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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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220-森の相談役

「バロンさまー? バロンさまはねー、いまはねー、ちかくのみずうみにいるよー。ほらー、こっちこっちー」


一行がたまたま木陰から覗いていたケット・シーに声をかけると、彼は運良くバロンの現在地を知っていた。

しかもそれだけではなく、彼は頼むまでもなく案内を始め、おそらく湖の方に向かってぴょんぴょん走り始める。


あまりの都合の良さに男性陣は苦笑しているが、女性陣は彼の可愛さに魅せられており、満面の笑みでついて行く。


どうやら、見るからに純粋そうなケット・シーだったので、初対面でありながらマスコット的な存在になったようだ。

小さい彼にすぐに追いつくと、両隣を駆け足で進みながら声をかける。


「ねねっ。君、名前は?」

「なまえー? ぼくらになまえなんてないよー?」

「判別、不便……命名、要求……」

「え、なにー? どゆことー?」

「お名前付けましょうねーだって」

「みんなすきによぶけどなー。

ぼくはよく、外れの茶トラってよばれるよー?

おい、そこの茶色の! とかねー」


隣で浮きながらついてくるフーに、名前を付けることを要求されると、彼は不思議そうに首を傾げた。

彼にはたしかに名前はない。


だが、彼の住んでいる場所がこの森の外れであること、薄いオレンジがかった毛色に、赤褐色の縞模様が入った柄であることなどから、区別はされているようだ。


つまるところ、ケット・シーの文化的に自分から名乗るような名前はないが、他者が呼ぶ名前に近いものはある。

もし森の外から来た友人がいるとするならば、きっと茶トラなどと呼ばれるのだろう。


そのことを理解した様子のローズは、少し考えたあと、彼を普段の呼び名で呼んだ。


「……じゃあ、茶トラちゃん?」

「うん、ぼく茶トラ!」

「私はローズね」

「……フー」

「よろしくー、ローズフー」

「合体しちゃってるね」


彼女達が茶トラに自分達の名前を名乗ると、彼は2人の名前を繋げて呼んでしまう。これにはフーも苦笑を禁じ得ず、もちろんローズはおかしそうに笑っている。


茶トラもローズも、初対面でもあまり物怖じしない性格なので、もうすっかり仲良くなっているようだ。


談笑しながら走る彼女達は、後ろからついてくるライアンとヴィンセントの紹介やお互いのことなどを話しながら、泉に向かっていった。




~~~~~~~~~~




彼女達が湖に向かい始めて十数分後。

目的地がそう遠くない場所にある湖であったこと、彼女達が神秘であったことなどから、一行は泉の目前まで来ていた。


「ぼくはおさかながすきだから、みずうみもすきー。

ローズフーは、おさかなすきー?」

「私は野菜の方が馴染みあるなー。

でも、もちろんお魚も好きだよ」

「好きな、食べ物……特に、ない……」


現在彼女達が話している話題は、湖が近いこと……つまりは魚がいる場所に来たということで、好きな食べ物についてだ。


後ろからついてくるライアン達は相変わらず話に加わらないが、自然の中でも街中でも必須である食事という話題に、3人は大いに盛り上がっていた。


「ないのー? へんなのー」

「なんでも食べるよね、フーは」

「強いて……肉」

「おにく、おいしーよねー。あ、ついたよー」


彼女達の会話は、たしかにそれなりに盛り上がっていた。

とはいえ、茶トラは純粋である以上に中々気分屋だ。

彼は目的地についたことで興味がそちらに移ると、ローズ達との会話をやめて湖に突っ込んでいく。


「わーい、みずうみだー!」

「あっ、茶トラちゃん……!?」


スピードを上げて泉に飛び込んでいく茶トラとは違い、目的地についたと知ったローズ達は足を止めかけていた。

まさか、そのまま湖に飛び込むとは思っていなかったのだから当然だ。


後ろを振り返っていた彼女達は、茶トラの予想外の行動に手を伸ばすが届くはずもなく、彼は一瞬で消えてしまう。


「あらら……」


虚空を掴む彼女達の視線の先には、湖に広がる波紋。

案内役は完全に視界から消失していた。


