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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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212-聖人とは正しく聖者ではなく

「……馬、速い……止める、必要……」

「つまり、斬ればいいと‥」

「追う、走る」

「……なるほど、頑張ります」


馬と旅人に無視された形になったフーは、手を虚空に伸ばしながら海音にたどたどしく指示を飛ばす。

それを聞いた海音はすかさず刀を構えるが、フーに止められると一瞬で納刀して走り出した。


リューは変わらず地面に転がったままであるため、本来追跡に適しているフーはこの場を離れることはない。

しかし、海音はずば抜けた身体能力を持っているので、みるみる彼らに迫っていく。


「……?」

「この時期の当番は湖♪ 正しくて堅物な円卓の最優♪

だけど、封鎖されて困難は太陽♪ 正しくて従順な円卓の最高♪ あの女なら押せばいける、任せるぜ相棒♪」


旅人とは違って自分の足で走る海音だったが、追いつくのにそう時間はかからなかった。目の前を通り過ぎていった時はぼんやりとしていて、かなりの距離を離されていたのだが、ものの数分で彼らに追いつき並走を始める。


しかし、無言で上に乗っていた狩人とは違い、騒がしく喋りながら走っている馬は彼女に気が付かない。


気が付いたはずの狩人も首を傾げるだけだったので、馬が足を止めることはなく、海音も並走を続けることを余儀なくされた。


「あの、止まってくれませんか?」

「……?」

「勢いで押すために止まらぬが最善♪

叱る時間消すために止めねぇぜ運転♪」


全力疾走しながらも、狩人が乗る馬を止めるために話しかける海音だったが、馬は蹄も声も騒がしすぎて気が付かない。

狩人もなんだこいつ……? というようにうっすらと目を細めているので、海音は目に見えてイラッと表情を歪めた。


だが、それでも狩人は首を傾げるだけであり、ついに海音は腰から刀を抜く。一瞬で鯉口を閃かせると、峰打ちながらも全力を込めた一刀を馬に叩きつける。


"天羽々斬-鞘"


彼女が放ったのは、刃があれば天すら斬り裂いた水刃。

今回は峰打ちであるため叩き潰される程度だろうが、峰打ちにしてはかなりの力を込めた一撃だ。しかし……


"ストレッチアウト・フェイルノート"


ほとんど表情が動かない狩人は、落ち着いた様子でマントからハープボウを取り出すとポロロン……と曲を奏でる。

するとその瞬間、周囲にキラキラと光る糸が張り巡らされ、海音の斬撃は簡単に受け止められてしまう。


同時に、まばらに生えている木々や地面に縫い付けられた馬は、強制的に急停止させられて断末魔のような悲鳴を上げる。狩人は慣性が働く前に飛び上がっていたので、1人優雅に着地していた。


「ギョエッ……!?」

「……? 君は一体何だ? オスカーと似たような……明らかに常識外れな空気を感じるのだが」


マントをはためかせて着地した狩人は、心の底から面倒くさそうな表情をしながらも、低くゆったりとした語り口で海音に問いかける。


しかも、常識外れと言っているというのに、マイペースに糸の回収をしながら。


どうやら峰打ちを軽く防ぐことができたため、そこまで脅威であるという認識にはなっていないようだ。

実際には海音も本気を出していないので、お互い特に意に介さず会話を続けていく。


「その方がどなたかは存じ上げませんが、ひとまず止まってください。私は海音。今はただの侍です」

「……もう止まっている。用でもあるのか?

そこの馬が立ち上がるまでに話してくれ」

「おいおいお〜い、オレには名があるだろうがソン!!

力ずくで止めるたぁ随分手荒なことしてくれるじゃねーの。

なんだよ、アヴァロン目前で殺し合いてーのかぁ!?」


海音の要請を聞いた狩人――ソンは、雑に馬を指差しながら無表情で呟く。彼はたしかに止まっているのだから、その返事は妥当だろう。


しかし、彼の言葉にいきり立った馬を見ると、少し考え込む様子を見せた後、途端にむちゃくちゃなことを言い始めた。


「……やはりあれが立ち上がるまではやめておこう。

あれを叩き潰してくれ。そうしたら話を聞こう」

「それだけでいいのですか? ならお安い御用です」

「ハァーッ!? おいおいおい、待て待て待て!!

