238-審判の間に響く音色
ガノに続いてセタンタも解放した俺達は、審判の間をクリアして脱出するために歩を進めていく。
目的地はまだ未定だが、まずは7つの試練の内の1つだ。
憤怒、強欲、傲慢、怠惰、色欲、暴食、嫉妬……場所や難易度も踏まえて、最初に向かう場所を相談する。
ちなみに、セタンタはガノが見つけてきた果物を夢中で食べているので、暴れたり騒いだりはしていない。
迷子になる不安はあるが、ロロに彼の誘導を任せて俺とガノは目的地について相談を始めた。
「とりあえず、近場の試練を1つ受けましょうかねぇ。
私としては、憤怒の間に向かいたいところですが」
「1番近いのか?」
「いえ、1番ではないですねぇ。近さだけで選ぶのなら暴食の間か強欲の間、それか怠惰の間のどれかです。ただ、彼女達は非常に厄介でして。あなたも知っているでしょう?
アフィスティアとヤーマルギーアのことは」
「アフィスティア……!?」
いきなり聞き覚えのある名前が出てきたことで、俺とロロは思わず目を見開く。死の森を突破しようとした時に、俺達をギリギリまで追い詰めた魔獣――アフィスティア。
あいつがまさか審判の間の番人だったとは……
どうりで強いはずだ。というか、海音でも勝てなかった相手を倒さないといけないのかよ……
「……たしかに、厄介だな。
怠惰は知らねぇけど、大人しく憤怒に行くことにするよ」
「よろしい。では‥」
「死ねッ!!」
ちょうど目的地を憤怒の間に決めた直後、果物をすべて食べ終わってしまったらしいセタンタがガノに槍を突き出す。
狡猾な彼なので、もちろん当たることはない。
だが、手を出されて黙っている人でもないので、体を曲げて避けた後の彼は剣を抜いて応戦体勢に入ってしまっていた。
すぐさま血のような閃光を剣に纏わせ、全力で斬りかかっていく。
「クッ……もう食い終わったのかガキぃ!!
つうか、共闘すんじゃねぇのか!? あぁ!?」
「しばらく一緒に歩いてやっただろうが!!
感謝しな、嫌われ者のガノ・レベリアス!!」
「歩くのが共闘だぁ……? 頭空っぽかテメェ!?
そもそも、テメェも似たようなもんだろうが馬鹿餓鬼ッ!!」
"ブレイクスルー・ゲイボルグ"
"ディスチャージ・クラレント"
「クっソ、こいつらマジで……!!」
急いでロロを庇った俺の目の前では、再び赤黒い閃光とそれを突き破っていく槍が激突する。
セタンタよりも協力的だったガノも、本気で殺しにかかられたのだから容赦がない。
ティタンジェルの洞窟の時と同じように、周囲の木々はメキメキとしなり、崖を崩していく。
しかも、セタンタは神秘をかき消すだけなので、実際の被害としては断然ガノの方が上だ。
常に暴れ出しかねないガキと、一度暴れてしまつまたら手に負えない騎士。ただ少し運がいいだけの俺じゃ、本当にどうしょうもないぞこれ……
「……って、待て待て。前見ろお前ら!!」
現在、俺の視界は赤黒い閃光に覆われているのだが、それでも切れ間に見えるものや音で異変は察知できる。
正確にはわからないながらも、確実に何かが見えたことで俺は慌てて声を上げた。
すると、本気の殺し合いを始めていた2人も、武器を振るう手を止めないながらも荒々しく前を向く。
「あぁん!?」
そんな彼らと俺の目に映るのは、赤黒い閃光を無理やり突き破って現れた巨大な人型の魔獣だ。
見た目の雰囲気だけならば、人間の2〜3倍くらいの大きさを持つ、普通にでかいだけのゴリラである。
しかし、どういう訳かそれの腕は異常に太く、腕だけで体の半分以上はありそうだった。
さっきまで暴れ回っていたガノ達も、腕だけで自分以上の大きさを持つゴリラの姿を見ると、流石に動きを止めて言葉をこぼす。
「トランドゥルテクス……!?」
「はは、は……地上じゃあんま見ねぇバケモンだ……」
あのセタンタが、顔をひきつらせてバケモン発言したことは気になる。とはいえ、幸か不幸か2人の殺し合いは止まった。
明らかにこのゴリラも強そうだけど、流石に審判の間の番人よりも強いなんてことはないだろうし、ここでどうにか協調性を得ておきたいな……
「おい、こいつはヤバいやつか?
倒せるなら突破して行きたいんだけど」
「……もちろん、これは番人程の強さではないですよ?
