235-落ちた先には
落ちて、落ちて、落ちて……あれ? ここはどこだっけ?
少し意識がふわふわする。頭……というか、全身が痛いな。
おれはここで何を……?
「〜ッ!!」
「〜?」
「ッ〜!!」
誰かの叫ぶ声が聞こえる。しかも、ただ怒鳴り合っているだけではなく、武器をぶつけ合うような耳障りな音までだ。
喧嘩でもしているのかもしれない。
……あー、段々と意識がはっきりしてきた。
騒々しくて、耳障りで、少しイライラするな。
鼻に届く匂いも、むせ返るような濃い香りで不快だ。
あー、うるせぇ。クソっ、なんだよ一体……
「死ねよクソ野郎ッ!! 近寄んな裏切り者がッ!!
よくも俺らを突き落としやがったな!?」
俺が目を開けて体を起こすと、目の前で繰り広げられていたのは、セタンタとガノの大喧嘩だった。
……えっと、何でガノがいるんだ? まぁいいか。
いまいちこの状況はわからないけど、とりあえず確実に言えることは、2人がかなり本気でやりあっているということ。
畏ろしいくらいに神秘的な森の中で、槍と剣を激突させている彼らはどちらも相手に本気の殺意を向けている。
それに、ここは既に地下なのに地面はさらに崩れていく。
流石に地下空間はないようで足場が悪くなるだけだが、どちらにせよまともじゃない。
あまりのことに言葉を失い、俺はただ目を見開いて見守ることしかできなかった。
「いやいやいや、あなたが油断しただけでしょう? つうかこっちだって騙されて腹ぁ立ってんだよチンピラゴラァ!!
テメェみてぇな駄犬は処分だ、ストレス発散させろや!!
血を喰らえクラレント!!」
「突き破れゲイ・ボルグ!!」
"ブレイクスルー・ゲイボルグ"
"クラレント"
赤く光る剣を振るうガノは、いつになく凶暴だ。
もしかしたらあれが本性……とはいえ、セタンタも元から凶暴な人物ではあるので、特に臆さず槍を振るっていた。
まぁ、だからこそ殺し合っているとも言えるんだけど……
ともかく、彼は赤い剣を真正面から受け止め、どのようにしてかその神秘をかき消していく。
「チッ、相変わらずうぜぇなバカ餓鬼!!
そんなに神獣の国は受け入れられねぇか!? あぁ!?」
「嫌に決まってんだろうが!! なぁんで俺様が、テメェらの奴隷みたく働かねぇといけねぇんだ!? 勝手にやってろ!!」
「守ってやってんのにこれだから落とされるんだド低能!!」
「あぁ!?」
もちろん、ガノも円卓の騎士で序列が4位というだけあって、そう簡単にどうにかできる相手じゃない。
神秘をかき消すセタンタの槍だったが、ガノの放っている血のように赤い光は完全には消えず、少しずつ彼の体に降りかかり、纏わりついていく。
血を喰らえと言っていた通り、彼の皮膚を食い破って血を吹き出させていた。それも打ち消しているが、劣勢だ。
さて、これはどうするべきなんだ……?
立場的に、セタンタに加勢して円卓の騎士であるガノと敵対するべきなのか?
いや、軽はずみな判断はよくないよな。
戦ってんのはローズとかじゃなくてセタンタだし、まずは今の状況を整理しよう。
俺はたしか……そう、ガノに突き落とされた。つまり、俺達がいるここはティタンジェルの底……え、ヤバくね?
突き落としてきたガノの説明を信じるのなら、ここには彼ら円卓の騎士ですら恐れる終末装置的な魔獣がいる。
確実に戦ってる場合じゃない。むしろ、今度こそガノと協力関係を結ぶべきだ。一旦考えてよかった……
「おい、お前ら‥」
「ていうか、そもそもあなたですよねぇ!?
なぁんで私まで落としたんですかぁ!?」
立ち上がった俺が静止しようと声を上げた瞬間。
剣を払って一度セタンタから距離を取ったガノが、空を見上げてねちっこく怒鳴りつける。
つられて俺も空を見上げると、そこにいたのは……
「え、それを僕に聞くのかい?
答えるまでもないと思うけど」
森の中には似合わないような、これからパーティーに行く所と言われても納得するくらい紳士然とした服装の少年だ。
彼はどうやってか、洞窟の壁から生えているかなり太い枝の上に座っており、空高くから俺達の様子を面白そうに眺めている。
「わかりませんねぇ。味方を落とす裏切り者の考えなど。
あなたには、円卓の騎士を落とす理由があるので?」
取り繕ったように丁寧なガノの言葉を聞いた彼は、軽く首を傾げている。事情を知らない俺としてはガノの言い分に納得してしまうのだが、彼は本当に答えるまでもない……と思っているようだ。
構わず攻撃するセタンタと殺し合うガノをしばらく見ると、再び荒々しくなった頃ににっこり笑い、口を開く。
「だって君、手に負えないし」
「だーっはっはっは!! なんだなんだ、お前の方が嫌われてんじゃねぇか!? ザマァみろガノ!!」
「森の反逆者がふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ!!
テメェの首取ってここ出るぜ俺は!!」
少年の答えを聞いたセタンタは、攻撃を続けながらも大袈裟すぎるくらいに笑って存分に煽り出す。
しかし、問題児扱いされたガノ本人には特に表面上の変化はなく、変わらず彼を殺そうとしていた。
セタンタを始末すれば、ここから出られる。
少年はそんなことは言っていないのだが、貢献すればいいとでも思っているようだ。
……そもそも、あの少年は円卓の騎士なのか?
