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化心  作者: 榛原朔
序章 覚悟
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25-叡智の結晶

俺達はシルと別れた後、かなり奥まで案内された。

道は真っ直ぐだったが長い。


当然両脇には本棚があり、それが移動して道を作る。

時には壁も曲がるし床も持ち上がる。

シルの呪いなのだろうか? そのうち聞いてみよう。




本来くねくねとさらに長かったであろう道を、直線で突っ切って案内された場所は、かなり豪華な部屋。

だが、落ち着いた雰囲気で図書館らしさもある。

この建物自体そこらの王族貴族の屋敷より威厳を感じるが、派手さはないのでくつろげそうだ。


テーブルは俺達全員が余裕をもって囲めるほどに大きいし、椅子もシルが使っていたイスと違って、ちゃんとしたもの。

柔らかそうなクッションも付いている。

ソファも雲のようにふかふかだし、頭上のシャンデリアは俺が体験したことのない華やかさだ。

当然本棚もいくつかある。


しかもそこはリビング。そのくつろぎ空間を中心に個室がある。

部屋に対して言うのは変だが、2階建てになっており1階にも2階にも個室が5部屋ある。

もはや家だった。


「彼女に用事があれば、読んでくれ。呟くだけでも私に聞こえるから」

「え……」

「別にずっと聞き耳を立てている訳ではないよ。

自分の名前、もしくはシルという名前に反応するようになっているんだ」


引いた風だったローズがほっと胸をなで下ろす。

俺も少しビビった……便利な呪いだな。


ヘズは軽く頭を下げ、去っていく。


「部屋割りどうします?」

「私とフーは上がいいな」

「分かりました」

「ロロちゃんどうする?」

「オイラは下にするよ」

「そっか」


ローズ達は、何故か既に部屋に運ばれていた荷物の中から自分の物を持って上へ上がっていく。


俺達も荷物を出し、適当に……


「おいおい、そこは俺が貰うぜ?」


手前の部屋に行こうとしたらリューが絡んでくる。

どこでもいいが、譲るのは癪だな……


「は? 先に動いたのは俺だぜ」

「まだ入ってねーだろ」


瞬間、俺達は駆け出す。

リューも室内なので風は使わず、ただただ全力で走る。

俺も荷物を放り出し、まずは先に入る事を優先。


空間を引き裂く勢いで走った俺達は、わずか数秒で部屋に到着し、そのまま突っ込む。


「ふぅ‥‥ふぅ‥‥ヴィニー、どうだった!!」


俺達は息を揃えてヴィニーに問いかける。

主観ではほぼ同時。

こういう時は公平に外野の審判だ。


「えっと、そうだね……2人で使うのはだめなの?」

「絶対に嫌だ!!」


またしても同時に答える。

だけどそうか、ヴィニーには判断がつかないか……


ならば、


「よし、リュー。決闘だ」

「おー? いい度胸だ」


戦って決めるしかないな。

リューも乗り気でギラついた笑顔を見せる。


「武器は木剣な」

「ん、危ねーからな」

「変なとこで冷静だねぇ君達……」


ヴィニーが呆れ顔で呟く。

……否定はできない。そこだけ冷静に行動するとか普通にバカだ。


「決闘ならオイラは手伝わないよ?」

「分かってるよ。一対一じゃないと意味ねぇしな」


ロロはそう言うと、ヴィニーと一緒に荷物を整理し始める。

どうやら審判は無しでやるしかないようだ。


俺達は外へ行こうと部屋から出る。

すると……


「ちょっと、みんなうるさ過ぎ」


2階から降りてきたローズが注意してきた。

降りてくるの速いな……


「悪い。けどもうここでは騒がないから大丈夫だ」

「外でも喧嘩はなしだよ」

「えー!?」


ヴィニー達は我関せずの精神だったのに、まさか止めてくる人がいるとは……


気がつくとリューの後ろにはフーが立って肩を抑えている。

無表情がとても怖い。


「わ、分かった。決闘はやめるよ。

……じゃあ、コイントスで決めよう」

「しゃーねーな」

「あ、じゃあ俺が投げるから当ててよ」


そんな話になるとヴィニーがそう申し出てきた。

それを了承し、目を見開く。絶対に負けたくねぇ。


彼が飛ばしたコインは空を高く、長く飛ぶ。

あまりの回転に、フーが回してるんじゃないだろうな、と思ってしまうほど。


少しして落ちてきたコインは綺麗にヴィニーの手の中へ。

動体視力で分かるもんじゃないが、運がいいからきっと当たるはず……


「さあ、どっちでしょう」


「右」

「左」


数秒睨んだ後、俺達が言ったのは珍しくバラバラ。

俺が右でリューが左だ。

そして答えは……


「左だね」

「くっそぉー!!」

「よっしゃ〜」


部屋はリューの物に決まった。

こんな時こそ運だろう!?何やってんだよチル!!


