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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
267/432

229-獅子は一人

「やぁ、お久しぶりだね。

ボクの仕事を減らしてくれる獅子王(親友)くん」

「はぁ……相変わらず丸投げかよ〜、お前ぇ」


背中に生えた翼を羽ばたかせながら、にこやかに語りかけてくるケット・シーの王様。そんな彼を見たライアンは、呆れた様子で吐き捨てる。


前回も彼の頼みで魔獣を討伐しているらしく、友人という部分は否定しないが、それを踏まえてもかなり文句があるようだ。


しかし、すべての仕事をデュークに放り投げている王様は、もちろんそんなことは気にしない。

空を舞う木の葉を避けながらライアンの元まで飛んでいくと、彼の頭に乗って口を開く。


「もちろん。さっきは仕方ないから手を出したけど、だからこそレグルスは、ね……?」

「はいはい。ていうか、お前いつからいたんだよ〜?」

「んー? 結構前からいたよ? そこの狩人が、ジャージーデビルを目の前にそのジャージーデビルの解説して、キミがツッコミ入れてるの面白かったなぁ」


あまりにも手際のいいとどめの一撃は、どう見てもちょうど現場に居合わせたという感じではなかった。

たまたまあのタイミングに出会したのではなく、その前から見ていたからこそできる動きだ。


そこに関してライアンが問いかけると、王様は隠す素振りも見せずに彼らのやり取りを思い出して笑う。


一応は親友ということなのに、魔獣を前に傍観……言い方を変えると見捨てたということを堂々と宣言するという、かなり気ままな猫である。


頭でくつろがれるライアンは、彼の重さに加えてその事実を聞いたことで、深く肩を落としていた。


「ちゃんと戦闘前にいたんじゃねぇか……声かけろよ……」

「あはは、キミにはボクの力をあげてるんだよ? 対応できないなんて思わないじゃない。あと戦わされそうだったし」

「そりゃそうだろ〜……お前の仕事なんだからさ〜……」

「ふふ、勝手に決められた役割さ。ボクは了承してない」

「押し付けられてるデュークが泣くぞ〜?」

「彼はいつも泣いてるんじゃないかな?」

「鬼かよ〜」

「猫だよ」


王様の仕事の一つである魔獣討伐だったが、彼らのやり取りはいつまで経っても平行線だ。


ライアンの仕事だという言い分も、たしかに七皇の長なのだからあるだろう。だが、王様の勝手に決められたことという言い分も、他のケット・シー達はないが一切手を貸さないのだから無視はできなかった。


一番強いからというだけで、一人だけ森のために生きなくてはならないなど正気の沙汰ではない。

その分デュークに押し付けるのは違うが、サボりたくなるのも納得である。


「はぁ〜……わかってたけど、何言っても無駄だな〜」

「ふふ。自己犠牲が正しいなんて、本人以外は決められないのさ。……というか彼は? 放置しちゃってたけどいいの?」

「やべ、忘れてたぜ〜」


しばらくのらりくらりと言い合いをしていた彼らは、やがて一人黙ってそれを眺めているソンに気がつく。

もちろただ突っ立っている訳では無いが、かなり待たせてしまったようだ。


近くの岩に腰掛ける彼は、邪魔にならない程度にハープボウを爪弾きながら、この時間を潰していた。

それに気がついたライアンは、朗らかに手を振りながら彼を呼び始める。


「お〜い、ソン〜。お前もこっち来いよ〜」

「私はその口論に興味がない。私もどちらかといえばサボる側だからな。だからこそここにいるんだ」

「え〜……?」

「あはは、いいね。キミとは気が合いそうだ。

仲良くしようよ、トラップマスター」


ライアンの呼びかけに対して、口論には興味がないと言って突っぱねるソン。それを見た王様は、単純に仲良くなろうと声をかけていく。


しかし、ソンはそれにも興味がないらしく、幻想的な音色を奏でながら淡々と言葉を紡ぐ。


「依頼があるのではなかったか?」

「おや、こちらにも興味はなしか。おっけー依頼ね。獅子王殿、レグルスの討伐をお願いするよ。ボクは遊びに‥」

「行かせねぇよ〜?」


ソンに指摘されると、王様はライアンにレグルスのことを頼んでこの場を去ろうと羽根を広げる。


瀕死のジャージーデビルは楽だったが、今から戦うレグルスの相手は嫌らしい。明らかに用事などなくサボりで、確実に遊び歩くつもりだ。


しかし、彼は直前までライアンの頭に乗っていた。

そんな至近距離にいて逃れられるはずもなく、彼は首根っこを掴まれて逃走を防がれてしまう。


「あはは、だよねぇ。やっぱり放っておけばよかったかな。

キミ達のやり取りが面白かったせいで、テンション上がって本当に余計なことをしたよ」

「あっはっは! 観念して付き合うんだな〜! どうせお前のことだから、レグルスの居場所知ってんだろ〜?