俺にはそれすらもわからない。
「あはは、出す訳ないじゃん。せっかくジェニファーの協力を得て君を落とすことに成功したのに。
君はしばらく、そこで頭冷やしてなよ」
「はぁ!? 俺はテメェの指示でガキ共を誘導したんだぞ!?」
「うん、ご苦労さん。君もそこいてね」
「てんめぇ、フェイッ……!!」
結局、少年――フェイの立場はよくわからない。
だが、確実に言えることは、彼は円卓の騎士に指示を出せる立場の神獣で、ガノは彼の指示で来たということ。
最初から俺達を裏切る予定で助けたらしいガノは、自分まで裏切られたことに激怒していた。
それこそ、もう今にも斬りかかっていきそうな剣幕だ。
……正直に言うと、めちゃくちゃ恐い。
同行するとしたら気まずすぎる。
協力関係を結びたいとは思ったけども、これはあまり一緒にいたくない感じだな。
「クククッ、ならば死ね!! フェイ・リー・ファシアス!!」
"ディスチャージ・クラレント"
目の前で行われたやり取りに爆笑するセタンタの声が響く中、ガノは予想通り剣を振り上げる。
俺達をこの森が広がる洞窟に落としたように、赤黒い閃光を剣から放出すると、洞窟を崩壊させそうな程の勢いでフェイに向かって放たれた。
血のように赤黒い閃光は、欠片程の容赦もなく壁を破壊して進み、彼がいた辺りを破壊し尽くしてしまう。
ガノの剣閃を受けたティタンジェルは、崩落間近だ。
生き埋めになる……ということはなさそうだが、崩れた岩石が次々に降ってきてめちゃくちゃ危ない。
いやもう、手に負えないどころじゃねぇ……!!
マジで、ふざけてるッ……!!
「ロロっ……!!」
幸い、洞窟内に広がっている森は、凶暴な魔獣達を出さないためのものらしいので、四方には広い道がある。
まだ気絶しているロロを拾い上げると、俺はそのうちの1つに向かって走り始めた。すると……
「おう、お前も起きてたのか!」
流石に笑いを引っ込めて、俺と同じように慌てふためいていたセタンタが合流してくる。
さっきまで殺し合っていたり爆笑していたりして、だいぶ気が逸れていたはずなのに、随分と目敏いな。
「お前らがうるさかったお陰でな」
「はっはっは!! そうだろそうだろ?
俺様のお陰だ、感謝して崇め奉れ!!」
「……別に、褒めてはねぇからな?」
起きられたのはよかったけど、苛立ったことも事実ではあるので嫌味を言うと、彼は倒れそうなくらいに胸を張りながら驕る。調子のいいやつだ。
「ググゴゴグガァァ……」
「……!? な、何だ? 何の音だ……?」
もう少しで洞窟を抜けて、少し狭まった道に入ろうかという辺りで、背後からは山が唸るような音が聞こえてくる。
振り返って見ても、そこには何もいない。
だが、確実にこの洞窟内から聞こえてくる異音だった。
「ククッ、そりゃあここに封じられている大厄さ‥」
「死ねッ!!」
「おおっと危ない危ない」
「うぉっ、ガノお前何でここにいるんだよ!?」
俺が異音を不思議に思っていると、いきなり真横から丁寧な口調の声が聞こえてきた。
しかし、俺が反応するよりも前にセタンタが槍を突き出したので、目に入った時にはもうリンボーダンスのような体勢になっている。
どうやら、俺が背後を振り返っている間にこいつも合流してきてたらしいけど……
さっきまでフェイを攻撃してたし、それより前はセタンタと殺し合ってたし、ほんとになぜいる……?
「フェイには逃げられましてね? 多分、あなたに接触してくるでしょうから、そこでまた命を狙ってみようかと」
また初対面の時のような礼儀正しさで言葉を紡ぐガノだが、もう本性を知っている身からすると、信用できないにも程がある。
目的を聞く限り手は出してこなそうだけど、もしもの場合は確実に囮や餌にされそうな雰囲気だ。
言い方とかによっては、今すぐにでも殺そうとしてきそうだし、下手な返事もできない……というか、うん。
口には出せないけど、こんなだから落とされたんだろうな。
「……お前、マジで手に負えねぇな。だから落とされんだろ」
「だぁまらっしゃい!! 私は円卓の騎士。
この審判の間についても、ある程度知っているのですよ?
だからよぉ……大人しく利用されてろや、侵入者……!!」
俺がついポロリと本音を漏らすと、彼は耳を塞ぎたくなるような怒鳴り声を上げ、冷静に交渉し、すぐに脅してきた。
いや、情緒不安定にも程がある……もう無茶苦茶だ。
「死ねッ!!」
「テメェが死ねや、暴れ犬が!!
お前に用はねぇんだ、泣き喚くならぶち殺すぞ!?」
しかも、当然セタンタは最初から警戒レベルマックス、敵意マックスで、実際にさっき殺し合ってもいたため、避けられてもすぐに槍を突き出す。
この感じだと多分、この審判の間にいる期間はこのメンバーで行動を共にするのに、とんでもないギスギス具合だ。
ガノも本性を隠さなくなったので、もう歯止めが聞かない……
「おい、何でこうなるんだ……?」
基本的についてくるだけ、今は気絶中のロロだけから癒しを感じながら、俺はやや涙目になりながら審判の間を走り続けた。