233-怠惰なる王様・後編
アールの放送により、森中のケット・シーに追われることとなったキング。
既に裏切ったクイーンとマーショニスを囮に逃げた彼だが、無名のケット・シーは報酬に釣られて最初から敵である。
そのため、クイーン達が足止めできなかったケット・シー、そこら辺にいたケット・シー達は次々に彼へ襲いかかっていく。
「まてー、王様ー!」
「おいしいごはんー!」
「じしゅてきにいってくれればまいにちたべれるー!」
自然に生きるケット・シー達にとっては、上下関係など形だけのものだ。生存競争上の上下関係ならばまだしも、同族として助け合う関係である彼との上下関係は、アールが作った人間的な地位。
なんかすごいケット・シー程度の認識はあるが、絶対に逆らえない皇帝ではないため、その時々の欲に流されいくらでも逆らうことができた。
アールの世界一美味しい果物に釣られた彼らは、逃げる彼を捕縛するべく炎、水、風、木、土、雷などを雨あられと繰り出していく。
「あははっ! 悪いけどボクは彼のとこに行く気はないよ!
ライアンへの協力はまだまだ先のことさ。流石に自分達にも危険が及べば助けるけど、今は彼らだけだし面倒くさい!」
だが、もちろんキングはそんな攻撃をものともせずに逃げていく。人の拳程のそれら各属性の弾幕を、木々を壁にして、枝を足場に避け、単純な飛行速度で避けていた。
そもそも、アールの定めた七皇は強さから選ばれるのだ。
であれば当然、そのトップであるキングは、そんじょそこらのケット・シーが勝てる相手ではない。
場違いにも朗らかに笑いながら、尻尾を振って生み出した風や炎で安安と攻撃を受け流し、またみねうちで落として数を減らしている。
「いくら集まってもボクには勝てないよ。だってボクは王様だから。悪いけど、美味しい果物はまたいつかだね」
「それはどうかしら? 同じ七皇であれば同格ですのよ!!」
「……!?」
しかし、野良ケット・シー達を木っ端のように吹き飛ばしていく彼にどこからか声がかけられると、彼の目の前には先程までとは比べ物にならない規模の木々の壁が現れる。
ケット・シーの小さな体より数十倍は高くそびえ立つ、頑丈な木々の壁が。空を飛んでいたキングではあるが、それでも急に高度を上げることはできない。
慌てて急ブレーキをかけると、声のした方向を振り返った。
「ちょっ、キミ裏切ったのかい!?」
彼の視線の先にいたのは、もちろんついさっき彼を裏切ったクイーンだ。彼女は隣で羽ばたいているマーショニスと共に、キングを捕まえるべく神秘を行使していた。
とはいえ、彼女にはキングを害する意思はない。
少し弱らせて拘束し、大人しくライアン達の話を聞かせて承諾させた後、一緒に旅行したいだけだ。
裏切ったという言葉に反応すると、焦ったように口を開く。
「ち、違いますわっ!! やはりこの国のナンバー2としては、困っている方をお助けするべきかと思ったのですっ!!」
「つまり、ボクじゃなくて彼らを助けてるんでしょ?」
「そ、そうとも言えますわねっ!!」
キングへの裏切り行為を否定するクイーンだったが、彼女の行動は実際に裏切っていると言えるものである。クイーンの言葉は苦しい言い訳にすぎず、キングは大して苦労することなく彼女を言い負かしてしまった。
すると、それをどう受け取っているのか、クイーンは顔を反らしながら強めの言葉を返す。
隣のマーショニスは場違いにもニヤニヤと笑っていた。
「でも、1位と2位が対等だなんて思ってないよね?
