211-森に舞い戻るカナリア
「なぁ、お前はクロウが心配じゃねぇってのか!?
あのアフィスティアがいるような森だぞ!?」
クロウとロロが死の森――ブロセリアンから太古の森――ミョル=ヴィドへと侵入し、コーンウォールで目覚めるより前。
壊れかけの車を無理やり動かし、ノーグへと戻る海音達一行からは、この選択に納得できないリューの怒鳴り声が響いていた。
しかし、リューはまたも海音に峰打ちされて縛り上げられ、フーに監視されている。
3人の中で、唯一今すぐにでもクロウ達を助けに行こうとしていた彼だったが、何もさせてもらえずに連行されていく。
「もちろん心配ですよ。ですが、私はお二人を死なせるわけにはいきませんので。そのためにどうすればいいかフーさんに聞いたら、戻るのがいい……と。妹さんの言うことですよ」
「少しでももとに戻ったのは嬉しいけどよ……!!」
「あ、たし……待つ……ロー、ズ……」
「んな時間……!!」
海音の返事を聞いたリューは、複雑そうな表情で言葉を絞り出す。さらに、そのやり取りを聞いて口を開いたフーを見ると、より苦しげに顔を歪めていた。
八咫で今まで受けた忘却や偽装などがなかったことに偽装されたことで、ズタズタにされた人格が揺らぎ、本来の人格が戻り始めているリューとフー。
これは彼ら本人にとっては何よりも嬉しいことで、共に生きる家族からしても喜ばしいことだろう。
しかし、そのせいでクロウを助けに行けないリューとしては、想像を絶する程の葛藤があるようだ。
ほんの少しだけ悲しげなフーを見ながら、抵抗したり大人しくなったりと忙しく、顔も喜びから焦りまで様々な表情を見せていた。
「勝てないのはわかるけどよ……!! いや、あいつら来たって……けど、10年以上ぶりにフーが……!! 万全を期してあいつらが死んでたら……!! せっかく戻り始めてるフーを……!!」
「お兄ぃ……クロー……運、いい……」
「そうだよ!! だから入れたんだろうよ!! だけど、それで死なねぇ保証がどこにある!? 俺は、もう見たくねぇぞ……!?
あの科学者に見せられた光景なんて!! もうッ……!! 赤ん坊の時は無力だった!! けど、今は力があるんだ!! 家族って言ったんならよ、どんな状況でも助けるもんだろ!? もう、失うのは嫌なんだ……守りてぇのは、お前だけじゃッ……!!」
「お兄ぃ……家族、信じる……」
「信じて、死んじまったら、どうすんだよ……ガキは成長するまで見守られる、なんて当たり前も信じれねぇのに……」
コロコロと百面相を見せていたリューだったが、フーが落ち着かせようと声をかけると、途端に焦燥のみになる。
本来の優しさや、今までになく家族の死を身近に感じることなどから、忘却や偽装から外れた記憶を思い起こして正気を失っていく。
フーが言い聞かせるように呟いても、彼は正気を取り戻すことなく青白い顔で俯いてしまっていた。
そのやり取りを見守っていた海音は、運転席での操縦に四苦八苦しながらも気遣わしげに声をかける。
「……この人、こんな人でしたか?」
「わから、ない……あたし、達……人格、破壊……幼少……」
「レーテーとプセウドス、でしたか? 会ったことがあるというクロウさん達は忘れていましたが……悪趣味ですね」
普段から戦闘中とそれ以外で性格がコロコロ変わるリュー達だが、今回はそのどちらとも違う。
そのため海音は不思議そうに問いかけ、話は彼女達が幼少の頃受けていた虐待以上の扱いについてになっていく。
自身も鬼の子として普通とは違う人生を送っていた海音だが、そんなこととは比べ物にならない程に過酷な人体実験の話に、思わず顔をしかめていた。
「……あと、ファナ」
「……どこかで聞いたことがあるような、ないような。ああ、シリアさんとドールさんがコソコソ話してましたっけ。
たしか、ガルズェンスを荒らした科学者?」
「知ら、ない……あれ、実験、する」
「……とことん惨いですね。安心してください、チャンスがあれば私が全力で助けに行きますよ」
「感謝」
