228-獅子王、二度目の討伐依頼
ローズやヴィンセントなどが、もう各々の依頼を開始していた頃。
バロンからはっきりとした情報をもらえなかったライアン達は、未だ魔獣の手がかりすら得られず、唯一当てもなく森を彷徨っていた。
「はぁ〜……どーこ探せばいいんだよ、マジでさ〜……」
かれこれ数十分、森をただ歩き続けていたライアンは、流石に疲れた様子でため息をつく。
バロンからは大体の方角こそ聞いていたものの、魔獣が移動しないはずもなく、たかが方角ではそう簡単に見つかるはずもない。
今の彼には、こうしてぼやきながらも歩き続けるしかないのだった。
「どこと言われてもな。私には森としか言えない」
そんな彼に無愛想ながら反応を示してくれるのは、この依頼の相方であるソンだけだ。
ケット・シーはライアンに獅子王と懐いていながらも、今は依頼中だと広まり面倒くさそうだと寄ってこない。
ターゲットである魔獣は、見つけられないからこそ彷徨っているのだから、反応する訳がない。
ややぞんざいな言い草に、それでもライアンは他にすることもなく気怠げな様子ながら口を開く。
「どこも森だっての。はぁ、あんたって狩人なんだよな〜?
なんか獲物をパッと見つける方法とか知らねぇのか〜?」
「もしもそんな方法があれば、狩ることもパッとできる。
そうなれば、もう狩人などという職業はなくるだろう」
「ねぇのな〜、りょーかい」
「……少なくとも、我らが今まで通った場所に魔獣はいない」
ライアンの問いかけに、ソンは無表情を保ちながら断言する。彼も同じく彷徨っているはずなのに、一切躊躇がない。
とはいえ、確かに探すこともなく獲物の位置を知る程の力があるなら、狩り自体も専門職が存在する必要がない……とまでは行かずとも、たった一人でも済むため形骸化するだろう。
旅仲間のロロのように探知特化ならいざ知らず、ソンのように戦える人がそんな力を持っていたら、辺り一帯を支配しているようなものだ。
この状況からしてみれば落胆しても無理はないが、彼の指摘は至極当然。盤面をひっくり返すようなものである。
しかし、ライアン自身もあまり期待していなかったようで、脱力こそしているものの、そこまで深く落胆している様子はなかった。
それ以上食い下がることはなく、今度はターゲットである魔獣についての質問を始める。
「そ〜いや、あんたってミョル=ヴィドの出身だよな〜?
ジャージーデビルについて教えてくれよ〜」
「……いいだろう。獲物を見つけるまでの間なら、私が知る限りのことを教えよう」
ライアンにジャージーデビルについて聞かれたソンは、少し黙り込んだ後、なぜか少し目を細めながら頷く。
ミョル=ヴィドの支配者である円卓の騎士……その一員でもある狩人ソン・ストリンガーによる、魔獣解説の開幕だ。
「まず、ジャージーデビルの名を聞いたことがあるか?」
「アストランで小耳には挟んだな〜。たまにミョル=ヴィドから来る魔獣として、軽く名前が出た程度だけど〜」
「そうか。ではどんな生物かから説明しよう。
ジャージーデビルとは、一言で言えば小型のドラゴンだ。
普段は二足歩行だが、硬い鱗に覆われた前足には翼がついており、長距離や素早い移動をする場合空を飛ぶ。
大きさや性格などにはもちろん個体差があるが、その大部分は人よりも一回り大きいくらい、肉食で獰猛だ」
「へ〜……やっぱ詳しいのな〜森の狩人は」
つらつらと淀みなく述べられるジャージーデビルの解説に、ライアンは素直に感嘆の声をもらす。
自分達の前方にいる、大きなトカゲのような獣を見ながら。
しかし、ソンは彼の感嘆の声も目の前を横切る獣も無視すると、そのまま構わずジャージーデビルの気をつけるべき特性を解説していく。
「現在の生息範囲は主にミョル=ヴィドだが、空を飛ぶという性質上、他国でもしばしば見られる。元々彼らは大陸中にいたので、仕方ないことではあるだろう。能力としては、飛行能力、単純な硬さ、牙や爪など。際立ったものはない」
「なるほどな〜……つまり、今目の前にいるあいつみたいなのが、ジャージーデビルってわけだな〜」
ソンのジャージーデビル解説が終わると、ライアンは先程から前方にいた獣を指さしてにこやかに笑う。
その指先にいたのは、トカゲと言うには巨大すぎるが、ドラゴンと言うには華奢すぎる生物。
全身には黒光りする不気味な鱗を備え、地についている前足には薄いながらも丈夫そうな翼膜がある、先程の解説通りの見た目をした生物だ。
