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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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244-絶えぬ憤怒は猛り舞い

「ガルルルルァ!!」


殴り倒されている2人の力も使うことで、なんとかオリギーを斬ることに成功したが、その直後に彼の体へ変化が現れる。


悪魔のようにぐるりと捻れた角はさらに逆巻き、獅子のように逆立つ羊毛は海のように広がっていく。

しかも、それは頭部に集まっていた部分だけではない。


人間の形をした獣として靭やかな四肢を持っていた彼だが、さっきまで肌だった部分からも、次々と綿毛は湧き出していた。


いくら増えても羊毛の勢いが衰えることはない。

彼を押し退けて立ち上がったセタンタ達も飲み込み、彼の体から湧き出る綿毛は無限に増え続けている。


"ひつじはいっぴき"


「くそっ、何だこれ……!?」

「うががごぎ……!!」


いくら身体能力が上がっても、辺り一帯を何かで埋め尽くされて足場もなければ、無抵抗に飲まれるしかない。

足元にいたセタンタはおろか、俺や離れていたヘズ達までも羊毛の海は飲み込んでいく。


もちろんふかふかなので、ケガをすることはないけど……

底なし沼のように沈み込んでいき、普通に窒息死してしまいそうだ。普通に、苦しい……!! 危ない……!!


いや、ロロの念動力で浮かせてもらえれば助かるか……?

多分距離あるから届かないけど、それ以外に助かる道がない気がする。


だけど、もうセタンタ達はとっくに飲み込まれてるし……

ちくしょう、もしかしてもう詰んでねぇか……!?


「ペッペッ、汚ぇなぁ……

どっちが穢してるってんだよ、ヒステリック羊野郎」


ひとまずこれ以上沈むことがないよう、俺が仰向けになろうとしていると、羊毛の海から荒々しい声が聞こえてくる。

中からなので多少くぐもっているが、間違えようもない。

確実にガノだ。


獣として唸っているオリギーに悪態をついた彼は、出ようと藻掻いているのか、羊毛の表面をポコポコと動かしていた。


当然、こういうものは藻掻けば藻掻くほど沈むはずなので、彼が出てくることはなさそうだ。

そう思い、やや気落ちしていると……


「おんどりゃあ!! 予想以上にウザイじゃねぇか!!」


背中から赤黒い血の翼を生やしている彼は、頭から血を流しながらも、左手で気絶したセタンタを掴んで飛び上がってくる。


良く考えたら、あいつは1人で飛べるんだった……

運ぶのはあと1人が限界だろうけど、希望はあるな。


というか、普段は殺し合いをしているはずなのに、こういう時は助けるのか……!! いや、囮用か?

まぁどちらにしてもありがたい。こんな場所じゃ戦闘にならないし、俺も引っ張り上げてもらわないと。


「おーい、ガノ!! 俺も引っ張り上げてくれー!!」

「チッ……」

「舌打ちしてねぇで早くしてくれよ!?」

「わーったよ。その代わり、テメェこの後逆らうなよ?」

「共闘関係だ、馬鹿野郎!!」

「ふん、引っかからねぇか」


こんな時にでも何かしら企んでくる彼だったが、食い気味に怒鳴りつけるとつまらなそうに鼻を鳴らす。

かなり嫌そうなのは見ていてわかるけど、度が過ぎてるだろこいつは……!!


「……とまぁ、今は綿毛の底にいるこいつが、憤怒の間の番人だ。殺り合ったことはなかったが、予想以上に強ぇな」


俺を羊毛の海から引っ張り上げたガノは、顔からも翼からも血を散らしながら悪びれもせずにぬかす。

かなりの負担がかかっていそうなのに、謎に満足げだ。


いやいやいや、ふざけてるにも程があるだろ……!!

この野郎、オリギーの実力も知らねぇくせにキレさせたのかよ……!!


「他人事みてぇに言ってんじゃねぇよ!?