案内頼むぜ〜キング!」

「案内の、依頼だね。案内は、任せてよ。案内は」

「では、速やかに向かおう」


ライアンに捕まったケット・シーの王様――キングは、ようやく観念したらしく苦笑しながら依頼に応じる。

彼らに出した討伐依頼の案内を頼まれた……ということを強調しているが、案内自体は大人しくしてくれるようだ。


ソンに促された彼らは、ライアンの頭に乗っかって指示だけ出すキングの声に従って、森を進み始めた。




~~~~~~~~~~




彼らがキングの案内に従って森を進み始めて数十分後。

ライアンの頭上から指示を出していたキングは、唐突に何かを察知した様子で一行を静止させる。


続けてゆっくりと進むように告げると、少し進んだ先にいたのは2頭の獅子。それらは夫婦か何かなのか、光を放つ体毛を風に揺らしながらリラックスした様子で横たわっていた。


ターゲットを確認すると、キングはライアンの頭から飛び立ちながら、彼に依頼を遂行するよう促していく。


「はい、レグルスの元までの案内は完了したよ。

ボクはソンの頭に乗っておくから、討伐はよろしくね」

「へいへ〜い。さっきはソンがやってくれたしな〜。

流石にお前に言われなくても俺がやるさ」


キングの言葉を聞くと、既に槍を手にしていたライアンは、苦笑しながら鋭い視線をレグルス達に向ける。

しかし、すぐに討伐に向かうことはなく、少し2頭を見つめた後振り返って口を開いた。


「ところで、レグルスはあの2頭だけか〜?」

「そうだよ。だから、思いっきりやっても問題ないからね」

「……あいつら、家族っぽいな〜」

「でも、彼らはケット・シーを何匹も食べてるんだ。

キミは人間だけど、友として助けてくれると嬉しいよ」

「わかってるよ。俺だって、別に博愛掲げてる訳じゃねぇ。

ちょ〜っとやり辛ぇなーって思うだけだからさ〜」


わずかに口元を歪めていたライアンだったが、キングにやや申し訳無さそうに頼まれると、すぐに気を取り直してそれらに向かう。


こんな殊勝な態度をとっているキングではあるが、サボりであることに変わりはない。とんでもない役者である。


「……ローズに槍作ってもらったけど、ここまで来るともっぱら素手というか、力任せだよな〜」


ソンの頭に乗っかったキングがくつろぎ始める中、それに背を向けているライアンは、全く気がつくことなくレグルスに接近していく。


手にした槍を眺めながら、それを得た時の記憶を思い起こしながら。すると、レグルス達もジャージーデビルより人への警戒心が高いのか、彼を見て起き上がって唸り始めた。


「……悪ぃな。お前らに恨みはねぇけど、友人に被害を出したからには討伐するぜ。せめて一瞬で終わらせてやる」


警戒心を露わにしたレグルス達を見ると、ライアンは真面目な表情でそれらに告げ、謝罪する。


段々と全身を巨人化させながら、それに呼応するように槍も巨大に変化させながら。そして少しの沈黙の後、彼はその槍を地面に思い切り突き立てた。


"スリュムヘイム"


すると、彼らの周囲に広がったのは蜘蛛の巣のように広がるサークル。雷のように黄色く、轟くような音を発して敵の力を奪うサークルだ。


逃げる間もなくそれに足場を囲まれたレグルス達は、わずかに唸り声を弱々しくさせながらも後退りを始める。


だが、もちろんライアンが逃がすことはない。

他の個体を気にする必要もないのだから、周囲を気にせず全力で次の力を使い始めた。


"獣の王(カルノノス)"


巨体に冷気を纏い、槍を握る手や口には鋭い爪牙。

丸太のような四肢には狼のような毛皮が生え、狼男の巨人のような彼は、すべての獣を統合させ得る合成魔獣だ。


それを見て怯えるレグルス達に向かって、槍を握る手に光を纏うライアンは、光の速さで槍を振るった。


"フェン=グラキエス"