キミ達が邪魔してきても、ボクは問題なく逃げられるよ」
結局裏切っていることに変わりはないはずなのに、どれだけ指摘されても認めないクイーン。
そんな彼女の言動に慣れているのか、キング自身も裏切りについてはなんとも思っていないようだ。
尻尾から噴出する炎でマーショニスの水球を防ぐ彼は、特に焦ることなく、余裕の表情で言葉を紡いでいく。だが……
「でもよ〜、そこに俺達まで加わっちまった日にゃー流石の王様でも逃げられねぇよな〜?」
「……っ!!」
空から降ってきたライアンが光速で槍を突き出しながら問いかけると、彼は打って変わって真剣な表情に変わった。
そして、ジャージーデビルを討伐した時と同じように、空中に光の剣を生み出しと彼の槍を受け止め、その勢いを使って退避していく。
「まぁ、クイーン達が味方につけばキミ達は捕まえに来るよね。だからって、面倒事に巻き込まれるつもりはないけど」
「っ……!?」
後ろ向きに飛びながら言葉を返すキングは、そのまま背後に迫っていたフーに風をぶつける。
尻尾の動きに沿って放たれる繊細な風は、同じく精密な操作を行っている彼女の風を乱し、彼女を墜落させてしまう。
とはいえ、その影響も一瞬であるため、大事はない。
彼女は地面近くまで落ちていくも、無事体勢を整えていた。
それを見たライアンは、七皇と同じようにケット・シーの力を使って羽を生やし、キングに向かって飛んでいく。
「そりゃそうだよな〜。今戦う面倒よりも、この先同行してさらに戦う面倒の方が嫌だよな〜。だけどこっちも余裕ねぇんだわ〜。悪ぃけど助けてもらうぜ〜、王様」
「色々と依頼を受けてくれたのは感謝するよ。何かあれば……まぁ、助けることもあるかもね。けど、それも話を聞かなければいいだけさ。特に今回のはボクらに関係ないんだから、そっちで勝手に解決してよ」
心情を察しながらも再び槍を向けてくるライアンに、キングは微笑みながら尻尾を振るい、神秘の炎を放つ。
もちろん彼は神獣なので、ライアンが繰り出している、槍へまとわりついた氷に光が乱反射したような一撃とは別物だ。
あくまでも属性そのものを操るような、特に工夫のない単純な自然現象――渦を巻く炎が放たれる。
「ッ……!!」
魔人ライアンと神獣キング。
彼らはどちらも強者であることに違いはないだろう。
だが、ライアンの場合は槍にいくつかの力が凝縮された技、キングの場合は繊細ながらも拡散したただの現象だ。
燃えることを厭わず突き進んでくる槍を防ぐことはできず、彼はその身に氷光の槍を受けてしまった。
負けじと燃える尻尾を叩きつけるも、爪牙や槍のような武器ではないためダメージは低い。
ライアンも尻尾の殴打に吹き飛ばされているが、槍に右足を貫かれたキングの方が明らかに重傷である。
しかも、彼の相手はライアンだけではなく、ローズ、フー、クイーンにマーショニスまでいるのだ。
一度落としたフーも舞い戻り、クイーンの木々と挟み込むようにローズも茨の手を伸ばしているため、不利なのは確実にキングの方だった。
「うっ……!? この傷、悪化するんだね……!!」
おまけに彼の受けた傷は、ローズの創った災いを呼ぶ茨槍が与えた傷だ。ただ貫かれるだけでなく、毒のように段々と悪化し、腐るように傷口が広がっていく。
当然、キングが抵抗をやめればすぐさま治療が開始されるだろうから、死ぬことはない。ライアン達に治癒特化の神秘はいないが、認識を改めれば治療程度は簡単なことである。
しかし、それでも逃げようとするのがキングであり、ローズとフーは彼を無力化するべく力を使う。
"そよ風の妖精"
"黒茨鎖錠"
フーはそよ風で雨のようにナイフを操り、ローズは黒銀色の髪をより黒く染めながら黒い茨を生み出し、鎖のように変幻自在な動きで彼を囲んでいく。
空からは自由自在に降ってくるナイフ、下からは変幻自在に立ち上る黒い茨。彼に逃げ場はなくなっていた。
