224-変人伯爵の実験
「おい助けろッ!! こいつ、狂ってやがる!!」
「うぇ……!?」
ゴーレムに押さえつけられているリューは、ヴィンセントを見つけると必死に助けを求め始めた。
暴れているためやや雑な採血の影響か、肌にポツポツと赤い点が散っている腕を振りながら。
腕関節部の静脈に限らず、所構わず管をさされているため、見た目は重病人のような酷い有様だ。ヴァイカウンテスにも帰りたいと要求されていたこともあり、流石に驚きを隠せないヴィンセントは、珍しく動転しながら言葉を返す。
とはいえ、いくら動転していてもフー程ではないので、今にも掴みかかろうとする彼女を抑えながらである。
「えっと、大変そうではあるね……? なんでこんなことに……
あれ、ソンさん達もいるのか。え、君だけこの扱い……?」
目を泳がせていたヴィンセントは、少し離れた位置にソンとアブカンを見つけたことで、さらに混乱を強めた。
彼らはやや荒い人型のゴーレムに押さえつけられるリューとは違って、無理やり協力させられている感じではない。
ソンは小瓶から何か摂取しながらも、なぜか優雅に窓から外を眺めているし、地味な服装だがドレッドヘアの主張が強いアブカンは、人型になって箱のような検査装置内で歌っているようだ。
ライアンが言うには、どんな立場であろうとも必要なら研究に使われる。つまりは他2人が協力的だったから、リューだけがこれだけ厳しい扱いを受けているのかもしれない。
そう考えたヴィンセントは、少し思案した後ひとまずリューの味方をするべくアールに歩み寄った。
「えっと、アールさん……? 無理やりはよろしくないんじゃないかなーと思うんですけど……」
「リュー・ヴィンダールの同意は得たぞ?
同意したのならば協力しろ。途中で投げ出すのは無責任だ」
「ここまでするとは言ってねぇ!! 離せクソ猫!!」
「しかし協力はすると言った。少しだけ、などと制限を設けなかったのはおれの落ち度か? 文句があるなら、想像力が足りなかった自分の頭に言え。ちなみに、思う存分協力してくれたなら、王がどれだけゴネても協力させてみせるが」
明らかに無理やり行っていることに対して、やんわりと苦言を呈するヴィンセントだったが、どうやらリューは同意してしまっていたようだ。
今やっていることはともかくとして、言い分としては後から文句をつけているリューよりも正当性がある……かもしれない。少なくとも、無理やり止めるのは良くないだろう。
彼の口振りから察するに、リューは別行動をしていても一行の目的を助けるため、交換条件でこの研究に協力しているようなのだから。
暴れるほど嫌がっている相手にするのはどうかとも思うが、今更逆らったら、むしろ王様の賛同者になりかねない。
自分でもそのことをわかっているらしいリューは、彼の言葉を聞いてわずかに視線を揺らしていた。
「ッ……!! それでもこれはやり過ぎだろうが……!!」
「ふむ。ならば、あと小瓶5本分の血液でどうだろう?
少なくとも現時点では、採血に関しては、だがな」
「おい、既にめっちゃ採ってるよな……?」
「色々と調べたいことがある。必要なことだ」
「ちっ……わーったよ! あと5本な!?」
「賢明な判断だ」
「んだテメェ!? 協力してもらってる立場だよなぁ!?」
「……」
「無視すんなッ!!」
ヴィンセントが止めていいものかと悩んでいるうちに、彼らの間で話はまとまったようだ。すっかりいつも通り……いや、いつも以上に騒いでいるリューは、不満げながらもアールに言い負かされて動きは大人しくなる。
もちろん、暴れなくなっただけで口はうるさいが。
その様子を見たフーは、かなり元気を取り戻してきたリューに優しく微笑みかけていた。クロウのことで明らかに正気を失っていたので、これだけでも大きな進歩である。
またアールの性格的に、王様の外堀を埋める、交渉するときの味方になってくれる存在としても最適だ。
この分なら研究協力の依頼は無事完遂でき、おまけにこちらへの協力まで得られる。
さっきまで困り顔で思案していたヴィンセントも、すっかり安心した様子で彼に笑いかけていた。
背にいるヴァイカウンテスは、リューが少し静かになっても変わらず帰宅要請を出しているが、被害はないので無視だ。
「あはは、結局協力するんだ?
