234-救援要請
ライアンの持つスリュムの力によって無力化されたキングは、流石にこれ以上の抵抗をやめた。
理由は1対5だとしても負けたということもあるが、何よりも森の惨状を見たからだ。
自分がしたのだと自覚もあったため、流石にこれ以上は……とこの場にいる者達と森の修復作業に入る。
獣化で力仕事のできるライアン、植物を操ることで物を運べるローズやクイーン、風で物を運べるフーと、神秘はこのような作業でも便利であり、そう時間はかからない。
5人の強力な神秘と、気絶していたのが起きたり新しくやって来たりしたケット・シーが全力で作業することで、小一時間程で森は最初の姿を取り戻していく。
そして現在。
彼らは、流石にやりすぎたと大人しくなったキングと眠っているヴァイカウンテスを連れて、アールの研究所へとやってきていた。
「まったく……とんでもない暴れ方をしたな、キング」
「あはは、だって5人もいたんだよ? 殺さないようにはしてたけど、逃げたきゃ全力でやらないと無理だったから」
彼が連れて来られて開口一番に苦言を呈するアールに、彼は特に悪びれる様子もなく笑いかける。
その言葉を聞くと、ライアンやマーショニスなどは呆れた様子でため息をつくが、アールやクイーンは無関心や好意によりどうでもいいといった感じで話を進めていく。
「ですが、結果負けたのですから旅行……こほんっ。
困って助けを求めているいるライアンさん達に、手を差し伸べるべきなのではありませんこと?」
「欲望が見え隠れしているな……まぁいい。
お前は大人しく彼らに加勢する気があるか?」
朗らかに笑っているキングではあるが、彼女達に詰め寄られる彼は、ヴィンセントやバロンも含めた全員に囲まれて正座している。
そんな中でこうして問い詰められるのは、どれほどの苦行だろうか。彼は長くて正座中にはいじりづらいステッキに代わり、頭のシルクハットをいじりながら口を開く。
「……はぁ、仕方ない。まずは話を聞こうかな。
さっきは全部聞く前に逃げちゃったからさ」
「あなたは仕事を全部デュークに放り投げているんですから、これくらいしたらどうなんです? こちらが一方的に被害を被るような、危険な頼みではないことは保障しますよ」
認知していなかったとしても国として依頼を受けてもらい、あれだけ暴れたのだから、立場が悪いのは確実にキングだ。
しかし、なおも余裕の表情でどこか上から目線の彼に、彼を囲んでいる1人であるバロンは呆れながら言葉を投げかける。
これには、隣に立っているヴィンセントやフーも、もちろんうんうんとうなずいていた。とはいえ、ソンやアブカンなど我関せずな者もいるため、完全なアウェーでもない。
この場の多くに囲まれているキングは彼らをチラ見すると、シルクハットを被り直してなぜか主導権を握る。
「いいからいいから。貸し借りの話であれば正確に知っとかないとだよ。ボクからしたら、見合ってないかもだからね」
キングは同僚であるバロンに窘められても態度を変えない。
ここまで来てもサボりたいのか、まだライアン達への借りは頼みを聞く程ではない可能性を主張していく。
しかし、第三者から見ても借りは十分すぎる程だ。
ライアン達はキングの代わりに魔獣討伐、デュークの手伝いを行い、その他にもクイーンやアールの相手もしている。
最初の2つだけでも、キングの代わりに仕事をしたという時点で彼は借りを返すべきだった。
それを実際に行ったローズやライアン達なので、彼女達は彼の言い分に首を傾げている。
「なんかそれっぽく言ってるけど、もう十分じゃない……?」
「だよな〜。前回のが相殺されてんなら、今回はそれ以上だ。ちゃ〜んと助けてもらわねぇとだぜ〜」
「……まぁね。でも、何するのかは知りたいんだ。頼むよ」
「はいはい。じゃあ悪いけど、ヴィニーお願いね」
「わかりました」
七皇側からはバロン、客人側からはライアン達が彼の主張を否定していき、流石のキングもうなずかざるを得ない。
だが、それでもまだサボるチャンスを探るように説明を求め、ローズに頼まれたヴィンセントが説明を始める。
彼の口から語られるのは、もちろんこれまでの経緯だ。
ミョル=ウィドに行きたいこと、家族が単独で死の森に入ってしまったこと、警戒が高まる死の森を強行突破したいこと、そのためにライアンのツテを頼り戦力集めをしていること。
彼の説明を聞き終わったキングは、あからさまにげんなりした表情で目をそらしていた。
「ふーん、なるほどねー。でも‥」
「ちなみに、今回彼らが終えた依頼は、あなたの仕事である魔獣討伐、内政の他、アールやクイーンの相手もです。
多くは旅で、比較的楽であるこの依頼すらも断るのならば、森の全ての仕事をやらせますよ」
「……え?」
「この塔には果実以外にも、ケット・シー達が欲しがりそうなものがまだまだある。それを餌に追い立ててやろう。
実力行使でサボろうとしても、この森に安息はないと思え」
「……え?」
ライアン達の事情と、今回自分に求められていることをすべて知ったキングは、それでも明らかに拒否しそうな雰囲気で言葉を続けた。
しかし、それを遮るのは七皇の同僚達だ。
バロンはライアン達のように森の厄介事をすべて対応させると宣言し、アールは森に残った場合の拒否権はないと脅す。
