243-オリギー
「ガルルルルァッ!! 我らの住処を踏みにじる愚行!!
我らに憤怒の色を焚き付ける害獣!! オオ、奴らを赦してなるものかッ!! いざ、いざ!! 狼狩りの時間であるッ!!」
セタンタごとフィールドを叩き割ったアルゴラシオンのボスは、さっきまでの穏やかな口調とはかけ離れた荒々しい口調で言葉を紡ぐ。
しかも口調だけでなく、彼はその見た目も怒りに応じて変化させていた。他の羊よりも捻れた角は現在進行系で伸縮しており、膨れ上がった羊毛は頭部に集まり獅子の如く逆立つ。
羊毛がなくなった手足はよりスラッと筋肉質になり、もはや二足歩行の羊というよりは人獣型の羊だ。
底しれない恐ろしさを感じてしまう。
実際に、さっきまで果物を食べていたセタンタは彼の靭やかな腕に叩き潰されているので、洒落にならない。
彼が下にいる以上逃げることはできないし、とんでもないぞこれ……!!
やや仰々しく、狼狩りと言う割には自分が狼のような唸り声をあげている彼に、俺は思わず顔をひきつらせる。
「おい、ガノ……何で果物を食べさせた?」
「いるならキレさせれば出てくると思いましてねぇ。
ククッ、予想通りです。あのガキザマァみやがれ」
今の状況がわかっていないのか、ニヤニヤと笑っているガノを問い詰めると、彼はしたり顔でのたまう。
こいつ、俺達にも怒りが向くことわかっててやったのか……?
「俺達まで標的にされてんだけど!? 穏やかな羊は何処!?」
「ははは!! アルゴラシオンは温厚な神獣です。普段は何かあった場合、戦闘を避けて逃げに徹するくらいにはね。
しかし、一度キレたら手がつけられない。奴らはどちらかが死ぬまで殺し合いをやめないことでしょう」
「じゃあ何でキレさせたんだよ!? ふざけんな!!」
「あっははは!! だってこっちの方が面白い‥」
「訳があるかぁ!? もうお前共闘する気ねぇだろ!?」
めちゃくちゃ詳しくアルゴラシオンの生態について解説する彼は、疑いようもなく意図的に彼をキレさせている。
つい言葉を被せてしまったが、これを見て面白いとか言ってるやつが意図的にしてなきゃ嘘だ。
立場は同じはずで、互いにある程度は信頼して協力していかなければいけないのに、彼からは悪意しか感じない。
それなのに、俺の言葉を聞いたガノは、何度も何度も殴りつけられているセタンタを眺めながら愉快そうに嘯く。
「いえいえいえ〜! 私はあなた方に守護者の強さをより実感していただくために、泣く泣くオリギーをキレさせているのですよぉ! 100%善意ですとも!」
「死ねぇ!!」
取って付けたように丁寧な言葉遣いをしているが、彼はもうどこをとっても胡散臭さしかない。
ティタンジェル落下時、憤怒の間の番人――オリギーとの対面時と、大事な場面ではことごとく邪魔してきやがる……!!
正直、いつも死ねしか言わないセタンタの気持ちがわかってしまったくらいだ。つい俺も、彼のように思考停止して声を荒らげてしまった。
そのやり取りを静かに聞いていたヘズは、怯えるロロを撫でながら冷静に口を開く。
「まぁ、今は彼の救出が先だと思うぞ、クロウ君。
ガノ君は……うん、少しあれなことは理解した」
「そうだな‥」
「あれって何ですかねぇ、引きこもり司書さん?
波風立ってこその愉快な人生でしょう?
凪いだ海など退屈でしかない!!」
「人を、巻き込むんじゃ、ねぇッ!!」
「いたーい」
言葉を遮って人生観を語り始める彼を、俺は全力で殴る。
しかし、彼はふざけたように痛がって見せるだけで、ただただイライラするだけだった。
クッソ、フェイと話してた時は若干小物っぽいムーブをしてたはずなのに、腐っても4位ってか?
円卓の騎士の協力は必要だし、どうすりゃいいんだこんなん……
「……はぁ、じゃあ救出に向かおう。ロロは隠れてな。
危なくなったら補助するくらいでいい」
「あいさー!」
「ヘズは……」
「彼、耳を毛で覆ってたりしないかな?」
「ん……?」
ガノへの不信感を押し殺して役割を決めていると、ロロの次に話しかけたヘズは澄ました顔でつぶやく。
その言葉に促されて目を向けてみれば、たしかにオリギーの耳は羊毛に覆われていた。
ヘズの呪いは音、オリギーの耳には毛の壁。
まさかとは思うけど、これって……?
「覆われてる、けど……」
「ふむ。ならば私の能力は効きが悪いな。
厳密に言えば振動なので、無効とまではいかないが」
恐る恐る問いかけると、案の定彼は悪い知らせを伝えてくれた。無効にはならないと言ってはいるが、少なくともさっきガノとセタンタを苦しめたような威力は出ないだろう。
ロロの念動力はパワー不足、ヘズの音は伝導力不足であり、セタンタは殴られ続けているので論外だ。
ガノを頼って良いのかは謎だし、これもうほとんど俺1人でやらないとじゃねぇか……!!
しかも、やはりガノは一時的な協力関係、ということを思い知らせるように悪意を向けてくる。
「ククッ、良いことを聞きました。
後で覚えていやがれインドア野郎」
「おい、お前はもう敵ってことでいいのか!?」
「いーえいえ♪ 少し戯れるだけですよぅ」
「お前は先陣切れよ!? 絶対戦えよ!?