追加情報を聞いた海音は、死んだように俯いているリューをちらりと見ると、少しでも心が落ち着くように彼らに声をかける。
どうにかこうにか車を運転する彼女の目には、強い意志を宿した光が輝いていた。
~~~~~~~~~~
「さて、ひとまず戻ってきましたが……」
移動を始めてから数時間後。
到着と同時に大破してしまった車の前では、刀を腰にスラリとした手足を伸ばす海音が、ぼんやりと立ち尽くしていた。
隣に立つのはフーのみであり、大破した勢いで投げ出されたリューは放置され仰向けになっている。
ノーグから距離を取っているからか、壁の上にいるであろうソフィアも出てこないので、彼女達の間に流れるのはどこかズレたシュールな空気だ。
「ライアンさん達が来るまで、暇ですね」
「お兄ぃ、落ち着かせる」
「そうですね。警戒は私一人で十分ですので、フーさんは彼に付いてあげていてください」
海音に促されたフーは、ここでようやく放置されて呻いているリューに歩み寄っていく。彼は焦燥に加えて頭部も強打しており、空を見上げて呻くのみだ。
そんな彼らに目を向ける海音も、着地はしたものの何をしていいかわからず、結局誰も何もしていなかった。
「……」
「何か、来た……?」
だが、そんな何も変わりようがない状況でも、しばらく続くと変化が訪れた。彼女達全員がぼんやりと空を見ている中、ノーグの東……ガルズェンスの方向からは、やたらと騒がしい笑い声や蹄の音が響いてくる。
といっても、その騒音の出処は集団ではなく個人から発せられたものであり、嫌に陽気なためどうやら敵対者でもない。
海音はその音に気がついても視線すら向けなかったほどで、フーが首を傾げたことでようやくわずかに反応を示す。
「はい、そのようですね。1人なのにやたらとうるさい旅人が向かってきているようです」
「……戦闘?」
「どうでしょう? 斬っていいのなら斬りますが」
「不戦、求む」
「わかりました」
変わらずぼんやりと空を見上げながら答えると、フーは言葉が少ないながらもすぐさまそれを否定する。
刀に手を置いていた海音は、いつも通り素直に了承し、また手をぷらーんと揺らし始めた。
リューは正気を失っており、地面に転がって仰向けのまま。
海音は旅人を斬らないためにか、ぼんやりと空を見上げて。
フーは頼りない2人にわずかに眉を下げながらも、ナイフを懐から取り出して。
半数以上がまともな状態じゃないまま、彼女達は騒音の主を待ち続けた。
最初に聞こえてきた音は、どうやら思った以上に遠くから響き渡っていたようだ。結局、騒音の主が彼女たちの目の前に現れたのは、それから10分以上経ってからだった。
おまけに、たしかに集団ではなかったが個人でもない。
旅人が乗っているのは馬で、その馬は神獣らしく言葉を喋っている。つまりは二人組だ。
しかし、それだけ遠くからでも聞こえていたのだから、うるさいという部分だけは変わりがなかった。
やたらとうるさいのも旅人ではなく馬だが、ともかく。
嫌にご機嫌な騒々しい馬と無言の旅人は、彼女達を一切気にせずその目の前を横切っていく。
「氷漬けの冬眠から目覚めたオレ♪ 氷砕けて夢から目覚めたオレ♪ もうあの子に会えねぇのは寂しいけど、しゃーなし森に帰るぜ爆走♪ きっとあいつらにシメられるけど、全部まとめて任せるぜ相棒♪」
「……」
ようやく地上に視線を移した海音の目が捉えたのは、緑のコートに長い茶色のマフラーを巻いている、一言で言えば狩人のような出で立ちの男。
ついでに、男を乗せて走りながらだというのに、なぜか喋り続けている騒がしい馬の神獣だ。
彼らはフーが声をかける暇もなく走り去り、結局、彼女達の状況には一つも変化がなかった。
今更ながら、報告?を。
三章は2つの視点プラスαで進みます。
メインはクロウとライアン(三人称なので、彼の視点というよりは彼がいる集団の視点?)、そこにプラスして海音や円卓の動向を少しだけ書きます。
プラスαは(多分)そこまで長くは書かないので、気長にお付き合いいただければと思います。