「ん〜? 泳ぎにでも行っちまったか〜」

「そうみたい。でも、ライアンもバロンって子は知ってるんだよね? ちゃんと顔わかる?」

「七皇とは一通り面識はあるぜ〜。任せとけ〜」


ローズが追いついて苦笑しているライアンに問いかけると、彼は自信満々に頷く。同時に、バロンを探して視線を動かしていたため、彼はすぐに目標の人物を見つけた。


「お、いたいた〜。あそこで子猫の面倒を見てるやつがそうだぜ〜。てか、ヴァイカウンテスもいるな〜」


彼らがライアンの指差した先に視線を向けると、そこにいたのは10匹前後の子猫たちに群がられている二匹の成猫。


ボケ〜っとしていて尻尾やほっぺなどを好き放題引っ張られている白猫と、子ども達の疑問に答えているメガネをかけた三毛猫だった。


ヴァイカウンテスは少し話が通じないという触れ込みだったので、おそらくは会話をしていない白猫がそうだ。

そして、子ども達の疑問に答えている、つまりは話せているメガネの三毛猫がバロンだろう。


彼らはのんびりと歩いて行くライアンの後ろに続きながら、後ろ足で立つバロンと思しき三毛猫を見つめていた。


「お〜い、バロ〜ン!」

「おや、獅子王殿」

「し、獅子王……!?」

「違う違うっ!! 俺はライアンだって!!」


近くまできたライアンが明るく声をかけると、やはりバロンだった三毛猫は、子ども達の頭を撫でていた手を止めて彼を珍妙な名前で呼ぶ。


どうやらこの国でのライアンの名前……というより呼び名のようだ。しかし、呼び名ということはやはり、ライアンが自分から名乗っている訳ではないらしい。


意表を突かれたローズ達が一斉に復唱すると、彼は慌てたように訂正を始める。するとバロンも、柔らかな笑顔でその言葉を受け入れた。


「ははは、わかっていますよライアンさん。

これは森の子達の呼び方です。私は七皇なのでね」

「そっちも大概だけどな〜……」

「はははは、ですが命名はアールですし、何事も少し大袈裟くらいの方が意欲が上がりますよ。目標があると頑張れるように、神秘が名のせいで生き方を貫くことになるように。

良くも悪くも、ね……」


獅子王を嫌がるライアンに、七皇という呼び名も同じようなものだと指摘されたバロンは、森の相談役らしく名前について説いていく。


何かをするのだという言霊、自分はこうなのだという言霊。

それが必ずしもいい結果になるとは限らないが、変に怯えて何も起こらないよりはいい。


子猫たちをヴァイカウンテスに押し付けながら、暗に獅子王という呼び名を受け入れろと言っていた。


「分不相応なんだよな〜、それ。

百獣の王は他にいるだろ〜?」

「ししおー、ししおーだ!」

「はいはい、君達はヴィーさんで遊んでいなさいね」


渋い顔をするライアンだったが、そのやり取りで彼に気がついた子猫たちに群がられて苦笑する。

だが、すぐにバロンの一声で解放されたので、ホッと一息ついていた。


「はーい! せんせー、あーそーぼ!」

「あー……魚は、美味しい。繰り返して」

「おさかな、おいしー!」

「特にあのー何? 青いの。そこのね、獲ってきて」

「おー!」


バロンのせいで逆に群がられたヴァイカウンテスも、さっきまでガン無視でぼーっとしていたが、流石に煩わしくなったらしい。


子猫の勢いで背中から倒れ込んだ後、どうにか起き上がると湖を指差しながら同じく標的を移していく。

ぼんやりとしているだけあって、その魚の名前は覚えていないようだが、それでも彼女は先生だ。


美味しい。その言葉だけは確実であり、子猫達はその味を求めて湖に飛び込んでいった。


「……あ、少し危ない?」

「いいえ? 外れの茶トラくんが中にいますよ」

「誰それ……? まぁいいか」


自分で差し向けておきながら、子ども達を監督する大人がいないことを危惧した様子で起き上がるヴァイカウンテス。

だが、茶トラを見ていたらしいバロンが否定すると、誰かは覚えていないながらも再び横になり、ぼんやりし始めた。


「……さて。何か相談があるんでしょう? 聞きますよ」

「お、ありがとな〜! 実は……」


ローズ達が呆気に取られている中、森の相談役であるバロンはどんな相談なのかと他国の友人を促す。

するとライアンも、眩しい笑顔を浮かべて速やかに相談をし始めた。


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