まぁ、俺達としてもその方がありがたいんだけどね」
「ふん。俺が王様引っ張り出してやるから感謝しろ」
「お、勇ましいな〜。けど、別にこの依頼だけにかかってる訳じゃねぇから、気張り過ぎんなよ〜」
自己犠牲を選んだリューがふんぞり返っていると、苦笑するヴィンセントの背後からは朗らかな声が聞こえてきた。
彼らが目を向ければ、螺旋階段を登ってきていたのは当然下にいたライアン達だ。
彼らはずっと前から話を聞いていたのか、バロンを先頭にしてリラックスした表情で笑いかけてくる。
実質、「お前の犠牲は必須ということもない」と言われたようなリューは、やや不機嫌に戻っていた。
「はぁ? 他に何があんだよ?」
「魔獣討伐、この国の事務、女王の話し相手の3つですね。
3つ目はともかく、他2つは中々に重要ですよ」
「まず、あんたは誰だよ?」
先頭にいたため質問に答えることになったバロンだが、まだ彼との面識のないリューは苛立ちを隠さずに重ねて問う。
最後の1つ以外は重要と聞き、より我慢ならなくなったようだ。
するとバロンは、メガネをくいっと持ち上げながら目を見開く。初対面から出過ぎた真似をしたと感じたらしく、丁寧に自己紹介を始める。
「おっと、これは失礼。私は七皇の1人、バロン。
森の相談役で、現在は彼らの案内役ですね」
「七皇?」
「おれが作った枠組みだ。最も強い王を筆頭に組織し、森を管理させている。あまり機能しているとは言えないが、まぁ無法地帯でなくなっただけマシだな」
「これもお前なのかよ……」
バロンの自己紹介に出てきた七皇という単語。
これに反応したリューが首を傾げると、しれっとアールが答えていって彼は呆れた声を上げる。
ケット・シーの森で唯一の異端、カーバンクル。
森の中で一番異質な異質な建築物、彼の研究塔。
ケット・シーとはかけ離れた生き方、計測や実験。
さらには人間のような管理職、もしかしたら法整備までしているっぽいアールなので、彼が呆れるのも無理はない。
それと同時に、王様の説得を約束したアールとバロンは同じ立場だと気が付いた彼は、すぐさまこの苦行から逃れるべく口を開く。
「ならこれ辞めていいか? 気晴らしに散歩してたのに意味ねぇし、普通にこんなことされんの嫌だし」
「娯楽をお望みか? ならば追加の報酬でくれてやろう」
「え、いや……そんな気分じゃねぇから散歩してたんだぞ?」
「ここには意外と多くのものがある。例えば‥」
「会話をしてくれ!! 俺が言えたことじゃねぇもだけど!!」
別にアールの依頼を受けなくても、バロンが話していた3つだけでも十分王様への交渉材料になるだろう。
そんな思惑からの発言のはずだが、研究から逃がすつもりのないアールは気晴らしがしたいという部分だけを切り抜く。
正確無比な採血を続けながらも、彼をこの場に繋ぎ止めるべく森にはない品々を漁り始める。
逃げ出したいだけだったリューは、どうやら逃れられないようだぞ……と察して悲鳴を上げていた。
「じゃあ頑張ってね。俺達は俺達で、他の依頼するから」
「次の国では優先してやるからめげんなよ〜」
「えっと、ごめんねリュー。私には荷が重いかなって」
「……お兄ぃ、ファイト」
「クッソ……!!」
しかし、リューは最終的に協力すると言っていた。
ライアン達もその言葉を聞いていたので、彼らは口々に激励の言葉を投げかけながら部屋を後にする。
実の妹であるフーすらも、一度は兄が納得したことだということで助けるつもりはないようだ。
階段付近にいたライアンを先頭に、ヴィンセント、ローズに続いて階下へ降りていく。
リューは苦々しげにしていたが、ライアン達は元から別行動をしていたので、ある程度は仕方がない。だが、その中には明らかにおかしな者もいて……
「ん……? おいソン、どこ行くんだよ?」
なぜか彼らと一緒に去ろうとしていた男、ソン。
彼に目敏く気が付いたリューは、訝しげに、恐る恐る問いかける。
「どこって、魔獣討伐だが」
「はぁぁッ!? 俺は無理やりここに縛り付けられてんのに、お前はこれ放り出して行くのかよ!?」
するとソンの答えは、ここの研究協力ではなく魔獣討伐の方の依頼を受けるというもの。しかも、ただでさえ彼はリューよりも楽な研究協力しかしていないのだ。
だというのに逃げるという彼を流石に許容できないリューは、目をかっぴらいて抗議を始めた。
「研究対象は、神獣と魔人。2人も神獣は必要ない。
それに、君はこちらを選んだのだろう?」
「ふざっっっ……!! 真っ先に協力してもいいっつったのは、テメェだっただろうがぁぁぁッ……!!」
「ふむ、たしかに。だが、私はちゃんとこの薬を飲んだ。
それ以上を受けたのは君だけだ。あの駄馬は知らん」
「ダァァァァッ……!! チックショーがッッ……!!」
かなりの量の採血と、安全の保証はない薬物投与。
どちらにもそれ相応のリスクがあり、彼らはそれぞれの協力をした。
その上で、採血以外を拒否していないのはリューの選択。
アールが主張した、制限を設けていないのは自分自身というものよりも遥かに正当性のある言葉に、リューはただ叫ぶことしかできなかった。