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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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247-忘却の迷子

翌朝。小さな洞穴の中で目を覚ました俺は、昨日ひどい目にあったこともあり、素早く起き上がる。


追手がオリギーであることや仲間のメンツ、今の状況的に、そこまで眠気は感じない。


姿を見失ってもそうなのかはわからないが、オリギー……つまりアルゴラシオンの生態は、一度キレたらどちらかが死ぬまで殺し合いをやめない、なのだ。寝てられるか。


昨日苦労していくつもの空間を通過し、最終的に足を止めた空間に無数にあった洞穴で休むことはできたが、それも交代で見張りを立てながらだった。


俺とヘズが寝るのと交代で起きたのがセタンタとガノだったこともあり、正直まったく気が休まらない。

起きてすぐに、外からは騒がしい声が聞こえてくるのだからなおさらだ。


今ここで寝ているのが、逃走時から気絶したままのロロだけなのを確認すると、外の様子を窺うために外に出る。

すると……


「職務怠慢はいけませんよ、姉さん!」

「あははは! でも、もう審判の間には落とせてるよ?

生きて出られないんだから、もう終わったも同然じゃん」

「……たしかにそうですね」

「ほら! じゃーいいでしょ?」

「あははは!」


洞穴の外には、かなりアホなやり取りをしている円卓の騎士の小さな双子の姉弟――シャーロット・クルーズとヘンリー・クルーズがいた。


ヘンリーは真面目そうなのに、この前地上で見た時と同じくシャーロットに容易く言い包められ、一緒に笑っている。

少なくともセタンタよりは馬鹿じゃなさそうだが、やたらと純粋……なのか?


いまいちよくわからない。ただ、状況の理解は簡単だ。

どうやって来たのかとかいつ来たのかとか、知りたいことは山ほどあるが、とりあえずセタンタとガノに追われている。


単純明快で……うん、やっぱり意味不明だった。

この2人って、俺達を追う立場じゃなかったのか……?

かなり遊び感覚っぽいけど、何で追われてるんだ……?


セタンタ達は武器を持っていないし、状況はともかく意味がわからないので、とりあえず少し様子を見ることにする。


「おい餓鬼共、大人しくルーンを寄越せ!!

同じ円卓の騎士の仲間だろうが!!」

「俺はちーっと見せてもらうだけでいいぜ!?

事故で落ちただけなんだから、ちゃっちゃと見せやがれ!!」

「やーだよー!」

「あなたに見せたら作られるじゃないですか。

逃げられたらだめです。仕事はしっかりです」


彼らの言い合いを聞き、手に持っているものを見ている感じ、どうやら彼らはこの審判の間を出入りするための許可が与えられるルーン石を巡って駆け回っているようだ。


騎士服のガノとは違って、クルーズ姉弟は騎士らしく鎧姿だが、お互いに武器は持っていないのでただただ平和な光景である。


一応は騎士とはいえ、子ども達を追っているのがガラの悪い大人2人というのは少しアレだが……まぁ、概ね平和と言ってもいいだろう。セタンタの中身は、完全にガキだし。


何はともあれ、オリギーも流石に追ってこれなかったようでよかった。そんな俺達を昨日の今日で見つけているクルーズ姉弟は何なんだ、という話ではあるが……

犬の神獣だからか? 犬の神獣だからなのか?


「おや、起きたかクロウ君」


洞穴の入り口で、ぼんやりと彼らのかけっこを見ていると、しばらくしてから声がかけられる。

声のした方を見てみれば、少し離れた場所に座っていたのはヘズと……


「あれ、その人誰?」

「あぁ、彼はあの子達が審判の間で見つけたという老人だよ。どうやら記憶喪失らしく、名前も思い出せないのだと。

私よりも重症だね。ははは」

「いや笑い事じゃねぇだろ」


いつの間にか見覚えのない人物がいたので、開口一番に問いかけてみると、彼はほとんど情報量のない答えをくれた。

よくわからないけど、この森って記憶喪失になってきた人が多いな……


俺は2人の元まで歩いていくと、収納箱から出していた椅子に座りながら老人に目を向ける。


白髪・白髭で、どこかぼんやりとして見える彼が着ているのは、毛と同じように白い法衣のようなものだ。

長いひげ以外は目立った特徴はないが、パッと見の印象では伝承に残る仙人のようなイメージを受けるな……


俺の感知能力は高くないけど、俺からすると神秘ではないと感じるし、こんな危ないところで何をしていたんだろう?


