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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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216-超人VS超獣

ローザが騒々しく立ち去った後、部屋に残されたのはお菓子を奪い合う2人とダグザの3人だけ……ではない。


今まで椅子に座って天井を仰いでおり、ほとんど存在感のなかった少年は、当たり屋のような勢いのローザがいなくなると、もうぶつかる心配はないとばかりに立ち上がる。


フォーマルハウトと同じくエリザベスとお菓子を奪い合うのかと思いきや、彼が向かうのはローザが去っていったドアの方向だ。


いきなり動き出した彼に驚いたエリザベスは、お菓子を奪い返されるのも気にせず問いかける。


「あれ? お兄ちゃん、どこか行くの?」

「んー、ちょっとね」


エリザベスの兄であるらしい少年は、自分よりも大人の姿でありながら、座っていることで自身より低い位置にある彼女の頭を誤魔化すようにポンポンと叩く。


しかし、女王がそんなことで誤魔化されるはずもない。

彼女は嬉しそうに頬を緩めながらも、フォーマルハウトからお菓子を取り返しつつ質問を続けた。


「え、アイス食べたいの? あるよ?」

「いやいや、違うよ」

「じゃー何?」

「……ジェニファーとガノに頼み事をしていてね。

その様子見と、仕上げに少し手を加えたいなと」

「ふーん……?」


フォーマルハウトと格闘しながらもしつこく聞いてくる妹に、流石の彼も折れたようだ。ローザに頼んだことへ引っ張られる彼女に苦笑しながらも、言葉を選んで問いに答える。


すると、言葉少なに答えただけあって、やはりエリザベスは少し不思議そうに小首を傾げた。

だが、なにか用事があるということだけは伝わったらしく、手を振りながら奪い合いに戻っていく。


「まぁ、オスカーじゃないんだし、そこまで心配する必要もないか。いってらっしゃーい」

「うん、また後でね」

「お気をつけていってらっしゃいませ、フェイ様」

「じゃあな、フェイ坊」

「エリーの面倒は任せたよ」 


部屋のみんなとの挨拶を終えた少年――フェイは、自分が部下に頼んだことやこれから行うことに意識を向けながら、部屋をあとにした。




~~~~~~~~~~




フェイがティタンジェルへと向かっていた頃。

クロウ達がティタンジェルへの道を進んでいた頃。


ソフィアと二頭の魔獣に瀕死の重傷を負わされていた海音は、わずかに森が開けた場所にあった泉にて、血だらけの体を洗いながら休息をとっていた。


「ふぅ……少し染みますね……」


八咫から着て来ていた和服は、全身を斬ったソフィアの一撃で大部分がなくなっている。だが、泉に浸かっているうちに彼女の皮膚は少しずつ再生しており、同時に服もある程度は戻っていく。


神秘である彼女が異常にタフで、肉体の素の再生速度もずば抜けていたのと同じように、普段から彼女の神秘をまとっている和服も、彼女の一部のようなものになっているようだ。


治りかけの肌にこびり付いた血糊がはがれ、ところどころ骨まで見えていたような傷と同時に服も再生するのを見ると、海音はホッと一息ついた。


「神秘に成った時の急成長では、サイズが調整されていましたからね……ここまで原型がないと流石に完全復元は無理そうですが、動いても気にならないくらいには直りそうです」


泉に浸かる前はほとんどの全身の皮膚が剥がれ、血肉や骨を剥き出しにしていた海音だが、しばらくすればツルツルの肌が戻ってくる。


服は海音という神秘に影響を受けるだけなので、やはり完全復元とまではいかないが、それでも丈が短いだけだ。

隠すべき場所は隠れており、彼女は普段と変わらない様子で泉から上がった。


「この森は暖かい……常春の楽園のようです。放っておいてもじき乾くでしょう。……そもそも乾かす手段はありませんが」


ソンからルーン石を奪ってすぐ森に突入した海音は、最初から着ていた和服の他には刀しか持ち合わせていない。

足にしていたプロケラスも逃げていったので、泉から上がればそのまま徒歩で探索だ。


和服から滴る水でピチャピチャと音が鳴るため、ソフィアに襲撃される前よりも周囲を警戒しながら、彼女は当てもなく森を彷徨う。


「……?」


しかし、海音が歩き始めて幾ばくもなく。背後からは、彼女に迫るような動きで森を進むような音が迫ってきた。


追う余裕こそなかったソフィアであるが、意識ははっきりしていて彼女が乗るプロケラスの進行方向は確認できる。

さらには、海音はソフィアから逃げるように移動していたのだ。ほぼ確実に追手だった。


完治はしていないものの、血肉を晒している状態からは脱している海音は、覚悟を決めて刀を構える。

