213-許可証
ソンからノーグを通る許可証を奪い取った海音は、刀のみを持って野を駆ける。クロウとは違って、侵入者というだけでなく窃盗までしている罪人だ。
しかし、盗られたソン本人はこの失態や侵入されることなどを対して気にしていないのか、彼女を追おうともせず見送り、表情薄く困っていた。
「……さて、どうするか。まず間違いなくあの女に叱られるな。アブカンの分を貰えば入ることはできるが……
こうなると、全部終わってから戻る方が楽かもしれない」
ソンは気絶しているアブカンの荷物からもう一つのルーン石を取り出すが、そもそもの問題は自分が入れなくなるというよりも海音が侵入することだ。
彼女が走り去った時点で詰んでおり、たとえ身体能力で敵わないのだとしても、止めようともしなかったのだから明らかに彼の不始末である。
入っても意味がない、海音を止めることもできない、確実に怒られるとなったソンは、とりあえず地面に腰を下ろした。
「……侵入、放置?」
「悩ましいところだ。正直、侵入自体には興味がない。
どうせ裁かれるからな。ならば、バタバタ無駄に追う必要はないのでは……と思う。怒られるが」
「……あなた、愉快」
「私ほど面白味にかける男はいないぞ」
マイペースにくつろぎ始める彼を、フーはわずかに戸惑いを浮かべながら見つめるが、当のソンはお構いなしだ。
悩ましいと言いつつも、特になにか行動を起こすこともなく空を見上げている。
そんな彼を見たフーは、本来裁きに来るような円卓の騎士が同じ場所でくつろいでいるということに、微かに微笑みを浮かべていた。
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駆ける……駆ける……駆ける……
ソンから許可証を奪い取った海音は、ノーグを目指して全力で野を駆けていく。
危険な森の中にいるクロウを助けるために、取り乱しているリューが危惧していることを、実現させないために。
この森でも生き残れるであろう自分だけが侵入できる状況を逃さず、単身突入を強行する。
とはいえ、海音自身の欲求が消えたわけではない。
ノーグの目前まで来た彼女は、許可証で通り抜ける前に刀を抜くと、珍しくワクワクした表情で構え、振り抜いた。
"天羽々斬-神逐"
彼女が放ったのは、天を斬る程の威力を秘めた水刃。
それも前回とは違って、天どころか宇宙すら斬り裂くつもりなのかという程に全力だ。
斬撃は大地を引き裂きながら一直線に壁へと向かい、ついでのように天を割りながら、道を阻むそれに直撃する。
「……ほう。やはり封印というのは斬れませんか」
しかし、その斬撃でノーグが開くことはなく。
壁はメキメキと悲鳴を上げながらも、決して道を空けずその先を見通すことすら許さなかった。
その威容を見た海音は、初めてまともに斬れなかったものとして感心したように呟いている。
だが、もちろん彼女がそこで止まることはない。
流石に何か起こったと気づいたらしく、壁の上からは前回と同じように中性的な声が降ってくるが、返事をしながらも足を止めずに突き進んでいく。
「ちょ、ちょっと何です……!? 何か激突したような……!?」
「おや、ソフィアさん」
「……!! はぁ……またあなたですか。今回はお一人で?」
「はい、押し通りに来ました」
「はい……? あの、ここはルーンがなければ‥」
「急いでいますので、また中で」
「ちょっ……!!」
一瞬目を見開いて驚いていたソフィアだったが、彼女はすぐに落ち着きを取り戻すと、冷静に状況を確認しながら海音を止めようと話しかける。
しかし、猪突猛進にひたすら突き進む海音はもちろん止まらない。話をぶった斬られて焦るソフィアをスルーし、奪ったルーン石を掲げながら扉に突っ込んでいく。
「え……!? なんであなたがそんなものを……!?」
「ソンという円卓の騎士から奪いました」