指をさされて直接聞かれてしまえば、流石にソンもその獣を無視できない。表情を動かすことなく獣を見やると、何事もなかったかのようにしれっと呟いた。
「その通り、あれがジャージーデビルだ」
「おいおいお〜い! あいつさっきから目の前を通ってたよな〜!? ターゲットじゃねぇか、先言えよ〜!」
討伐対象であるジャージーデビルを目の前にしていながら、そのジャージーデビルの解説をマイペースにしていたソンに、彼は目をかっぴらいてツッコむ。
もちろん、クロウやリューがツッコむ時のような棘はない。
ライアンは普段とあまり変わらず、穏やかである。
しかし、なんとなくそんな気はしていたようで、流石の彼もソンのマイペースさに耐えきることができなかったようだ。
しかし、それでもソンは自分のペースを崩さなかった。
ジャージーデビルに気づいていたことを否定もせずに、ただ淡々と自分のペースで言葉を紡ぐ。
「教えろと言われたから教えたまでだ。あれはまだ、私達を敵だと認識していない。ならば、優先すべきは情報共有。
これから狩るのだから、何一つ問題ないだろう」
「でもせめて、実物を見せながら説明してくんねぇかな〜……
その方が断然理解度上がるだろ〜……?」
「途中だったからな。次からは気をつけよう」
ソンの言い分も、特別トンデモ理論というわけではない。
報告をしなかったのはともかく、戦いが始まる前に情報共有するのは当たり前だ。
おまけに、ジャージーデビルが目の前を横断し始めたのは、説明の途中からだったので、確かにタイミングも悪かったのだろう。
静かにため息をついているライアンも、それでも気になった部分を力なく指摘するだけだった。
ソンが反省することで話を終えた彼らは、今度こそその魔獣をターゲットと認識して目を向ける。
当のジャージーデビルは、まだ攻撃を仕掛けられていないからか、彼らを警戒こそしているものの敵視はしていないようだった。
「じゃあまぁ、いよいよ討伐に入っていくわけだけど〜……
あれって群れで行動してたりしねぇのか〜?」
まだジャージーデビルが動かないことを確認すると、彼らは改めて依頼内容についての相談を始める。
ライアンは生態についての説明は受けたが、まだ群れなのか単独で生きているのかは聞いていない。
もしもこの個体を討伐することで、近くにいる別個体が逃げてしまっては面倒だった。そのため彼は、万全を期して複数個体がいないのかなどを確認していく。
「どうだろうな。ジャージーデビルの生態的には、そうそう群れを作ることはないはずだ。しかし、この森にいるのがあの一頭だけとは言い切れない。警戒は必要だろう」
「なるほどね〜。まぁ、何頭かは聞いてなかったもんな〜。
明らかにミスったぜ〜。だけど、普段は群れてねぇんなら、複数でも静かに狩ればいけんだろ〜。
……ところで、お前の能力ってどんななんだ〜? 俺のは結構力任せだから、隠密討伐には向いてねぇんだよな〜」
近くに別個体がいる可能性を踏まえれば、ジャージーデビルの討伐は静かに、速やかに行うのが理想的だ。
しかし、ライアンの能力は獣化であるため、狩るのなら常に真っ向勝負である。
彼が戦えば、周囲の生物にも確実に察知されるだろう。
そのため彼は、相方であるソンが静かに討伐できるのか確認を取り始めた。
「ん? やっていいのか? ならば私一人でやるぞ」
「お〜! まぁ論より証拠だよな〜。よろしく頼むぜ〜」
すると、彼はぶっきら棒に自分だけでの討伐を提案する。
ライアンも迷わず了承したため、ジャージーデビルの相手はソンが一人ですることに決まった。
どちらが戦うのか決まれば、もう他に狩りの前に話し合うべきことはない。ターゲットをよく知るソンが戦うのだから、すぐさま彼はジャージーデビルに歩み寄っていく。
それを静かに見守るライアンは、いずれ敵対することになるであろう円卓の騎士の戦闘を前にして、ワクワクてした表情を浮かべていた。
「さて、優先破壊部位は翼……響き渡れ、フェイルノート。
森の如く静謐に、雲の如く軽快に、囲え無音の糸の檻」
ソンがマントの中から取り出したのは、弓を楽器にしたかのようなハープボウ。静かに草を踏み進む彼は、ポロロン……と幻想的な音を奏でていく。すると……
"ストレッチアウト・フェイルノート"
直後、彼の目の前には、ジャージーデビルを囲むように伸びたキラキラと煌めく線が現れる。