ぼんやりとしいる老人はちゃんと意思があるのかも定かではなく、若干話しかけにくい。

とはいえ、ずっと挨拶をしないわけにもいかないので、俺は大人しく挨拶をしようと口を開く。


「えっと、こんにちは」

「はい、こんにちはぁ」


俺の挨拶を聞いた老人は、見た目通りに穏やかな口調で挨拶を返してくる。彼には記憶がないらしいが、表面上は普通の老人だった。


……ヘズと老人。

同じように記憶を失ってこの森に出現したらしいけど、2人には何か共通点でもあるのかな?


でも、ヘズとは面識があったけど、この老人に見覚えはない。忘れてる可能性もあるっちゃあるが、少なくとも身近な人物ではない。


そんな人との共通点って言ってもな……

うん、流石に記憶喪失以外で思いつくのは無理だ。

大人しくヘズからもう少し話を聞くことにする。


「本当に何も覚えてないのか、この人?」

「そうだね……最初、彼女に背負われ来たんだけど、その時にうわ言でレーテーと呟いていた……くらいだな」

「じゃあそれが名前なんじゃねぇの?」

「名前かと聞いても頷かなかったが……まぁ、たしかにそうかもしれないね。不便だし、便宜上そう呼んでもいいかな?」

「ホッホッホ、わしは一向に構いませぬよ」


かろうじてレーテーという名前が出てきたので、彼本人のものかはわからないが、とりあえずそう呼ぶことに決まる。

本人は名前に頓着しないのか、穏やかに承諾してまたぼんやりとし始めた。


まぁ、名前なんかわかったところで、謎が解消される訳じゃないけどな。本人はこんなだし、ヘズは連れてこられたとこからしか知らないようだし、他に聞けそうなこともない。


それでも何か聞こうとするのなら、あの姉弟からレーテーを預かった時に何か言われてないかとかか……?


「レーテーが背負われてきた時、クルーズ姉弟は何か言ってたりしなかったか?」

「その人ねー、この地下の森の中で倒れてたんだー。

神獣に襲われてたから、流石に焦ったよー」


俺が少しでも情報を掘り起こそうとしていると、いきなり真横から明るい声が聞こえてくる。

慌てて声のした方を向いてみれば、そこにいたのはセタンタ達と走り回っていたはずのシャーロットだ。


彼女も一応は敵であるはずなのに、テーブルの下から両手を添えて顔を出し、人懐っこい笑顔を浮かべていた。


「うわっ!? えと、シャーロット・クルーズ?」

「はいっ! あたしシャーロット!

