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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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227-森の苦労人

リュー達がアールに実験体にされていた頃。

ローズ達がクイーンのトチ狂ったお茶会に参加させられていた頃。


魔獣を探すライアン達と同じく森を歩いていたヴィンセントとバロンは、少しずつ見え始めてきた、質素ながらもしっかりとした石造りの建物を前に談笑していた。


トコトコと歩きながら笑うバロンは、これまで案内してきた人達、各依頼の場所に置いてきた人達を思い出して笑う。


「あの2人は無事に魔獣を見つけられますかねぇ。

アールの実験体も下手したら……しかし、どこよりも愉快なのはクイーンに付き合わされる2人ですかねぇ……ははは」

「え、女王の話し相手ってそんなに過酷なんです?」


自分が最優先にしているローズの依頼を最も愉快と評されたヴィンセントは、ギョッとしたように問いかける。

アールの実験やデュークの手伝いなどは、過酷だと聞いたから女王の話し相手に向かわせたのだ。


だというのに、実はそれこそが最も過酷だったなんて言われたら、彼なら今すぐにでも引き返しかねない。

それを知ってか知らずか、バロンは変わらず愉快そうながらも首を横に振った。


「いえいえ、別に危険とかはないですよ? まぁ、過酷といえば過酷ですが……ただの気疲れというか。テンションや勢いが狂っているので、振り回されるだろうなと」

「あぁ、そういう……」


彼の答えを聞いたヴィンセントは、ホッと一息つく。

大変なことをするわけではなく、ただ性格に難ありというだけならば、ローズはなんとかするだろう。


そんな、彼女への絶対的な信頼により、彼は気を取り直して自らが果たすべき役割に意識を戻していく。


「きっと上手いことやりますよ、お嬢なら。

それより、王様の住処はあれですよね?」

「えぇ、そうですよ。立派ながらも普通の洞窟に暮らしていたのを、アールが無理やり人工物にしたものがあれです」

「む、無理やり……アールさんって、本当に何でもしますね。

生態系への関与も、建築も、実験全般に薬とかも」

「ははは、ですねぇ! 彼のお陰で、この森は国になったと言っても過言ではありません。

そのしわ寄せはデュークに行ってるんですけどね」

「はぁ、気が重いですよ……」

「ははははは、人の国よりは雑ですから大丈夫ですよ」


わずかに肩を落とすヴィンセントに、バロンはやはり愉快そうに笑いながら声をかける。


もはやアールが王じゃないのか? というかむしろ、なんでアールが王じゃないんだ? と言いたくなる程に、あらゆる面で彼の手が加えられた森。


ほとんどのケット・シーは自然のままに生き、しかも無関心であることから、ほぼ1人にしわ寄せが行っている状況。

どう考えてもこの人数でやる仕事ではない。


あまり機能していないとしても組織化され、国としてまとまること自体はいいことなのだろう。だが、その実態ははっきり言って異常だ。


どこか他人事のバロンに励まされるヴィンセントは、万能感溢れるアールと丸投げにされた犠牲者デュークの落差に当てられながらも、ゆっくりと王様の住処へ向かっていった。




~~~~~~~~~~




「こんにちは、いますかデューク」


王様の住処にやってきたヴィンセントは、紙束を片手に明るく挨拶をするバロンの後ろに続き、室内に足を踏み入れる。

彼の目に映るのは、立ち並ぶ本棚やテーブル上で雑多に散らばる書類……有り体に言えばだらしのない執務室。


寝床に使われていそうな毛布はあるが、その毛布もホコリを被っているようで、ほとんど使われていなそうだった。

人影もなく、明らかに人手が足りていない様子である。


声をかけても反応がない室内に、バロンは困惑したように奥へ向かって進んでいく。


「あれ、いませんか? 外にいる暇そうな子と、仕事の交渉でもしてるんですかねぇ……」

「……仕事の交渉?」

「えぇ、この国に人間が作るような組織はありませんから。七皇すら気ままにやっています。なので、人手が欲しければデュークが暇そうな子を探して依頼しているんです」