誰がこいつを挑発したと思ってんだ!?」

(わたくし)ですが?」

「ざっけんな!!」


直接的に文句を言っても、彼は一切動じない。

しれっとそう言い放ち、そのまま念動力で浮かんでいるヘズとロロの元へと飛んでいく。


その間も、段々と赤黒い閃光は溶けていって高度は落ちているが、別に溶けたりすることはないので問題なしだ。

一瞬だけ綿を足場することで、再び高度を上げている。


オリギーは綿の海に沈んでいるため、合流を妨害されることもなく全員で撤退を開始した。闘技場を出れば流石に綿毛は減るので、逃げるのもそこまで難しくはなさそうだ。


「おい、何か音で妨害とかしろよインドア野郎」

「……底にいる相手にか? それは無理だろう」

「そもそも、あいつも動けないんじゃないのか?」


あくまでも俺の体感ではあるが、綿の海はほとんど底なし沼と変わらない。この海を発生させてから、オリギーがずっと出てきていないこともあり、彼自身も身動きが取れていない可能性は十分あった。


そのため、俺はヘズに妨害するよう命令するガノに対して、もう逃げられたのではと本心から問いかける。


しかし、流石は円卓の騎士序列4位というべきか、散々俺達を騙してきたやつだというべきか、彼はどこまでも疑り深く、警戒を解かない。


お前は馬鹿か……? といった表情で、意見を押し通そうとし始めた。


「は? あいつはオリギーだぞ?」

「……いや、知ってるけど」

「あいつはオリギーだぞ?」

「わ、わかったよ。油断せずに逃げるよ……」


なぜかわからないが、彼は珍しく余裕を失っているらしく、同じことの繰り返しばかりで知能が低下している様子だ。

そこまで喧嘩腰でもないし、めちゃくちゃ珍しい。


一応は彼が最もこの場所に詳しい人物なので、大人しく従うことにする。すると、その直後……


「ガルルルルァ!!」


俺達が闘技場から出たのを察したのか、中からは羊とは思えないような唸り声が轟いてきた。

それも、まるでその声に応じるように、闘技場の入り口から溢れ出ていた羊毛は唐突に猛りだす。


発生源はオリギー、つまり羊は一匹だけだ。

しかし、無限に増えていく綿毛は段々と形を持ち始め、数え切れないほどの羊になっていく。


もちろん、そこら辺にいるような普通の羊の大きさではない。特別大きなオリギーと同等以上の大きさである。


といっても、あくまでも綿毛ではあるし、さっきのような底なし沼に沈められる訳でもないし、そこまで危険ではないような……?


「ぼーっと見てんじゃねぇ!! さっきの説明を聞いてたか? アルゴラシオンって神獣は、一度キレたらどちらかが死ぬまで殺し合いをやめねぇって言ったよな!?」

「は……? まさか、どこまでも追ってくんのか!?」

「当たり前だろうが!!」


一瞬気を緩めかけていた俺は、ついスピードを落としてしまう。だが、ガノに改めて聞かされたことでアルゴラシオンの生態を完全に理解し、すぐさま全力逃走に移行した。


痛くなさそうとか思ってたけど、もしあれが足止めのためだけに作られた木偶の坊なら……想像しただけでも怖気が立つ。

というか、実力はともかく性質は知っててこの状況って……!!


「いや、マジで何で挑発したんだよ!?

そもそも、何で1つ目にここを選んだ!?」

「そりゃあもちろん、その方が面白いから‥」

「馬鹿野郎ッ!!」


明らかに必死で逃げているにも関わらず、ガノはオリギーを選び、挑発した理由は面白いからなどとほざいている。


こんなんじゃ、案内役をさせている意味がない!!

むしろ、率先して地獄に向かっていく疫病神だ!!

心の底から腹立たしいし、ふざけてる!!


「……というのは、半分冗談だ。他の奴らも似たようなもんだし、それ以上に逃げる選択肢が取りずれぇ奴らなんだよ」

「例!!」


俺が怒りにぷるぷると震えていると、必死に逃げているだけあって流石にやりすぎたと思ったのか、彼は真面目な理由を口にした。


しかし、騙してばっかのこいつに信用なんてものはないし、そもそも既に手遅れだ。

すぐさま怒鳴り返し、苛立ちをぶつける。


「無事に逃げ切れたらなァ!」

「ガルルルルァ!! 聖域を穢した魔獣が逃走した!!

怒れ!! 荒ぶれ!! 我らの魂に火を灯すときだ!!」

「メェーメェー!!」


もはや、ガノの返事に文句を言う暇すらない。

直前まで逃げ惑っていた他のアルゴラシオン達は、この間に轟いた声を聞いて一斉に立ち上がり、怒り始める。


周囲にはオリギーが生み出した綿毛の分身とアルゴラシオンが集まり、逃げ道は完全に塞がれていた。

さらには、追跡者はずば抜けて高い身体能力を持った個体であるオリギーなので、追いつくのもあっという間だ。


「ガルルルルァッ!!」

「っ……!!」


俺達の目の前には、綿が反発する勢いで飛んできたと思われるオリギーが、クレーターを生みながら立ち塞がった。


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