ヘズはもうできる範囲でいいから、行くぞ!!」
反射的に食ってかかれば、彼はすぐさま否定する。
しかし、彼からはどれだけ信じやすい人でも怪しむような、心底愉快だという感情が漏れ出ていた。
もう隠すつもりがないと言った方が納得できるくらいだ。
ここまで来ると、欠片も信用できやしない。
いっそ清々しいくらいの彼の態度に、俺は半ギレになりながら指示を出す。
すると、ガノは俺を置き去りにして走り出し、ロロはヘズに抱き抱えられて援護を開始した。
「ククッ、上等だオラァ!! 神獣様の実力見せてやらァ!!
だが、まだ逃げの姿勢を忘れんじゃねぇぞ?」
「自分で逃げられなくしといて何だテメェ!?」
案外素直に従ってくれるガノだったが、多分、彼自身も戦いたいと思っていただけだ。やたらと喧嘩腰に怒鳴りつけられて、俺は思わず彼との怒鳴り合いを始めてしまう。
とはいえ、今から戦いを挑むのは、円卓の騎士の大部分よりも強いと思われる、憤怒の間の番人である。
本来、そんなことをしている余裕がある訳がない。
すぐに意識をガノからオリギーに切り替えると、全身の神秘の力を高めていく。まず、実感しやすい右の碧眼から青い光を発し、それに付随して全身に青い光を纏う。
"モードブレイブバード"
光は不思議な安心感を俺に与え、身体能力も跳ね上がる。
もちろん選ぶ技にもよるが、この状態であれば最低でも2発までなら全力で幸運を選択できるはずだ。
まぁ、最悪2発で戦うのがキツくなるけど……
あのアフィスティアと同格のやつなら、きっと使うことになるだろう。
反動で起こるその頭痛が酷いので、できれば使いたくないというのが正直なところではあるけど、出し惜しみして負けねちゃ意味がない。全力だ。
身体能力を高めた俺は、血のように赤黒い閃光を吹き出しながら突き進むガノに続く。今のオリギーには頭以外に羊毛がないので、明らかに狙い目。速攻で決める……!!
「む……!!」
赤黒い閃光を迸らせているガノの剣は、まっすぐにオリギーの胴体を狙う。殺したいのなら首が確実だが、その付近には膨れ上がる羊毛があるので厳しい。
次点で狙うべき心臓……そこを狙っての一撃だ。
しかし、流石に番人がそう簡単にやられることはなく、彼は腕に膨れ上がらせた毛で微動だにせず受け止めてしまった。
それも、ふかふかの綿毛に包まれてしまったことで、ガノの剣はガッチリと固定されている。
アルゴラシオンの力は聞いていないけど、この感じだと無限に湧き上がる綿ってところか。
俺が力の考察をしながら回り込んでいると、オリギーは血の翼で体勢を整える彼に語りかけていく。
「円卓の騎士、序列4位……"真紅の逆刃"
グルル……まさか落とされたのか? ならば貴様は反逆者!!
聖域を穢す汚点、血に塗れた忌まわしき者よ!!」
「ふふふ、随分と好き勝手言ってくれますねぇ……
あなただってかつての敵対者でしょうに……!!」
「然り!! されど、罪は永遠に続くものではない!! 我らは永き時を経て、審判の間にて罪人を裁く守護者となった!!
悪辣なる血塗れの刃、今ここで処刑してくれようぞ!!」
「ククッ、女王に尻尾を振る処刑人風情が偉そうに……」
「ガルルルルァ!!」
"飢餓という不幸を呪う"
血の翼によって宙で体を固定しているものの、剣を手放さない限りガノは距離を取れない。
問答の末に激昂したオリギーは、避けることのできない彼を地面に叩きつけ、砕けた地面から炎を吹き出しながら何度も繰り返して殴り始めた。
「ッ……!!」
「聖域にて恵みを食い散らかす暴挙、一時の快楽により主にすら牙を剥く不敬、そのすべてが許されざる憤怒!!」
オリギーの腕力により、闘技場のフィールドはみるみる崩れ、針地獄のような岩石の牙を空に向ける。
キレたら手がつけられないって、こんなん国が滅ぶぞ……!!
「少しは落ち着けよ、ヒステリー野郎」
「審判の間に落ちた以上、人の子ももれなく罪人である!!
迷い込んだ羊が食肉ならば、貴様も同じく食肉に!! 獣畜として生殺与奪の権を握られた恨み、今こそ晴らす時!!」
背後まで回り込んだ俺が斬りかかっていくと、彼は殴るのをやめて振り返る。鋭い牙の隙間から漏れ出してくる白い息にそのセリフも相まって、めちゃくちゃ怖い……!!
だけど、俺は知ってる。殴るのをやめたその下では、まだ目に光を宿した獣達が機を伺っていることを。
さぁ、俺の望む未来に繋げ、幸運よ……!!
"未来を選ぶ剣閃"
「どぅらぁぁぁぁッ!!」
「オッラァァァァッ!!」
「なん、だとッ……!?」
拳で俺を叩き潰そうとしたオリギーだったが、その下にいたセタンタとガノが暴れたことで、彼は体勢を崩す。
ちょうど殴りかかってきていて前傾姿勢だったため、彼は前のめりに倒れていく。
その拳は狙いを外れて空を切り、俺の剣は無防備になった肩口を大きく斬り裂いた。