230-誤った人の文化
ライアン達が2種類の魔獣討伐を終えて、キングに連れ回され始めた頃。
森の一角にてトチ狂ったお茶会に参加させられていたローズ達は、依頼ではあるものの、延々と続くクイーンの話に疲れを見せ始めていた。
「こちらなんてどうでしょうっ? 森の子達にフラーまで買いに行かせた一品ですわーっ!! こちらはその後、作り方を覚えた子が作ったものですのっ!!」
「へ、へー……」
「ちなみに、作り方を覚えた子はあたしだったり?」
「紅茶とかも淹れていたものねー……」
テーブルを囲む彼女達の座り方は、クイーン、ローズ、マーショニス、フーの順でひし形を作るように四方へ散っている感じだ。
無口なフーの分まで話しかけられるローズは、左右から2匹のケット・シーに絶え間なく声をかけられ、紅茶やお菓子を勧められている。
それも、お菓子を仕入れた話、作った話、ドレスについて、恋愛物語の話など、話し手が人間だと錯覚してしまうような話題ばかり。
久しくこのような会に参加していないローズは、やや適当に相槌を打ちながら、今すぐにでも終わりたそうだった。
「……と、ところで」
「?」
するとしばらくして、ようやくクイーンは話題を変えた。
なぜか頬を赤らめ、今までとは打って変わって口ごもりながら、もじもじとし始める。
マーショニスはタイミングよくフーにお菓子を勧めているため、珍しくクイーンとローズの一対一だ。
勧められるままお菓子を口に運びながらも、ローズは唐突に変わった話の流れに困惑気味だった。
「ローズさん……あなた、運命の相手というのはいらっしゃるかしら?」
「う、運命の相手……? えと、恋バナってこと?」
「いいえっ!! 恋ではありませんわっ!!」
「えぇ……?」
意を決したように問いかけるクイーンに、いまいち意味の分からないローズは戸惑いながらも質問で返す。
すると彼女は、、認めたくないのか気がついていないのか、銀の体毛で覆われた顔をさらに真っ赤にして否定した。
赤面し、もじもじとしながら言う運命の相手。
この言葉に好きな人以外の意味などなさそうなのに、こうも強く否定されてローズは戸惑うばかりである。
「じゃあ、どういう運命の相手?
何かの好敵手って意味?」
「まぁ? 別に間違ってはいないのではないですかー!?
この森で1番強いケット・シーである王様であれば、二番手である私がパートナーになるのは必然ですし!? 戦闘訓練でも強敵との共闘でも……ふ、夫婦などでも!?
これ以上ない程の組み合わせだと思うのですわーっ!!」
ローズが例を出しながら再び質問すると、クイーンは紅茶をこぼしそうになりながら震える声を張り上げる。
銀色の毛並みはもはや赤猫なのかという程に赤くなり、震えた声は明らかに動揺から出るものだ。
「ほら、あれはどう? 食べたければとるよ」
「……ほしい」
助けを求めてマーショニスに視線を移したローズだったが、残念ながら彼女はまだフーと話していた。というか、フーの世話を焼いている。
諦めた彼女はクイーンに視線を戻すと、少し黙り込んだあと
改めて確認を取り始めた。
「……結局、恋バナってこと?」
「ち、違いますわっ!? 私に相応しいというだけであって、別にいつも隣りにいたいだなんて思っておりませんっ!!|
私という輝きを引き立たせるには、あの方レベルの輝きが必要なんですの!! そう……まさに運、命♡」
再び好きな人の話なのかと問うローズに、クイーンは全身を震わせながらも、やはりそれを否定する。
明らかに恋する乙女でありながら、自分に相応しいからなのだと主張し、だが運命だと宣う。
ここまで来れば、流石のローズにも彼女の心は明らかだ。
王様のことが大好きでありながら、それを認めたくないのかそうではないフリをしている。
実際の王様への態度はわからないが、少なくともこの場では認めていない。それだけの話だ。
これはどうしょうもないと苦笑するローズは、呆れた様子でマーショニスに話しかけた。
「マーショニス、これってさ……」
「あ、うん。クイーン様から好きになったわけじゃなくて、あくまでも自分に相応しいから。という体で、実際にキング様から言い寄られたら諸手を挙げて喜ぶと思うんだ。
いいよね〜乙女でさ。クイーン様、本当に可愛い」
「マーショニス!! 不敬ですわよ!?
私はあんな男に恋などしておりませんわっ!!
この世界が私を祝福し、恋い焦がれているのですっ!!」
マーショニスがフーの口を拭きながらニヨニヨ笑うと、それに素早く反応したクイーンがビシィッと宣言した。
話がキングのことから世界へとスケールアップしているので、表情を見るまでもなく明らかに照れている。
そんなクイーンを見たマーショニスは、彼女だからこそここまで拗れた恋心、それでも一瞬で落ちるであろうチョロさに笑みを深めるばかりだ。
「こほんっ!! ではお茶会もお開きにいたしましょう!!」
「自分から聞いてなかった〜? クイーン様〜」
流石に気まずくなってきたのか、ちょうどティーカップの中が空になっていたクイーンは、お茶会の閉会を宣言する。
直後に片付けを始めるマーショニスは、堂々としていながらも、まだ薄っすら頬を染めている彼女をからかっていた。
だが、我儘女王であるクイーンは不利になることは一貫してスルーだ。やや大袈裟な物言いで、話の勢いに任せて流そうとしていく。
「私、予感がいたしますの!! おそらくこの方向に進めば、世界に喜びが満ちるでしょう!!