しかし、これは脳筋すぎて……いや、いい練習になりますね。
やりますか」
最初は少し渋っていた様子のガノだったが、すぐに気を取り直すとゴリラ討伐に同意する。
いい練習になるということは、もしかしたら憤怒の間の主は脳筋な神獣なのかもしれない。
セタンタも、ガノの言葉でなぜかテンションを上げたので、俺達は珍しく3人で同じ目標に向かっていく。
「あっはっは!! 俺様が抉り抜いてやるぜ!!」
「ククッ、お前なんかにできんのかぁ? クソガキ」
「あぁん!?」
「余計なこと言うなガノ!! 注意点は?」
「あの腕、簡単に地震起こすぜ」
「マジか……」
同士討ちにならないように注意しながら聞いておくと、ガノは予想外の情報をもたらしてくれる。
腕が太く、主な武器であることは明らかだったけど、まさか地震を起こすレベルだったとは……
セタンタはろくに話を聞かずに突っ込んでいくが、俺はその情報を受けて控えめに接近する。
彼は真正面、ガノは右……なら俺は左だ。
「ロロ、一応全員に念動力頼むな」
「あいさー!」
"モードブレイブバード"
ロロに念動力を頼むと、俺を含めた全員に補助と緊急の場合に弾き飛ばすという脱出手段が付与される。
さらに、俺の全身は青い光に満ち、右の碧眼はより輝きを強めていく。
運を決める力はここぞという時以外は使えないけど、他の力なら問題ない。身体能力を上げて、みんなに心ばかりの運を配って、この化け物を殺す。
"幸運を運ぶ両翼"
イメージは、今は消えてしまったチルの羽ばたき。
俺には翼がないけれど、美桜にもらった御札の力で風だけを起こして、それに力を乗せていく。
陰陽道で呪文が必要なのは、風で槍を作る……とかの場合だけだ。ただ風を出すだけならいらないので、御札なしでは出せないような強風を起こして2人に届ける。
「うおっ、なんか体が軽いぜ!!
ハハッ、食い破れゲイ・ボルグ!!」
「ククッ……存分に血を啜れ、クラレント!!」
より身軽になった彼らは、恐ろしいまでのスピードでゴリラに接近すると、それが地震を起こす前に襲いかかっていく。
セタンタの槍は胴体を、ガノの剣は首を狙っていた。
だが……
「ホーッ!!」
巨大なゴリラ――トランドゥルテクスは、槍はスルーして胴体に受けているも、首に向かってくる剣は左腕を犠牲に防いでいた。
巨木のように太い腕は、赤い軌跡を描きながら宙を舞う。
しかし、トランドゥルテクスは生きており、右腕も無事だ。
短くなった左腕も合わせて、それは防ぐ間もなく両腕を地面に叩きつけることで、地震を起こした。
俺は離れていたが、それの真横にいるガノとほぼ足元にいるセタンタはひとたまりもない。
直撃は受けていないものの、揺れる大地に吹き飛ばされていく。
「ぐっ、おぉっ……!?」
「チッ、半分でもこれですか……!!」
「うにゃあ、クロー!?」
「捕まってろ、ロロ……!!」
もちろん、少し離れていたからって、地震の被害から免れる訳では無い。腕や振動の直撃こそ受けていないが、波打つような地面に打ち上げられてしまう。
身体能力は上がっているけど、着地ミスったら洒落にならん……!! というか、着地してもまだ揺れてるから……目指すなら地面よりも木の枝か?
枝も揺れまくっていて刺さりそうではある。
だが、一度掴めば振り回されるだけで済むはずだ……
「ロロッ、念動力!! 枝!!」
「あいさー!!」
空中で身動きが取れないながらも、ロロの念動力で飛ばされた俺は、特に太い木とその枝に向かっていく。
当然、トランドゥルテクスの起こした地震で揺れているが、身体能力も上がっているし、掴むことくらいはできる。
若干腕が痺れてしまったが、どうにか枝を掴むことに成功した。そのまま振り回されてしまうことにはなるけど……
「くっ……!! セーフ、だ……!!」
他の2人がどうなったかを見る余裕はないが、とりあえず自分の身の安全は確保できた。あとは地震が収まるのを待てば……
「ホーッ!!」
「ホーッ!!」
「……はぁ!?」
俺が落ち着くのを待っていると、唐突に地面はより大きく揺れる。同時に聞こえてくるのは、さっきと同じようなゴリラの鳴き声だ。
流石に目を向けてみれば、そこには空から次々と降ってくるトランドゥルテクスの群れがいた。
もちろん落下の衝撃で揺れは強まり、それらが腕を振り下ろせばよりどうしょうもない揺れが起こる。もう無茶苦茶だ。
「ちょっと待て!? 増えるのかこいつら!?」
「や、や、ヤバイよクロー!?」
地震はますます酷くなり、ガノやセタンタの居場所や現状もまるでわからない。しかしそんな中、明らかに地震の騒音よりも小さい音であるにも関わらず、やけに耳に残る低い音色が届けられた。
「〜♪」
「何だ!? この音は!?」
「わかんない! 場所も、ここ神秘こくてわかんない!」
「せめて、新手じゃないことを祈るぞ……!!」
不思議と心が落ち着く音色は、ゴリラが増えることで地震が酷くなっても、変わらず響き続ける。
とっくに俺には抵抗手段などなく、俺は音が敵じゃないことを祈りながら揺れが収まるのを待った。




