25.5-それは彼らを形作るもの②
前回よりも暗いかもしれないです。
苦手な方はご注意ください。
彼らにもかつて、親がいた。
彼らにもかつて、故郷があった。
それは、彼らが覚えていられないほど幼い頃に。
もはや誰の記憶にも残らぬ昔……
西の果てに、アストランという国がある。
それは、世界を維持し続ける神秘の庇護下には収まることが出来ず、自力で生き抜くことを強いられた強者達の国。
魔獣と争い続ける、自然のままの神秘の地。
その国境、どこにも属さぬ人の里。
そこが、彼らの故郷だった。
アストランの強い神秘に影響を受け、多くの魔獣がいるその地で、だがアストランの反対側にあるフラーのお陰で滅ぶ事はなかった里。
小さく、特に名産もなく、聖人が生まれることもなく、長きに渡り密かに生きてきた民。
彼らは何の力も持たない。
それでもほそぼそと麦を作り、小動物を狩り、魔獣に太刀打ちできないとしても、隠れながらでも、強く生きていた。
そんな無辜の民。貧しくも暖かい、平和な生活。
そんな平穏を破ったのは、1羽の魔獣。
風を操るその獣は、たった1羽で全てを壊した。
何故それが襲うのか、分からない。
何故この里なのか、分からない。
人々は混乱した。逃げ惑った。蹂躪された。
泣き叫び、助けを求めた。
だが、この地に守護者はいない。
全てが崩壊した後、この場で生きているのは魔獣のみ。
それが、その里の終着点。
だが、助かった命もあった。
たった2人の生き残り。それは空高くへ。
魔獣の風に運ばれて。神秘をその身に浴び続け。
本来死ぬはずの命は、その神秘をその身に宿すことで辛うじて生き延びた。
それは幸運だったのか、不幸だったのか……
彼らを拾ったのは、1人の神父。
神父は、嬉々として彼らを育てることにした。
赤子でありながら神秘に成った彼らは……いい研究対象。
養う代わりに、実験を。
神秘をイジる。記憶をイジる。偽りを、忘却を。
そんな彼らは、精神に異常をきたす。人格を崩壊させる。
壊れた彼らは、魔人。
救いは食を。救いは友を。異常は治らず、だが喜びを。
彼らは異常で正常に。
彼らは今、生きている。
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北にあるのは、世界を維持する者の都。
天を象徴する国エリュシオン。
その近辺は、平和そのものだった。
隣国、水の都。
美の国アルステムも争いのない国だった。
美しい文化が根付き、幸せで溢れていた。
聖人が生まれ、不安な気持ちなど生まれない。
そんな素晴らしい国。
その国には、とある青年がいた。
穏やかで優しい、清く正しい青年だ。
彼は家族を愛し、恋人を愛し、友を愛し、隣人を愛した。
熱心に仕事に取り組み、大きな成果を上げていた。
彼は、幸せだった。
そんな彼には、とても信頼する友がいた。
小さい頃から仲が良く、気が置けない友だった。
そしてその友も優しく、嘘などつかない男だった。
だがある日、その友はこんな話を持ちかけてきた。
1つ、仕事を頼まれてくれないか? と。
俺は今忙しくて手が回らない。だが、大事な用事なんだ、と。
その用事とは、西の国へと荷物を運ぶこと。
どう考えても、1年以上はかかるような仕事だった。
当然最初、彼は断った。
だが、彼は友の焦った顔に、困った顔に押された。
さらには職場の上司にも、信頼から休職でいいと言われた。
友も、職場の手が足りない時は少しは手伝えると誓ってくれた。
彼は、旅立つ事にした。
長い、旅だった。たった1人での苦行だった。
だが目的地に辿り着くと、そこに待っていたのは賊達。
彼は怪しみながらも、誠実に。賊達に荷物を届けた。
友に何か事情があるかもしれなかったからだ。
だが頼まれた荷物を受け取った賊達は、青年をも襲おうとした。
驚いた彼が問いかけると、賊達は青年も依頼に含まれている、と言った。
その時初めて、彼は友に騙された事を悟った。
彼は逃げた。追われながらも、命からがらに。
彼が辛うじて身を隠せた時、彼の乗ってきた馬車は壊れてしまっていた。
二度と家族に会えないことが悲しかった。
仕事を放り出してしまったのが悔しかった。
友が、憎かった。
何故騙されたのか、分からなかった。
何故死を望まれたのか、分からなかった。
その悲しみから、彼は神秘に成った。
その力は、故郷へ帰るための風。
何よりも帰郷を。自分に非が無いのならば友に制裁を。
そのための力だった。
彼は飛んだ。
疲れ果てていたため、非常にゆっくりとしたスピードだったが、確実に。
そんなある日、彼は1人の老人に出会った。
老人が青年にしたのは、風の魔人ならばこの先に行けば力を得られるという話。
当然断彼はった。
彼は老人を信じられなかったし、言いなりになるつもりは無かったからだ。
だが、老人は別にどちらでもいいと言った。
正直なところ、たまたま風の魔人がいたから気まぐれで助言をしてみただけだと。
それを聞いた彼は、見るだけ見るくらいならいいのでは? と感じた。
結局は老人の思惑通り、青年は進んだ。
結果、彼は強大な神秘を手に入れた。
それは暴風。
信じてよかった、と彼は老人に感謝を伝える。
そして老人は、笑顔で彼と語らう。その笑顔は胡乱げに。
精神が、歪んでいた。強大な力は、心を鈍らせた。
だがそれだけではなく、彼は偽装を、忘却を。
穏やかさは、優しさは、清く正しい心根は、反転した。
荒々しく、酷く、汚く悪事に手を染めた。
目的を忘れ、封じ込められた心のままに暴れるようになった。
暴飲暴食をし、大男となり、さらなる悪行を。
彼は、もはや悪だった。
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