……ちくしょう、リューのドヤ顔が心底腹立たしい。


だが決まったものはしょうがない。

俺は潔く他の部屋に荷物を運ぶ。

……くやしい。


長剣をすぐマスターして腕試しでボコボコにしてやる。

そう心に誓った。




~~~~~~~~~~




正直図書館に泊まる事になるとは思っていなかったが、ここまで快適な場所だとも思っていなかった。

部屋はそこらの宿より豪華で、食事の時間になったらヘズが呼びに来る。

地下には風呂もあるし、貴族にでもなった気分だ。


そんなのんびりとした一日を過ごし、疲れを癒やしたその夜。

俺はヴィニーと一緒にシルの元へ行くことにした。


言われた通りに名前を呼ぶ。

すると5分も経たずに彼は来た。……早い。


彼は、小さな明かりを手に部屋へと入ってくる。

外で偶然出会ったりしたら、腰を抜かしてしまいそうなおどろおどろしい雰囲気が不気味だ。


「こんばんは、お2人さん。さっきぶりだね」

「ああ。……何もかもお世話になっちまって悪いな」

「私はここを離れるつもりがない。

大厄災との戦いで力になれないのだから、当然のことだ」

「そっか」


軽く挨拶を交わし、ヘズに促されるまま俺達は暗い道を進む。

最初に部屋に案内された時とも、夕食の時の行き来とも違う道。


「シルが毎回道を作ってんのか?」

「そうだよ。彼女が書き換えている」


書き換えている……変な言い方だな。


「どういう意味だい?」

「ん? ……シルに聞けばわかる」


ヴィニーも気になったようだが、はぐらかされる。

聞けば分かるって言うならそのうち聞くか……


「この先に彼女がいるよ」

「ありがとう」


俺達はヘズを廊下に残して、シルの待つ部屋へと進んだ。




~~~~~~~~~~




俺達が足を踏み入れたのは、本棚が一切無く訓練場のように拡げられている部屋だった。

床も何故か石畳になっており、図書館らしい本の匂いが一切しない。


その中央にいるのはシル。

相変わらず小さなテーブルを前に、小さなイスに座って読書をしている。


「よう来たの」


昼と同じように、視線を上げずに彼女は言う。


「強くなるために来た。方法があるんだよな?」

「ある。……じゃがそれにはヴィンセントの許可が必要じゃ」

「俺? 何故です?」

「お主の今まで培ってきた技術の記憶を、クロウにコピーするのじゃよ。意味が、分かるかの?」

「ええ、分かりました。別にそれぐらいならいいですよ」


記憶をコピー? ……どういう意味だろう?


「ならば始めよう。近う寄れ」

「ほら、クロウ」

「お、おう」 


俺はヴィニーに促されるままシルに近寄る。

意味はちょっとよく分からなかったが、危険ではないのかな?


"叡智の結晶(メーティス)"


素直に彼女の目の前に2人並んで立つと、目を閉じた彼女の体が青白く光り出す。

穏やかな気持ちになれる、とても優しい光だ。


"過去を巡る旅人"


そして杖をヴィニーの頭に当てると、光が彼をも包み込む。

しばらくそのまま動かなかった彼らだが、1分もすると光が消える。


次は俺。杖が向けられると全身を青白い光が包む。

そして流れ込んできたのは長剣の鍛錬や、敵との戦いの記憶。


「……これを知ってどうなるんだ?」

「試してみい」


そう言うと、彼女は木剣を差し出してくる。

俺は多少訝しがりながらも、ヴィニーと共にそれを受け取り闘技場の中央へ。


剣を構える。

ヴィニーの表情はいつになく真剣で、構え方も気合が入っている。

何故だろう? そう思っているといきなり模擬戦が始まった。


彼は一息に距離を詰めてくると、頭へ全力で木剣を振るってきた。


「は!?」


いつもの稽古とはまるで違うスピードに思考が止まる。

叩きのめされる、そう思った。しかし、体は何故か動き出す。


俺の意思と体が離れてしまったかのような錯覚。

そしてそれは、剣の扱いにも現れる。


普段の俺が長剣を使うなら、十文字になるように迎え打ち、力比べのような状態に持ち込むことが多い。

だが、今回勝手に動いた体は斜めに。

肩に軽く触れるように構え、木剣の角度で受け流す。


そして生み出した隙にそのまま一撃を。

無意識に動く体の動きを眺めながら、他人事のようにそう予想する。


だが、振り切っていなかったヴィニーの木剣は、急激に方向を変える。

縦向きの力を変え、一回転。横薙ぎに斬り払ってくる。


俺の意識はそれに追い付いていなかったが、既に脇を締め、上方向へ流していた木剣は下へ向かっている。

さらには体を浮かせ、自ら弾き飛ばされることで距離を取った。


その結果、俺は10メートル近く吹き飛ばされるが、まるで猫のように靭やかに床に着地する。

まるで、熟練の剣士だ。


「……え?」

「あはは‥‥厄介極まりないね」


ヴィニーは既に闘志を消し、穏やかに笑っている。


「何でこうなるんだ!?」


驚いてヴィニーに問いかける。

俺だけよく分かっていないから不気味すぎる。


「俺が譲ったのは思い出じゃないんだよ?