クイーンは有能な同僚が逃げ道を塞いでいるのを見て、必ず実現するであろうキングとの旅行に目を輝かせていた。
「さぁ、どうします?」「さぁ、どうする?」
「……加勢させていただきます」
「やりましたわ〜ッ!」
「やった〜っ!」
バロンとアールが声を揃えて脅すように最終通告を出すと、ようやくキングはライアン達に加勢することを決める。
その瞬間、周囲にはクイーンとマーショニス、そしてローズ達の歓声が響き渡っていた。
そんな彼女達を尻目に、キングはバロンにこれからの予定について問うていく。どうやら彼も、やるとなったらちゃんとやるようだ。
「はーあ、仕方ないなぁ。死の森に攻め込むってことなら、それなりに人数いるよね? クイーン以外は誰が来るの?」
「私とヴィーが行きますよ。王と女王の右腕達は、代わりに森をまとめてもらわないといけませんし、アールは研究所を離れたくはないでしょう?」
「当然だ」
「はいは〜い。嫌だけど女王様のために頑張りま〜す」
キングとクイーン以外で加勢するメンバーに名乗りを上げたのは、森の相談役バロンと森の先生ヴァイカウンテス。
ヴァイカウンテスは眠っているのだが、だからこそ拒否することができずに同行が確定した。
森に残れることになったアールとマーショニスは、それぞれ自分の要望や覚悟を述べていく。
当たり前のようにヴァイカウンテスを気にかける者はいない。
それを見たローズは、彼女がクイーンの所からずっと運ばれている様子を見ていたこともあり、気遣わしげに口を開いた。
「あの、ヴィーさん寝てるけどいいの……?」
「ははは、寝ているからこそ連行できるんですよ。彼女も、キングと同じで何もしないタイプなのでね。強制です」
「うわぁ……」
ローズはバロンの答えを聞くと、微妙な表情を浮かべる。
だが、攻め込む時の戦力は当然多ければ多いほどいいので、戦力増強につながるこのことに何も言えはしない。
優先すべきは彼女よりクロウなのだから、ひとまずはそのまま口を挟まず、連れて行くことに決まった。
キング、クイーン、バロンに加えて眠るヴァイカウンテス。
ケット・シーの国から加勢してくれることになったメンバーは決まり、さらに自然に生きる彼らに荷物は0だ。
現時点で身につけているスーツやドレス、メガネなどのみを持って、彼らは研究所の外に出る。
目の前に広がるのは、自然のままの森とアールの果実に釣られたケット・シー達。
彼らはアールの司令を達成できた喜び、国の英雄が何処かへ旅立つ興奮などから歓声を上げていた。
「かっじつ♪ かっじつ♪」
「伯爵さいこー!」
「か、帰ってきたら、仕事をしてねキングっ!」
「もしかして王様、ぼーけんのたびに!?」
「いってらっしゃーい! 帰ったら英雄譚を聞かせてね!」
「えいゆーたーん! すっごいたのしみー!」
アールの放送内容から、何かがあるのは確実だったのでこの騒ぎは無理もないかもしれない。
しかし、旅立つ一行にとっては思いもよらない事で、その声に当てられてつい立ち止まっていた。
「こらそこー! デュークいるよねぇ!?」
「ひぇっ……イマセンヨ」
「これから仕事なんだよ仕事ー! 帰ってきたらサボるに……ゲフンゲフン、休むに決まっているじゃないか!」
「その時はぜひ私とお茶会をいたしましょう!?」
とはいえ、もちろんすぐに我に返る者もいる。
特に、この森の王様であるキングなどは耳聡く知り合いの声に気が付き、瞬時に鋭い声を飛ばしていく。
それを聞いてお茶会という名のデートに誘うクイーンなど、直前まで歓声を浴びて手を振っていたくらいだった。
また、意識のなかった者も同様だ。
予想外どころか予想をしていない、そもそも起きた瞬間からこうなのだから、呆気に取られることはない。
ヴィンセントの背におぶわれていたリューは、この騒々しい歓声に起こされると、治りかけの体を起こす。
「クソうるせぇな……」
「あ、リュー起きた。ケガは平気?」
「腕消し飛んだわけじゃねぇんだ。すぐ治る」
「そっか」
「……安心。ほっ……」
「出発か? なら早く行ってくれ。今余裕ねぇんだ」
「賑やかなのもいいんだけどな〜。
ま、家族の頼みだ。さっさと出発しよう」
少し遅れたヴィンセント達も、リューのぼやきに我に返ると出発の準備を始める。ライアンはスレイプニルに変身していき、なぜか踊りだす人型のアブカンを止めて本来の姿に戻るよう頼んでいく。
移動方法はこの国に来る時と同じで、ライアンとアブカンの馬コンビでの地上移動、フーとリューに代わってキングの風を使った空中移動だ。
一気に4人増えた一行だが、ケット・シー達が人間ほど大きくないのが救いだった。
「うーん……うるさいなぁ」
「おや、流石に寝坊助が起きてしましたね。急がなくては……
皆さーん、彼女の意識がはっきりする前に出ますよー!」
「本当にいいのかなぁ……」
出発の準備がすべて整い、いよいよ出発しようかという頃。
バロンにおぶわれていたヴァイカウンテスが目を覚ます。
揉めることなく彼女を連れて行くのならば、彼女が状況に気がつく前が最善だ。
ローズはまだ申し訳無さそうにしていたが、彼らはバロンの号令によってケット・シーの国を後にした。
3章、第二幕(もしくは第一幕後編とかそんなとこ)終了です