すると、目の前の森を吹き飛ばしながら現れたのは……


「あははははっ!! ようやく見つけたよ、あのソフィアから逃げ延びたっていう化け物ちゃん!!」


引っこ抜かれたらしき大樹に乗って滑りながら、障害物をことごとく槍で薙ぎ倒しているオスカーだった。

彼は海音を見つけると、顔を輝かせて槍を振るう。


槍が弾いた空気の衝撃で軌道を修正された大樹は、本来なら進行方向上にいなかったはずの海音に向かっていく。


「……化け物ではなく、聖人です」


"我流-叢時雨"


だが、目前に迫る大樹を目にしても、海音が取り乱すことは一切ない。無表情のままで呟くと、いつの間にか納刀していた刀を一瞬だけ煌めかせる。


放たれたのは、小雨のように細かくやや大雑把な斬撃。

それはオスカーの乗る大樹を迎え撃つと、左側だけを大きく削り取り、力尽くで進行方向を変えてしまった。


「わはぁ!! やっぱりすごいよ君!!

力も技術もあの少年達とは比べ物にならない!!

これね、多分一瞬で木像を作るショーとか‥」


海音の力を見たオスカーは、樹ごと彼女から遠ざかってしまわないよう地面に飛び降りる。

それも、大樹を瞬く間に削り取った海音を恐れるどころか、むしろウキウキと声を弾ませながら。


彼は追跡者であり彼女を裁く円卓の騎士。

これから殺し合うはずなのだが、場違いにもショーと口走るくらいにはとち狂っていた。


"天羽々斬-神逐"


しかし、既にソフィアで痛い目を見ている海音が油断することはない。オスカーの話を完全に無視して、全力の一太刀を浴びせかけた。


彼女が放った天を裂く程の水刃は、森を斬り裂きながら彼に迫っていく。大樹を次々に斬り倒していくその一撃は、まともに受けたらオスカーでもただでは済まないだろう。


だが、彼はその斬撃を見て首を傾げると、避けることなくその身に受ける。


「……っ!?」

「グッ……!! くふっ……これは、とんでもない技だね……!!」


海音が驚きに目を見開く中、背中までスパッと斬られ左半身が重力に従って落ちていくオスカーは、右手で無理やりそれを押さえつけながら苦しげな声を出す。


彼の顔に驚きの色は見えないので、どうやら避けられなかったのではなく避けなかったようだ。意図がわからない海音は、警戒を解くことなく彼を問いただしていった。


「あれを避けないなんて、一体どういうつもりですか……?

まさか、あなたは私を裁くつもりがないとでも……?」

「いやい……あー、裁くつもりは、確かにないかもしれない。

私は君と戦いたいだけだから」


海音の詰問を受けたオスカーは、はじめは否定していたものの、すぐにうなずいて若干訂正する。実際に殺し合うことに変わりはないが、目的は確かに裁くことではないのだと。


しかし、殺し合うことに変わりがないのなら、自ら傷を負うのは結局異常な行動だ。やはり理解できない海音は、厳しい表情のまま詰問を続けた。


「どちらにせよ、意味がわかりません。戦う気があるのなら、わざわざ不利になることはしないものです」

「何、簡単なことさ。君はソフィアとの戦いで既に満身創痍だ。ならば、私も同じだけのハンデを負わなければ」


それに対するオスカーの答えは、海音と対等に戦うこと。

目的が裁くことではなく戦うこと――ひいては戦いを楽しむことであるため、自分が有利な状態では意味がないということなのだろう。


ようやく納得した海音は、裂けた体から滝のような血を流すオスカーに語りかける。


「……それで戦えるのですか?」

「あっははは! この程度の怪我、傷口をくっつけて力を込めれば簡単に治るものでしょ? ……ほら、この通り」


胡乱げな目で聞かれたオスカーはら右手で押さえつけていた左半身を、さらに力強く右半身に押し付ける。

すると、海音と同じで完全に治りはしないものの、一応は左右の体はくっつき、左腕も動かせるようになっていた。


「君と私は同類だろう? そう簡単に戦闘不能になんてならないさ。だから、存分に殺し合おう(遊ぼう)!!」

「……はぁ、とても嫌な予感がします。ですが、単独であなたから逃れるのは無理ですね。いいでしょう、お相手します。

私は、あなたを倒してクロウさんを探しに行く」


殺し合いに同意した両者は、お互いに武器を構えて相手を見据える。片や、全身の血肉を斬られていながら。片や、上半身をほぼ真っ二つにされていながら。


途轍もない力の高ぶりに森の神獣達が逃げて行く中、2人だけの世界に入った彼女達は、どこまでも緊張感を高めていく。


"天叢雲剣-神逐"


「私がー斬る!!」


しばしの静寂の後。

彼女達の間に樹木が倒れ込んできたことを合図に、規格外の戦士達は最古の森にて激突した。



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