目を凝らしてよく見てみれば、それはハープボウから伸びる数え切れない程の糸だ。
それはいつの間にやら木々に絡みつき、糸同士で絡みつき、ジャージーデビルの翼や後ろ足などを絡め取る。
神秘的な輝きを秘めた糸は、ジャージーデビルを逃さないよう周囲に完璧な罠を張っていた。
「うお〜! 弓なのに接近したと思ったら、糸か〜!?」
「騒ぐな……と言いたいところだが、もう良いだろう。
やつはもう捕らえた。あとは切り裂くのみだ……」
「え、切り裂く……?」
ソンのつぶやきにライアンが反応すると、彼は感情の読めない目を彼に向ける。だが、既にジャージーデビルは拘束済みであることから、彼は気にせず糸の一部をくいっと引いた。
"ティアーァパート・フェイルノート"
直後、ジャージーデビルを囲っていた糸はそれに圧をかけ、みるみるそれの肉を引き裂いていく。
硬い黒々とした鱗は貫かれ、翼膜は千切られ、四肢は切り裂かれる。逃げ場などどこにもなく、ジャージーデビルは血の海に沈んでいった。
狩りを終えたソンは、すべての糸を回収してからハープボウを引く。ポロロン……と幻想的な音を奏でながら、獲物は確実に仕留められたか確認に向かう。
「あっはっは、すげ〜!! お前めちゃくちゃ強いな〜!!」
「まだ気を抜くには少し早いぞ。これは鱗がある分、巨人などよりもタフだ。気につけろ‥」
「コオォォ……!!」
地に伏すジャージーデビルへ歩み寄っていくソンだったが、ライアンが声をかけたことで彼を静止するために振り返る。
確実に殺すべきターゲットから、目を離してしまう。
これほど大きな隙を、格上の神獣に襲われた魔獣が逃すはずがない。それはところどころが破れた羽根を広げると、なりふり構わずソンから逃げようと羽ばたき始めた。
「っ……!! そんなスピードで逃げられると思うな。
再び拡がれ、フェイルノート……!!」
"ストレッチアウト・フェイルノート"
逃げ出すジャージーデビルを見たソンは、再びハープボウを奏でて糸を周囲に張り巡らせていく。
今回は羽ばたく魔獣が相手なので、多くは空に。
空を覆い尽くす勢いで糸による罠を張る。
「コオォォッ……!!」
だが、今回は戦闘前の隙をついた訳ではないどころか、命をかけた、正に死物狂いの逃走だ。
ジャージーデビルは肉を引き裂かれようが、翼を千切られようがお構い無しで空へ逃げていく。ソンが張った糸の罠も、もうじき突破されてしまいそうである。
自分だけでは無理だと悟ったソンは、糸の邪魔をしないために背後で手を出せずにいるライアンに声をかけた。
「くっ……!! 手を貸してくれ、ライアンくん……!!」
「悪ぃ、糸だめにしちまうから準備が……
今からじゃ多分間に合わねぇ!」
だが、今にも突破しそうなジャージーデビルを止めるには、どう考えても時間が足りなかった。
もしも糸を切ってでも準備していれば違っただろうが、今から能力を使ったのでは間に合わない。
ソンの支援要請を受けたライアンは、フェンリルに半獣化し氷を操りながらも、空高く登ってしまっている標的を見上げて弱音を吐く。すると……
「おや、まだキミは完璧じゃないんだね。なら、今はボクが尻拭いをしてあげよう。よーく使い方を覚えてね」
「……!? あ〜っ、お前は……!!」
どこかの木の上から、よく通る爽やかな声が彼ら……おそらくはライアンにかけられた。彼がパッと周囲を見回すと、中空で羽ばたいていたのは金色の毛並みを持つケット・シー。
紳士のようにシルクハットを被り、スーツを着る。
さらにはその手にステッキを握っている、他のケット・シーとは一線を画す神獣だ。
彼はリラックスした様子で手を下に向けることで、空から光の剣のようなものを降らせ始めた。
光の剣は魔獣の逃げ道を塞ぐように、一つ一つの威力が低くても確実に仕留められるように、雨のように降り注ぐ。
「コオォォッ……!?」
既に糸を逃れていたジャージーデビルだったが、さらに追加で襲い来る光の剣には耐えきれない。
頭蓋も眼球も、全身を余すところなく貫かれ、白目をむいて地上に落下してきた。
それを見たソンは糸を収め、ライアンもフェンリルの半獣化を解いて元の姿に戻っていく。同時に、ジャージーデビルを仕留めたケット・シーも彼らの目の前に。
「やぁ、お久しぶりだね。
ボクの仕事を減らしてくれる獅子王くん」
ジャージーデビルを仕留めたこの森の王様は、にこやかに彼らに語りかけていた。