「あの自由人ッ……!!」
海音が持っているルーン石を見ると、ソフィアは彼女が現れた時の数倍もの驚きによって動きを止める。
海音も律儀に返事をするが、ソフィアがソンに怒りを見せている隙に、彼女はノーグをすり抜けてミョル=ヴィドへと侵入してしまった。
ノーグは許可がなければ通れない。
だが、逆に言えばその分見張りが少なく、許可さえあれば誰でも簡単に入れてしまうのだ。
ルーンを取られていたのはソンの落ち度だが、直接道を阻めば侵入を防ぐことのできたソフィアもまた、小さなミスをしたと言える。
「しまった……!! 一番厄介なのを入れてしまいました……!!」
遅れながらも海音の侵入に気が付いたソフィアは、焦りながらもスキニーパンツに下げられていた双剣を抜くと、バッと壁の内側に飛び降りていった。
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「ここが、ミョル=ヴィド……とても綺麗なところですね」
許可証を奪い取ったことでノーグを突破し、ミョル=ヴィドに侵入を果たした海音は、ひとまず壁から離れるべく進む。
納刀したままの愛刀に手をかけながら、油断なく周囲を見回しながら。
そんな彼女の目に映るのは、この世のものとは思えない程に神秘的な輝きに満ちた森。
宇迦之御魂神が身を潜めていた森のように光り輝き、だがそれ以上の規模で、比べ物にならない程の生命力を感じさせる場所だ。
ここでは一本一本の樹が天を衝くくらいに立派で、日光に照らされた葉が緑色のシャワーとなって降り注いでいる。
空を見上げても空など見えないが、樹自体が神秘的に輝いているので、日光を感じられるのだった。
「ですが、危険度は八咫以上……」
森を突っ切っていく海音は、気配を殺しながら魔獣を観察し呟く。ここはアヴァロン。神獣の国。
人と神獣の国である八咫だと潜む神獣も、ここでは支配者として森を闊歩していた。
右を向けばスマートな肉体を持つ羊が草を食み、左を向けば足が燃えている狼や立派な角を持つ一角獣が殺し合っている。
アフィスティアには森を突破できると言われ、ソフィアにも生き残ると目されている海音だったが、それでも油断は禁物だ。
彼女はどう見ても危険そうな、殺し合っている魔獣から距離を取るように進路を変える。だが……
「えぇ、この森は危険ですよ。なにせここは、神獣の国。
そして、その最たるものが我ら円卓の騎士」
「……っ!!」
進行方向を調整した瞬間、背後から襲いかかってくる者がいた。周囲にいた魔獣とは関係ない存在、ノーグを越えた時点で敵対者となった円卓の騎士、ソフィア・フォンテーヌだ。
彼女は上着を羽のように揺らしながら、足先を空に向けたままくるくると体を回転させて海音に斬りかかっていく。
瞬時に気づき、抜刀した刀で双剣を受け止める海音だったが、彼女もこんなに速く追いつかれるとは思っていなかったのか、若干反応が鈍い。
迎え撃つ体勢になっていなかったことから、殺し合う魔獣がいる方向に弾き飛ばされてしまう。
「言いましたよね? 中に入れば容赦はしない……と」
「……っ!? 速いっ……!!」
背中から吹き飛ばされる海音は、ソフィアに刀を向けたままの状態を保ちながらも、ちらりと魔獣を確認する。
すると、彼らもソフィアとのやり取りで気がついていたらしく、標的を一旦海音に移しているような素振りを見せていた。
「円卓の騎士、序列2位……ソフィア・フォンテーヌ。この場は審判の間ではないですが、あなたに裁きを与えましょう。
炎狼ヴァロルカクスに一角獣プロケラスまで相手にしても、あなたは生き残れますか?」
「ッ……!!」
巨大な角を海音に向ける一角獣――プロケラスに、足の炎を燃え上がらせている狼――ヴァロルカクスが吠える中、ソフィアは宙を舞いながら飛ぶように海音に襲いかかっていった。