直後、足元のサークルのときと同じように逃げる間もなく、それらは氷の壁に囲まれる。流石に空までは覆っていないものの、それでも天を衝かんばかりの威容のドームに。


力を奪われて弱々しいながらも、ライアンから逃げようとしていたレグルス達は、氷壁に阻まれ逃げ道を失っていた。

それどころか、レグルス達の足は既に氷漬け。

胴体にもじわじわと氷が侵食を始めている。


「グル、ル……ル……」


あっという間に氷漬けにされたレグルス達は、もう動けないどころか放置しているだけで息絶えるだろう。

氷の神秘であるため、未来へと冷凍保存されている可能性もあるが、どちらにせよライアンの許可なしに解放はない。


冷気に包まれた森の中で、白い息を吐き出している狼巨人のライアンは、それを確認してからドスドスと氷像に接近していった。


ここまで本気で戦う相手ではないとしても、手を抜くことはないのが百獣の王というものだ。

氷像の目の前まで来た彼は、巨人の体躯で槍を振りかぶる。


「意識がなけりゃいいんだが……まぁ、もし意識があっても、痛みはほんの一瞬だ。肉も無駄にしねぇ。

タイレンの魔獣とは違って、ただ生きてただけなのに、俺達は別に食いてぇ訳でもねぇのに、殺して悪いな」


意識があるかも定かではないレグルスに語りかけるライアンは、その溜めの分凄まじい力をその身に宿す。


家族に敵意はなく、獲物でもないそれらを殺すことに悲しげな彼だったが、言い終えると覚悟を決め、一気に氷像を打ち抜いた。


ライアンという巨人の槍に打ち抜かれたレグルス達は、光速の破壊力で粉々に砕け散る。氷像の下部分はある程度の形を保っているが、胸部から上辺りは氷粒だ。

彼が纏っていた光を反射して、赤く輝いていた。


「……ふぅ。終わったぜ〜」


レグルスの死を確認したライアンは、すべての獣化を解いて槍も収めると、いつも通りの笑顔でキング達を振り返る。

直前までは神妙な雰囲気だったが、もう既にほのぼのとした空気を纏っていた。


「ふふふ、ありがとう獅子王殿。じゃあ遊びに行こう。

今回は前回と違って、仲間が終わるのも待つんでしょう?」

「まぁそうだな〜……クイーンの相手はともかく、デュークの仕事とアールの実験は時間かかるかもしれねぇな〜」


歩み寄っていくライアンにお礼を言ったキングは、そのまま森へ遊びに行くことを提案する。それも、なぜか彼らの事情を知った上でだ。


一瞬だけ思案する様子を見せたライアンも、事情を踏まえた提案には断る余地がなく、すぐに了承した。


「じゃあ決定だ。ほらほら、その氷像を持って。

英雄の凱旋を始めようじゃないか」

「待て待て待て、遊びってそれが遊びなのか……!?」


遊びだと聞いたことで了承したライアンだったが、キングが真っ先にさせようとしたのは魔獣討伐の実績誇示。

流石に予想外だった様子の彼は、思わず目を見開いて静止しようとしていた。


だが、キングはこの森の王だ。もちろん、彼は怠惰な王様であって、クイーンのような我儘な女王ではない。

それでも、王として絶対的な力を持っている彼なので、本来の支配者らしく意見を押し通そうと、ソンの懐柔を始める。


「あはは、何をするかはその時々の気分次第だよ。

さぁ、キミもこの森を観察したいんでしょう?

移動が面倒だから、このままボクを運んでほしいな」

「……ふむ。ならば、この森の王に解説を頼もう」

「雑談程度ならお安い御用だよ」


常にマイペースなソンだが、仕事を終えればその関心は趣味である放浪に向かう。さっきまでのように依頼へと促すことはなく、素直にキングに従い始めてしまった。


「はぁ……仕方ねぇな〜」


その様子を見たライアンは、ここでキングを見失うわけにも、ソンから目を離すわけにもいかず、渋々了承する。

キングに従うことになった彼らは、氷像を持って自由気ままな探索を開始した。


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