ヴィンセントがバロンのつぶやきに反応すると、彼はやはり他人事のように森一番の苦労人について説明していく。


王様の住処内での事務仕事担当、デューク。

そこでまとめた仕事を割り振るなどの実務担当、デューク。


紛うことなき地獄である。彼の説明を聞いたヴィンセントは、あまりにも酷い有様にドン引きしていた。


しかも、これから自分も巻き込まれることになるのだから、彼のこぼす言葉は切実な思いだ。

顔を引きつらせながら、やや掠れた声で呟いている。


「じ、地獄ですかここは……」

「猫の天国ですかねぇ、ははは」


だが、ケット・シーの中ではしっかりしている方とはいえ、結局デュークに任せっきりであるバロンが気にするはずもない。何かを見つけたのか、軽い調子で笑いながら本棚の裏に回り込んでいく。


「お、いたいた。起きてくださいデューク。

寝ていたら仕事が増えるばかりですよ」

「あの、バロンさん……? デュークさんいたのはよかったですけど、その起こし方はあまりにも酷い……」


どうやらデュークは本棚の裏で寝ていたらしく、回り込んだバロンは安心したように息を吐きながら身を屈めると、容赦なく彼を起こしにかかっていた。


しかし、その方法はやはり残酷だ。

安らかに眠る過労者に対して、あまりにも酷かった。


せっかく仕事にまみれた現実から逃げられていたというのに、仕事が増えると脅している。その血も涙もない行為を見たヴィンセントには、ずっと一貫して困惑しかない。


無意識ながら脅され、うなされ始めるデュークの元に近寄りながら、呼びかけ続けるバロンに怖いものを見るような目を向けていた。


「う、う〜ん……魔獣、喧嘩、書類の山が……」

「起きてください。ほら、仕事増えちゃいますよ?」

「うわぁぁ……就労の行進が、行進がぁぁ……」

「起きなさい」

「あう」


呼びかけるごとに寝言が大きくなっていくデューク。

だが、相当疲れていたのか全く起きる気配はない。

痺れを切らしたバロンは最終的に、命令口調で呼びかけながら頭をペシッと叩いた。


体に衝撃を加えられれば、相当深く寝入っていなければ目を覚まさないわけがない。小さくうめいたデュークは、混乱した様子ながらも慌てて体を起こしていく。


「だ、誰……!? ぼく、な、なんか邪魔しちゃった……!?」

「いいえ、大丈夫ですよデューク。邪魔はしてません。

むしろ、私達がお邪魔していますよ」

「わわっ、バロン……! えと、何か仕事……?」


寝ぼけながらもここにいたのが邪魔だったかと案じる彼に、バロンは丁寧に言い聞かせていく。


すると、目を擦っていた彼はようやくバロンの存在に気が付き、瞬時に意識を覚醒させて仕事の有無を確認し始める。


明らかに怯えた様子で問う彼を見たヴィンセントは、バロンの隣に立って微妙な表情を浮かべていた。


「バロンさん、今まで彼に何してきたんですか……?

かなり怯えられているようですけど」

「失礼な。彼は誰に対してもこうなんですよ。七皇の序列的には3番手なのに、ナヨナヨしてるから損をしているのです。

これは彼の気質であって、私のせいではありません」

「そ、そうですか……」


この光景を見れば当然のことではあるが、いきなり加害者にされてしまったバロンは、あまりにも自然に下された評価に憤慨する。


迷いのない宣言に、ヴィンセントも申し訳無さげだ。

しかし、バロンの話にはそれ以上に気になる部分もあった。


それは、デュークが序列的には3番手という部分。

自分の下に半分以上のメンバーがいて、なぜ彼はこんな状況に陥っているのか。


もちろん理由は明らかだ。さっきの説明を聞き、彼らのやり取りを見ていれば、考えるまでもない。

ナヨナヨしているから、である。


だがそうすると、いきなり手伝いにやってきた余所者であるヴィンセントに対して、ちゃんと指示を出せるのか、という問題があった。


ただでさえ人では足りておらず、彼も素人なのだ。

指示するという工程を挟むのだとしたら、むしろ足手まといになりかねない。


そのためヴィンセントは、気を取り直すとすぐにデュークの質問に答えるべく、彼へと顔を向けた。


「えっと……私は仕事を増やしに来たのではなく、仕事を減らすための手伝いに来たんですけど……邪魔じゃないですか?」

「てっ、ててっ、手伝いに、来たッ……!?」


ヴィンセントが極力優しげに答え、様子を窺っていると、彼は見ている側がいたたまれなくなるくらいの動揺を見せる。


