221-相談役の助言
「なるほどなるほど……
死の森からミョル=ヴィドへ攻め込むための助太刀、ですか」
ライアンが相談を始めてから十数分後。
一行へがこの森へとやってきた目的を理解したバロンは、難しい表情をしながらもうんうんと頷いて見せていた。
といっても、難しい表情をしていることからもわかる通り、彼の頷きは了承ではなく相槌である。
彼が聞いたのは、ライアン達が戦力を必要としてまずはこの森に来たこと、そのために王様に会いたいことなどだ。
どうやらこの場では加勢を確約できないようだが、彼自身としては助太刀になんの問題もない。
問題はもちろん、この国の王様の怠惰具合である。
そのため、恐る恐る問いかけてくるローズにバロンは、申し訳なさそうに言葉を返す。
「やっぱり難しい、かな……?」
「いえ。本来ならば、今すぐにでもお助けしたいところなのです。しかし、この国の王様は怠惰ですから……おそらくは、行きたがらないでしょう」
「では、問題は王様の気分ということですか?」
「そうですね……申し訳ない」
ライアン達からしてみれば、これは大切な家族を助け出せるかどうかという重大なものだ。それを怠惰だから、王様の気分次第などという風に伝えなければならないバロンは、内心どれだけ辛いことだろう。
実際、ヴィンセントに王様の気分次第かと問われると、さらに苦しげに表情を歪め、頭を下げてしまった。
するとヴィンセントは、慌て始めるローズを尻目に少し考えると、慎重に言葉を紡ぐ。
「つまり、気分で拒否できない状況にすればいいと?」
「おお、話が早いですね。その通りです」
その言葉を聞いたバロンは、パッと顔を上げてニヤリと笑う。どうやら、ヴィンセントはバロンと同じことを考えていたらしい。
気分で拒否できない状況……つまりは、嫌でも行かざるを得ないような恩を売ること、他のケット・シー達にこちらの味方についてもらうことだ。
バロンと同じ認識だと察したヴィンセントは、すぐにでも行動を始めるべく彼に問いかけていく。
「何か手伝うことがありますか? できるだけ大変な」
「ん? そういう話なら、俺前回助けたよな〜?」
恩を売るとなれば、一番簡単なのはもちろんこの国の問題を解決するなど、何かを手伝うことだ。
遅れながらも2人のやり取りで察したライアンは、前回ここに時にしたらしいことを思い出してポツリとこぼす。
「しかし、あなたも彼から力を得ました。
怠惰な王様ですから、そこでごねると思いますよ」
「あ、そういう感じね〜、りょ〜かい」
だが、彼もまた対価を得ていたようで、今回も何かを手伝うことは確定だ。彼は明るく笑うと、今度は何を手伝うのかと依頼を待ち始める。
「それで、今手伝ってほしいこととのことですが……
一番は魔獣討伐ですね」
「なんだ、また魔獣が暴れてんのか〜?」
「いやいや、魔獣はいつでもどこにでもいますからね。
そもそも人に限らず、現地生命体の敵となる獣が魔獣です。
本来は王様が討伐するものですが、サボっていますので……」
またも口を挟むライアンだったが、バロンは慣れた様子でするりと流しつつ、緊急性どころか王様に直接関わることでもあると伝えていく。
王様がするべき仕事を、ライアン達客人が片付ける。
これ以上に恩を売る行為なんてそうはないだろう。
なぜこの依頼が真っ先に出たのかに納得する彼らは、すぐに復唱するヴィンセントとバロンのやり取りを見守る。
「最優先がそれ、ということですね」
「はい。他に頼むことは、王様以外のケット・シーとの関係構築に役立つもので、王様に恩を売るならこれが一番です」
「ちなみに、他に頼むこととは?」
「デュークの手伝いは、王様関係なしなら一番切羽詰まっていますし、何よりもありがたがたいです。女王はあなた方との会話を望むでしょう。あとは……そうですね、アールの実験に参加する、などでしょうか?」
「実験……? この森で?」
魔獣討伐以外にも頼みたいことはあるようだったので促すと、バロンは3つの頼みを口に出す。
王様の代わりに仕事をしている苦労人――デュークの手伝い、我儘な女王様の相手、変人学者の実験体。
どれも大変そうで、ただ倒すだけの魔獣討伐が一番簡単ではないかと思われるくらいの依頼たちだ。
しかし、中でも最も内容が不透明なのが変人学者の実験体であったため、ヴィンセントは最後に告げられた依頼に対して補足説明を促した。
「えぇ、実験です。このアールという者は実はケット・シーではなくてですね。他所からやってきたカーバンクルなのです。ですが、彼はその性質故に我ら七皇にまで登り詰めた。