なんでそうなるんだ!? 相棒だろ!? ちょちょっ、あんたもそんな物騒なもんしまえって!! ちょあーッ……!?」


ソンの要望を聞いた海音は、もちろん斬ることにためらいがないのですぐさま抜刀する。むしろ、それしかできないと自負しているため、率先して刀を構えていた。


その様子を見た馬は、騒がしい表情をして騒がしい声で叫ぶ。今にも斬られそうなのだから当たり前だが、ソンと海音を交互に見ながら騒々しく喚き散らす。


だが、斬っていいと言われた海音が止まるはずもなく。

倒れながらもドタバタと後退りする馬に、容赦なく霧のように細かな斬撃を加えた。


"我流-霧雨:鞘"


地面を這いずって無様に逃げていた馬だったが、海音の連撃から逃れられるはずもない。全身をボコボコに打ち付けられてしまい、瞬く間に意識を手放した。


この存在からして騒がしい馬と同じ空間にいて、ここまで静かなのはどれほど珍しいことか。

泡を吹いて倒れる馬を見ると、ソンは無表情ながらもホッとため息をつき、海音に続きを促す。


「それで、どんな用事だ?」

「よ、用事……」

「なんだ、ないのか? ならなぜ呼び止めた」

「フーさんがそう言ったので」

「……なるほど、あれか。なら彼女のもとまで戻ろうか。

アブカンは……君の方が力がありそうだな? 運んでくれ」

「わかりました」


用を言わない胡乱げな目を向けるソンだったが、彼女が遠くにいるフーを指差すと納得したように頷く。

そして、彼らは気絶している馬――アブカンを海音が運ぶというふうに決めると、フー達がいる所まで戻り始めた。




~~~~~~~~~~




「……ミョル=ヴィドへの侵入者、か」

「一言で言えば、そうなりますね。あなたは?」

「私は森に帰るところだ。あの国の出身だからな。

名はさっきこれが呼んだように、ソン。

一応円卓の騎士をやっている。風に乗って放浪しているが」


海音がアブカンを担ぎ始めて数分後。

フーのもとに戻ってきた彼女達は、まずはお互いの自己紹介をしていた。


と言っても、リューは変わらず倒れているので不参加。

アブカンも気絶しているので不参加。

フーもまだたどたどしくしか話せないので、リュー達の面倒を見るという名目で不参加だ。


彼女も話自体は聞いているだろうが、実質的に海音とソンの一対一での対話である。


「森に帰るということは、ソンさんは許可証となるルーン石を持っているのですか?」

「もちろん持っている。なければここに来た意味がない」

「見せてもらっても?」

「ああ」


海音が許可証を持っているというソンに頼むと、彼は迷うことなく懐から一つの石を取り出す。出てきたのは、若干キラキラと神秘的に輝いており、三角形が頂点を軸にくっついているような模様が描かれた石だ。


流石にソンの手に握られたままだったが、それでも初めて見るルーン石に海音は興味深げである。


「なるほど……こういうものなのですね」

「もういいか? それと、結局何の用だ?」

「もう少し待ってください。見たことがない文字で面白いです。用事については、フーに聞いていただけると」

「はぁ……おい、フーさん? 呼び止められた理由を‥」


ルーン石をしまおうとしたソンだったが、海音がもう少し見たいと頼むと、ため息をつきながらもそれを受け入れる。

そして、少し離れたところから様子を伺っているフーに用事を聞くべく話しかけたのだが……


「……あ」


注意がルーン石からフーに移った隙を突かれ、手に握られていたそれを海音に奪われてしまう。

まんまと許可証を手に入れた海音は、そのままフー達を置いてノーグへと走って行ってしまった。


「……ふむ。盗られてしまった」


しかし、かなりマイペースな性格であるらしいソンは、特に彼女を追ったりということはしない。

流石に困り顔になってはいるものの、変わらず低くゆったりとした声で呟きながら、静かに彼女を見送っていた。



暴行、窃盗……

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