経験だ。俺が得た全ての経験をあげたんだ」

「それは俺も頭に入ってるんだから分かってる。

だけど、それが何で動きにも出るんだよ」

「それは君が俺の戦闘を見た経験じゃなくて、君が俺として戦う経験だからだよ。

見てこれから学ぶような、こうすればいいという知識ではなく、もう君が一度やった事なんだ」

「……なんだその無茶苦茶な理論」


俺の頭に残るのは、確かにヴィニーの鍛錬を見る記憶ではない。

違和感は感じるが、俺が剣を振るうような記憶だ。

いや、記憶じゃなく経験か。


つまり俺は……ヴィニーの努力を奪ったのか……


「そんなに気に病まなくてもいいよ。

だって、観察力は経験じゃどうにもならないから」

「何でだ? それも技術じゃないのか?」

「技術だけど、記憶には思考は含まれないだろ?」

「な、なるほど……」


つまり俺は、ヴィニーのこれまで学んだ剣技を得たのでヴィニー並みに長剣を扱える。

だが観察力関連で経験として得たのは、その結果のみ。

ヴィニーの思考までは得られないので自力で得るしかない、という事か。


でもこれ以上ヴィニーに学ぶのは申し訳ないな……


「強くなれてよかったの」


……シルが浮かぶイスに乗って近づいてくる。

ほんとにどういう呪いなんだ? 記憶……なんだよな?


「ああ……ありがとう」

「どうせヴィンセントに剣を学ぶなら、いずれ得ていたものじゃ。奪ったと思う必要もない。

これでより一層役に立てると考えるのじゃ」

「そうだよ。君は過程を飛ばしただけ。俺が弱くなった訳でもないんだから。それに、神秘には届かないしね」

「……そうだな」


今はまだ借りた感覚だけど、そのうち自分の考える通りにこの技術を使えるんだろうな。


俺はもう一度ヴィニーの経験を頭に思い描く。

それは、ひたすらに剣を振るう記憶。

俺が修行をつけてもらっている記憶と同じようなものだ。


それでも普通、勝手に体が動くとは思わないと思うけどな……


「ありがとう」


頭を深々と下げ、2人に感謝を伝える。

俺1人では、絶対に手に入らなかったものだ。

感謝してもし切れない。


「うむ。じゃが、それはあくまでも技術。

お主の体とヴィンセントの体は違うし思考も違う。

いずれお主に合った形に落ち着くじゃろうよ。

すり合わせはしっかりの」

「分かった」


俺はヴィニーへの責任もある。

怠けずにより一層努力をしなくては。


「今日はもう鍛錬は無しじゃぞ? 疲労は普段よりも大きいからの」


シルにそう言われ、俺達は再びヘズに案内されて部屋に戻った。




~~~~~~~~~~




クロウ達が訪れたそのさらに数刻後。

他の全員が寝静まった深夜。


誰もいないリビングで、彼らはヘズの名前を呼ぶ。


こんな時間でもヘズは変わらずやってくる。

それが、叡智の言い渡した彼への頼み。


昼の明るい時よりも、夜の初めの時よりも、不気味な暗がりを彼らは進む。


彼らがやって来たのは、最初にシルに会った場所。

彼女が座して待つ、決意の地。


「覚悟は決まったのじゃな」


シルの問いかけに、彼らは深くうなずく。

それを確認し彼らを近くに呼ぶと、再び青白い光がその部屋を満たした。




~~~~~~~~~~




月が隠れた暗闇の中。霧に覆われた廃墟にて。

彼らは狂気を開放していた。


檻に閉じ込められている大多数。

椅子に座るは大男。

その前には2人の胡散臭げな男が立っている。


だが大男は頭を抱え、2人の言葉をただ聞くのみ。

どちらが上かは一目瞭然。


そこには、禍々しい神秘が渦巻いていた。


それは、最古の呪い。混沌から生まれた歪み。


眷属は笑う。傀儡は笑う。呪いは苦しみ。狂気は放棄。

彼らは道化として、高らかに。

笑顔の裏には悲しみが。


狂気が望むは生か死か……


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