきた……


「はっはっは……んじゃあもう容赦しねぇぞ……?

こっからは俺という神獣の全てを使った、殺戮の時間だ」


"野生解放(リベラシオン)-モードレッド"


その間にも、セタンタとガノの殺し合いは続く。

死のルーンまでも使われた彼は、オリギーと戦っていた時のように神獣としての姿――黒いジャガーになり、さっきまでは手で握っていた剣――クラレントを口に加えていた。


今までのように剣からだけでなく、足元からも赤黒い閃光が迸っており、とんでもなく神秘的な荒々しさだ。


「願ってもねぇ事だぜ!! 死ねッ!!」


"禁忌を食い破る牙(クーフーリン)"


もちろん、セタンタも嬉々としてそれに応じている。

神獣であるガノとは違って、魔人である彼の姿は変わらないが、光の剣からいつもの槍に持ち替えて、爛々と目を輝かせていた。


目の前の相手に集中している彼らは、もはや俺達のことなど忘れ去ったように敵に向かっていき……


「うぅ〜ん……うる、さいなぁ……」


"暗雲に差す炎雷(ホノイカヅチノカミ)"


激突することは、なかった。

セタンタとガノが激突する直前。岩石や木々の根っこなどに覆われた天からは、空を焼き地を裂くような雷が降り注ぐ。


審判の間の天井を力尽くで開き、青空を露にさせたその雷は、グランベルクの巨体を一瞬で焼き尽くしていく。

あまりのことに、流石のセタンタ達も動きを止め、丸焼きになった蟹を見上げていた。


「ッ……!?」

「あれぇ……? そこにいるのって、もしかしなくてもクロウくんだよね? やっほー、久しぶりだね〜!」


一瞬でグランベルクを焼き尽くした雷閃は、燃えるハサミから降りると、のんきに手を振ってくる。

幸いにも殺し合いは止まったけど、正直そんな場合でも……


「フハハハハ!! 余、以外の光を見たぞ!!

何者か知らぬが、余の輝きが霞んでしまうではないか!!

許されざる大罪だ!! 即刻処刑してくれようぞ!!」


予想外の邂逅は、さらに立て続けて起こる。

俺が雷閃に返事もできずにいると、焼き尽くされた蟹を押し潰すように天から1人の男が降ってきた。


こちらこそ何者かわからない彼は、輝く鎧に炎光を反射させながら、巨大な大剣を蟹に突き刺して声を轟かせていく。


「……ほぇ?」


辺りに響き渡る声によって、ようやく彼の存在に気がついた雷閃は、さっき自分が殺した蟹の上を見上げる。

この場には、雷閃の気が抜けるような呟きがこぼれ落ちた。




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