さらには、クイーンとマーショニスもこれに続く。
キングの行く手を阻んでいた木々の壁はついに四方を囲み、マーショニスの雨はナイフや茨を避けながら横殴りに襲いかかる。
たとえ各個人の実力では彼に劣っていても、これほどまでの物量をぶつけられればただでは済まないだろう。
当然、対等なぶつかり合いを見せたライアンもすぐに戻ってくるはずなので、もはや勝敗は明らかだ。
キングを追い詰めているローズ達は、それぞれ好きな相手を、大切な戦力をこれ以上傷つけないように説得を始めた。
「勝敗は決まりましたわっ!! あなた様の怠惰はもうおしまいですのっ!! 大人しく旅行に……ではありませんでしたわ。
獅子王様達への加勢をお引き受けくださいませっ!!」
「ごめんね、キングさん。私達は弟みたいな子を助けに行かないといけないの。可能な限り戦力を集めて……!!」
「女王様が望んでる。重い腰を上げるのに、これ以上の理由はないよね〜。そろそろ素直になりましょうよ、王様?」
「お兄ぃ、悲しむ……それ以上、理由ない……」
だが、相手は七皇で最強だからこそ王様と呼ばれ、面倒だからも仕事を放り投げているキングだ。
この絶望的状況でもサボることにかけては全力で、冷たい目を彼らに向けながら言葉を紡ぐ。
「クイーン達はボクより弱い。ライアン達は知らないけど、少なくとも獣ではない。最初に星の神秘に適応した神獣を、星を制していた神獣を、少し舐め過ぎ……かな?」
「……っ!!」
「星を制していた……?」
彼の言葉を聞いたクイーンは明確な格下宣言に表情を歪め、ローズは意味深な言葉を首を傾げる。
しかし、キングからしてみれば大して重要なことではなく、何よりもライアンが戻る前に決着をつけなくてはいけない。
彼女達の反応を華麗にスルーすると、両手の肉球を胸の前で合わせて、尻尾をくるくると淀みなく回転させることで円環を作っていく。
『始まりは神光。地を穿つ天穹の侵略。
大地は洗われ、地上は新世界へと生まれ変わる。
星は神代の姿を取り戻し、確固たる意志にて守護を得た。
だが、獣達は反逆を始め、星を内側から食い荒らす。
支配をさせろ、不和を楽しめ、飢餓を認めない……
願いはここに。我はその憎悪の観測者。
荒れ狂う神秘の一端を表出せし者なり』
彼が言葉を紡いでいくごとに、森の神秘は荒れ狂う。
空からは地を引き裂かんばかりの光が降り注ぎ、木々を押し流さんばかりの豪雨がマーショニスの雨をかき消す。
大きく口を開ける大地は神秘的な光を放ち、その中から現れた巨大な人型の炎、三つ首の蛇型をした毒霧などが彼らに向かって襲いかかっていく。
その上、ステッキを持ち直したキングの背後には、数えきれない程の光や炎、水などで形作られた剣が浮かんでいた。
"アース・リインカーネーション"
彼の掲げるステッキの先端には、この世界の始まりの如き威光を放つ光が。人型の炎や蛇型の毒霧は所詮ハリボテだが、嵐自体はクイーンの壁を薙ぎ倒し、ローズの茨を引き千切り、フーやマーショニスの雨風を飲み込んでいく。
最初は耐えていた彼女達も、すぐに耐えきれなくなって自身の繰り出した神秘の技と共に宙を舞い始めた。
その神秘の中心に浮かぶキングは、七皇最強の実力を遺憾なく発揮し、王どころか神のような存在感だ。しかし……
"スリュム・フェッセルン"
「バカが。加減を間違えてんぞ、地球を壊す気か?」
「あいてっ……」
全身に炎を纏い、彼の背後に迫っていたライアンが強めに頭を叩くと、彼の額には獅子のような紋章が浮かび上がる。
同時に、力を奪われたらしいキングは羽を失って地面に落下していった。
「はぁ〜……奥の手だとしてもこの先が思いやられるぜ〜……」
キングの無力化に成功したライアンは、ため息をつきながら嵐の収まった森を見下ろす。そこにあったのは、ローズ達が全員まとめて倒れ伏し、森も荒れきった景色だった。