翡翠色の毛皮を木の葉のように揺らし、その牙をガチガチと震わせながら、今にも泣き出しそうな声を漏らす。

どうやら邪魔などということはなく、むしろ感激しているようだ。


「ううっ……こんなこと、この数百年一度も……一度も……!!」

「公爵様がそんなでは、仕事にならないでしょう?

今回は私も手伝うのですから、早く指示をくださいよ。

あと、たしかにここまで本格的に手伝ったことはありませんが、今までだってたまに……気が向けば手伝っていました」

「そ、そうだねバロン……! 君とヴィー……はいただけだったかもだけど、君はたまに。よしっ、残ってる仕事はね……」


彼は生き別れた兄弟と再開したかのような感激ぶりだったが、バロンが呆れた様子で声をかけるとすぐに気を取り直す。


寝落ちしていた場所から書類をかき集め、本棚やテーブル上から書類を取り出し、光のようなスピードで目を通すと緊急性の高いものから2人に伝えていく。


「えっと、また現れた魔獣について‥」

「獅子王殿が向かいましたよ」

「じゃあ、女王様の引き起こす騒音問題‥」

「一応、ローズさんという方が向かいました。ケット・シーが集まることで起こるなら、きっと解散してますよ」

「なら、アールが研究協力者がいないと騒いでること‥」

「哀れな旅人が2名拘束済みですね」


だが、デュークが口にしたものはどれもバロンがライアン達に出した依頼の内容ばかりだった。どうやら、彼はデュークが困っていることを知っていて依頼を出したらしい。


ヴィンセントが察したことで出された依頼ではあるが、最初から依頼するつもりだった様子なので変わりはない。

丸投げと言いつつも、案外バロンはデュークを気にかけていたようである。


しかし、その心遣いはデュークに上手く伝わらなかったようだ。むしろ、ここまで訪ねてもらったのに、出す仕事が尽くないことにショックを受けていた。


「ううっ……なんで、こんな時に限って仕事ないのさ……!?」

「ははは、仕事がないのであればそれは良いことです。

ほら、まだ緊急性の低いものがあるのでしょう?」

「う、うんっ。えと、数日前の喧嘩で破壊された森の修復、縄張りを追われた子の保護、子ども達の漁獲教室‥」

「あ、それは終わりました。コツなどは学習済みで、実践は外れの茶トラ君に任せてありますよ」

「ぐすっ……ありがとねぇ、バロン……」


もしや無駄足を踏ませてしまったかとナヨナヨするデュークだったが、バロンに宥められると再び仕事を伝えていく。

しかし、3つ目でまたしても終わらせてもらったことを知り、耐えきれずに泣き出してしまった。


「ほら、まだ他にもあるでしょう? それに、外の相談箱にも貯まっていましたよ。これも整理しなければ」

「わわっ、本当だ……! じゃあじゃあ、ぼくはすぐにこれをまとめちゃうから、2人は修復と保護をお願い……できる?」


涙を拭われた上に、さらにケット・シー達の相談事が記された紙束を手渡されると、バロンはまた表情を引き締める。


大雑把に分類すると、事務仕事と実務仕事。考えるまでもなく2つに分けられたことで、デュークは不安そうにしながらも、上目遣いで2人に仕事を割り振った。


「任せてください」

「ははは、手伝いに来たと言ったでしょうに。

あなたはこれをやれ、と言うだけで良いんですよ」

「そ、そうだね……えと、お二人共、この仕事を……

こ、この仕事を……や、やや……」


かなり不安そうに出した依頼だったが、ヴィンセント達はもちろん快く引き受ける。

2人の反応に安心したデュークは、ホッと一息ついていた。


だが、彼は何を思ったのか、バロンが言った通りに命令しようと震えながら言葉を詰まらせ始める。

それを見たヴィンセント達は思わず顔を見合せ、苦笑すると、バロンが訂正するように口を開く。


「すみません、意地悪をしすぎましたね。無理しなくていいんですよ。私達はすぐに終わらせて、あなたを手伝います。

ゆっくり整理していてください」

「ありがとうぅー……バロン、ありがとうぅー……」


バロンに優しく語りかけられたデュークは、今までに負けないくらいに感激し、涙を流す。

彼らはそんなデュークに苦笑しながら、この仕事を終わらせるべく王様の住処を後にした。


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