運命は私達に味方しているのですわーっ!!」
「達? クイーンだけでしょ?」
「あなたには運命の人がいないのかしらっ!?」
「んー……大切な人はいるよ」
「では参りましょう!! 夜明けはすぐそこですわっ!! 胸のうちに秘めた輝きに従い、大いなる栄光を掴むのです!!」
「わぁ、なんで聞いたのー?」
椅子から立ち上がったクイーンは、ローズ達を気にせず森を闊歩し始める。彼女達がついて来ようが来まいが関係なく、おそらくキングに会いに行くつもりのようだ。
マーショニスもテーブルを片付け、椅子を畳み、余ったお菓子類もまとめて水球に詰めて後を追うので、彼女達の相手という依頼を受けているローズ達に選択肢はない。
その場の勢い任せなクイーンにあ然としているローズ達は、仕方なく彼女達を追って森を進め始めた。
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「おーっほっほっほ!! 祝い事あるところ、私ありですわーっ!! すべての称賛は私のものですのっ!!」
クイーン達がお茶会を終え、森を我が物顔で進撃していくこと数十分。彼女達が辿り着いた、やけにいい匂いの充満する開けた場所には、我儘女王の声が響き渡っていた。
ただクイーンの予感に従っていただけの彼女達の目の前に広がっているのは、大きな焚き火とその周囲に寝転がる男達。
金髪の痩身――ライアンと無表情の狩人――ソン、そして金色に輝く毛並みを持ったケット・シーの王様――キングがくつろいでいる光景だった。
予感通りお目当ての人物と出会ったクイーンは、ローズ達との会話を放り出して彼の方向へ飛んでいく。
「ご機嫌麗しゅう、キング様!! 私、あなた様と同じように人間の友人ができましたの!! その上、彼女達と散歩していたら、たまたま!! たまたまあなた様に出会いました!! これはもう……運、命♡」
「あはは、数日ぶりだねクイーン。良い出会いがあって何よりだよ。ボクも友人と再開して気分がいいんだ」
クイーンの言葉を聞いたキングは、羽でふわふわと羽ばたきながら彼女を迎える。他の2人達はくつろいでいるままだが、立場的には右腕である彼女を放置はできなかったようだ。
珍しく面倒くさがらない彼に、クイーンは平静を装いながらもわずかに喜びがにじみ出ている口調で話しかけていく。
「そうなのですねっ!? であれば、たとえあなた様が面倒くさいと思ったとしても、同行すべきかと思いますわっ!!
これでも私、森の二番手なのですから!!」
「そうだねぇ。たしかに、客人は2人で歓迎するべきかもだ。
ボクの友人とキミの友人は、一行のリーダーみたいだし」
「そうですわよねっ!! でしたら、この時期……」
普段からクイーンの勢いは凄まじく、それがキングの目の前となれば止まることなどありえない。
短期間でもそれをよく理解していたローズは、この森のツートップであるケット・シー達の会話を尻目に、ライアン達の元へ歩み寄る。
ソンは相変わらず無感情だが、彼はクイーンの勢いにあ然としているようだ。ポカンと口を開けたままで、近寄ってくるローズ達を迎えた。
「なぁローズ〜、あれって……」
「あはは……あれね、多分間違った人間の知識を得た少女かな。前回来た時に会ったことなかったの?」
「一応話したことはあるぜ〜? けど、そのときは軽く挨拶した程度だったんだよな〜……。変な口調だとは思ったけど、キングとセットだとよりやべーヤツだ〜……」
「あはは……」
今回初めて2人揃った場面を見たらしいライアンは、ローズの評した森の女王像に引きつった笑みを浮かべる。
特にアールを避けていた様子の彼だが、どうやらクイーン――キングと一緒になったクイーンも同じ位置に並んだようだ。
2人揃って飛んでくるキング達を見ると、彼は珍しく気まずそうに顔をそらしていた。しかし、キングはそんな彼の様子を気にせず回り込む。
そして、真っ直ぐ目を見ながらクイーンから出された提案を彼に伝えていく。
「やぁ獅子王殿。食事も終わったことだし、これから綺麗な景色を見に行くのはどうだろう?」
「いや〜、俺達それなりに急いでんだよな〜……」
「なんですの、獅子男!? この私の命令が聞けないとおっしゃるのかしら!?」
彼がやんわりと断ると、キングに習って彼の前に回り込んだクイーンは、ビシィッと指差しながら叱責した。
森の序列とは関係がない余所者相手なのに、変わらずとんでもない言い草だ。
それを聞いたライアンは、少し引きつったままの頬をかきながら苦笑する。今までにない圧力に、明らかに戸惑っていた。
「はは、命令て……」
「嫌ならば四肢を縛り上げてでも連れていきますわーっ!!」
「ちょ、マジか〜……」
「ローズさんは来てくださいますわよね?」
「え、あーそうだね」
地面から伸びる草木を操り、了承を得られなかったライアンを縛り上げたクイーンは、続けて隣のローズに問いかける。
もちろん、既にライアンが縛られているため拒否権はない。
ローズは特に反論せずに彼女に従い、無関心なソン、ぼんやりとしているリューと共に森を進み始めた。