計測や実験が趣味という特異性によってね。
まぁ、そもそも七皇は彼の作った枠組みですが」
「なるほど……それはたしかに特殊な方だ」
「はい。それにもちろん、実験内容はそう過激ではないはずですよ。ケット・シーが追い出していないのですから」
ヴィンセントに促されたバロンは、淀みのない口振りでその実験や学者について語っていく。
ケット・シーの国であるこの森で一番の異端者だから、この自然のままの森に似合わず人のように実験を。
人のような規律正しさを求める変人だから、森で自由に生きる彼らに指導者を作り、最低限の管理を。
もちろん、目の前にいるバロンのようにしっかりとした者もある程度いるだろうが、ライアンが変人学者と呼ぶのも納得だった。いや、彼らは猫だが。
どちらにせよ、実験の安全性についても言及されたことで、ヴィンセントも安心したようにそのことを視野に入れて予定を考え始める。
「案外多いですね……一度全員に会ってみてから、手分けして片付ける? お嬢は楽なところに行ってほしいし」
「……もう大丈夫だと思うけどなぁ。魔獣以外なら」
「……そうですか? なら別にいいですけど」
ローズを大変なところに向かわせられない、という風に呟くヴィンセントに、当のローズ本人は不満げだ。
つい控えめながらも主張してしまったことで、彼女の従者はすぐさまその言葉に同意してしまう。
しかし、ローズは八咫での暴走で体調を崩してており、そのせいで後発隊が作られた程である。大抵のことは大丈夫だとしても、少なくなくとも実験体はよくない。
そのやり取りを聞いたライアンは、主を信じ切った目をしたヴィンセント、たじろぐローズの間に割って入った。
「そこは諌めろってヴィニ〜……
ローズも別に、無茶したいって訳じゃねぇんだろ〜?」
「う、うん。大袈裟だな〜とは思うけどね?」
「てことだ。アールのとこはよくわかんねぇから絶対無理、デュークのとこは休みながらならいいかもだけど、キツイ。
ま〜クイーンのとこ行くのが1番いいんじゃねぇかな〜」
「女王の相手……だね。なら、フーに付き添いを頼むよ」
「りょ」
正確にローズの意思を確認したライアンが話をまとめると、ヴィンセントはちゃっかりフーを護衛に据えた。
彼は家族に迷惑がかかるレベルで優先はしないが、それでもやはり指針はローズだ。
彼女がしたいと言ったのなら従う、そうでもないなら最善の選択をする。別行動でも特に気にしないが、それも命令があるか、信用する相手が彼女の近くにいる場合限定だった。
彼はただ、自分を救ったローズの選択を信じているだけ。
決してすべてを彼女のためにということもないため、一行は違和感なく話を進めていく。
「残りは〜……狩りと実験と事務?
おいおい、リュー達いねぇから人数足りねぇな〜」
「ならどちらにせよ、一旦会いに行く必要はあるね。
王様、学者、女王。森を歩いてるなら、出くわしてるかも」
「かもな〜……なぁバロン。一応確認なんだけどさ。デューク以外で1番近くにいそうなのって、アールだよな〜?」
「そうですね。彼の研究所は近いですよ。比べられるのは、デュークのいる王様の住処くらいですけどね」
ヴィンセントの予想を聞いたライアンは、珍しく嫌そうな顔をしながらバロンに問いかける。
居場所が確定しているのは、王様の住処で仕事をしていると思われるデューク、研究所が近いらしいアールのみ。
他は王様も女王も現在地不明であるため、他の選択肢は彷徨うことくらいだ。
バロンも迷いなく頷いたことで、彼は心の底から嫌そうに大きくため息を付きながら、覚悟を決めた様子で目的地を口にした。
「はぁ、行くか〜、あいつの研究所……」
「そんなに嫌なの……?」
「固っ苦しいんだよな〜……」
「まぁまぁ。私とヴィーも同行しますから。ね、ヴィー?」
「……」
アールに会いたがらないライアンの様子に、バロンは苦笑しながらヴァイカウンテスに話を振る。
しかし、湖を眺めながらぼんやりと横になる彼女は、一切の反応を見せなかった。
「ほら、彼女も行くと言っていますよ」
「あなたが手を上げさせたよね……?」
「ははは、いいんですよ。彼女は何かないと、常にぼーっとしているのでね。無理やり引っ張っていく位じゃないと」
反応のない彼女をを無視して話を進めるバロンに、ローズは戸惑ったように尋ねる。だが、彼は慣れた様子で説明も付け加え、彼女を持ち上げて背負っていく。
ヴァイカウンテスも特に抵抗しなかったので、2人はそのままアールの研究所まで同行してくれることになった。