運んできたのもあたしだよ〜!」

「な、なるほど……」


ちらりと森の方を見てみると、ヘンリーは依然として彼らに追い回されている。どうやら、面倒な事はすべて弟に丸投げしてきたようだ。


最初に聞いたやり取り的に、多分ああなっているのは彼女が原因である気がするんだけど……


「えっと……一応聞くけど、追いかけっこしてなかったか?」

「うん、してたよー! でも、そこのおじいちゃんのお話が聞こえてきたから、抜けてきたんだー!」

「それは、弟に押し付けて?」

「……? もちろんっ!」


うわぁ、めちゃくちゃ正直に全部話してくれる子だぁ……

絶対にルーン石を見せたりしたの自分なのに、彼女は何一つ悪いと思っていない雰囲気で、いい笑顔をみせてくれる。


わざわざ押し付けてっていう言葉を選んだのに、まるで理解してない感じだ。敵意は感じないけど、無自覚に何かされそうで厄介そう……


「えっと、じゃあ色々聞いていいか?」

「いいよー」


恐る恐る聞いてみると、彼女何の前触れもなくはヘズの上に座って、俺の話を聞く体勢になった。

なぜ上に座ったのかと聞いたら、多分座りたかったからとか言われるんだろうなぁ……


「そもそも、君達は何しに来たんだ? この審判の間に」

「一応、あなた達を殺すためかなー。罪人を審判の間に落とした場合、その生死は自然の摂理に委ねられる。

その中で裁かないとだから、あたし達も降りて戦うの」

「……わざわざ対等に戦ってくれるんだな」

「だって、自然の世界って弱肉強食じゃん。

誰かを殺すなら、自分達も命懸けなきゃ」


地上で襲われた時も審判の間に落とすことを目的にしていたみたいだし、たとえ上で拘束されたとしても、この国の処刑はここでの生存競争のようだ。


俺は生き残るために八咫で大嶽丸を殺したし、生存競争的な考え方自体はまぁわかる。

ただ、処刑するなら処刑人の命を懸ける……というのは、国の方針としてはあまり理解できない。


たとえ神獣でも、普通死にたくはないだろうに。

その上、彼女達はセタンタ達とじゃれ合っていたし、殺す気もないと。


ここまで来ると、もうぶっ飛びすぎている。ちゃんと人外の考え方で、意味不明だ。一体何しに来たんだよ……


「でも、殺すつもりはないんだよな?」

「そうだねー。食べる気もないのに、勝手に死ぬ相手を殺す価値はないかなって」

「じゃあ何しに来たんだよ?」

「だから、仕事だって。行くだけは行かないとね。

形だけでもさー」

「その結果、こうして楽しくお喋りしていると」

「そのとーりー」


最終確認をすると、シャーロットは元気に言い放つ。

いやいや、罪人に殺されるかもしれない場所に、遊び感覚で来るなよ……


テーブルの上に置いてあった軽食も勝手に食べ始めているし、本当に自由奔放な子だなぁ。


「でも、それなら会う必要もなかったよな?

審判の間に降りたのは仕事だとして、ここに来た理由は?」

「そこのおじいちゃんを見つけたからだよ。

放っといたら死んじゃうなーって思って」

「……罪人には、この審判の間で弱肉強食の裁きがあるんじゃなかったのか? なんで助けるんだ?」

「え、だってあたし達は誰もその人落としてないし。

勝手に落ちてる人なら、少しは手助けしてもいいじゃん」

「なるほど……」


なぜかレーテーを生かす方向の言葉を聞いて問いかけると、彼女は当たり前のように重要そうな話を口にした。

本当にどこまでもまっすぐで正直な子だ。

まぁ、それはいいとして……


どうやらレーテーの出現には、円卓の騎士達は一切関わっていないらしい。この感じだと、多分ヘズも勝手に落ちてきた人ということになる。ガノは知らなかったし。


けど、結局だから何だって話にはなるな……

勝手に落ちてきたとして、レーテーは誰で、ヘズは何で記憶を欠損してこんなところにいるのか。

謎は深まるばかりだ。


「あと、お兄さん達のことだって、別に積極的に殺したいとは思ってないよ? どうせ出られはしないし、ここで長生きできるならそれで良いと思う。出られたら出られたで、沢山がんばったんだなーって思う。普通に釈放だし」


俺が考え事をしていると、テーブルの上に置いてあったもの全てを平らげたシャーロットは、満足気に笑いかけてくる。


一応は円卓の騎士……このアヴァロンという国に仕える立場であるはずなのに、その小さな口から紡がれるのはその仕事を放棄するような言葉だ。ますます意味が分からなくなって、俺はついあ然としてしまう。


「それでいいのか……? 円卓の騎士……」

「生存競争に勝ったのなら、それは生物として正しいよ。

過激派もいるけど、あたしは興味ないもん。

落ちたからには弱肉強食、勝てば良いんだよ」


彼女は明るく言い放つと、ヘズの上から元気よく飛び降りる。鎧は軽装だが、その小さい体には漲る生命力と威厳とが溢れていた。


「だからまぁ、がんばって生き残ればいいんじゃない?

問題があればまた落ちるだけだしさー。とりあえず、これであたしの仕事はおーわりっ! またねー、バイバーイ!」


あるだけのものを食べ、言いたいことを言い終わると、彼女は元気よく手を振りながら去っていく。

死角からセタンタ達に忍び寄って、簡単に2人を足から崩して転ばせると、ヘンリーを引きずって行ってしまった。


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